性犯罪に関する新たな構成要件の提案

第7/準強姦罪と準強制性交等の罪の構成要件

1 福岡地裁久留米支部平成31年3月12日判決

今回は、福岡地裁久留米支部が平成31年3月12日に下した無罪判決を取り上げたい。この判決は、平成31年3月に立て続けに出された4つの無罪判決のうち、一番時期が早いものだ。

しかも、最初に報道された毎日新聞の記事は、短く、どんな状況で起こった事件なのかということについて、おそらく多くの人が誤解した。そういうこともあって、読んだ人々はその無罪という結果に大きな衝撃を受け、その衝撃は「こんな判決がまかり通るのか!」まどというこの判決を下した裁判官に対する怒り・批判・非難へとつながった。

このようなその多くの人々の性急な反応に対し、「ちょっと待て。判決文も読まずにそんな批判をするのは不適切だ」と、このような風潮を抑制しようとする弁護士たちからのツイートが相次いだ。しかし、結局は、これが後々にわたり、一般の人たちと弁護士たちとの間に大きな溝を生むことになる。

そういったきっかけとなった判決であり、記事である。まず、この判決について最初に報じた毎日新聞の記事を見てみよう。

毎⽇新聞(2019年3⽉12⽇ 12時32分)(最終更新 3⽉12⽇ 16時01分)
準強姦で起訴の男性会社役員に無罪判決 地裁久留⽶⽀部

飲酒によって意識がもうろうとなっていた⼥性に性的暴⾏をしたとして、準強姦罪に問われた福岡市博多区の会社役員の男性(44)に対し、福岡地裁久留⽶⽀部は12⽇、無罪(求刑・懲役4年)を⾔い渡した。

⻄崎健児裁判⻑は「⼥性が拒否できない状態にあったことは認められるが、被告がそのことを認識していたと認められない」と述べた。

男性は2017年2⽉5⽇、福岡市の飲⾷店で当時22歳の⼥性が飲酒で深酔いして抵抗できない状況にある中、性的暴⾏をした、として起訴された。

判決で⻄崎裁判⻑は、「⼥性はテキーラなどを数回⼀気飲みさせられ、嘔吐しても眠り込んでおり、抵抗できない状態だった」と認定。そのうえで、⼥性が⽬を開けたり、何度か声を出したりしたことなどから、「⼥性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」と判断した。【安部志帆⼦】

この、毎日新聞の3月12日の記事が最も早い。判決当日のお昼に報じられている。次いで、次の記事である。

毎⽇新聞(2019年3⽉12⽇ 東京⼣刊)
準強姦被告に無罪判決 「⼥性許容と誤信の可能性」 福岡・地裁久留⽶⽀部

飲酒によって意識がもうろうとなっていた⼥性に性的暴⾏をしたとして、準強姦罪に問われた福岡市博多区の会社役員、男性(44)に対し、福岡地裁久留⽶⽀部は12⽇、無罪(求刑・懲役4年)を⾔い渡した。

⻄崎健児裁判⻑は「⼥性が拒否できない状態にあったことは認められるが、被告がそのことを認識していたと認められない」と述べた。

男性は2017年2⽉5⽇、福岡市の飲⾷店で当時22歳の⼥性が飲酒で深酔いして抵抗できない状況にある中、性的暴⾏をしたとして起訴された。

判決で⻄崎裁判⻑は、「⼥性はテキーラなどを数回⼀気飲みさせられ、嘔吐しても眠り込んでおり、抵抗できない状態だった」と認定。そのうえで、⼥性が⽬を開けたり、何度か声を出したりしたことなどから、「⼥性が許容していると被告が誤信してしまうような状況にあった」と判断した。【安部志帆⼦】

これは、その日の夕方、東京版の夕刊に掲載されたもののようだが、内容は、見出し以外は最初の記事と変わらない。ただ、最初の記事に「最終更新 3⽉12⽇ 16時01分」とあるから、それ自体に、最初に報じられた内容から少し変更が加えられているようだ。

そして、翌13日の西部版の朝刊で報じられたのが次の記事である。見出しのほかにも、内容が少しだけ変更されている。記事中、太字にした。

毎⽇新聞(2019年3⽉13⽇ ⻄部朝刊)
無罪判決準強姦事件で 深酔い認識せず 福岡地裁久留⽶

飲酒で意識がもうろうとなっていた⼥性に性的暴⾏をしたとして準強姦罪(刑法改正で「準強制性交等罪」に名称変更)に問われた福岡市博多区の会社役員の男性(44)に対し、福岡地裁久留⽶⽀部は12⽇、無罪(求刑・懲役4年)の判決を⾔い渡した。

