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大人の領分 「 Outro 」

【あわせて読みたい:これは付録付き一話完結連作短編集『大人の領分』のシリーズ完結記念エッセイです。なにやら複雑な事情を感じさせる人たちにさまざまな角度から光をあてるこころみ、のなかで、こんにちは世界の考えていたこと、シリーズエンディングテーマ発表! ほか】

こんにちは、こんにちは世界ですこんにちは!

『愛を犯す人々』とほとんど同じ構成でお贈りしました『大人の領分』、いかがでしたでしょうか。今後の参考に、面白かったところ、興味深かったところ、印象的だったところ、あるいは、そんなことを私が望むのはお門違いなんですが、少し現実が違って見えるようになったときなどを、ご感想いただけますと、とても、嬉しいです。とっても!

シリーズとしては澪里篇をラストバッターにして、とうとう書き終えました…。これは書き手さんには、おわかりかと思うんですが、この、来た見た勝った感、心地よい疲労といいますか、あとは書きあがったものを読者として読むだけといいますか、書いてる間はその人たちのことばっか考えてて苦しいくらいだったのが、こんなふうにあとは読むだけ、となると、水晶玉の中に自由自在に異世界を覗き込む、あの魔術的な楽しみがここにあり、ああやはり、私はもちろん自分で書くのも好きなんですがそればかりでなく、書きあげるだけの根気や、踏んぎりをつけて投稿する勇気のある自分も、ええ、大好きです(←書きあげるためにこういうよくわからない自信や信念が必要な人…はいはいはいはい!)。

意外に苦労している、という一端をこっそりお見せしますと、例えば蓮の裏設定なんて、全く事情や性格の違うバージョンをまるまる1個分作って、「いや、違うな…」ってまるまる削除という…あと晴人篇も晴人の恋愛観的な部分や内言があったんですが、裏設定後にようやく、くどかっこ悪く晴人っぽくないことに気づいて9割がた削除、代わりに無言で冷蔵庫を開けさせる…など、まあここら辺は大規模改修のクチですが、エピソード丸捨て・完全入替えは割と頻繁にあるんですね。廃止取替えになった試作部品、削られて出た作業屑の、なんと多いこと…。

まあ、振り返るとその「違うな…」があるからこそ決定稿があるわけですが、やっぱやーめた、とまるごと削除する時などは、自分の思い切りの良さに拍手してしまいます。いいんです、またそのうちぴったり来るときが来るから、いいの。

さて、今回はそんな人知れない、というか別に苦労自慢したいわけではないんですが個人的事情としてという意味で、苦労を乗り越えてシリーズを完結できて、ひとり、お祭り気分!『大人の領分』の書き手としての私の道程、所感などを気ままに綴らせていただこうかと思います。通読いただいてるかたには時々、ちょっと冗長に感じられるかもしれないのですが、どうか回想パートとして、さまざまなイベントを思い出していただければと…。

『大人の領分』は、『愛を犯す人々』のセカンドシーズンとして出発しました。『愛を犯す人々』を書く中で、読み手さんにも恵まれて、素敵な絵(まだご覧でないかたは是非!)も、ここでは紹介しきれないほどたくさんいただきました、お言葉もたくさんいただいて、それで背中を押されて、もう少し冒険してみようかなと取り組んだのが『大人の領分』のシリーズになります。『大人の領分』というのはしたがって、光栄至極なことに『愛を犯す人々』にご好評いただき欣喜雀躍としましたこんにちは世界が、『愛を犯す人々』ご愛読の皆様への感謝の気持ちから、一種のアンコールとして同じ構成、違うメロディでお届けしようと企図して書き始めたものです。

読んでくれる人がいるって、めっちゃ嬉しい。さ!書こう。と筆をとりますね。編成、恋愛、エロという縛りが既にありますので、あとは主軸のテーマです。

まずオビを考えました。

愛に恋するひとと
恋を愛するひとの
うまくいきそうで
うまくいかない恋愛。

大人の領分。

そうね。こんなお話集があったら、読みたいなあ。

からの、ノープラン。←

ずっとオビを眺め続けた苦悩の日々(笑)…恋愛って、出会って結ばれて悩んで解決してみたいな流れしかないわけですからね、どうすれば、ページをめくらせる何かを持った、うまくいきそうなのにうまくいかない恋愛が描けるのか…?

そうなんです、そこ。そこなんですよ。

恋愛なんて、好きならくっつけばいいし、好きじゃなくなったら別れればいいわけですね。読んでる人もまあ、「もう別れなよ」(古代ギリシアでいう悲劇的結末)とか「結婚しちまえよ」(同喜劇的略)とか思うわけです。別れたらまた始まるし、結婚しても「無理だろ違う奴でやり直せ」とか「死ぬまで一緒にいてほしい」とか、恋愛をテーマにする限り、読むほうのこういう結末訴求衝動がずっと続く。ただ、私はそこで第三の答えとして、別れもしなければ結婚もしない、離婚もしない、同じ墓にも入らない、つまり悲劇でも喜劇でもないドラマというのが素材としてあってもいいんじゃないかというひねくれた思いがある。好き合ってるけどどこにも向かえない人たち、互いの欲する形ではないかもしれないけれど間違いなく愛し合ってる人たち、というのが、少なからずいて、その人たちにもちゃんと、恋愛小説に資するドラマがあるんじゃなかろうかと、思ったりするわけなんです。

事態の収束に向かうドラマではなくて、本当の結末…命の終焉まで、続くものの、動的な描出。例えば鼓動とか、欲望とか、人格とか、絆とか。むしろ、なんのために恋愛するんだろう、どうして恋愛しちゃうんだろう、みたいなところ。

