性犯罪に関する新たな構成要件の提案

第8/不同意性交等の罪について考える

1 はじめに

そろそろ名古屋地裁岡崎支部の無罪判決について検討しようと思っていたのだが、このところツイッター上で「不同意性交等の罪」についての議論がいきなり賑やかである。ちょうど前回の末尾でも「不同意性交等の罪」については少し触れたところであり、この機会に検討しておきたいと思い、急遽このテーマで書くことにした。

以前にも触れたように、最近「不同意性交等の罪」を創設すべきではないか、という提案がある。そして、これに対しては、もちろん反対意見もある。

私自身はと言うと、全面的に反対というわけではなく、構成要件の作り方次第ではあってよいという見解だ。なぜなら、率直に言って、現在の刑法の性犯罪の規定は「カタログの品揃え」が少なすぎて、処罰に値すると思われる行為の一部がそこから漏れており、多くの人々(主として女性)に不満と不安を与えているように思うからだ。

その声には、弁護士をはじめとする法律関係者も、真摯に耳を傾けるべきだと思う。そこで、少し法改正についての建設的な議論を試みたい。

2 暴行・脅迫要件不要論

この議論は、そもそもは、刑法第177条「強制性交等の罪」の要件から「暴行又は脅迫を用いて」という要件を外してしまってはどうか、という議論から始まっているように思われる。

(1)条項案

この見解を、単純に条文に反映すると次のようになる。

(不同意性交等)※
第177条 に対し、性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、不同意性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。

まず、「暴行又は脅迫を用いて」という暴行・脅迫要件を外した。

次に、これを外すと「13歳以上の者に対し」「13歳未満の者に対し」という前段・後段の区別は、少なくとも文言上では意味をなさなくなるので、これも外してみた。

そして、そうすると、前段と後段の違いがまったくなくなるので、後段を削った。

こうして出来上がったのが、上記の条項案である。

(2)相手方の同意による違法阻却

この条文だけを読むと「性交等」をした人のすべてに対して、この「不同意性交等の罪」が成立し、処罰の対象とされてしまいそうに見えるが、そうではない。

犯罪は、構成要件に該当する違法かつ有責な行為であり、構成要件該当性のほか、違法性有責性を備えてはじめて成立する。つまり、犯罪の構成要件に該当しても(=条文の要件にあてはまっても)、違法性阻却事由責任阻却事由がある場合には、犯罪は成立せず、国家刑罰権は発生しないのである。

以前にも示したが、その構造は下図のとおりだ。

そして、違法性阻却事由の1つとして「被害者の同意」がある。これは、正当防衛(刑法第36条第1項)や緊急避難(刑法第37条第1項本文)のように条文上の根拠をもつものではないが、超法規的違法性阻却事由として、古くから認められている。

そこで、相手方の同意がある場合には、行為者には違法性阻却事由が認められ、その行為は違法ではないとされるので、同人に「不同意性交等の罪」は成立しないことになる。

つまり、暴行・脅迫要件不要論も、「性交等をしたらすべて犯罪となる」というようなアホなことを主張しているワケでは全然ないのである。

(3)いくつかの問題点

ただ、上記のような条文の単純な改定は、問題点がないワケではない。

第1の問題点は、このような条文の作りにすると、規定上、性交等をすることが「原則として違法」ということになってしまう点である。もちろん、すでに説明したとおり、相手方の同意があれば、違法性が阻却され、犯罪は成立しないワケだが、いくらそう説明されても、構成要件に該当する行為は原則的には違法な行為であり、「セックスは原則的には違法だ」と言われると、ちょっと気分が悪いだろう。

第2の問題点は、性交同意年齢の基準がなくなってしまうという点である。現行の刑法第177条後段の規定には、前段と違って「暴行又は脅迫を用いて」という文言がなく、単に「13歳未満の者に対し、性交等をした者」となっている。これは、暴行・脅迫要件を構成要件上不要としただけでなく、解釈上は「だから、同意があっても同意は無効なのだ」という性交同意年齢を導き出す役目をも果たしている。そこで、上記の条項案のように、前段から暴行・脅迫要件を外し、さらに前段・後段の区別をなくしてしまうと、いったい何歳未満の者の同意は無効となるのか、という基準も条文上消えてしまうことになる。さすがにこれは不都合なので、この点については何らかの手当てが必要だろう。

