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自分の境遇

整理するために、とっても生々しい話をする。

両親が生活保護を受給していて、その前に子供ができたが、堕ろして、また子供(自分)を妊娠したけれど、生活保護費が加算されるから、仕方なく自分のことを産んだと母親に言われ続けた。

実父がギャンブルとアルコール依存で無職だった。
妹ができたが、横隔膜ヘルニアという病気で、元々DVが酷かった実父は、障害者を産みやがってと母親への暴力が酷くなった。
幼い自分の目の前で、実父は母親の髪を掴み、引きずったり、母親の私物を外に投げたりして、日々喧嘩が絶えなかった。
自分も実父からの暴力に耐えた。蹴られたり、殴られたり、物を投げつけられることが多かった。
だが、夜中に自分と妹を家に放置して、母親と実父は夜遊びしていた。

妹の夜泣きで起きて、深夜に両親がいないことに気付き、ミルクの作り方もオムツの交換の仕方も分からないから、妹を抱っこして泣き疲れるまで、一緒に泣いた。
今でも夜になると、そわそわして、眠るのが怖くなる。
妹の泣き声や、親に捨てられたんじゃないか?という不安感を思い出す。
外出時に、子供の泣き声を聞くと、妹の泣き声を思い出して物凄く辛くなる。だから子供が苦手だ。

実父と友達だった男の人の親が、店を経営していて、その人と母親がくっ付き、いつの間にか、その人が養父になっていて、24時間営業だから、自分と妹は託児所に預けられることになった。

その託児所は、お母さん先生、お父さん先生、お兄ちゃん先生の3人がいて、お母さん先生が幼稚園教諭の資格を持っていて、お父さん先生は本業をやりつつ、子供だちの面倒を見ていて、お兄ちゃん先生はフリーターだった。
お父さん先生もお兄ちゃん先生も、託児所の子供達にすぐに手をあげる人で、みんなビクビクして過ごしていた。

お昼寝の時間があったけれど、自分だけ寝かせてもらえず、お父さん先生と2人きりになったときに、フェラチオとオナニーを教えられた。
その時、自分は5才。
お父さん先生に教わった通りに、フェラチオが出来ないと頭を叩かれたりしていた。
精液を飲まされることや、お父さん先生の目の前でオナニーをさせられることもあった。
怖くて、誰にも言えなかった。

小学2年生の頃、お兄ちゃん先生と2人きりになったときに、託児所の倉庫に閉じ込められて、無理やり性器を舐められた。
それが小学5年生まで続き、同時におねしょをすることが増えた。今でもたまに悪夢を見て、おねしょをする。

小学5年生から、養父のボディタッチが増え、胸を揉まれたり、お尻を触られたりすることが多かった。
小学6年生のときに、養父に性器を触らせられることや、触られることが多くなり、一緒にお風呂に入ることも増え、お風呂場で性的行為をすることになった。
中学1年生まで続いた。

中学2年の夏頃に、養父が店のアルバイトの女性と不倫をして、それが母親にバレて、夫婦喧嘩になり、養父が実家に帰った。
母親と養父の実家が、創価学会に入信していて、どちらの祖父母も宗教熱心だったため、よく創価学会の幹部の人が家に来て、母親はずっと泣いていた。

もともと躁鬱だった母親が、毎日泣きながら仏壇の前に座ってお経を読んでいた。
自分に自殺をほのめかすような発言が増え、母親が自殺しないよう見張るため、中学2年生の夏から不登校になった。
母親に心配されたいが為に、リストカットを覚えて、中学2年生からずっとリストカットをしている。
母親から「そんな浅い傷じゃ死なないよ。もっと深く切らなきゃ」と笑われたり「私への当て付けか?」と怒鳴られることが増えた。

母親に、養父と離婚しようと思うと言われ、託児所や養父からの性的虐待について告白したら「淫乱」「男好き」「私に隠れて楽しんでたんでしょ?」とヒステリックに喚き散らされ、母親との関係に溝が出来た。

母親と養父が離婚することになり、母親の実家に居候することになったが、祖母が物凄く宗教熱心な人で、創価学会の教えに背くことをしたら、強く人格否定された。
座談会では、池田大先生万歳!と叫び、何度も万歳させられた。

母親の弟、つまり叔父が自閉症で会話が成り立たず癇癪を起こすと、暴力を振るわれ、怒鳴ったり、叫んだり、暴れて家の窓が割れたり、家電を壊されることが頻繁にあった。眠れない日もあった。
祖母は、叔父を病院で診てもらうんじゃなくて、創価で治すと言って、全く病院に連れて行かなかった。

母親がネットなど、結婚相談所で彼氏を頻繁に作るようになった。その度に「私の彼氏を取らないでね」と言われ、生々しい性生活を話されるようになった。

やはり子持ちだと中々相手が再婚に踏み出せず、母親に「子供なんか産まなきゃよかった」「子供を産まなければ私の人生、幸せだった」と言われることが多かった。

高校3年生の秋に、このまま実家にいたら精神的に無理だと、自殺すると思って、家出して、当時付き合っていた夫の家に転がり込んだ。
通信高校に編入して卒業し、20歳のときに、就職したが、不眠、リストカットが酷くなり、半年で辞めて今に至る。

自分より苦労せず、生きている人間の方が多く、普通の人たちと話が噛み合わず、友人も家族に恵まれている人たちが多く、その度に劣等感に苛まれ、家族や、託児所の先生たち、養父からの性的虐待への怒りが湧いてきて、感情のコントロールが出来ず、リストカットをしてしまう。
異性からの性的な誘いを断れず、結婚しているのに、知り合った異性と性行為をしてしまう。

主治医に相談しても、養父からの性的虐待だけだと思い込まれ、僕には何も言えないと言われ、転院を勧められ、会話がスムーズに成り立たないことが頻繁にあった。

普通に生きたいだけなのに、過去が自分を苦しめる。
どう感情を整理して生きて良いのか分からない。

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へい

24歳。うつ病、不眠症、自傷行為がやめられずメンタルクリニックに通院中。カルト宗教三世。家族からの虐待。5才から数人の男性たちから8年間の性的虐待。虐待の後遺症を癒すため、自分の過去と向き合い文章を綴る。
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