恋というのはそれは美しいものですし、愛というのは人の感情を動かします。

私のみている恋愛には、こういう、恋愛そのものに対するちょっとメタな視点があるんだと思う。そんな、悲劇と喜劇のあいだに第三の答えとして置こうとしてる、私のひねくれた答えの、欲張りな部分が出たのが『愛を犯す人々』だったわけで、『大人の領分』ではこれに対して、だったら、無欲な部分を出してみようと。これがたぶん、端緒かなぁ。

読み返しても、『領分』の人たちってすごく、無欲なんです。書きながら、これ欲しいこれ欲しい、ってならないようにしようって、考えてたからだと思います。ずっとまじめにやってきた、だからきちんと手に入れた、そんな、もう両手が塞がってるところに、すごく大事なものが落ちてきた。さあどうする…?  みたいな感じ。

ファーストシーズンのほうの『愛を犯す人々』はあんまり、こう、生きる苦しみとか、八方塞がりとか、そういうのから目を逸らして書いてた節もあるんですね。楽しい読み物にしたいというのもあったし、まずやっぱり、恋愛っていいなーっていう気持ちを大切にしたお話集にしたかった。多分唯一「愛を犯す人々④美津紀」の裏設定だけは、『大人の領分』の生きることの四苦八苦のようなものを織り込んでしまいましたが、あんまりこのシリーズではそこには切り込みたくなかった。だから、『愛を犯す人々』は恋が中心だったんですよね、皆さん全身全霊、恋に落ちてます。

『大人の領分』ではこれをもう少し、愛の方にシフトしました。

人を愛する気持ちのわがままさや、ままならなさ、愛する人が愛する相手にしか与えることのできないものについて、彫り込んでいこう。それを、大人だからこそわかる、素直でいること、自分でいることの尊さのようなものに、重ねていこう。

若者にはまだ見えない、「ゴール」の先の世界、仕分けされ、分類されているように見えるだけの、分類不能な生のありよう。ひととおり傷つけられてきて、傷つく自分にも、傷つける自分にも、傷ついてきて、だからこそ大事なものをきちんと大事にできてしまう、ゆえの、喜びや、苦悩。人生半周まわってもまだ残ってる、子どものころのまなざし…。

付録の最後のコーナーは(ここでいまさら)告白すると、枕草子みたいなタッチを目指して、素朴な部分、天真爛漫な部分、ちょっと気取った部分、読む心を優しく、明るくするようなものを列挙してます。今回はそう、好きというわかりやすいポジティブさは薄くして、少し寂しいのや、時間を感じさせるものも、入れていこう。インタビューも、本人というよりは、本人を本人の知らない美点によって愛し、影ながら愛おしみ、こっそり支え、時には愛し抜いている人にも、出てもらおう。

はい。この辺でどっと、全篇の構成の大元ができました。色んな「好き」があって、それはそれぞれ、人を幸せにする力、他の誰かを支える力を、持ってる。その後の書き込みについては、時々、『小説の技巧』のタイトルで綴らせていただいてます。

仕上がった『大人の領分』を読んで思うんですが、この人たちのいいところって、一生懸命なところだと思うんですね、いい意味で守りに入らないというか、基本的に、大事なものを守りながらも人生に攻めていってる。『あいおか』全体にひろがる防戦一方、答えは先延ばしなモラトリアム感、血の気の多さと若気の至りに突き動かされてる感じに比べると、ぶつかりながらふらつきながらも自分は自分なりにやっていく、っていう彼らの、生きる意志みたいなものってすごく、また違う生命力があって、書いていてとても、違いを感じました。まあ、だからこそむしろ『あいおか』より、出口なし感が強いんですけどね。思うところがあっての、騙し合い、駆け引き、沈黙、赦し、自己欺瞞。みんな大人だなあと思う場所もまた、多々あります。

………。

うおぉぉぉ、語りつくせない…!

ので、この辺にしておきます…。

みんな、うまくいってそうにみえて、ぜんぜんうまくいってない(笑)、その点はお題を裏切りませんでした、たぶん。あと…各回、うまくいってそうに見える部分、濡れ場に関しては、かなり気合いを入れました。(え、気合い、入ってましたよね…?「もっとだよ。」?!  …まじっすか??!)

交わるはずのない人格と人格が交わるほんの一瞬、を、まぶしく照らす愛の光、その目眩と残像に、興奮してもらえてたら…嬉しいです…。

何度でも、言います。言いたい。

ありがとうございます。

では…みんなへの私の色々な気持ちがここに詰まっていると思ったこの曲を、『大人の領分』のシリーズエンドロール曲として最後にご紹介して、この浮かれた長文記事を、とうとう、静かに閉じようと思います。

Noisy Cell「透明」

「誰かになどなれず生きていく   ありのままでいてほしい    何者でもないままの    あなたで息をして」。


恋を知り愛を知るすべてのひとに。

恋を求め愛を求めるすべてのひとに。

奪い合いに疲れ、与え合える誰かを探している、すべてのひとに。

今回、答えがないことを知りながら答えを探しているすべてのひとに向けて、私は答えのない、だからこそ答えしかない世界、『大人の領分』を、描きました。

誰もが持つ、どこにでもある言葉の絵の具に、私しか持たない絵筆をひたして、あなたの心の片隅に精一杯、描きました。

願わくば、あなたの心に滑り込んだこの、小さな世界の住人たちが、あなたの心の世界をほんの少しでも、明るく豊かに、しますように。



そうなんです私は小説って、読むと、こんな気持ちになるんです、

こんにちは、世界。




以上です。


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。