⻄崎健児裁判⻑は「⼥性が拒否できない状態にあったとは認められるが、被告がそのことを認識していたとは認められない」とした。男性は2017年2⽉5⽇、福岡市の飲⾷店であった飲み会で深酔いして抵抗できない状態の⼥性(当時22歳)に店内で性的暴⾏をした、として起訴された。

⻄崎裁判⻑は「⼥性はテキーラなどを⼀気飲みさせられ、嘔吐して眠り込んでおり、抵抗できない状態だった」と認定。そのうえで、⼥性が⽬を開けたり、何度か声を出したりしたことから「⼥性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」と判断した。福岡地検は「上級庁とも協議の上、対応したい」とコメントした。【安部志帆⼦】

判決翌日に報じられたこの記事に至って、被告人と被害女性が2人きりだったのではなく「飲み会」での出来事だったことや、さらに、この被告人が被害女性に対してした性的暴行が「店内」で行われたのだ、ということが読者に判る状態になった。

これだけでも事件に対する印象は随分変わると思われるが、ただ、これは翌13日の記事であり、当日12日にこの記事を読んだ人は、同じ記事をもう1度は読まないだろうから、この西部版でのこの変更点を知らない人がほとんどだと思われる。私自身、弁護士会の委員会での資料を作成するために複数の記事を集め、読み比べてみて、初めて気付いたものである。

この無罪判決については、3月下旬に至り、同じ毎日新聞の記者によって、次に紹介する後続の記事が書かれている。

2 後続の記事で明らかになった事実

毎⽇新聞(2019年3⽉25⽇ 19時45分)(最終更新 3⽉29⽇ 18時27分)
記者のこだわり
準強姦無罪判決のなぜ その経緯と理由は?

福岡地裁久留⽶⽀部で今⽉12⽇に⾔い渡された準強姦事件の無罪判決が⼤きな反響を呼んでいる。判決は「⼥性が抵抗不能の状況にあったとは認められるが、男性がそのことを認識していたとは認めることができない」として無罪の結論を導き出したが、ネットでは「こんな判決がまかり通るのか」「男性が『レイプだ』と思っていない限り、罪にならないってこと?」などと批判や疑問が相次いでいる。どんな理由で今回の判決は下されたのだろうか。【安部志帆⼦/久留⽶⽀局、平川昌範/⻄部報道部】

飲み会で泥酔

判決によると、事件は2017年2⽉に起きた。福岡市内の飲⾷店でスノーボードサークルの飲み会が開かれ、20代の⼥性は友⼈と⼀緒に午後11時ごろに来店。⼥性はそのサークルのイベントや飲み会に初めて参加したが、「罰ゲーム」でショットグラスに⼊ったテキーラを数回⼀気飲みさせられたり、カクテルを数杯飲んだりした。その後、中央フロアのカウンター席で眠り込んだまま嘔吐し、仕切り扉によって区切られたソファフロアに運ばれた後も眠り込んでいた。

⼀⽅、無罪判決を受けた40代の男性は午前0時ごろに来店。⼥性とは初対⾯だったが、午前5時40分過ぎにソファで⼥性と性交し、少なくとも4⼈以上が様⼦を⽬撃した。その後、⼥性は別の⼈物から体を触られた際に「やめて」と⾔って⼿を振り払い、声を出して泣き、友⼈と店を出た。⼥性は翌⽇夜にサークルのLINEグループを退会した。

「⼥性は抵抗できない状態にあった」
男性は逮捕され、準強姦罪(刑法改正で現在は「準強制性交等罪」に名称変更)で起訴されて裁判に。準強姦罪を定める刑法178条は「⼈の⼼神喪失もしくは抗拒不能(抵抗できない状態)に乗じ、または⼼神を喪失させ、もしくは抗拒不能にさせて、性交等をした者」としており、刑法が原則とする故意犯(⾃らの⾏為の犯罪性を⾃覚した上で⾏う犯罪)とされることから、争点は(1)⼥性が抵抗できない状態にあったかどうか(2)⼥性が抵抗できない状態にあったことを男性が認識していたか――の2点だった。

