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小説の技巧:アルターエゴをフル活用して裏心理ドラマを演出しよう(実装編)

【合わせて読みたい:これは一話完結の連作短編集『愛を犯す人々』のスピンオフエッセイです。こんにちは世界が本篇を書くときに使うちょっとした小ワザを、ネタバレ覚悟!「愛を犯す人々 番外 啓志郎」をデモに、結構ミもフタもなくお届け。理論編:アルターエゴってご存知ですか、読者の無意識は文の様々な意味を読み込んでます/実装編:偏屈な主人公の偏屈な自分語りをブロックして本心をさらけ出させてみましょう、アルターエゴにストーリーをリードさせましょう、憧れを夢の言語で語らせてみましょう 他】

※この小ネタは、以下の症状にお悩みの方の問題解決に役立ちます(と思います):
・主人公に「自分はこんな人間だ」という説明をさせたくない。
・主人公が本音を話さないタイプなので困っている。
・主人公の感情を間接的に表現するには字数がないが、エモーショナルな演出をしたい。

今回着目してますアルターエゴについての理屈の部分はこちら:


では、お待ちかね! 早速、実装部分を見ていきましょう。

※啓志郎くん初対面の方、すみません。…お話の詳細は、本篇をご参考に。粗筋としては西田は啓志郎の友達で凪にホの字、凪には啓志郎はセ[なんか違和感あるので伏せます]ドなのですが、一応地元に彼女がいるくせに啓志郎は凪のこと割と本気で好き、真奈美は啓志郎の「東京における」公式の彼女、真奈美と凪は同じクラスです。(粗い!これは粗い…!今回のアトリエ開放に免じてどうか、本篇を覗いていただけますと、光栄です…。)

実装例1:アルターエゴ西田をぶった切りつつ、西田は自分の分身だと陰ながらに宣言させる。

西田にはできないことがこんなにも簡単にできる一方、実は、西田にはできる何かができないのではないか、という考えが、頭の片隅を駆け抜けた。
 そんなはずはない。
 西田にできて自分にできないことといえば、救いようのないほど愚かでいることくらいだ、と啓志郎は茶化して、(…)

啓志郎は直感をあえて否定しますが、そのあとで、一件だけ、例外を示しますね。それは救いようなく愚かでいること。けれど、さっき、自分で、西田にできて自分にできないことなんてないって言ったよね啓志郎。ダブルバインドです。救いようもなく愚かな自分に気づいてしまいました。え、例外だって?「そんなはずない」ですね。
西田も自分でアルターエゴ宣言しています。会話の最後になりますが、

 お前さ、聞きたいって言うから仮面を告白してるんだよ俺は。

 そうなんです。最初から最後まで西田は本当のことしか言ってないんですねぇ。西田には凪をチーンとさせてしまったカッコワルイ自分の話なんですが、読者には啓志郎の本心なんですね。啓志郎が隠してる凪への本心(西田)と、その本心への否定(自分)と隠し事。という対立構造で、凪が好きで好きで仕方ないんだぁぁ!でも言えないんだぁぁぁ!という雰囲気を作ってみます。西田パートがないと、啓志郎の「凪が好きでつらい」感薄くないですか?そう、そうなんです。捻くれ者の啓志郎を代理して、西田が啓志郎の本心を言語化しているうえ、啓志郎と西田は見た感じ対立している。これがあっての後半の緊張感になります。主人公が嘘しかついてなくても、なんか感情移入しちゃうんです、こういう技法使うと。人間の心というのは素敵です。

実装例2:人間関係スタイルを定義

さてさて、啓志郎篇は後半パートの濡れ場がキモ。そこではやり取りに集中してほしいですから、その時点ではもう読者には感情移入しててほしい。ということで、いそいそと雰囲気づくりをし、性格のわかる行動を取らせます。ただし凪に対する啓志郎自身の気持ちにはノータッチ。言うとつまらないので、二人の直接の接触は力の限り避けます。