第3の問題点は、法定刑が重すぎるという点である。第177条の罪の法定刑は、平成29年改正以後「5年以上の有期懲役」(上限は20年)であるが、これは、暴行・脅迫によって他人の財物を奪うという強盗罪(刑法第236条)の法定刑と同じである。そして、強盗罪の法定刑が、窃盗罪の法定刑(10年以下の懲役または50万円以下の罰金)よりもはるかに重いのは、相手方の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫を用いるというその手段の危険性・悪質さと無関係ではない。

それにもかかわらず、第177条の罪において、単に暴行・脅迫要件を外し、法定刑をそのままにするのでは、強盗罪と比較しても明らかに法定刑のバランスが悪いだろう。

もちろん、その内部には、従来の強制性交等の罪に該当する違法性の高い類型の行為も含まれるが、その一方で、それに比べて違法性の低い類型の行為も含まれてくるのだ。この低いほうに対応するものとしては、下限が「5年以上の懲役」というのは、明らかに不当に重いと言ってよい。

3 不同意性交等の罪の新設

このように見てくると「不同意性交等の罪」という犯罪類型を作るとしても、少なくとも、従来の第177条の罪から「暴行又は脅迫を用いて」という要件を外すという方向での安易な改正は、適切とは言えないように思われる。

そこで、改正するのであれば、そのようなやり方ではなく、従来の「強制性交等の罪」はそのまま温存し、これよりもやや軽い犯罪類型として「不同意性交等の罪」を新たに創設するほうが妥当だろう。

そして、そのような改正を考える場合、新たに作られる条文の体裁としては、次の3つのタイプを考えることができるように思う。

①傷害罪型

②不同意堕胎罪型

③窃盗罪型

がそれだ。そこで、以下では、それぞれのタイプの条項案について説明するとともに、検討を加えることにしたい。

(1)傷害罪型

例えば、傷害罪型で規定するのであれば、不同意強制性交等の罪は、次のような条項となる。

(強制性交等)
第177条
 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
(不同意性交等)※
第177条の2
 人に対し、性交等をした者は、不同意性交等の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。

現在の第177条の次に「第177条の2」として新たな犯罪を新設するという方式であるが、その条文の構成要件の部分は、前述の「不同意性交等の罪」の場合とまったく同じである。

法定刑については、差し当たり「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」としたが、これは、窃盗罪(第235条)の法定刑をそのまま拝借したものだ。もし第177条の軽減類型を作るならこの程度かな、という極めていい加減な感覚による。しかし、もしこの法定刑で不満がなければ、前述した第3の問題点はクリアだ。

また、この型では、自動的に第2の問題点も解消されている。すなわち、このように新たな犯罪を新設する方式にした場合、従来の第177条の「強制性交等の罪」はそのまま残っているので、「13歳未満の者に対し、性交等をした」場合については、従来どおり、第177条後段の罪に該当し、法定刑も「5年以上の有期懲役」となる。そして、この場合は、従来同様、被害者の同意は無効であると解されるから、性交同意年齢についても、従来どおりの解釈が維持されることになる。

ところで、このタイプを「傷害罪型」と呼ぶのは、傷害罪の構成要件の場合は「被害者の同意」があっても、構成要件には該当するとされ、そのうえで、次の違法性判断の段階でこれが違法性阻却事由として働き、違法性が阻却されて、犯罪が成立しない、との思考過程をたどるからだ。

傷害罪の条文を使って具体例で見てみよう。傷害罪の条文は、次のように規定されている。

(傷害)
第204条
 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

そこで、これを次の事例にあてはめて見よう。

【事例1】X男は、SMプレイが趣味である。生来の「M」であるX男は、ある夜、交際相手のA女に対し、自己の性癖を打ち明け、自分の背中を鞭で打ってくれるように頼んだ。
「でも、X君。そんなことしたら、背中がミミズ腫れになっちゃうよ?」
「いいんだ。ミミズ腫れになっても。というか、むしろそのほうがいいんだ。Aちゃん。僕のことを愛してるなら、この鞭で僕の背中を思いっきり叩いてくれ。ついでに僕のことを、このブタ野郎って罵ってくれ」
「本当にいいの?」
「本当にいいんだ。さあ、思いっきりやってくれ!」
そう言ってXから鞭を渡されたA女は、「このブタ野郎!」と叫びながら、Xの裸の背中をその鞭でメチャクチャ叩いた。その結果、Xは、背中を負傷するとともに、久しぶりの性的快楽に満足したのだった。

