中国のMaaSを見てみよう
日本ではMaaS(Mobility as a Service)が国の補助金を背景に地方自治体の公共交通アプリ開発+オンデマンド交通導入の実証実験コンテストという形で消費しつくされている感が深い今日この頃ですが(毎年11月~3月にだけ現れるMaaSとか)、ここで目の前の行政テーマたる「新モビリティサービス」「次世代交通」から目線を解放して、改めて海外のMaaSがどうであるかを見てみることは有用でしょう。
個人的には、日本のMaaSの様々な問題の背景には、結局MaaS導入検討や技術開発の現場にいるメンバーの多くが、「スマホによって公共交通の利用シーンが変わるとはどういうことか」という事に対するリアルな感覚がまだまだ乏しいということが横たわっているように思います(一括予約決済って、ほんとに使いたいですか…?)。
この点では、社会全体がスマホネイティブ化しているような中国の動きは早く、例えば市民や事業者が欲しいと思うバスルートをWeChatコミュニティの中で提案して、その定期券購入者数が採算ラインを超えたらバスが運行されるというような、交通に関する需要を掘り起こして直ちに事業化する仕組みがすでに浸透しています。ちなみに日本では新たなバス路線を通すのには3か月待たないと地方運輸局の許可が下りないのでこのようなことはまだできません。
ここで、つい今日体験できた中国のスマホ×公共交通の新サービスの実像を紹介していきましょう。
はじまりはひじ掛けから
これは大連駅から発車する高速鉄道のひじ掛けです。一つ一つのひじ掛けにQRコードが印刷されています。実はこれが、列車の乗客と鉄道側の各種サービスとを結びつける架け橋の役割を果たしているのです。
これを中国版LINEであるWeChatで読み込むと、次のような画面が現れます。
これが、今日この列車に乗ったあなた専用のサービス画面です。重要なのは、乗車列車だけでなく、私の座席番号まで特定されていることです(新幹線マークの下の07车厢03Cがそれ)。ひじ掛けのQRコードは、一編成同じものではなく、個々のひじ掛けごとにオリジナルに発行されたものになっています。
では、この画面から乗客がどのようなサービスにアクセスできるのかを見ていきましょう。
まず、乗車列車の情報が表示されます。食堂車の有無、荷物置き場の位置があらかじめわかります。さらに地味にありがたいのは、車内コンセントの位置。
途中停車駅にどういうサービスがあるのかを表示。これは日本でも鉄道会社のサイトを調べれば出てくるので特に目新しくないですね。
途中駅の赤帽に予約電話が掛けられます。
ここからはいよいよ「座席が特定されている」ことの利点を生かした、個人専用サービスの紹介となります。
これは乗り越し・指定席変更のリクエストができる画面です。自分の席番がすでに読み込まれていることがわかります。この画面にリクエストを記入すると、車掌が残席有無を判断して案内しに来てくれるというものです。なお、旅客情報は、右上の12306とあるリンクからログインすると自動転記されます。
こちらは、自分の座席に食事を届けてもらうサービス。この列車では、途中停車駅の「瀋陽北」「長春」で積み込みがあるので、両駅のレストランのデリバリーを申し込めるようです。列車によっては車内販売や食堂車の食事もスマホで呼べるのですが、この列車はそれには対応していないとの注意書きがあります(上部)。
車内供食は世界的にも縮小傾向にあるのが実態のようですが、中国ではスマホでマーケットを深掘りすることにより、活性化に成功しています。
この先の画面で、味の好みなども指定できるのはフードデリバリーサービスと同じ。
公共交通事業者として社会的にも意義深いサービスとしては、高齢者・障害者などの乗降介助を予約するサービスでしょう。日本ではこれらの乗降介助が電話予約と人力の差配によっていることが長年の課題で、近年同一事業車内ではタブレットを用いた情報伝達の効率化が図られているとも聞きますが、情報化による一層のシームレス化・リードタイムの短縮化が期待される領域です。
忘れ物探し。これは日本でもJR東日本がチャットを導入するなど、近い取り組みを実施しています。
以上は座席のひじ掛けからアクセス可能な主な機能でしたが、中国国鉄のアプリならば、下記のようなサービスにもアクセス可能です。
ここからは高速鉄道から離れて、上海地下鉄のアプリ「Metro大都会」をみてみましょう。 これも地下鉄の他にシェアサイクルとバスをカバーしており、日本の用語法で言えば立派なMaaSアプリ。支払いはスマホアプリ決済に委任(連携)。小難しいことをしなくても、ひたすらAPIでサービスをつないでいくことで利用者の生活を広くカバーするのが中国流。
中国のMaaSも決して都会や都市間交通だけのものではありません。中国貴州省では、「通村村」という田舎向けMaaSアプリをリリース。田舎向けアプリではなにをしているかというと、外出希望をすべてこのアプリで受け付けることでニーズを集約化し、採算ベースで可能なら事業者が参入するようにし、採算ベースで不可能だが社会的に必要なら地元の行政が乗り物を出すという、オーソドックスな田舎の交通政策です。
日本とはなにが違うのか
日本ではMaaSは一括予約決済として理解・受容されましたが、中国の公共交通系webサービスの特徴は、利用者のODやコアとなる長距離トリップに連動するようにして、様々な前後・周辺サービスを結び付けていることです。どこまでも連携サービスがつながっていく感覚は、日本の実証実験MaaSサービスを使っていて「すぐそこにある実験対象外の他の便利なサービス」へのアクセスがままならない気分とは全く異なるものです。
中国では国鉄やエアラインのAPIが発達・流通しており、プラットフォーム競争が起きています。MaaS(日本型の定義で言えば)アプリがすでにたくさん実用化されています。
また、交通事業の許認可がスピーディーなために、デジタルでマーケティングするスピード感と実際の運送サービスの導入の時間軸がマッチしていることは、事業者側が市場ベースでデジタル化する強い動機につながっていると思われます。
データが流通していること、各交通事業者がAPIを提供して他アプリが集客してくれるのを歓迎していること、普及したQRコード認証が乗車確認ツールとして活用できることが背景といえそうです。例えばアリペイも、APIを通して様々な事業者と連携したことで、中国のほとんどの乗り物の検索・チケッティングに対応しています。
この5年間を通して欧米発の大上段なMaaSブームにはあえて乗らずに、「スマホで移動を便利に」という基本に忠実に取り組んできた中国の交通産官学界の動きはもう少し注目されてほしいところです。
「運輸と経済」2020年4月号MaaS特集の掲載記事によると、例えばドイツでは、MaaSという言葉は主流ではなく、代わりにネットワーク化、接続、デジタル化がキーワードでなのだそうです。こちらの方がよっぽど具体的で、過程と目標がしっかりイメージできますし、中国の構えもこれに近いといえるでしょう。
実際のところ、日本もMaaSを名乗っていない公共交通系webサービスは優れたものがいくつもあります。JR東日本アプリの近年の連携度の高さは、使っていて心地よさを感じます。
公共交通・運送サービスに関する新技術は、あくまで市場によって支持されたものである必要があります。公共交通の採算確保が厳しい田舎ならば、地方自治体の交通計画行政にしっかり根付いたものであることが望まれるでしょう。残念ながら、MaaSと銘打たれたアプリが概してユーザーから不評なのは確たる事実のように思われますが、それはそうしたサービスが市場にも交通計画行政にも根ざしておらず、実証実験アイデアコンテスト行政の道具になっているからではないでしょうか。
ここは一旦、MaaSという言葉を使わずにどこまでできるかを考える方がずっと本質的なものが実現できるのかもしれません。
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