そして判決。福岡地裁久留⽶⽀部の⻄崎健児裁判⻑は、争点(1)について、「カウンターで嘔吐しながらも眠り込む深い酩酊状態にあり、その後も無防備なまま眠り続けていたことから、飲酒後約1時間半経過していたとしても、⼥性は抵抗できない状態にあった」として、「抵抗できない状態にあったとはいえない」とする弁護側の主張を退けた。

「⼥性が合意していると勘違いしていた」
⼀⽅、争点(2)については、「⼥性は⽬を開けたり、⼤きくない声で何度か声を発することができる状態にあり、それほど時間がたたないうちに別の⼈物から体を触られた時に『やめて』と⾔って⼿を振り払ったことから、飲酒による酩酊から覚めつつある状態であったといえ、外部から⾒て意識があるかのような状態だったと考えられる」と指摘した。

そのうえで「サークルのイベントではわいせつな⾏為が度々⾏われていたことが認められる。男性はこの飲み会で安易に性的な⾏動に及ぶことができると考えていたとうかがわれ、⼥性から明確な拒絶の意思が⽰されていなかった」として「⼥性が許容していると男性が誤信してしまうような状況にあったということができる」と判断。故意ではなく、<⼥性が合意であると男性が勘違いしていた>という論理で無罪という判決に⾄った。

判決はまた、「飲⾷店内で他者から⾒られる可能性があり、警察に通報される危険性もある中で、同意がないとか、抵抗できない状態にあると認識したうえで男性が性⾏為に及んでいたとはにわかに考えにくい」として、現場の状況も判断材料の⼀つとした。

検察側は26⽇に控訴した。

ツイッターで批判や疑問相次ぐ

毎⽇新聞がこの判決を報道後、ツイッターでは「意味がわからない。男性が『これはレイプだ』と思っていない限り、罪にならないってこと?」「この判決はすごいぞ。たとえ嘔吐するまで飲まされても、明確に拒絶の意思を⽰さなければ性的⾏為に同意したとみなされるらしい」と批判や疑問が相次いだ。ジャーナリストの津⽥⼤介⽒は「マジでヤベえなこの国……」と書き込み、ブロガーで作家のはあちゅう⽒も「嘔吐して寝てたら休ませてあげるのが普通では」とツイート。弁護⼠からは「この理屈たまにある。もはや法の不備では?」「⽴法の問題として過失犯規定も設けるべきではないかと思っている」という指摘や「短⽂の新聞記事だけを⾒て判決の認定事実を批判すべきでない」との声も出た。

「状況を精査すれば違った判決の可能性も」
では専⾨家はこの判決をどう⾒ているのだろうか。
(以下省略)

私自身、この後続の記事を見て、事件の事実関係に関する印象は、かなり変わった。最初の記事を読んだ時点では、この女性にテキーラを飲ませたのは被告人自身だと思い込んでいた。そのうえで、この女性が酒に酔ってしまったのをよいことに、ホテルに連れ込んで性交に及んだ、という事案ではないか、と勝手に想像していたのだ。

そして、そのような想像を前提に、女性が許容している(つまり同意している)と被告人が誤信していたとする被告人の弁解を受け入れた裁判官の感覚には、確かに疑問を感じた。

ただ、このシリーズの冒頭で述べたように、わが国の刑事裁判で無罪判決が下されるというのは、とても珍しい。多くの場合に、よっぽどのことがない限り無罪判決は出ない。そんな弁護士として職業上の経験から、この判決に対して疑問を感じる一方で、「何かおかしい。何かここには書かれていない事情があるのではないか?」と訝しく感じていたのだ。

それで「判決文も読まずにこの判決を軽々しく批判することは、法律の専門家としては危ない」と思えたのである。

そうしていたところに、この後続記事である。この記事で描かれている事件は、私が「不足していた情報を勝手な想像で埋めて脳内で作り上げてしまっていた事件」とは、大きく異なっており、正直驚いた。

まず、この女性にテキーラを飲ませたのは被告人ではなかった。女性が来店したのは前日の午後11時ころ、被告人が友人とともに来店したのは午前0時ころであり、サークルの飲み会だった。

女性は「罰ゲーム」としてテキーラを飲まされたのであり、それが被告人の来店前なのか後なのかは、この記事からは明らかでないが、ただ、この男性が飲ませたのではないようだ。しかも、そのほかにも、女性は自らカクテルを飲んでいるようだ。

