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【ミリオンスター・サンダーボルト】#2

 
 ツキジの港から伸びる長い街道、エンガワストリート。今宵ハカバめいて静まり返る通りをしめやかに渡る十数台のヤクザベンツの行列。どれも欠けたリンゴの紋章を宿し、中央を走行する大型トラックを守るように囲い込む。トラックの上には二人のアイドルが佇んでいた。「それじゃあ、おさらいだ」

 グラップラーがストレッチしながら言った。「このトラックを死守してやることはない。精々向こうの戦力の半分を潰してやる程度でいい。後はこれで」グラップラーはルーントリガーに小さな装置を投げ渡した。二つのボタンが付いている。「吹き飛ばせばいい」ナムサン、彼女は今なんと言ったか?

 トラックの助手席の下には謎めいた金属塊、野球のキャッチャープロテクターめいた装置が積まれている。それにはトラック程度なら跡形もなく吹き飛ばせる程の爆薬が積まれているのだ!

「一体誰があんなものを?」

「さあね。どこぞのバカが作ったクソ装置だ。時速十キロ以下になると爆発する」

「それでこの制御装置ね」

「ああ、爆弾の起動スイッチと、もしもの時のトラック加速スイッチだ。アタシらが巻き込まれたらヤバイからね。うまく奴らに明け渡してから起動するのがベストだ」

 ルーントリガーは鼻を鳴らした。遠くにハイウェイの灯りが見える。「……来た」彼女は低く呟いた。同時にストリートの脇道から猛々しく数台のリムジンがエントリー! 輝く星と桃の紋章! 左右の車線から挟撃を仕掛けるようにミリオン・クランの武装車両が雪崩れ込む。更に後方からはバッドアップルのトラックの二倍はあるであろう超巨大トラックが追走! 「産地直送」「セレブな」の電飾ペイントが光る!

 屋敷で状況をモニタするミリオンのヤクザ達。中には、伝説のデコトラ『ニカイド』の出陣に感極まり先代組長を偲んで涙ぐむ者もいる。『準備整いました』トラック運転手ヤクザから通信を受けたモモコは頷き、武田信玄めいたコマンド・グンバイを振り下ろして叫んだ。「ロードランナー=サンを放て!」

 ガゴン。トラックの後部ハッチが開き、目にも留まらぬ速さで桃色の風が飛び出した。「イイイイイヤアアアアアアア!」グラップラーは車両の合間を縫って高速接近する存在を見下し、舌なめずりをした。「あれはアタシが預かる」マラソン走者めいた装束を纏ったアイドルが、走りながら手を合わせた。

「ドーモ!ロードランナーだよっ!」

「ドーモ、グラップラーです!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者の激突が引き金となり、ウシミツアワーのハイウェイを怒号と銃声が埋め尽くした!「「「ザッケンナコラー!」」」爆発音と炎。ルーントリガーはつまらなげに、車上からモノクロの戦場を俯瞰した。イクサに煙る景色。ぶつかり合いながら群れは複雑な高架下を走り抜けた。一瞬の陰りの後、トラックの上に赤い火花が瞬いた。「……どうしてもやるんだな?」ジュリアはロックミュージシャンめいた装束の袖を弄りながら尋ねた。暗殺者はアイサツした。

「ドーモ、ジュリア=サン。ルーントリガーです」

「ドーモ、ルーントリガー=サン。ジュリアです」

「イヤーッ!」オジギからコンマ1秒後、既にルーントリガーのカタナはジュリアの首筋に迫っていた。ジュリアはこれを予測しカタナの鞘で受けた。「せっかちなのは変わらないんだな」「……そのお気楽加減も相変わらずね」暗殺者の目に危険な輝き!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ジュリアは白刃を抜き激しい剣戟を受けた。ルーントリガーのワザマエに一切の陰りはない。つまりこの後にジツが来る。「イヤーッ!」ジュリアは在らぬ方向にカタナを振るう! 空中で弾ける火花! 「イヤーッ!」身を翻しもう一太刀!