この場合、A女の行為は「人」であるXの「身体を傷害」しているから、傷害罪の構成要件に該当する。たとえXが同意していても、そのことによって構成要件該当性が否定されることはない。被害者の同意は「人の身体を傷害した」という事実と両立し、その何らをも否定しないからだ。

そこで、構成要件に該当することを前提として、次に違法性阻却事由の有無を判断するわけだが、ここではじめて「被害者」であるXの「同意」が効いてくる。すなわち「被害者の同意」が違法性阻却事由と認められ、Aの行為の違法性が阻却され、傷害罪の成立が否定されるのである。

前述した「傷害型の不同意性交等の罪」は、あたかも「性交等」を「人の身体の傷害」とを同様に位置づけて、条文上規定するものと言える。

しかし「性交等」と「人の身体の傷害」とは同じだろうか? あるいは、同類のものとして扱うことが適切だろうか? 多くの人が釈然としないのは、この点だろう。

だって「人の身体を傷害する」というのは、ちょっと考えても(原則として)正常な行為ではない。しかし、これに対し「性交等」自体は、本来なんら異常な行為ではなく、そもそもは正当な「愛の営み」だ。そんな「愛の営み」を「人の身体を傷害する」というような原則的に異常と思える行為と同列に置くことが適切だろうか? 私たちが、どこか「居心地が悪く感じる」のは、おそらくこの点である。

もちろん「居心地が悪い」などというのは気分の問題であり、結局、違法性阻却され、犯罪の成立は否定されるのだから、そんなことをとやかく言うほうがおかしい、という意見もあろう。この意見は傾聴に値する。こういう捌けた人も、世の中には結構いるモンだ(特に理論派を自認する人に顕著に見られる傾向である)。

しかし、そうは言っても、やはり前述した第1の問題点について気になる人は少なくないのではないか。そしてそうあれば「相手方の同意」がある場合には、ちゃんと構成要件該当性が否定されるように、「相手方の同意のないこと」を何らかの形で構成要件要素として加える必要がある。

(2)不同意堕胎罪型

では、相手方の同意なく行われたことが構成要件上明記されている犯罪にはどのようなものがあるか。その例として不同意堕胎罪(第215条1項)がある。次のとおりである。

(不同意堕胎)
第215条 女子の嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで堕胎させた者は、6月以上7年以下の懲役に処する。
(2項省略)

そこで、相手方の同意なく実行行為がなされたことを構成要件上明記するのであれば、「不同意性交等の罪」の文言を見習って次のように規定することが考えられる。

(不同意性交等)※
第177条の2
 人に対し、その嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで、性交等をした者は、不同意性交等の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。

この場合「嘱託」とは相手方からの積極的な依頼であり、「承諾」とはそれ以外の相手方の同意である。結局、相手方の「同意」のある場合は、そのいずれかに該当するのであり、構成要件該当性が認められないことになる。

そこで、このような規定形式にすると、同意のある場合の性交等はすべて構成要件該当性を欠き、原則正当ということになるから、気分も悪くないだろう。晴れて、前述した第1の問題点もクリアというわけだ。

では、これで何の問題もないのだろうか?

ところが、ここにまだ最大の難問が残っているのである。それは、同意の有効性の要件という問題である。これが第4の問題点である。

(3)同意の有効性と錯誤による同意

被害者による同意」が有効であるためには、いかなる要件が必要かについては、かねてから議論されている。この議論は、同意の時期、同意は表明されている必要があるか、行為者は同意の存在を認識している必要があるか、不法な目的のための同意は有効か、など多岐にわたっている。

そしてこれらの議論は、なぜ被害者の同意によって違法性が阻却されるのかという「違法阻却の根拠論」、さらには、そもそも違法性とは何かという「違法性の実質」をめぐる厳しい学説の対立(倫理規範違反説vs法益侵害説、行為無価値論vs結果無価値論)にまで遡る。