次いで、この女性は、酔い潰れ、最初、中央フロアのカウンターで眠り込み、その際、嘔吐するなどし、その後、仕切り扉で仕切られたソファフロアへと運ばれ、そこで眠っている。

そして、午前5時40分過ぎに、被告人は、この女性と店内のこのソファで性交し、少なくとも4⼈以上がその様⼦を⽬撃したという。

と言うことは、被告人がこの女性と性交しているところを、この4人のだれもが止めていないのだ。これ自体「あれ?」と奇妙に思うことだが、このサークルのイベントでは「わいせつな⾏為が度々⾏われていた」ということであるから、店内でこういう行為に及ぶというのも珍しいことではなかったようだ。そして、このような事情は、最初の記事を読んだ時点では、さすがに想像外だった。

この女性が飲酒をやめたのは、被告人と性交に至った1時間半ほど前ということだから午前4時10分ころだろうか。

飲酒をやめてから1時間半が経過し、酔いが覚め始めているとはいえ、まだ酔っていて、抵抗できる状態ではなかったらしい。ただ、まったく意識を失っていたということではないようで、「⼥性は⽬を開けたり、⼤きくない声で何度か声を発することができる状態」にあったとされている。

また、被告人と性交した後、「他の男性がそれほど時間がたたないうちに別の⼈物から体を触られた時に『やめて』と⾔って⼿を振り払った」という事実もあるようだ。

つまり、女性は、抵抗が可能な状態ではないが、口頭での意思表示すらできないという状態でもなかった、らしい。

そして、この他の男性から体を触られ、「やめて」と言って手を振り払った後、彼女は声を出して泣き、友⼈と店を出たのだという。

ここまで読んで、ようやく「そうか、まだ一緒に来店した友だちも店内にいたのだな」と判る。そしてそれと同時に、だとしたら、この友だちは彼女が被告人と性交していたことを知らなかったのだろうか。それとも、知っていて止めなかったのだろうか、との疑問も湧く。これはとても気に掛かるところだが、記事にはその情報はない。

後続記事の引用の最後の部分で触れられているが、この判決に対するツイッターでの批判・非難は激烈なものであった。ただ、ここに引用されているツイッターでの批判・非難は「当初の記事」を読んだ時点のものであることは気に留めておく必要があるだろう。

3 準強姦罪・準強制性交等の罪の構成要件

(1)条文と改正点

この事件は、2017年(平成29年)2月に起きたものであり、性犯罪に関する同年の刑法改正前の事件である。そこで、起訴罪名は準強姦罪(刑法第178条第2項)であった。これは、法改正後、準強制性交罪に作り変えられている。では、これらは、どんな犯罪だろうか。構成要件要素は何か。まず、条文を確認してみよう。まず、改正前の条文から。

(準強制わいせつ及び準強姦)
第178条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第176条の例による。
 女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫をした者は、前条の例による。

次は、改正後の条文。

(準強制わいせつ及び準強制性交等)
第178条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第176条の例による。
 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

比べてみると判るが、第1項(準強制わいせつ罪)はまったく変更されていない。変更されているのは、第2項で、「女子」が「」に、「姦淫をした」が「性交等をした」に変更されているのだ。

第2項には「前条の例による」とあるが、これは、第177条の罪の場合と同様に扱うという意味だ。改正前であれば強姦罪と、改正後であれば強制性交等の罪と同じに扱われるということである。法定刑も同じになる。

「姦淫した」や「性交等をした」の内容については、これまでにすでに検討済みであるから、ここで繰り返すことはしない。ここで確認する必要があるのは「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて」の解釈である。

ここには4つのパターンがある。現在の強制性交罪の文言に基づいて整理すると次の4つである。

①人の心神喪失乗じて、性交等をした場合

②人の抗拒不能乗じて、性交等をした場合

③人の心神を喪失させて、性交等をした場合

④人の抗拒不能にさせて、性交等をした場合

つまり、人(相手方)の状態としては「心神喪失」と「抗拒不能」の2種類があり、それらについて「乗じた」と「させた」の2つの場合があり、これらが2×2=4の組み合わせになっている。

(2)「心神喪失」と「抗拒不能」

心神喪失」とは、心神、睡眠、泥酔、高度の精神障害等の理由により、自己の性的自由が侵害されていること(性交等をされていること)についての認識を欠く場合をいう、とされる。「心神喪失」という言葉は、責任能力が否定される場合(刑法第39条第1項)についても用いられているが、両条文では趣旨も異なり、異なった意味に解釈されている。