 ゴウランガ! ジュリアは見えざる刃を見事に防いだ! この斬撃は一体!? それはルーントリガーのライアールージュ・ジツに他ならない。他者の視覚を偽り、死角からの攻撃を可能にする恐るべきジツである。「……衰えたわね」「何、グワーッ!?」ジュリアが呻く。その脇腹が血を噴いた。

「イヤーッ!」斬撃をバックフリップ回避し、ジュリアはカタナを逆手に構えた。柄を握り右手を走らせシャウトする! 「イヤーッ!」超常的サウンド! 「グワーッ!」騒音はルーントリガーのニューロンに直接ダメージを与え怯ませた! これぞ不可視のカラテ弦を操るジュリアの変則ウタ・カラテである!

 崩れ落ちるルーントリガーにジュリアが走り込み「イヤーッ!」天井に伏せた赤毛を行き過ぎた刃が数本掠め取る。既にルーントリガーは立ち直り距離を詰めている。「聞き惚れていいんだぜ?」「楽器のワザマエだけは上げたようね」鍔迫り睨み合う。超近距離ではどちらもワザを活かせないのだ。

 KABOOM! 『ザッケンナコラー!』大音響のヤクザクラクションと共にリンゴ紋ベンツが吹き飛んだ。後方を走るニカイドから熾烈な銃撃を受け爆発したのだ。『スッゾコラー!』KABOOM! 「……目障りね」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ルーントリガーに斬りかかったジュリアがよろめく。「なっ……」

 ジツによる残像を斬ったジュリアはニカイドに向かって車上を飛び渡る影を見た。「待て!」迫るルーントリガーの眼光をモニタ越しに睨みながら、モモコはグンバイを振り下ろした。「セレブ砲用意!」「セレブ砲オラーッ!」巨大トラックの荷台側面からガトリング砲が出現! 射撃準備回転!

 BRATATATATA! 正面車両ごとアイドルの姿が消し飛ぶ! 「ヤッタ!」喝采を上げるモモコの前のモニタにノイズ。続いて車両損壊アラームが鳴る! 「アイエ!?」ガトリング砲を切り捨てたルーントリガーは、トラック上で運転席目掛けカタナを突き立てた。「イヤーッ!」硬い金属音! 何たる防御力! 舌打ちしカラテ集中するルーントリガーにジュリアが飛び掛かる!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 グラップラーとロードランナーの拳がぶつかり合う! 激しい銃撃戦の中、二人のアイドルは嵐の如く周囲の車両を巻き込みながらイクサを続けていた。「イヤーッ!」グラップラーの大振りなラリアット! 車上の狭い足場でロードランナーは防ぎ切れない! 「グワーッ!」吹き飛び路上転落! アナヤ! そのままコンクリートと車に引き潰されてネギトロめいた姿になるのか!? 「イヤーッ!」しかし、路上に落ちたロードランナーはすぐさま体勢を立て直し走り出したのだ!

 ゴウランガ! 何たるアイドル脚力か! 猛スピード追走する走者は瞬く間にグラップラーの乗るリンゴ紋ベンツを追い越し、運転席をカラテ破壊した! 「イヤーッ!」「アバーッ!?」咄嗟に飛び移るグラップラーの背後でベンツは転がりながら爆発炎上した。「ほらほら、ガンガンいくよー!」「チェラッコラー!」


 機材が設置され、指令室と化したトコノマでモモコはいくつものモニタを睨んでいた。ほとんどの構成員が出払ったが、傍にはリトルウルフが控えている。戦況は不明だ。そもそも戦略を学ぶ機会さえなかった少女には、部下を信じることしかできない。先代組長であればどうしていたか。詮なきことだ。

「大丈夫だよお嬢。ウミ=サンも、ジュリア=サンもいるんだから」「そうだね」飾られた豪奢なセンスを見る。派手好きを豪語する癖に倹約家だった先代組長の、ただ一つの贅沢だった。「いけない」今は感傷に浸るべきではない。改めてモニタを睨み据える。「お嬢」リトルウルフが牙を剥き、唸った。

「やあやあ、ドーモだべさ」

 その時、トコノマのフスマが開け放たれヒナタが姿を現した。「ザッケンナコラー!」「いったい何の……」ヒナタは殺意など意に介さずタタミ三枚の距離を置き座った。「まあまあ、別に何もしないし一緒に観戦するべさ」二人組の黒服ヤクザが座布団を敷きモニタを置く。

「余裕ね。まるで勝ちが決まってるみたいじゃない」「そんなことないよお。あんたんとこのヨージンボーもやるみたいだねえ」ジュリア。失意の中、突然現れた先代の友人というアイドル。組長を暗殺され、窮地に立たされていたモモコにヨージンボーを買って出た……