だが、ここではそのような総論的な議論に深入りすることは避けよう。

ただ、どのような立場からも、被害者の同意が有効であるためには「同意能力があること」および「自由な意思による同意であること」は必要であると言われており、これについて考えたい。

まず「同意能力がある」とは、同意をする被害者(相手方)に、同意の意味を理解し、合理的に判断することできる知的能力が備わっていることを意味する。この能力は、どのような被害に対する同意かによってそのレベルは異なってくるものだが、現行刑法は、性交等については13歳未満の者には一律に同意能力がないとしていると解されている。

ただ、問題は年齢だけではないので、年齢が13歳以上でも精神障害などがある場合にはその程度によっては同意能力が否定される場合も、当然にあり得る。

次に「自由な意思決定による同意」であるためには、どのような場合であることが必要か。

まず第1に、強制の要素による影響が問題となる。自由な同意の対局に位置するのは「強制による同意」である。暴行や脅迫の結果として、完全に自由が失われた状態(反抗抑圧状態)に至れば、そもそも「同意」という行為自体の存在が否定される。

問題はそこまでには至らない暴行、脅迫、威迫、抑圧などの影響がある場合で、相手方が畏怖し、いわゆる「瑕疵ある意思表示」と言われる状態で同意をした場合である。このような瑕疵ある同意は有効なのであろうか?

基本的は考え方としては、自由な同意ではないという意味で、無効とすべきであろう。ただ、どの程度の強制の要素があれば同意が無効とされるべきかについては、微妙な問題もあるだろう。では、次の事例などは、どうか?

【事例2】 B女とY男は同棲中である。
ある日の深夜、ベッドの中でB女が言った。
「ねえ、Y君、エッチしようか?」
「え? これから? あの、今日、僕、バイトでスゴく疲れてて、明日も早いんだ。今度にしない?」
「は? 何それ。せっかくアタシが誘ってあげてるのに断るの?」
「……」
「アタシ、いつもY君のわがまま聞いてるよね? それなのに、たまにアタシのほうから誘うとその態度? アンタ何様のつもり?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、いいわ。アタシ、別の人と浮気しちゃう」
「ちょ、ちょっと待ってよ。わ、わかったよ。Bちゃん、エッチしよう」
「ほ、本当ッ! 嬉しいッ!」
Y男は、疲れたカラダにムチ打ってB女とセックスをした。
B女には不同意性交罪が成立するか?
【事例3】 Z女は、会社の上司のC男から非常階段に呼び出された。
「何のつもりですか、C課長。こんなところに呼び出して」
「いや。君も大胆だね、Z君」
「何のことですか?」
「とぼけても無駄だよ。証拠は掴んでるんだ」
「……」
「君、会社の金、着服してるだろ?」
「!」
「もういくらくらいになる?」
「C課長、どうするつもりですか? 警察に……」
「いや、そんなことをしても僕には何のメリットもないからね」
「じゃあ、何が目的ですか? お金?」
「まさか。僕は、君とは違ってカネには困ってなくてね」
「……」
その夜、Z女はC男に誘われるままホテルに行き、求められるまま性交に応じたのだった。さて、C男には不同意性交罪が成立するか?

【事例2】は、さすがに不同意性交罪を成立させるべきではないだろう。では【事例3】はどうか? もし要求したのがカネであれば、C男には恐喝罪(刑法第249条1項)が成立する事例である。それゆえ、この事例で不同意性交罪を成立させないのであれば、新たにこの罪を創設する意味はないのかもしれない。つまり、不本意に性交を強要されたものとして、不同意性交罪の成立を認めるべきこととなろう。

第2に、同意に錯誤がある場合も問題となる。これには、言い違いなどによって同意を与えようと思っていたのとは別のものに同意を与える表示をしてしまったような場合もあるし、人違いで同意を与えてしまったような場合もある。これらの場合、もちろん同意は無効となる。

最も問題になるのは「動機の錯誤」の場合である。これは、被害を受けること(本条で言えば性交等をすること)それ自体については納得して同意しているが、その同意を生み出した動機に事実誤認があったというような場合である。これも、いわゆる「瑕疵ある意思表示」と言われる状態である。

この場合に問題となる典型的な事例としては、次のようなものが挙げられる。

【事例4】 D男は、W女(19歳)に対し、「1万円やるから、ホテルに付き合えよ」と言った。W女はお金が欲しかったので、この誘いに応じ、D男に求められるまま性交に応じた。行為後、W女が「ねえ、約束のお金」と言うと、D男は手のひらを返したように「だれが、お前なんかにカネなんか払うかよ。バーカ!」と言ってカネを支払おうとはしなかった。最初からカネを払う気などなかったのである。この場合、Dには不同意性交罪が成立するか?