抗拒不能」とは、自己の性的自由が侵害されていることについては認識しているが、抵抗が著しく困難な場合をいう。これには、手足を縛られているなどの物理的な原因による抗拒不能と、酩酊状態、極度の畏怖状態など心理的な原因による抗拒不能とがある。

「心神喪失」「抗拒不能」という2種類に分けられてはいるが、結局のところ、両者を通じて「反抗(抵抗)することが著しく困難な状態」が示されていると言ってよい。

(3)「乗じて」と「させて」

次に「乗じて」と「させて」の意味を確認しよう。

乗じて」とは、心神喪失や抗拒不能の状態を「利用して」という意味である。「させて」は、心神喪失や抗拒不能の状態を「自ら作り出して」という意味である。もちろん、作り出したうえで、そのような状態を利用して性交等をするわけである。「乗じて」の場合は、相手方の心神喪失・抗拒不能の状態を自ら作出する必要はない。第三者が作出した状態を利用する場合、自らが別の意図で作出した状態を利用する場合、相手方が自ら作出した状態を利用する場合(例えば、眠っている場合)など、相手方がどのような事情で心神喪失・抗拒不能の状態に陥ったのかの原因は問われない

その意味では「乗じて」とだけ書いておけば「させて」と書いてなくても、同じ領域はカバーされているとも言えそうだ。ただ、犯情においては、すでに心神喪失等であったものを利用した場合よりも、自ら意図的にそういう状態を作り出して性交等をするほうが悪質とも言える。

また、後で見るように、未遂罪の成立時期が変わるので、両者を併存させておく意味はある。

結局「相手方の反抗が著しく困難な状態」が、行為者の意図的な暴行・脅迫によって作出された場合には、177条の強制性交等の罪が適用されることになるが、それ以外の原因によってこのような状態が作出された場合は、177条の範囲外となるので、このような領域をカバーするために準強制性交等の罪は設けられているのだ、と言える。

ちなみに、またしても強盗罪との比較であるが、強盗罪の派生類型の中に昏酔強盗罪(刑法第239条)というのがある。昏酔強盗罪は、事後強盗罪(刑法第238条)などとともに、準強盗罪とも呼ばれている。

(昏酔強盗)
第239条 人を昏酔させてその財物を盗取した者は、強盗として論ずる。

昏酔」は、睡眠薬、麻酔薬、アルコール等によって意識作用に障害を生じた状態であり、抗拒不能の一種と言える。このような「昏酔」を生じさせた原因が、行為者の暴行によるのであれば、強盗罪(第236条第1項)が成立する。しかし、それ以外の方法で行為者が相手方の昏酔を生じさせた場合は、強盗罪では処罰できないので、その領域を昏酔強盗罪はカバーしていると言える(もっとも、昏酔を生じさせる最も典型的な方法として想定される「こっそり睡眠薬を飲ませる」という行為は「暴行」に該当すると言ってよい。その意味では、本条は暴行の概念が解釈によって左右されるため「念のため」に規定されているという面も強い)。

ただ、昏酔強盗罪の場合には「させて」とだけあり、「乗じて」という文言がない。そこで、相手方が勝手に酔い潰れたのを利用して財布を奪ったような場合は、昏酔強盗罪にはならない。この場合は、窃盗罪(第235条)になる。むろん窃盗罪のほうが法定刑が低い(10年以下の懲役または50万円以下の罰金)。

これに対して、準強制性交等の罪の場合は「乗じて」という文言があるため、心神喪失・抗拒不能という状態がどのような原因で作出されたのかを問わず、相手方の反抗が著しく困難な状態を利用して性交等をした場合は、これでカバーされることになる。

(4)「させて」の場合の構成要件

まず、「させて」の場合の構成要件を図示すると次のとおりである。

構造的には、強制性交等の罪(第177条)と似ている。「暴行」「脅迫」の代わりに「心神喪失または抗拒不能を生じさせる現実的危険のある行為」が第1の実行行為となる。

そこで、この類型の場合、実行の着手時期は、この行為を開始した時である。そのため、例えば、行為者が女性を眠らせて性交することを意図し、飲み物に睡眠薬を入れたが、女性がそれに気づき飲まなかったため実現には至らなかったという場合、睡眠薬を入れた飲み物を勧めた時点で、この準強制性交罪の実行の着手となり、結果が発生しない場合(つまり、性交等に至らない場合)でも、その未遂罪として処罰の対象となる(第180条)。