「黙って。今すぐ帰って。殺すよ」「つれないねえ。あたしが何をしたっていうんだい?」「しらばっくれッコラー!先代を暗殺したのはお前だろ!」「それはただの噂さあ」

 タマキを宥め、モモコは黙ってモニタを睨み続けた。支えてくれる親代わりの組長はもういない。彼女が組を守らねばならないのだ。今もなお戦ってくれる彼らのために。


「イヤーッ!」ルーントリガーのカタナがジュリアの頬を裂く! 首を辛うじて逃したジュリアは仰け反った姿勢からカラテ・ギターを轟かせた! 「イヤーッ!」「グワーッ!」超至近距離演奏! トラック後方にまで吹き飛ばされる! 「イヤーッ!」ジュリアの追撃を迎え撃つ暗殺者! しかし足元が覚束ぬ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ジュリアの膝蹴りを受け、ルーントリガーはニカイドから弾かれ、道路脇の閉店酒場に突っ込む! だがジュリアは違和感を覚えた。(((今、自分から……?)))そのアイドル第六感に応えるように、破けたシャッターの向こうから唸り声が上がる!

 CRAAASH! シャッターを吹き飛ばし漆黒の鉄塊が飛び出す! 滑らかな流線形のボディ、インテリジェントモーターサイクル・クロネコハヤイ! ウォルルルル! 圧倒的加速でニカイドに並んだ機体から白黒の影が跳躍! ルーントリガー戦線復帰! クロネコハヤイは自動運転で主に追走する。

「しぶといな」「お互い様でしょ。さあ、これからが本番よ」

破壊されたハイウェイのカンバンが第二ラウンドを告げた。


「ちィ……」グラップラーは車上で歯噛みしていた。当初一方的に状況制圧できると踏んでいた彼女だが、敵方の伏兵ロードランナーによってその目論見は阻まれた。時速666キロめいた速度で道路を疾走するアイドルは、グラップラーを翻弄しつつ敵車両を次々と破壊していったのだ。走者が飛び上がる!

「イヤーッ!」CRAAASH! リンゴ紋ベンツをストンピング破壊! 「イヤーッ!」CRAAASH! リンゴ紋ベンツをストンピング破壊! 「イヤーッ!」CRAAASH! リンゴ紋ベンツをストンピング破壊! ロードランナーは車両を踏み壊しながらグラップラーに迫る! 「イヤーッ!」重いトビゲリを辛うじてガード! 「ヌウーッ!」

 グラップラーは両手で頬を張った。いけ好かない主人ではあるが、仁義を通さねば女が廃る。何よりも、強敵を前に弱音など吐いては格闘家の異名が泣くだろう。「イヤーッ!」ロードランナーが再び急加速でグラップラーの乗るヤクザベンツに襲い掛かる!「イヤーッ!」受け止めたのはグラップラーの掌!

「イヤーッ!」グラップラーはそのまま走者を抑え込み、ナムサン! ハイウェイに飛び出した! 「「グワーッ!」」咄嗟に後続車に手を伸ばすロードランナーを更に抑え込む! 「バカナ!?」そこへ続けて後続車! 「「グワーッ!」」両者は車上に轢き飛ばされた! ナムアミダブツ! 何たる無謀な心中めいた凶行!

「へへ、放しちまったよ」「アンタ正気?」「アタシ達はイクサオニだ。もちろん侠気さ」

 頭から流れ出る血を拭い、闘技者はせせら笑った。その背後を狙う桃紋ヤクザ! 「イヤーッ!」「アバーッ!」暗殺者のクナイ・ダートがヤクザ頭部破壊! 返す手の四本のダートがジュリアを襲う! 「イヤーッ!」

 ジュリアは状況判断した。下のイクサはややこちらが有利だ。フーリンカザンを与えられたロードランナーがいい仕事をしている。だがハイウェイを降りるまでに決着を付けねば、敵の増援が待ち受けているだろう。こちらを侮った奢りに付け入らねば勝ち目はない。それが彼女のプランだ。「イヤーッ!」

 ルーントリガーが膠着状態を破った。彼女はカタナを片手で構え、後ろ手で何かを操作した。(((何かまずい!)))咄嗟にジュリアが飛び掛かるが、その視界の端でクロネコハヤイが俄かに加速し、ニカイドの正面についた。POW! 機体の後部から何かが射出された。アイドル動体視力が捉える円盤……腹立たしい印……

「アカネ=サンの特別製よ」KABOOM! ルーントリガーの囁きと共に車体下で爆発! 激しい衝撃にアイドル二人はカタナを突き立て耐える! KABOOM! あまりの過剰火力にニカイドの車体が揺らぐ! KABOOM! 前方から飛んできたスクラップ車を踏み潰し、バランスを崩した超大型トラックが……傾いた!