このような場合に同意を無効とするか否かをめぐっては、学説に対立がある。

1つの説は、この事案においてお金を支払ってもらえるか否かは、W女が同意するか否かにおける重大な事実で、もしこの点に関する事実の誤認(錯誤)がなかったならば(=支払ってもらえないと知っていたら)同意はしなかったと言えるので、同意は無効であるとするものである。この説は「その錯誤がなかったら同意をしなかったか」という条件関係を基準とするので、条件関係的錯誤説とか重大な錯誤説などと呼ばれる。判例などはこの説に立っていると言われる。

もう1つの説は、同意とは法益の処分であるから、認識している法益処分の内容について錯誤がなければ、同意は有効であるとする立場である。そして、この場合における法益処分の内容とは、処分する法益の存否、種類、質、量などを言うとされる。この見解は、法益関係的錯誤説と呼ばれ、近時最も有力な見解だ。この見解によれば、上記【事例4】では、W女には、D男と性交をするという法益処分の内容について錯誤はないので、同意は有効であり、Dには不同意性交罪は成立しない、ということになる。

では、次の事例はどうだろう。

【事例5】 E男とV女は恋人同士である。
ある日、まさにエッチをしようとしている時に、V女が言った。
「E君、ゴム着けてね」
「ああ、わかってる。もう着けてるよ」
そして2人は性交した。しかし、行為後、Eはコンドームを装着しておらず、しかもV女の膣内に射精してしまったことが判明した。Eはその時コンドームを持っていなかったが、どうしてもセックスを断念したくなかったので、嘘を言ったのだった。この場合、Eには不同意性交罪が成立するか?

女性の側にとって避妊をするか否かは重大な問題であり、避妊ができないのなら同意をしなかったと言えるから、条件関係的錯誤説では、同意は無効となり、Eは不同意性交罪となろう。

また、法益関係的錯誤説でも、避妊をしているか否かは、まさに性交の内容に関わることであるから法益処分の内容に関する錯誤であり、やはり同意は無効となろう。よって、この立場からも、Eには不同意性交罪が成立することになるものと思われる。

【事例6】U男とF女は恋人同士である。U男は、まだ結婚もしたくなかったし、子どもも作りたくなかったので、いつも慎重に避妊をしていた。そうしていたところ、ある日、F女が言った。
「U君。今日、アタシ、安全日だからゴム無しでも大丈夫だよ」
この言葉を真に受けたU男は、珍しくコンドームを装着せずに性交に及んだ。ところが、後日、F女が妊娠したことが判明した。
「Fちゃん。この間、安全日だって言ってたじゃん?」
「ごめん。アタシ、U君の子どもが欲しかったから嘘を言ったの」
「そ、そんな……」
この場合、F女には不同意性交罪が成立するか?

この場合も、条件関係的錯誤説でも、法益関係的錯誤説でも、F女には不同意性交罪が成立することになるだろう。男性にとっても、避妊は重大な問題であるし、性的自由の内容に関する錯誤でもあるからである。

ところで、以上検討してきたような「錯誤による同意」をめぐる問題は、相手方の同意を違法性阻却事由として機能させる場合にも、構成要件要素として相手方の同意がないことを取り込む場合にも、基本的には、等しく当てはまる。違法性阻却事由を、構成要件要素に格上げしたところで、基本的には、中身は変わらないからである。

ただ、違法性阻却事由の場合は、その内容は理論的な帰結をダイレクトに反映せざるを得ないが、それを構成要件要素化する場合には、そこに若干の加工を施すことも不可能ではない。それが次の「窃盗罪型」の方式である。

(4)窃盗罪型

窃盗罪(刑法第235条)の条文は、次のようになっている。

(窃盗)
第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

窃盗罪の条文には、何ら「同意」に関する文言はない。しかし、ここにいう「他人」が同意した場合、窃盗罪はどうなるだろうか? 例えば、次のような事例である。

【事例7】 Tは、自宅の庭先に鉢植えを所有し、占有していた。ある日、友人のGが訪れ、それを見ると「なんだ手入れもしないで。おい。これ、持って行ってもいいか?」とTに尋ねた。Tは「ああ、好きにしろ」と答えた。そこで、Gはその鉢植えを自宅に持ち帰った。この場合、Gに窃盗罪は成立するか?