準強制性交等の罪(既遂)に話を戻すと、この罪が成立するには、次に、第1の実行行為の結果として「心神喪失」や「抗拒不能」という結果が発生したことが必要である。もちろん、両者の間には「因果関係」も必要とされる。

さらに、このような状況の下で、行為者が相手方と性交等をして、はじめてこの罪の客観的構成要件要素がすべてそろうことになる。

そのうえで、主観的には、これらのすべてを認識・予見していたという場合に構成要件的故意が認められ、ようやく構成要件該当性が認められる。

(5)「乗じて」の場合の構成要件

次に「乗じて」の場合の構成要件は、次のとおりである。

「させて」の場合に比べて単純になっている。

「心神喪失」や「抗拒不能」という状態は、実行行為によって生じた事態の変化ではないので「結果」ではない。性交等の実行行為の時に存在することが必要とされる「行為状況」である。行為者は、このような「行為状況」にあることを認識したうえで実行行為に及ぶ必要がある。

「乗じて」の場合、実行行為は「性交等をしようとする行為」つまり「性交等の結果を生じさせる現実的危険のある行為」だけである。そのため、この構成要件において実行の着手時期は、この行為を開始した時となる。

その結果として「性交の結果」に至って、客観的構成要件要素がそろう。

他方、構成要件的故意として、これらのすべてを認識・予見したことが必要であるが、これが必要とされる時点は「実行行為時」であるから、性交等の行為を開始したときに要求される。そこで、この図でも、その位置が「実行行為」の真上に移動しているわけである。

そして、これらのすべてがそろって構成要件該当性が認められることになる。

4 何が欠けて無罪となったのか?

(1)本件の争点

では、このような知識を用いて、平成31年3月12日の福岡地裁久留米支部の無罪判決を分析してみよう。

本件は、平成29年改正前の事件であるから「準強姦罪」が問題であり、かつ、女性を泥酔させたのは被告人ではないから、問題になるのは「抗拒不能に乗じて」のほうの構成要件である。そこで、構成要件要素は、次の5つである。

①行為状況(心神喪失または抗拒不能)

②実行行為(女子を姦淫する現実的危険のある行為)

③結果(姦淫=男性器を女性器に没入したこと)

④因果関係(上記②と③との間の原因・結果の関係)

⑤構成要件的故意(①から⑤までの事実を認識・予見していたこと)

では、分析しよう。

まず、毎日新聞の後続記事によれば「争点は(1)⼥性が抵抗できない状態にあったかどうか(2)⼥性が抵抗できない状態にあったことを男性が認識していたか――の2点だった」とされている。つまり、女性が「抗拒不能」だったか、と、仮にそのような状態であった場合に被告人にその認識があったか(構成要件的故意)だったようだ。被告人が女性と性交したことやその認識については問題がなかったということだ。

つまり、②③④については問題がなく、①行為状況の「抗拒不能」が客観的に存在したか、および、⑤構成要件的故意のうち行為者に①の認識、つまり相手方が抗拒不能であったことの認識があったか、だけが問題であったようだ。

(2)抗拒不能

すでに確認したように、「抗拒不能」とは、性的自由に対する侵害(この場合は性交等)を認識していても、これに抵抗することが著しく困難であった状態をいうとされる。

本件の場合は、女性は、酔って眠ったりもしていたものの、意識が完全になかったとうわけではなく、意思表示もできたようだ。

ただ、酔いのせいで身体を自由に動かすことができる状態ではなかったようであり、その意味では、被告人の行為に対して抵抗することは著しく困難な状態にあり、抗拒不能ではあったのだろう。裁判所もこれを肯定している。

そうすると、本件では、準強姦罪の客観的構成要件要素はすべてそろっているということになる。

(3)抗拒不能の認識? 同意の誤認?