 ハイウェイに倒れんとするトラックの側面をアイドルが駆ける! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」激しく切り結びながら横転車体から脱出! さらにヤクザベンツを蹴り渡り刃を交わす! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」その後方でニカイドは小さく、やがて彼方に消えた。

「ニカイドが……」ノイズ走るモニタを見つめ、モモコは歯を食いしばった。先代の形見が失われようと、ここで屈する訳にはいかない。痛ましくも凛々しく顔を上げたモモコの隣でヒナタが呟いた。

「あのブザマなデカブツも、これでお役御免だねえ」

「イヤーッ!」

「ンアーッ!?」

おお、ナムアミダブツ! 風林火山コマンドグンバイを顔面に受けヒナタがひっくり返る! 怒りに震えるモモコの手は強く握り締められたが為に既に血が滲んでいる! 「ザッケンナコラー!スッゾコラー!」ジゴクめいた怒気に当てられ、タマキさえもが震え上がった。「やってくれるねえ」鼻血を拭いヒナタが立ち上がる。

 拭き取ったハンカチを投げ捨て、ネクタイを緩める。「ここらでいっちょ、身の程を教えてやった方がいいかねえ」「チャルワレッケオラー!」モモコが飛び掛かりヒナタを押し倒す! 「イヤーッ!」「ウワアーッ!」二人は恥も外聞もなく取っ組み合う! オヤブンをオロオロと囲む部下達! 手出しできぬ!

「よくもオヤブンをコラーッ!」「この旧時代の遺物がーッ!」

 激しく揉み合う!ここにもう一つの譲れぬイクサが幕を開けた!


「イヤーッ!」「イヤーッ!」

ジュリアとルーントリガーのイクサはリンゴ紋輸送トラックの上に場を移した。両者の装束はカタナ傷に塗れ、血が滲んでいる。「イヤーッ!」ジュリアのカラテ・ギターの演奏が着実に暗殺者のニューロンをシェイクする。ルーントリガーは距離を詰めざるを得ない。

 ルーントリガーが仕掛けるが疲労の為か幻像が薄い! 「イヤーッ!」ジュリアは実体を見極め迎撃! 「グワーッ!」カタナを弾かれ暗殺者がよろめく! ジュリアはカタナを逆手に刀身に右手を走らせる! 「イヤーッ!」カラテ音波がルーントリガーを襲う! 「グワーッ!」吹き飛ばされる! 「イヤーッ!」

 ルーントリガーは辛うじて車体側面にカタナを突き刺し転落を免れる。そして助手席へと滑り込んだ。「振り落とせ!」息も荒く、懐を探りながら運転手に指示を下す。「お客さん、どちらまで?」愕然と運転手を見やるルーントリガー。ハンドルを握るのはジュリア!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 狭い座席で木人拳めいたコンパクトなカラテが繰り広げられる! 互いに片手での鋭いチョップ突きの応酬! 「イヤーッ!」「グワーッ!」ジュリアの一撃がヒット! だが! 「イヤーッ!」「なに……」ルーントリガーは敢えて身を晒し、ジュリアの腰に抱き着いた! 不意を突かれたジュリアの腰元で装着音!