小学生でも正解できそうな問題だが、正解は「成立しない」である。なんのヒネりもない。

では、なぜTの同意があると、Gに窃盗罪が成立しなくなるのか? もし、Gがこっそり鉢植えを持ち帰ったら、Gには窃盗罪が成立することは明らかである。それが、なぜTの同意によって窃盗罪が成立しないことになるのか?

これは「被害者の同意」によって、Gの行為の違法性が阻却されるから、ではない。構成要件に該当しなくなるからである。具体的には「窃取した」とは言えなくなるからだ。

窃取」とは、他人が占有する財物を、占有者の意思に基づかないで、その占有下から離脱させ、自己または第三者の占有下に移すことである。より簡単に、占有者の意思に反して財物の占有を自己または第三者に移転させることなどと表現されたりもする。

いずれにしても「窃取」の概念の中には、「占有者の意思に基づかないで」あるいは「占有者の意思に反して」という内容が盛り込まれている。そのため、占有者が「同意」していると、その占有者の「意思に基づく」ことになってしまうので「窃取」に該当しなくなるのだ。

そこで、不同意性交等の罪についても、窃盗罪と同じ感じで構成要件を作ることも考えられる。次のような条項になるだろう。

(不同意性交等)※
第177条の2
 人に対し、その意思に基づかないで性交等をした者は、不同意性交等の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。

このような規定にした場合、前述した不同意堕胎罪型の不同意性交等の罪とは適用範囲は変わるのだろうか? 実は、全然違うのだ。

窃取」における「意思に基づかないで」の「意思」とは、財物の占有の移転を受け入れているという心理状態であり、そこに錯誤や畏怖といった要素が介在していても、まったく問題とならないのである。

このような錯誤や畏怖に基づいて財物を交付してしまった場合は「意思に基づかないで」財物の占有が移転したのではなく、「瑕疵ある意思に基づいて」財物の占有を移転した(=財物を交付した)場合として、詐欺罪(刑法第246条)や恐喝罪(刑法第249条)によって処罰されるようにカバーされている。

そこで、このような窃盗罪型の不同意性交等の罪を創設した場合は、先程来見て来た【事例2】から【事例6】までは、すべてこれに該当しないことになるのである。なぜなら、これらの事例においては「性交等をすることに対する同意」は存在するからだ。

そうすると、翻ってどのような場合が窃盗罪型の不同意性交等の罪の守備範囲なのかと考えると、これは非常に狭くなる。

例えば、窃盗で言えば、手荷物から目を離した隙にこれを持ち去られた(置き引き)とか、懐中から財布をすり盗られた(スリ)、あるいは、突然バッグを持って行かれた(ひったくり)などに相当するような、「隙を突いた」あるいは「不意を突いた」態様の犯行が、想定されることになる。

しかし、スカートをめくるとか、おっぱいを鷲づかみにするなどの「わいせつな行為」であればいざ知らず、「性交等」つまり、性交、肛門性交、口腔性交となると、「隙を突いて行う」とか「不意を突いて」というのは、なかなか考えにくい。占有物とは異なり、性器等は身体から離脱できないので、「ちょっと目を離した隙に」ということが考えにくいのだ。

この点、比較的考えやすいのは「被害者が眠っている隙を突いて」という犯行態様であるが、これは「心神喪失」の場合であり、しかも、準強制性交等の罪では、昏酔強盗罪(刑法第239条))とは異なって「乗じた」の場合にも適用される規定形式になっているので、そもそもこれに該当することとなり、対応済みなのである。

(5)詐欺性交等の罪・恐喝性交等の罪

そこで、窃盗罪型の不同意性交罪を創設するのであれば、これだけではまったく不十分で、必ず、財産罪で言うところの詐欺罪恐喝罪に相当するような詐欺罪型の構成要件恐喝罪型の構成要件で補完することが必要となる。と言うか、むしろこっちだけがあればよい、という感じである。