客観的構成要件要素はすべて肯定されるとなれば、あとは、主観的な構成要件要素である「構成要件的故意」が認められるかどうか、である。そして、本件では、行為者に、相手方(女性)が抗拒不能であったことの認識があったかが問題とされているようである。

ところが、記事を読んでいてよく解らないのがまさにここで、記事の表現に揺れがあるのだ。例えば、毎日新聞の最初の記事には、つぎのような記述がある。

⻄崎健児裁判⻑は「⼥性が拒否できない状態にあったことは認められるが、被告がそのことを認識していたと認められない」と述べた。

これを読む限り、裁判所は、抗拒不能の認識を認定できないと判断した、ということだろう。ところが、同じ記事でも最後の部分では次のように書かれている。

⼥性が⽬を開けたり、何度か声を出したりしたことなどから、「⼥性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」と判断した。

ちょっと待て。ここにいう「女性が許容している」とは、性交を許容しているという意味であろう。つまり、被告人と性交することに同意しているという意味であると思われる。そして、そう勘違いしてしまうような状況にあった、と裁判所は述べているように読める。

しかし、いま問題になっているのは、相手方に同意があったか否かの問題ではなかったのではないか?

議論の対象は「抗拒不能の認識」があったか否かだったはずだ。これを通じて、被告人に準強制性交罪の構成要件的故意があるか否かを議論していたはずである。

ところが「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況」とは一体どういうことか?

この「相手方が抗拒不能であることの認識」と「相手方に同意のないことの認識」とは、まったく異なる。

まず「抗拒不能」は、抵抗することが著しく困難であるという相手方の客観的な状況であり、それは、客観的構成要件要素であるから、構成要件的故意の認識の対象である。それゆえ、これが欠けると構成要件的故意が認められなくなる。このような構成要件要素に関する事実の誤認を「構成要件的事実の錯誤」という。

これに対し「被害者の同意のないこと」は、そもそも構成要件要素ではない。それゆえ、構成要件的故意の認識対象ではない。そうではなく、逆に、相手方に同意のあることが「被害者の同意」という違法性阻却事由なのである。そこで、これが認められれば、構成要件該当性があっても、違法性が阻却されて、犯罪は成立しないことになる。

では、仮に「被害者の同意」がないにもかかわらず、行為者がその存在を誤信して行為に及んだ場合は、どうなるのか? このような場合を「違法性阻却事由の錯誤」と言う。そしてこの場合、責任要素としての故意が阻却され、故意犯の成立が認められなくなるのだ(判例・通説)。

では、この事件の裁判所は、本件において、抗拒不能の認識が認められないとしたのか、被害者の同意があると誤認したと判断したのか? どちらか?

毎日新聞の後続記事では、次のように記述されている。

(裁判所は)「⼥性は⽬を開けたり、⼤きくない声で何度か声を発することができる状態にあり、それほど時間がたたないうちに別の⼈物から体を触られた時に『やめて』と⾔って⼿を振り払ったことから、飲酒による酩酊から覚めつつある状態であったといえ、外部から⾒て意識があるかのような状態だったと考えられる」と指摘した。

そのうえで「サークルのイベントではわいせつな⾏為が度々⾏われていたことが認められる。男性はこの飲み会で安易に性的な⾏動に及ぶことができると考えていたとうかがわれ、⼥性から明確な拒絶の意思が⽰されていなかった」として「⼥性が許容していると男性が誤信してしまうような状況にあったということができる」と判断。故意ではなく、<⼥性が合意であると男性が勘違いしていた>という論理で無罪という判決に⾄った。

判決はまた、「飲⾷店内で他者から⾒られる可能性があり、警察に通報される危険性もある中で、同意がないとか、抵抗できない状態にあると認識したうえで男性が性⾏為に及んでいたとはにわかに考えにくい」として、現場の状況も判断材料の⼀つとした。

この記事を書いた記者自体は、判決が無罪を導いたのは、女性に同意があると被告人が誤信していたという「論理」だと理解したようだ。しかし、これは「抗拒不能の認識がなかった」というのとは異なる。

他方、最後の段落のカギ括弧で括られた部分では「同意がないとか、抵抗できない状態にあると認識したうえで男性が性⾏為に及んでいたとはにわかに考えにくい」と述べられている。

これが裁判所の言葉(判決文?)を引用したものであり、この引用が正しいとすれるならば、判決自体が、本件を違法性阻却事由の錯誤で処理しているのか、構成要件的事実の錯誤で処理しているのかを明確にしていないことにもなりそうでもある。あるいは、双方を視野に入れた判断をしたということなのか? この点は、記事を見ただけではどうにも判らない。

(4)感想:やっぱ「同意の錯誤」では?