本当のこと聞いてどうすんだって話じゃん。だからなんにも深掘りしなかった。
 西田の話はさっきから一向に核心に届かない。

啓志郎と凪の膠着ぶりの伏線です。凪の有無を言わせない性格感も滲み出してます。
もう少し先には

啓志郎は事情がわかるまでは、知らぬ顔を決め込むことにした。

とあります。これは物語上、西田に対しての知らぬ顔なんですが、凪にも、本心がわかんない限り動かないんでしょうね。後ろの方で啓志郎を凪に踏み込ませないための下支えです。

実装例3:蔑視的他者評価のようで、実は心的葛藤

アルターエゴの台詞や、主人公のアルターエゴに対する評価は心的葛藤を表すチャンス。ここでも、物語上の表面的な文脈の裏に、偏屈な主人公の心の流れを埋め込んでおきます。

西田とは監視も兼ねてしぶしぶ一緒にいるが、その「友情」をそろそろ、自分は恥じるべきではなかろうか。啓志郎は溜め息を禁じえなかった。

西田は凪にぞっこんで、それをはばかりなく伝えてます。それは啓志郎の本心。自分を監視しとかないと凪にばれちゃうんだよね、好きだってこと。でもごまかして体を重ねてます。西田が啓志郎と凪の関係を知らないのも実は大切なところ。健全な好意と性欲が、啓志郎の中ではポーズや自己欺瞞とは別にすくすく育ってるわけなんですね。でも、そういう気持ちがあるのに凪には体だけの関係で会っている状態、啓志郎はだんだん、難しいと思い始めてます。本人の気づかないところでね。アルターエゴを使う醍醐味は、本人の気づかない本人の気持ちを描けるこういうところにあるんですね。「と思った」というのは、どんなに素直でも理性や主観。ところがこちらとしては、いやいや、あなた本当はね、というのがあるわけじゃないですか。でもそんなこと書くのは不粋ですのでね、こうやって表しますね。

実装例4:本当は自己評価

アルターエゴが、主人公の自分に対する気持ちを、自分の主人公に対する気持ちにして発信するタイプの発言。

俺さ、お前にはむしろ、前よりずっと劣等感抱いてる。何、この格差。埋まんねえよこの差は。

西田の口から出ますか。これは本当は啓志郎が西田にいう台詞ですね。

他にも、

 朝倉さんとは?今日会った?
 怖くて会ってないし、まず連絡入れてない。
 お前さ…。お前人間じゃねえわ。童貞だ。

凪に怖くて会ってないし、連絡入れてないのはキミも一緒だね、啓志郎…?この恋愛童貞くんはどうも自分を見つめたがらないようですが、しっかり自分で気づいてはいるようです。というのも、

 昨日の夜、布団の中でさ、ちょっと我に返ったんだ、凪ちゃん、嫌いじゃないかもって言っただけで、俺のこと好きなんて一言も言ってない。(…)戻りたい。(…)俺、もう凪ちゃんに会えない。

ここでは西田が凪に会えない話をしていますが、啓志郎にしても西田のような大本命な感じではもはや会えないわけですね。かつ、

 啓志郎は(…)事実だけを見た。(…)とりあえず西田が凪の視界から消えようとしていることを、歓迎している自分がいる。

という、葛藤がある。凪に入れ込んではいるけど、啓志郎には遠恋中の「本命」もいますし、そもそも当たってたぶん砕けるくらいなら、今の立ち位置でもいいという気持ちが否めません。もういっそ遊びの方が割り切りとしてはいいんだけど…そこに、

こういうのって、した時点で好きで、二人で育てていくものなんじゃないの?俺がバカ?

アルターエゴ西田がふと見せる、真理。もうお分かりですね。啓志郎の恋愛観には、純粋なところがあるんですねえ。こんなに求めてるのにねぇ。真っ当な恋愛を。

そんな啓志郎の依怙地なところは、西田パートのラストにも埋め込まれています。

西田は、相変わらずどうでもいいことばかりを話している。

聞く耳、持たないんですね、こんなに自分の気持ちは、人になって出てくるくらい露わなのに。そんなアルターエゴ西田に、啓志郎は言い放ちます…

反省して苦しめ。

もうね、啓志郎は反省して苦しむしか、ないんです。

実装例5:ここにいない人の本質的なストーリーラインを暗喩的に表現して、イメージを無意識に打ち込む

ところで、アルターエゴの使用法は登場人物に対するのみにとどまりません。たとえば西田は啓志郎の心理ドラマをリードしてるだけでなく、他者について語ることでストーリーラインをリードしていたりもします。

