刺さる言葉の正体
1.言葉はスーツに似ている
カジュアルな服はサイズがざっくり。SML。
そりゃそうだ。
体型がほんの少し違うだけで別のサイズにしなきゃいけないようなら大量生産できないし、着る方だって苦労する。少し体重が増減するだけで服変えなきゃいけないから。
カジュアルな服だってサイズ感や体型に合わせて着ることは大事だけれど、ある程度幅があるのも事実。
ところがスーツはそうはいかない。
基本の型が決まっている(スラックス・ジャケット・ワイシャツ・ネクタイ)からそのサイズ感が如実に出る。量産型のスーツでも、サイズはSMLではなく身長と幅の組み合わせで選ぶ。ちなみに僕は175のYかA。
で
お金のある人はそもそも、オーダーメイドで作る。身体の様々な部位のサイズを測り、それに合うように作る。サッカー日本代表なんかは全員、移動時に着るスーツをスポンサーが仕立てているはずだ。
その人の身体にピッタリ合うように作ってるということは…別の誰かには着づらいものだということ。同じ身長、同じ体重でも、手足の長さや肩幅は違うのだから、人のオーダーメイドなんか着れるはずがない。
言葉もそういうものだと思ってる。
解像度を上げれば上げるほど、ある人には刺さり、その分だけほかの人には刺さらない。もしくは反発を招く。
ただ…
最近そういう「刺さる言葉」の作り方が少しわかった気がする。
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2.「誰が言うか」という避けがたい現実
言葉は結局、何を言うかよりどう言うか。そして何より「誰が言うか」だ。
努力は必ず報われる…なんて庶民が言ってもマジで気持ち悪い。だって報われずに妥協してたどり着いた現実を生きてる人間の方が多いんだから。
そういうのは本当に報われた奴が言うからこそ意味がある。こんな↓ふうに。
でも…
僕はこれ↑は嫌い。
だって、彼女が勝ったことで、このインタビューが響き渡る会場で無念にも去っていったスイマーが少なくとも7人はいるわけじゃん。こういう言い方は非人道的だと思うけど、2位だった人は、あのまま池江さんが病床に臥せっていたら自分が勝てたわけじゃん。
その人のその努力は、報われなかった。
本人はそんなこと考えないだろうけど、それは事実で、自分の手によって「報われなかったスイマー」を生み出しておいてこんな手垢のついた言葉を吐く池江さんを、正直僕は好きになれなかった。(アスリートとしてリスペクトはしている。嫌いではない。)
けどまぁ…少なくとも勝った彼女が言ったから、「努力は必ず報われる」も刺さる言葉になったわけだ。
アスリートたちが名言を吐けるのは、彼らが本当に結果を出しているからだ。「何を言うか」より「誰が言うか」なんだ。
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3.「誰が言うか」の先へ
そんなことをぼんやり考えていたら、さっきふとひらめいた。
どうやら刺さる言葉・揺さぶる言葉ってのは結果を出したピラミッド上層部の専売特許じゃないらしい。つまり「誰が言うか」ではなく「誰でも言える」なんだ。
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放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。