ミドフル

第4話:四月のメイドさん

【前回のあらすじ】
 誘拐犯の船に乗り込んできた白髪の男は、「当たり屋」であることを悪びれることなくオカシラたちを脅迫する。行き過ぎた態度から、ついには戦闘となるが――。


 白髪の男を四方から取り囲んでいたチンピラたちは、突然の嵐に動転してまだ身動きが取れない。

 だが嵐の止む気配は一向になく。
 まるで本物の竜巻のように男は回転した。
 突き出されたブーツは凶器となり、棒立ちになっていたチンピラたちのあご目掛けて不意打ちの回し蹴りを見舞う。
 それはたった数秒の出来事。
 白髪の男は一瞬にして五人の敵を床に沈めた。

「て、てめええッ!」

 航行機器で作業をしていた男たちが立ち上がる。
 それと同時に、タクヤと少女のそばにいたチンピラたちも白髪の男目指して飛び掛ろうとした。
 しかし、すんでの所でその動きが止まる。
 なんとあの可憐な少女が、チンピラたちの手首を握り潰さんばかりに掴んでいたのであった。

「あでででででッ、な、なにしやがるこのアマ!」

「う、うわあああッ!」

 さらにストレッチャーに座ったままの姿勢、純粋な腕の力だけで彼らを艦橋の天井に叩き付けた。
 投げられたチンピラたちは低重力のなか、しばらく床と天井とを往復するハメになる。無論、気を失った状態で。

 唖然とするタクヤを無視して、彼女は「折れているはず」の脚で床に立ち上がった。
 いかに艦橋の床材が吸引性質を持っているとはいえ、それは見事な立ち姿である。

 状況がうまく飲み込めないままのタクヤを置き去りにして、彼女はいままで鎮座していたストレッチャーを持ち上げてスローイングの姿勢。

 狙うは首魁、誘拐犯のオカシラ。
 その手には拳銃が握られ、すでにトリガーに指が掛かっていた。

 一方、白髪の男は電光石火である。
 すでに残りのチンピラたちを屠っている。
 だが、その背中は無防備そのもので、銃口を向けられていることなど、まるで気付いていない。

 だがオカシラがその背中に向けて、鉛玉を撃ち込もうとするよりも一瞬だけ速く――。
 赤毛の少女がブン投げたストレッチャーが、銃身を弾いた。

 乾いた銃声と硝煙の香りが艦橋内に広がる。
 鉛玉は白髪男の左肩を撃ち抜いて壁にめり込んだ。
 兆弾はしない。
 一瞬にして、壁材補修用の樹脂に固められプカリと宙に浮いた。

「フンッ !」

 漂う紅い雫。
 肩の銃創から吹き出す、おのが血飛沫のなかである。
 男は猛然と駆け抜け敵の大将の首を獲った。
 巨大な手の平で相手の髪を鷲掴み、そのまま下方へと引く。
 さらには鼻先に渾身の膝蹴りを見舞う。
 ブチブチブチィっという髪の毛が引き千切れる音が辺りに聞こえたかと思うと、オカシラはドス黒い鼻血を吹いて壁際までぶっ飛んで行った。

 白髪の男は返り血を浴びぬよう、すでに後方へと飛び退いている。
 ゆっくりと艦橋内を遊泳する様はまるで、ハンモックに揺られて昼寝でもしているかのようだった。

 戦いは終わった。
 あとには壮絶な光景だけが残された。

 血風吹で荒れる宇宙船の艦橋内。
 気を失う者こそいるが、死者の数ゼロ。

 その嵐の中心人物はいま床に降り立ち、暢気に一服つけている。
 真っ赤に染まった空間のなかで、実に旨そうに紫煙を燻らせていた。

「ブリッジは禁煙です、ご主人様」

 赤毛の少女がそう言った。
 この凄惨な状況にも拘らず、あの無機質な口調で。

「他所の船だぜ? 構うこたねーよ」

「いけません。クセになります。そもそもブリッジという精密機械が密集した空間で、タバコなどという下賎で非生産的な嗜好物を摂取しようとする行為そのものがおかしいのです。繊細な電気配線、及び電子基盤を万一、タバコに含まれる有害物質が腐食したらどうするおつもりですか? この広い宇宙。航行不能になった宇宙船の末路はそれはそれは悲惨なものでしょうね。目に浮かびます。真っ暗闇のブリッジ内には腐ったご主人様の骸」

「分かりました。スンマセン、もういいです」

 ふてくされた白髪の男は、渋々タバコの火を踏み消す。
 一方、赤毛の少女は眉ひとつ動かさない。

「ご理解いただけて光栄です。こういう場合は確かこう――か、勘違いしないでよねッ、別にアンタの健康を気にして言ってあげたんじゃないんだからッ……とか言うんでしたっけ」

「ツンデレを何か根本的に勘違いしてるなチミは。そんな程度のデレじゃ、前半のお説教部分は払拭できませんからね」

「わッ、キモ。この人マジキモいんですけどー。ツンデレとか、萌えとか、団地妻だとか、ホントありえなーい。三食カップ麺とか食べて死んじゃえばいいのにって感じぃ? ……確かこの場合、こういう返しが一番」

「待て。おのれのキャラにかこつけてさらっと暴言を吐くな。前から言おうとは思ってたけど分かってやってんだろお前。それに団地妻って、どこで覚えてきたそんな言葉っ!」

 白髪の男が今日一番のテンションを見せる。
 無表情でチンピラたちを蹂躙できる猛者が、お年頃の少女相手に何だかよく分からないお説教をしている。
 眠たそうな三白眼をまん丸に見開いて吠えているのだ。
 一方、少女は聞く耳持たず。澄ました顔であらぬ方を向いていた。
 はっきり言って……変な人たちである――。