  帰ったって、その日のうちに帰ったのか?
 終電に乗れたのは凪ちゃんだけだよ。

はい。凪だけは、取り返しがつく道を歩みます。この行がないとどうも、凪の悪意のない身勝手な感じ、凪が自分を守り、また守られてもいる感じが薄くなるんですね。短編って基本、濃くしようとしても行が足りないのでね、物語についでに色々含みこみましょう。

実装例6:実は自分がそんな人

アルターエゴへの投影が、実は正確な自己診断だったけど、本人は気づいてない。これもままあることですが、啓志郎編では…

 凪を見た瞬間に当て馬に転じた真奈美が、真奈美本人にはつゆとも知れないその使命を全うできたのは、啓志郎には実は計算外だったのだ。

真奈美がアルターエゴ、つまり当て馬は啓志郎でしたね。真奈美はそれなりにナイトライフの話をしてたかもしれない。女慣れの噂がある啓志郎と凪に面識があることを知った滝本は、それはもう焦ったでしょうね。

実装例7:夢の言語を滑り込ませる

これはまあ常套。夢において基本的に本というのは「知識欲」「性的好奇心」の表れですね。内容が金銭に関わるものであれば、「将来の人生の豊かさ」を表します(夢における「お金」は心的エネルギーを指します)。ということを踏まえての以下の引用。

 …滝本だ。
 啓志郎は額に手を当てた。今日、昼休みに真奈美を迎えに行った時、凪の隣にいた。スティグリッツの重たげなテキストを挟んで、二人は何かを書き込みながら、話していたが、あれは…。

はい。経済学の授業なのね。二人でおんなじ本見てるんだ。滝本と凪との「正しい」交際に対する啓志郎の評価が伺われますね。いやーこれは…こんな具合に啓志郎をどんどん追い詰めます(笑)。ちなみにここで滝本もまた、啓志郎のアルターエゴなのだとわかります。西田が打てたかもしれない悪手だとしたら、滝本は打てるはずもない良手というわけですね。

実装例8:物品も擬人化すればアルターエゴ

最後に、余談として国語の資料集のような話になりますが、小説においては擬人法もアルターエゴの一種。これは啓志郎編にも滑り込んでます。

 振った手を下ろすと、バッジが出てからずっと掌で覆っていた携帯の画面が、生ぬるく、ぬめった感触を返した。

お、擬人法。ということは、この携帯もアルターエゴ。ただし凪のアルターエゴですねこれ。バッジはたぶん赤くて…女性の中で赤く、生ぬるく、ぬめっているのはどこでしょう?

凪とエッチしたいの丸見えです。場面転換が急だったので、少しクッションを入れました。




以上、アルターエゴの使い方にさまざま、焦点をあててみましたが、いかがでしたでしょうか…長くなっちゃったけど色々!盛り込んでみました。少しでも、書き手さんのお役に立てたら、いいなぁ。

まだ使ったことないかた、好き嫌いもあるので強くはおススメできないんですが、食わず嫌いということありますから是非、試してみてください!

念のための念押しなのですが、アルターエゴのキャラが立ってないと、発言が混ざって逆に読み手さんが混乱してしまうので、お気をつけて…。むしろ、読み手さんにはアルターエゴだと気づかれないくらいの方が、あざとさがなく、小気味よく読んでいただけます、きっと…。少なくとも(私のようなひねくれ者の読み手が残念ながら引っかかれないのは、自業自得ですが…)ふーん、て読んでいただく初読で気づかれては、つまんないと思います。はい。ここだけはどうか筆力を賭して頑張ってください(応援)!

どうかな…どうかな…いつも、読んでくださってる読み手さんの読み手ライフ、書き手さんの書き手ライフに、少しでも楽しみや喜びが増すと、とても、光栄です…。


いつも、ありがとうございます。


お話を書くのが、大好きです。


以上です。


今回の教科書?は、こちら:

啓志郎くん、西田くん、凪ちゃん、滝本くんにも是非会ってあげてください:


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。