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【ゲームセンター『万南無』:シホ】

                       
 ピーコロロロロ。キャバーン。ザムザムザム。パワリオワー! 騒がしいゲームセンター店内に二人の少女が足を踏み入れた。どちらもパーカーのフード、あるいはネコミミニット帽を目深に被り、その表情は窺い知れない。やがて二人はあるゲーム筐体の前で立ち止まった。看板には『タイコのタツジン』。
       
 2人は勢いよく上着を脱ぎ捨てた。ナムサン! 私服少女達の姿は、一瞬のうちにアイドル装束に早変わりした! 「アイエエエ!?」「アイドル!?アイドルナンデ!?」然り、2人の少女はアイドルなのだ!「シホ=サン!よく見ててね!」遠巻きに悲鳴を上げる一般客に見守られるのはモチヅキ・アンナだ。そしてキタザワ・シホは頷いた。「ヨロシクオネガイシマス」アンナは『タイコのタツジン』のスリットにコインを押し込んだ。キャバーン! 画面内に現れたドンチャンが合成タイコ音声で告げる。『曲を選ぶドスエ』アンナは備え付けのバチ・スティックを握り、タイコデバイスを打って選曲した。
        
 画面上に『ナラク・ウィズイン』のタイトルが浮かぶ。『難しさを選ぶドスエ』続いてのアナウンスを受け、アンナは素早く秘密のコマンドを入力した。すると『ヤバイ級』の隣に『オニ』の選択肢が浮上したではないか! 隠し難易度だ !すぐに実際軽快な音楽と共に赤と青のアイコンが流れてきた。
       
 アンナの目にスパークが灯る。「イヤーッ!」両手のバチが閃く! 何たる速さ! 濁流めいて流れ来るアイコンを次々とジャストミートさせる! タツジン! 『300コンボドスエ』曲が佳境に入りもはやシホのアイドル動体視力でも捉えきれなくなってなお、アンナのバチ捌きは衰えぬ! 歓喜の笑みが浮かぶ!
  
「イヤーッ!」
         
 ドドン! 最後の一打が決まり、スピーカーからファンファーレが鳴り響く。パワリオワー! 『フルコンボドスエ』画面には『カチグミ』の文字。「スゴイ!」「カワイイヤッター!」「ファンになります!」IRSから立ち直った遠巻きの観客がコールを送る。アンナは手を振って応えた。「さ、ガンバッテ」アンナはシホにバチを渡した。シホは緊張の面持ちで受け取り、コインを挿入した。キャバーン! 『曲を選ぶドスエ』シホは迷うことなくバチを打つ。画面には『ありがたみ』。『難しさを選ぶドスエ』やはりバチ運びに迷いはない。難易度は…おお、何ということか!? オニである!
       
 シホはゲームに関しては実際ニュービーだ。この選択は悪手であると指摘しようとし、アンナは思いとどまった。シホの目に譲れぬプライドの輝きを見てとったからだ。しばしの間を置いて曲が流れる。それは何万回と慣れ親しんだ曲! 彼女達の始まりの曲だ! 「イヤーッ!」シホのシャウトが轟く!
           
 ドドン! ドドン! 力強い連打がアイコンを撃ち抜いていく! シホのアイドル動体視力とアイドル判断力が試される! 『50コンボドスエ』そこでスコアに異変が現れ出した。打ち損じたアイコンの数だけ『不可』の字が灯る。「ハァーッ……ハァーッ……!」シホが荒い息を吐く。忙しなく視線が往復する。見る間に両手の動きが精彩を欠いていく。明らかに超高速アイコン運動を捉えきれていないのだ! ナムアミダブツ! アイコンはターゲットの彼方へ流れて行き、筐体前に立つシホ目掛けて襲い掛かるイメージで彼女のニューロンに過負荷を与えた! 「ンアーッ!?」ワイヤーアクションめいてシホが吹っ飛ぶ!
          
 KRAAASH! シホは後方の格闘ゲーム筐体に激突! 「シホ=サン!」アンナが駆け寄り息を飲んだ。シホは額から血を流し項垂れていた。その手からバチが音を立てて零れ落ちる。アンナに揺さぶられるシホが微かに目を開けた。ゲーム筐体画面に『マケグミ』の無慈悲な表示が浮かぶ。そして声援。
        
「ガンバレ!」
「コッカキミツ!」
「ガンバレ!」
         
 擦れた視界に金色の後光を纏い鎮座する『タイコのタツジン』。ソーマト・リコールが見せる幻覚か、青白いアイドル装束の仲間達が手招きをするのが見える。あの日の、また一歩前に進んだステージの衣装。万雷の声援。光り輝くシホの幻影が、彼女に手を差し伸べた。
            
「Wasshoi!」
             
 そしてシホは立ち上がった! 立ち上がったのだ! 「イヤーッ!」額の血を拭いコイン投擲! 同時に回転跳躍! 「イヤーッ!」キャバーン! ジングルが鳴り響き選曲画面! おお、見よ! バチを構えたシホの姿は伝説の剣豪ミヤモト・マサシめいて勇壮! 決断的に選曲! 『ありがたみ』!
             
 『むずかしさを』ドドン! 当然のようにオニ! 軽快なリズムが流れ出す。そのごく一瞬の間に、シホは目を閉じ深く息を吸い、吐いた。「スゥーッ……ハァーッ……」アイコンが流れ来る! 「イヤーッ!」カッと目を見開きバチを振り下ろす! 次々とアイコン撃破! やがてシホはリズムと一体化する! 「イヤーッ!」
           
 「100コンボドスエ」もはや先程のようなブレは一切ない。極度の集中の果てに、シホはタイコの向こうに広がる無限の地平を見出した。傍ではアンナをはじめ劇場の仲間達が応援してくれている。シホは隣にいる自身を見た。彼女は頷き返した。(((私はもう独りじゃない!)))『300コンボドスエ』
             
 「「ワオー!」」ゲームセンター内は渦を巻く熱狂!正しくライブ会場! アンナも飛び上がり声援を送る! そして遂に、シホは最後の一打を叩き込んだのだ! ハードッコイ! 『500コンボ』『フルコンボドスエ』おお、ゴウランガ! ゴウランガ! 画面に浮かぶ『カチグミ』! ファンファーレ! パワリオワー!
            
「スゴイ!」
「ワオー!」
「コッカキミツ!」
「やったねシホ=サン!」
              
 アンナが抱きつく。シホは上気した頬を僅かに緩ませ、観客の声援に応えるように右手のバチを掲げた。
    

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