 通常であれば百パーセント関わりたくないタイプの人種だ。だが、いまはタクヤにとっては千載一遇のチャンスである。
 逃げ出すのはいましかない。
 しかし相手もさる者で。

 実弾で肩を撃ち抜かれても平然と動けるようなタフガイだ。
 それにあの暴れっぷり。
 一見温厚そうに見えるが交渉相手としてはかなりの難物である。
 あの立ち回りを見せられた後では、まるで敵う気がしない。
 ここはもう相手の良心に訴えかけるしかなかった。

「あッ、あのッ!」

「んあぁ?」

「お、お願いしますッ! 助けてくださいッ!」

 タクヤは手足の自由の利かぬ身体で床を這いずり、ふたりに近づいた。
 あたりには白髪の男に倒されたチンピラたちが浮遊している。
 低重力のうえに、この有様では立ち上がることさえ叶わない。タクヤは血で霞む天井を見上げることしか出来なかった。

「なんだぁこの小僧は? イモムシみてーに地べた這いずり回りやがって。プレイか? イモムシプレイか? 若い身空でどんだけマニアックな趣味してんだよ。もう普通の快楽には戻れませんってか? それとも根っからの緊縛少年ですか? どーなんだ、あーん?」

「な、なに言ってんだアンタ! 見れば分かるだろ、捕まってんだよ! 拉致だよ、監禁だよ! あと初対面の人間にそんなニッチな性癖うかがうか普通! どういう神経してんだアンタ?」

「あぁん? マニアに説教される覚えはねーんだよ。助かりたけりゃ自分でなんとかするんだな。困った顔すりゃ誰かが救いの手を差し伸べてくれるとでも思ってんのか。甘いよ。チューブ入りの練乳を直にすするぐらい甘ぇ。悪いが忙しいんでな、他当たってくれや。……エイプリル」

 とぼけた顔つきとは裏腹に、白髪の男は辛らつな言葉をタクヤに投げつける。語気こそ違えど、誘拐犯のオカシラにも言われたことと似ている。我ながら返す言葉もない。
 男はタクヤを無視して少女のほうを振り向いた。

「この船の見取り図出せ」

「かしこまりました、ご主人様」

 エイプリル――白髪の男からそう呼ばれた少女は、手の平をうえに向けて左手を掲げてみせる。

 すると掌上数センチの空間にホログラム式のディスプレイが現れた。
 やや彼女の手に余るサイズだが、その解像度は並の端末画面よりも鮮明であった。

 うっすらと向こう側の透ける表示画面で、そこに映し出されたのは、中型の貨物船の見取り図だった。

 艦橋を始めとする複数の船室や船内施設、動力部や倉庫などが区分けされ表示されている。無論、この船のものだろう。監禁されていた部屋の場所にはタクヤの覚えがあった。

「燃料タンクと厨房はこちらです。船内をくまなくスキャンしましたが、現金は船長室内の金庫にあるのみでした。レーザーカッターが格納庫の整備場にありますので、途中お立ち寄りください」

 次々と画面が切り替わって、ズームアップやマーキング処理が施されてゆく。それを見て白髪の男は「フンフン」と相づちを打っている。

「格納庫か……ついでだし宇宙服も頂いていこう。ウチのはひとつパーになっちまったしな」

 とエイプリルの着ている宇宙服の胸をコンコンとノックした。

「これはもう使えない。エイプリル、その辺に脱ぎ捨てとけ」

「では失礼して……」

 エイプリルは、胸部に付いている宇宙服の脱衣ボタンを押す。
 すると宇宙服内部でロックが解除される音がした。
 金属性の胴体部分――首から下腹にかけての正面パーツがワンピースでゆっくりと外れてゆく。

 構造上、リンク機構になっているので完全に分離はしないが、装着者が宇宙服の脱ぐには充分なスペースが開いた。
 そしてここは低重力空間。
 腕脚部から四肢を引き抜いたエイプリルは、まるで舞うようにスルリと中から飛び出してきた。
 蝶がサナギから羽化するかのようだ。

 腰まで伸びた長い赤毛が踊る。
 無粋な宇宙服で覆われ、窺い知れることのなかった彼女の容姿がいま露わになった。

 適度に膨らんだ胸。
 きゅっと締まったウェスト。
 極めて女性的なヒップラインには母性すら漂う。
 身長はタクヤと同じくらいか、やや低め。
 タクヤはまだ成長期だとして、女性としては平均か。
 
 そしてそのしなやかな美身が纏うのは、黒を基調とした膝丈のふんわりスカート。
 襟元までぴしっと閉められたドレスシャツ。
 胸元からスカートまでの正面を覆い隠す、純白でふりふりなエプロンが眩しい。ただでさえくびれたウェストをきゅっと腰紐で締め付けて。

「おう。これ返しとく」

 白髪の男がジャケットのなかから取り出したのは一本のカチューシャだ。
 それもエプロン同様、ふりふりのきゃるきゃるである。

「お預かりありがとうございました、ご主人様。やはりこれがないと落ち着きませんね」

 エイプリルは手渡されたカチューシャをおもむろに赤毛に乗せる。
 どうやら完成したらしい。現れ出でたのは、完全無欠のメイドさん。
 あまりのことにタクヤは言葉も出なかった。


つづく。

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次回→『一握りの勇気』
前回→『白髪の男と美人局』

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真野てん|Web小説家

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