案外解決が難しい「電子書籍の売上の速報値が入らない」問題

編集者「都会の大きな書店で1週間以内に紙の本を買わないと打ち切りです。電子書籍?出しません、売上の勘定に入れません」ループに疲弊した読書家達の溜息》というのを読み、何とかならないかとちょっと考えてみた結果をだらだらと垂れ流していきます。

話の大前提

大前提としては、上記まとめにあるこのnoteを参照してください。

紙の書籍は取次から週単位で売上情報が入ってくる一方で、電子書籍は特に取次を挟むと売上分の振り込みがあるのが月単位で遅く、下手をすると半年くらい待たないと入って来ないため、継続か打ち切りか判断するに際して、最も早く入ってくる紙書籍の売り上げ情報が参考にされる、というのが「紙の書籍を買って」というお願いが発生する最大の理由というのが現状です。

すなわち、問題としては「なぜ電子書籍プラットフォームは売上通知が月単位で遅いのか?」という点が第一で、「出版社は仮に売れなくても半年くらい連載を続行させてあげられないの?」というのが第二ということになるでしょう。

出版社は紙の情報だけで足りる(2021追記)

[このセクションは追記です]最初に書きますと、まず出版社は電子のデータを見ていないことによる「電子の人気作の取りこぼし」のようなことをしていることは(少なくとも損害額をまじめに考えるようなことになるほど)多くはありません。

書籍の売上変動は、都会と田舎、紙と電子で売上が別の動きをすることはそうそうないため、都会の書店で売れていない本は田舎でも電子でも売れていない可能性が高く、出版社としては都会の書店の情報だけ見ていても判断は9割がた合っているのであまり困りません。電子書籍の売上比率が上がっているなら、それに合わせて紙の書籍の売上の打ち切りボーダーを割り引いてやればいいだけのことです(実際、重版がなければ打ち切りというボーダーに対して、電子書籍が増えて以降は初版部数が減って重版のボーダーは下がっています; その分、初版印税も減るわけですが……)。

これを標本調査として考えれば、一部のデータだけで全体を判断してもさして困らないことはすぐわかるでしょう。「世論調査で5000人だけに聞いても1億2000万人全員に聞いた時に比べ誤差程度の違いしかない」ということに納得する人は多いでしょうし、出版社が紙のデータだけ参考にするのもそれと同じような話です。「都会の書店の紙書籍の売上」に限ったことによるサンプリングバイアスが大きければ問題ですが、それほど問題になっているわけではないというのが現状でしょう。

また、最近多いWebで連載最新話無料公開+単行本発刊タイプの作品の場合は、自社で管理している無料最新話のビューと最終売上の比例関係の誤差を計測しておけば、最新話のビューを参考にして打ち切り可否の判断の参考にできますから、ますます困ることはありません。

「紙で買って」とお願いしているのは、打ち切りか継続かのボーダーライン上にいる作家さんで、いわば「サンプリング方法をハックすることで過大な売上があるように見せかけてください、そうすれば出版社の目をごまかして継続できます」とお願いして回っている、という側面はあります。

売上速報システムを作るのが案外難しい

業界全体で電子書籍の売上の速報値が通知され、連載継続の可否の最適化が図られるなら、それは業界全体で利益があると(定量的にはともかく)定性的には言えるでしょう。ないよりはあったほうがマシなのは確かなことです。

では、なぜ電子書籍取次およびプラットフォームは速報システムを作らないのか――理由を考えるに、それをする動機がない、というところに集約されるでしょう。各プラットフォームの売上を集約して通知するシステムを作るには大なり小なりコストがかかりますが(平林さんのnoteを見る限り、最低限200以上あるプラットフォームが統一して速報用のAPIを整備し、自社システムをそれに準拠させ集計可能にする必要があります)、それをやっても喜ぶのは主に作家で、電子取次やプラットフォームの売上には直結するわけではありません。サービス提供側の会計締日などの都合のほうが優先されるでしょう(付け加えれば、振り込みを細かく行えばそれだけ手数料が発生します)。Amazon等メジャーどころだけパススルーして渡す手もありますが、それをやると今度は「電子書籍はAmazonを買ってください」と叫ぶ作家が登場し、取次としては立場が悪くなるのでやらないでしょう。

その通知があれば出版継続の可否が最適化されるので全体の利益にはなるでしょうが、コストを投じていない他社もメリットを受けるわけで、ネットワーク外部性による独占の利益のある電子媒体では各プラットフォームが積極的にそれをやる動機が生まれません。同じ金があるなら読書アプリの強化や自腹値下げにでも使ったほうがよほど経営を安定させるでしょう。

この問題を解消するには速報システム構築の利益を開発したプラットフォームが独占できないとなりません。例えば角川は自社プラットフォーム先行発売という形で最初の1か月の売上速報を把握できるようにしているケースがありますが、ただ利用者からしたら「だからといって角川で買う理由がない」となるのはまとめにもある通りです。少しでも売上が欲しい弱小出版や作家には卸す先を選ぶなんて贅沢は言えないでしょう。

電子書籍の売上速報通知システムは、技術的には難しくないし、あったほうが業界全体で利益があるのは確かですが、関係者の利害がデッドロック状態にあり、どこもやる気がない、というのが現状でしょう。それがタダ同然で作れるか、よほどプラットフォームないし電子取次の独占が進まない限り、それを作る・作らせることが最適行動になるプレイヤーがどこにもいないと言わざるを得ないところです。

なお、なぜ紙の書籍でそれができているかというと、電子と違って取次が物理的に出荷数を把握していて、それが取次の寡占パワーで情報が集約されているためというあたりが実情でしょう(出版社の側も取次に送った数で把握できているわけですが)。

出版社はせめて連載を続けさせてあげて、とならない理由

(このセクションはこちらの「出版社の搾取」の嘘と実相、作家が幸せになる方法(前半)を前提とします)

初動売上問題は、出版社が原稿料の支払いを抑えるために可能な限り早く損切りしようとするために起きます。それに対して、作品の継続性や作家の生活の安定の観点から連載を続けてほしい、という声が出ているのが現状でしょう。

出版社としては、連載打切をゆっくり判断する方法はないわけではないです。連載の依頼を持ちかける相手を、ある程度の売り上げが期待できる実力者に絞れば自然と続けさせやすくなりますし、最悪本当に売れない人がいたとしても、ポートフォリオが吸収してくれます。自分1人の売上を立てられない実力がない作家さんは、申し訳ないが作家業をあきらめるか、待ちながら実力をつけてもらう、というのは一つの在り方でしょう。

新人作家さんのほうから見ると状況は異なります。声をかけてくれるか分からない慎重な出版社より、すぐ打ち切られるかもしれないが実際に声をかけてくれた軽薄な出版社にまずなびくでしょう。こうなると、軽薄な出版社が新人をごっそり抑え、実力がある(と将来判明する)作家もまずは軽薄な出版社と契約することになります。そうなると1年間の連載を保証してくれる慎重な出版社は存在する余地が薄くなり、少なくとも新人相手で当たりくじを期待するポートフォリオは成立せず、長期連載を2~3もったことのある実力証明済み、ファン獲得済みの人と個別に契約する形になるでしょう。

際どい言い方をすれば、「プロとしてやっていけない人にプロになりませんかと声をかけるのが悪い」となるのですが、指をさして悪いやつがいる、馬鹿なやつがいるとはなかなか言えないのではないかというのが自分の感想です。

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