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【レッスンルーム:カオリ】


「…………」    
                                    
 オペラの台本をめくるフリをしつつ、カオリは冊子の奥からレッスンルームの一角を覗き見た。休憩時間。ハードな稽古の合間に疲れを癒すべく、アイドル達は飲食物を持ち寄って差し出し合っていた。だが今は、壁を背にしてシホが2人のアイドルに挟まれていた。マツリからはマシュマロ、コトハからはシジミ・スープを供されている。カオリは台本を握り締めた。ユニットを組んでから年上の3人はシホに世話を焼きがちであった。彼女が実際快く思っていないことは知っているが、どうしても逆らい難い性のようなものだ。(((……でも)))そう、この差し入れが始まってから、カオリはシホの好物を探ろうして出遅れた。他2人は迷うことなく自身の好物を持参したのだ。ニンジャのイクサは拙速を貴ぶ。古事記の教えを失念したカオリのウカツであった。

「さあ、シホ=サン。マシュマロを食べるのです」「このシジミ・スープも実際オイシイだよ」「いえ、あの……」

 戸惑う視線が覗き見るカオリと行き会った。『カオリ=サンは最年長なのに何もくれないんですか?』(((違う、違うのよシホ=サン……!)))カオリは伏して悶えた。何か、何かないか。他とは違う自己の証明になるような特徴的な何かが……。カオリはニンジャ記憶力を総動員して記憶を探った。ニューロンの酷使によって額に汗が浮く。やがて、微かな音の名残を掴むように、その響きを捕らえた。

『新発売』『刺激がある』『ピンクのユニコーン』『女子力ラーメン』

 カオリは目を見開いた。これだ。

 口にマシュマロを押し込まれながら手を伸ばし、縋るような目を向けるシホを背に、カオリはレッスンルームを飛び出し走り出した。逆転の一手の持ち主、すなわち、コウサカ・ウミの元へと。

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