「これは」「イヤーッ!」「グワーッ!?」奇怪な装置のベルトの一方を取り付けられ途惑うジュリア。隙を突かれ車外へと蹴り落される! 「イヤーッ!」ジュリアはフックロープを投擲し窓枠を捕らえた! 「ヌウーッ!」路面を引きずられ防具が火花を上げる! 「その装置は時速十キロ以下で爆発する!」

 ルーントリガーはトラック上に立ち、取り出したリモコンを見て……耳元の通信機をオンにした。

「モシモシ、起動スイッチはどっち?」『ハア!?緑だ!グワーッ!』

 暗殺者は再びリモコンを見た。白と黒のボタンがある。トラック前方では車上に押し倒されたグラップラーが走者を押し退けようとしていた。

 暗殺者は数秒考え込み、黒のボタンを押した。DOOOM!トラックの違法改造エンジンが火を噴く! 爆発的急加速した輸送車は道路に黒い轍を刻み発進! 「「グワーッ!」」ルーントリガーは車上を転がり落ち、ジュリアは道路をバウンド! 更に暴走トラックは前方車両群を轢き飛ばす! 「「グワーッ!」」グラップラーとマウントをとっていたロードランナーも転落!

「アバーッ!」

 走者はスクラップ車両群に巻き込まれ姿を消した。「グワーッ!」転がるグラップラーが引き潰される寸前、クロネコハヤイを駆るルーントリガーがその手を掴んだ。「サンキュー」バイクは暴走トラックに並ぶ。「グワーッ!」「そのまま死ね!」

 引きずられるジュリアを睨みルーントリガーは憎々し気に吐き捨てると、リモコンを操作しグラップラーを乗せてハイウェイを走り去った。ジュリアはロープを握り締めた。手を離せばたった今不穏な起動音上げた爆破装置が作動するだろう。しかしてこのままでも死は免れぬ!

「グワーッ!」「やっほ~、ジュリアちゃん~」

 その時である! 後方から赤いスポーツカーが姿を現し、爆走するトラックに並んだのだ! 「レイ!?」「どーも!」ハンドルから手を放しアイサツした女はジュリアの顔面寸前の距離まで車を近づけた。「なんでここに!?」増した危険に戦慄しながら尋ねた。

「昨日ね、エミリーちゃんから連絡があったの。久しぶりで驚いちゃった」「そうか、頼む助け」「あ、そうそう。このコミュとってもよかったよ。やっぱりオムラのテックは世界一だね」「おい待っ」「ライブの追加公演も楽しみだね。同じ日には出られないけど絶対応援に行くからね! 差し入れは何がいい?」

「アバ……」徐々に遠くなっていくジュリアのニューロンに、道路脇の街灯が星めいて焼き付く。(((それじゃあ、あたしら二人で流星群だな)))流れ星めいて飛び去って行く光を追い、ジュリアの意識は途絶えた。


ハイウェイの出口。バイクに跨ったアイドル達は、後方の大爆発を確認し、走り出した。


「あんれ。予定と違うようだけど、事は済んだのかい?」ミリオン・クランの屋敷の庭に乗り付けた部下を見下し、ヒナタは呟いた。美しい庭園はバイクの轍に掻き乱されている。「ああ、終わった」「なぁんだ。あたしも花火が見たかったのに」「ジュリア=サン、ウミ=サンは!?」「死んだ」

 グラップラーの無慈悲な言葉にモモコは崩れ落ちた。「残念だったねえ。モモコ=サン」ボロボロのスーツの襟を正し、ヒナタはモモコを見た。

「ま、命が助かっただけブッダに感謝するんだねえ」

「いいえ、誰も助からない」

「……何?」

グラップラーは自身を見下した。血濡れの刃の切っ先が覗いている。「な……」音もなくグラップラーを突き刺したルーントリガーの眼差しは冷ややかだ。「貴様」振り向こうとするアイドルの心臓を貫くカタナを捻り上げる。コンマ数秒の抵抗の果て、グラップラーは爆発四散した。「サヨナラ!」ルーントリガーは頬に張り付いた黒い血を拭った。白い枯山水の庭は雪原めいている。

「ナ、ナンデ」愕然と呟くヒナタに殺意漲る視線が向けられた。それは固まるモモコにも同様である。屋敷は冷たいキリングオーラに静まり返った。「この日を待っていた」シホは装束の肩をはだけ、白い腕を晒した。「そ、そのイレズミは!」オヤブン二人は悲鳴を上げた。「「ドクロ・ウミウシの紋!」」

 然り。シホの肩には二の腕までを覆うイレズミが施されていた。それはかつてネオロポンギ一帯を支配した狂気のヤクザ、デッド・ウミウシ・ヤクザクランの証である! 「つまらない連合の抵抗のおかげで我らがクランは内部分裂……仇はすべて討った。あとはお前達だけだ」「うちのヨージンボーになったのは」
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「あいつを誘き出すためよ。誰がミリオンのオヤブンを暗殺したと?」モモコの頬が一瞬で紅潮した。「お前が……」「土産話はここまでよ」暗殺者はカタナを振り抜いた。「GRRR!」獣と化したリトルウルフが飛び掛かるが、負傷が響き動きは鈍い。「イヤーッ!」「ンアーッ」!組み伏せられる!