これらの条項案を考えると、例えば、次のような感じである。

(詐欺性交等)※
第177条の3 人を欺いて性交等をした者は、10年以下の懲役に処する。
(恐喝性交等)※
第177条の4 人を恐喝して性交等をした者は、10年以下の懲役に処する。

この場合の「人を欺いて性交等をした」とは、相手方を欺罔し、これにより錯誤に陥らせ、その錯誤に基づいた同意に基づて相手方と性交等をした場合をいうことになる。

また「人を恐喝して性交等をした」とは、相手方の反抗を著しく困難にするには至らない程度の脅迫を用いて、相手方を畏怖させ、その畏怖による同意に基づいて相手方と性交等をした場合をいうことになる。

このような詐欺性交等の罪、恐喝性交等の罪の守備範囲は、前述した不同意堕胎罪型の不同意性交等の罪の適用範囲とかなり重なるだろう。

もちろん、詐欺性交等の罪の場合は、一応、行為者は自らの欺罔行為によって相手方を錯誤に陥れる必要がある。しかし、相手方がすでに錯誤に陥っていて、それを指摘せず、その錯誤を利用する場合にも、緩やかに行為者の作為義務を肯定し「不作為の欺罔行為」を認めるのであれば、その差は大きくない。

逆に、詐欺罪の場合の「相手方の錯誤」は、法益関係的錯誤には限定されず、条件関係的錯誤説のような発想でかなり広く適用されているという現状(詐欺罪の肥大化傾向)があるので、この点に鑑みるならば、不同意堕胎罪型の不同意性交等の罪を創設したうえで法益関係的錯誤説によって適用範囲を絞る場合よりも、よっぽど適用範囲が広くなる可能性があると言えよう。

他方、恐喝性交等の罪は、どうだろう。恐喝行為は、やはり行為者自らが行わなければならない。そこで、第三者の行為によって相手方がすでに畏怖に陥っており、これに乗じて行為者が性交等に及んだという場合を考えると、不同意堕胎罪型の不同意性交等罪のほうが適用範囲が広くなるように思われる。例えば、次のような事例である。

【事例8】 S女は、アイドルをめざす女性(19歳)であり、小さなプロダクションに所属している。ある日、S女はテレビ局のプロデューサーH男から食事に誘われた。そのことをSが所属事務所の社長Iに話すと、Iは「これは大きなチャンスだぞ。もしHからホテルに誘われたら絶対に断ったらダメだ。Hさんは大物だから、そんなことをしたら君のアイドルへの道は閉ざされる。頑張ってHさんに気に入ってもらえ」とSに言い含めた。案の定、Hと食事をした夜、S女はHからホテルに誘われたが、I社長から言われていたことに怯えていたため、断らなかった。そして、ホテルでも、Hに求められるまま性交に応じた。Hは、もちろん、Sが素直に従っているのは、Sが事務所の社長Iからいろいろと言い含められているために、不本意であるにもかかわらず大人しく従っているのであろうことは知っていた。この場合、Hに恐喝性交罪は成立するか?

この事例において、もし、H男とI社長の間に共謀があれば、共謀共同正犯として、両者にS女に対する恐喝性交罪が成立することは疑いない。問題は、そのような共謀が認められない場合だ。

この場合、恐喝性交罪で考えると、おそらくHに、この罪の成立を認めることは難しいだろう。しかし、不同意堕胎罪型の不同意性交罪であれば、Sの同意は自由な意思決定に基づくものではないとして無効となり、「人に対し、その嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで、性交等をした者」として、Hには同罪が成立することになるものと思われる。

(6)同意に対する錯誤

以上のように見てみると、いわゆる「不同意性交等の罪」などにより現在の刑法の性犯罪規定に対し何らかの立法的な手当をすることとした場合、割と現実的だと思える選択肢は、不同意堕胎罪型の不同意性交等の罪を創設する方法と、不同意性交等罪自体ではないが、その代わりに、詐欺性交等罪・恐喝性交等罪を創設する方法であるように感じられる。

両者の最も大きな違いは、錯誤や畏怖によって相手方の同意に瑕疵が生じる場合、その錯誤や畏怖が何によって生じたかが犯罪の成否に影響を及ぼすかどうかにある。すなわち、錯誤や畏怖の原因としては、