本件の場合、裁判官がどのような筋道で被告人を無罪にしたのか、若干よくわからないところはあるが、私の印象としては「抗拒不能に対する認識を欠いていた」という構成は、やや無理があるように感じる。

というのは、抗拒不能は、相手方の客観的な状態である。本件の女性は、性交当時もかなり酔っていたことは間違いなく、意識があり、意思表示はできたとしても、自由に動くことができる状態ではなかったように感じられる。これは、見ればだいたい判るだろう。

これに対し、意思表示ができたのに、明確な拒絶の意思表示がなかった、というのは「同意の存在」を推認させるものであり、まさに「⼥性が許容していると男性が誤信してしまうような状況」とは、被告人が被害者の同意ありと誤信してしまうような状況という意味であろう。

そうすると、この状況から推認されるのは「被告人が相手方の抗拒不能を認識しなかった」ことではなく、「相手方が同意しているものと被告人が誤信した」ことであるように思われる。

その意味では、被告人を無罪とするにしても、抗拒不能を認識しなかった→構成要件的故意の阻却ではなく、相手方の同意を誤認した→責任故意の阻却としたほうが、私としては、事態に即したスッキリとした理論構成であったように思われるのである。

5 結びとして

(1)判決の妥当性

さて、理論構成の点は措くとしても、最終的に、本件において被告人を無罪としたことは妥当だったのであろうか?

事実認定については、証拠の評価によるものであるから、証拠も見ずにいろいろ言うことはできない、というのが正直なところである。少なくとも、判決文を読む必要はあろう。それも読まずに軽々しく批判することはできないと考える。

そのうえで、裁判所によって認定された事実を前提とする限り、本件は無罪となるべき事案であったということになるだろう。女性が同意していたと被告人が誤信した可能性を否定できないからだ。つまり、本件の周辺状況からすると、被告人が「言い逃れをしている」とその弁解を一笑に付すことは難しいと思われる。

言い換えれば、確かに被告人はもしかすると嘘をついているのかもしれないが、そうでない可能性も不合理とは言い切れない、ということだ。

そしてそうなると、検察側の証明は十分ではないと言わざるを得ず、証明ができていないとなれば、証明責任の分配に関する「疑わしきは被告人の利益に」の原則が働くから、刑訴法の大原則により、被告人にはそのような誤信があったものとして扱わざるを得ないのである。

(2)立法的解決の必要性

ただ、それを前提としても、本件では、真実はこの女性は同意していなかったのである。そうである以上、彼女が性的自由を侵害されたことも、また真実であり、彼女が「被害者」であることも、事実なのだ。

そして他方で、この男性だって、たとえ同意があると誤信したにしても、こんな風に酔っ払った女性に対して性交などすべきではなかったとは言えないか? なぜなら、酔っ払いなんて、どうせ正常な判断などできないことが多く、それが社会常識なのだから。

そこで、このような場合、つまり、飲酒による酩酊などの影響により正常な判断や行動ができない状態にあるおそれのある者に対し、性交等をした場合を処罰する新たな犯罪を設けることは、立法政策として検討されてよい、と私は思う。

たとえ泥酔してしまったことについて被害者の側に落ち度があったとしても、不本意な性交等をされ、性的自由を侵害されてしまうことは、同人が気の毒であり、可哀想だからだ。

もっとも、この場合の法定刑については、準強制性交罪よりはずっと引き下げる必要はあると思う。なぜなら、人の性的自由の侵害自体を処罰する「侵害犯」ではなく、その危険を処罰する「危険犯」になるからだ。

(3)不同意性交等罪ではダメなのか?

なお、以前紹介したように、性犯罪に関しては「不同意性交等罪」という犯罪類型を設けるべきだとの主張がある。しかし、仮にこのような犯罪類型を作ったとしても、本件の事案では、被告人が有罪となることはないだろう。なぜなら、不同意性交罪も、故意犯であり、相手方に同意があると行為者が誤信した場合には故意が阻却されることになるからである(構成要件的故意または責任故意のいずれが阻却されるかは、構成要件の作り方による)。

つまり、現在の強制性交等の罪の構成要件から「暴行・脅迫要件」を外し、不同意強制性交等の罪という犯罪類型を作ればすべてうまくいく、というワケでもないのである。

それゆえ、本件のような事案において被害者を保護するのであれば、上述したような新たな構成要件を創設すること必要であり、また相当だ、と考えるのである。

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