「まずは一匹」CRAAASH!凶刃が振り下ろされる寸前、屋敷の土塀が吹き飛びスポーツカーが半身を現す!「イヤーッ!」そして赤い流星が飛び出した!「イヤーッ!」刃を受け止めルーントリガーが問う。「貴様、なぜ生きている」「あのオモチャか?引きずってたら壊れたぞ」ジュリアは笑った。

 暗殺者は弾き返されタタミ五枚の距離に降り立つ。「ほら、アブナイだから下がってな」ジュリアは装束の上着をタマキに投げ渡した。「あっ!」リトルウルフは驚きの声を上げた。ジュリアの肩に刻まれたドクロ・ウミウシのイレズミ!

「どうしてもやるのか?」「マツリ=サンを殺した貴様だけは許さない」

 雪原にアイドルが立つ。シホの目の前には黒い炎が燃えている。「いいぜ。かかってきな」サラシ姿のジュリアはカタナを構えた。「私はとうに死んだ光、未練がましく瞬く星だ。だが貴様は殺す」シホのカタナが怪しく揺れた。「イヤーッ!」鋭い剣戟をジュリアは左右に躱す。両肩が浅く裂ける。

「チィッ!」ジュリアは正面にカタナを構え視線を走らせた。シホのジツのキレは実際増し、ネタの割れたジュリアの目を以てしても防ぎきることは容易ではなかった。シホは残像を伴ってジュリアの周りを巡る。「イヤーッ!」「イヤーッ!」刃が直撃!シホは舌打ちし飛び退る! カタナが残像を切り裂く!

 ジュリアはシホを追い切れてはいない。だが如何にして彼女の奇襲を防ぎ、反撃さえ試みたか? それは足下の白雪めいた枯山水である。ジュリアは蹴散らされる砂を見てシホの襲撃を防いだのだ! (((鈍ったのはどっちだ……!)))ジュリアは恐ろしいほどに完璧だった冷酷無比なアサシンの堕落に怒りを覚えた。

 時の流れは無慈悲な嵐めいて、瞬きの間に彼女達を変えてしまった。だがジュリアは後悔していなかった。己は常に、その時に掴み取るべきものを掴んだという確信があった。それは今でも変わらない。不安げなモモコの顔が過る。シホのカタナが奔る。脚を断ち切る切っ先を制す代わりにジュリアは背を庇う。

 固い衝撃は背後の奇襲を弾く音。即座に振り向き上段へ振り抜く。シホは舌打ちしバックフリップで避けた。ジュリアは距離を取らせない。姿のブレかけたアサシンへ刺突を放つ! 「イヤーッ!」至近距離で注視すればシホのジツはもはや脅威ではない。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ルーントリガーは突きをカタナで弾き斬りかかる。ジュリアは慎重に暗殺者の足下に目を配り「イヤーッ!」凄まじいキアイで突進するシホに目を見張った! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」シホの剣気は実際オニめいてジュリアに襲いかかる! 息を吐かせぬ猛攻!

「イヤーッ!」大上段に振りかぶった隙をジュリアが突きで攻める! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」ゴウランガ! シホは肘と膝でカタナを挟み防御! さらにジュリアの首を狩りにいく! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」ジュリアはブリッジ回避! 鼻先を刃が過ぎる!間一髪!「チイッ!」

 ジュリアはハンセイした。シホは衰えてなどいない。その目に宿る輝きは、あの頃に勝るとも劣らぬ鬼気であった。彼女はイアイのみで勝負をかけてきた。己はワザマエでルーントリガーに迫ったことがあっただろうか。ジュリアは考えることを辞めた。カラテだ! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ジュリアのカタナは横合いから弾かれ、円を描くように地に流された。シホの目が光る。ジュリアの主観時間が泥めいて鈍化した。緩やかに切り上げる斬撃。ジュリアは持ち上がる切っ先に蹴りを入れシホの体勢を崩す。意表を突かれたシホの反応がコンマ1秒遅れる。その顔面に強烈極まる頭突きが打ち込まれた!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 仰け反るルーントリガーにジュリアはイアイを「イヤーッ!」「イヤーッ!」側面からの奇襲を防ぐ!暗殺者は再びジツを仕掛けた。本来であればワザマエのみで切り伏せるはずだった。ジツの連続使用は毒だ。だが今夜は。いや、もうどれほど長くイクサに明け暮れたか。