行為者の行為による場合

第三者の行為による場合

だれの行為にもよらない場合

の3つが一応考えられる。③は、相手方(被害者)が勝手に錯誤や畏怖に陥ったような場合である。

そして、不同意堕胎罪型の不同意性交等の罪の場合、この①から③までのいずれの場合であっても、犯罪の成立に影響がない。つまり、相手方の同意が瑕疵によるものである以上、同意は無効となり、不同意性交等の罪の構成要件に該当することとなる。

これに対し、詐欺性交等罪・恐喝性交等罪の場合であれば、基本的には、行為者の行為による場合(上記①)であることが必要である。

このように見てみると、②および③の範囲において、不同意堕胎罪型の不同意性交罪のほうが、詐欺性交等罪・恐喝性交等罪の場合よりも適用範囲が広いように思われる。……が、そう単純でもない。

例えば、②の場合、前述したとおり、詐欺性交等罪・恐喝性交等罪においても、行為者とその第三者との間に共謀があれば、両名は、詐欺性交等罪・恐喝性交等罪の共同正犯となる。

また、②③のいずれの場合でも、行為者において、相手方が錯誤または畏怖に陥っていることを認識しつつ、かつ、これを解消すべき作為義務が行為者に認められるのに、それをしなかったのであれば、「不作為による欺罔」または「不作為による恐喝」が認められ、行為者に同罪が成立する可能性はある。

他方において、不同意堕胎罪型の不同意性交等の罪においても、前述したとおり「錯誤による同意」の有効性に関する法益関係的錯誤説を採るのであれば、詐欺性交等罪を認める場合よりも、錯誤によって同意が無効になる範囲は狭くなる可能性がある。

また、たとえ不同意堕胎罪型の不同意性交等の罪を創設したとしても、②③の場合には、錯誤や畏怖の生じた原因が行為者の行為によらないため、行為者としてはそれを認識していないことは少なくないから、たとえ客観的には「同意によらない性交等」と認められても、それに対する構成要件的故意が認められないことは往々にしてあり得る。つまり、不同意性交等の罪を創設しても、②③の場合においては、行為者には相手方の有効な同意を誤信したという「同意に対する錯誤」があったとして、結局は、構成要件的故意が阻却され、犯罪が成立しないという結果に至ることも少なくない、ということだ。

4 結びとして

現在の刑法典の性犯罪規定に対し、もし不同意性交等の罪のような犯罪類型を導入することで、何らかの立法的な手当をするとした場合、どのような問題点があるだろうか? ここでは、そういうことを想定して、いろいろ検討してきたが、こういうときに常に心配しなければならないことは、

「やり過ぎていないか?」

ということだ。「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言うが、その一方では「及ばざるは過ぎたるに勝れり」という言葉もあるそうだ。つまり、やり過ぎは、足りないのよりもマズい、ということだ。

この点で、どうしても心配するのは、条件関係的錯誤説であり、近時の詐欺罪の肥大化傾向だ。

特に、後者については、その暴走がすさまじい。だから、どれだけのことを偽ったら不同意性交等の罪によって処罰されるのか? その範囲はどんどん拡大されたりしないのか? これに対する有効な歯止めはあるのか? そこはどうしても心配になるところである。

法律の規定は、どうしたって一人歩きする。

母親によって生み出された途端、いきなり予想もしなかったような猛ダッシュをし、当初、考えてもいなかったような事案にまで、あれよあれよと言う間にどんどん適用されるようになっていったりするのだ。これじゃあ、生まれた途端に7歩歩いて「天上天下唯我独尊」とか宣ったお釈迦様だって、びっくりである。

その一方で、前回の末尾にも触れたところであるが、不同意性交等の罪を新設すればすべてが丸く解決するか、と言うとそういうワケでもない。故意責任の原則がある以上「被害者の同意に対する錯誤」という問題は、どうしても残るからだ。

だからと言って、過失不同意性交罪を創設すればよいか、というとそういう単純なものでもない。たぶん、そんなことをしたら、最悪の結果となる。

だから、この問題については、前向きに、かつ慎重に、もうしばらく検討を重ねる必要があると思えるのだ。


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