 組織のために何でもやった。マツリがジュリアに敗れ、幹部が離れて組織が瓦解してからは復讐に奔走した。なぜここまで走り続けたか。なぜまだ走り続けるのか。かつての相棒はなんと言っていたか。そう、私達は走り続けなければいけないのだ。そして足が止りかける度にウドン粉末シガレットに火を着けた。

 ルーントリガーはジツの酷使のあまり己のニューロンが焼き付いていくのを感じながら、尚もカタナを振るった。モノクロのノイズめいた激痛を、白いウドン粉の慈悲深いヴェールが覆い隠す。「イヤーッ!」「グワーッ!」翻弄されるジュリアの大腿に深い裂傷!すれ違い様に互いの視線が交錯する。

 もはや霞がかり不鮮明な記憶……何ものとも知れぬ最後の残滓を燃やし、ルーントリガーは吼えた。「イヤーッ!」その目が白いセンコめいて輝く! 残像は二重三重にブレてジュリアに襲い掛かる! ジュリアは地面にカタナを突き刺し、深く息を吸った。それは太古よりアイドルに伝わりし呼吸法、フクシキ!

「スゥーッ……ハァーッ……」
 
 懐かしきクランの、仲間達の声を思い出す。あれこそが流星だった。今の己は燃え尽き果てた屑だ。だがその果てでまた星を見つけた。「血華往来、サイオー・ホースってな!」ジュリアは柄握る左手から刀身に伸びるカラテ弦に集中し、渾身の力で引き抜いた!「イヤーッ!」

 神経に火をつけるが如き激痛がジュリアを襲う。強引な運用をされたカラテ弦が刀身から剥がれ、指先から吹き出す血に濡れながら力なく宙を漂う。カラテ・ギターの体を失い消えゆく弦はしかし、煙の中でブツブツと音を立てながら切断された。時間が停滞する。ジュリアは集中し、指先で音を聴いた。

研ぎ澄まされた感覚が捉える音色。歪な旋律だ。「イヤーッ!」真後ろに向かってカタナを一閃させる。背後からカイシャクの刃を下さんとしたルーントリガーの腹が血飛沫を上げた。「その通りだ。あたしらは燃え尽きた星だ。だから、そのソンケイだけは無くしちゃいけねえ」「……私達の、ソンケイ……?」

「燃え尽きようと、どんな姿になろうと、あたしらは走り続ける。それがあたしらのソンケイだ」シホは震え、空を見上げた。「それなら……私、は」白と黒の天に星は見えなかった。そして仰向けに倒れ込み、爆発四散した。「サヨナラ!」ジュリアは膝を着きザンシンした。肩のイレズミが疼く。「ジュリア=サン!」

 駆け寄ってきたモモコの顔は引っ掻き傷に塗れている。「はは、ひどい顔だな」「ジュリア=サンだって」いつの間にかヒナタ一派は姿を消していた。どのみち後を追うことなどできぬ。そこへようやく生き残ったクラン構成員達の車が到着し、通信機がノイズ交じりの音声を伝えてきた。

『……モシモシ!?モシモシ!?ロードランナーだよ!ゴメンね、ちょっとしくじっちゃった!で、なんか港に行ったら倉庫にうちの荷物があるんだけど!これどうする!?もしもーし!?」

耳をつんざく通信機の声は徐々に重なり、やがて屋敷の門を跳ね飛ばしてロードランナーが駆け込んだ。「ほらこれ!」その腕には一抱えの段ボール箱。赤いキャンディが詰まっている。モモコとジュリアは顔を見合わせた。少なくとも明日を生き延びるための糧は守り切れた。それからのことは、またその時に考えればよい。モモコは傷だらけのジュリアに寄りかかり、静かに目を閉じた。


【ミリオンスター・サンダーボルト】終


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