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ハワイタイムマシーンZ/太平洋のど真ん中で 40.最後の王リリウオカラニは孤独に戦います

ハワイ王国最後の王、リリウオカラニ

カラカウアの妹、リリウオカラニがハワイ王国8番目の王に着いたのは1891年1月、カラカウアが遺体となって帰国してすぐのことでした。リリウオカラニは52歳でした。ちなみにハワイ王国歴代の王が即位した年は…

・カメハメハ1世 37歳くらい
・カメハメハ2世 17歳
・カメハメハ3世 11歳
・カメハメハ4世 20歳
・カメハメハ5世 33歳
・ルナリロ 37歳
・カラカウア 37歳
・リリウオカラニ 52歳

最初で最後の女王、リリウオカラニが一番年上です。そしてリリウオカラニは孤独でした。

・兄/カラカウア
・弟/レレイオホク
・妹/リケリケ

全て亡くなっています。そして、この王になった1891年、リリウオカラニの夫のジョン・ドミニスも亡くなっています。リリウオカラニの誕生日の直前でした。このジョン・ドミニスさんはちょっと女好きやったみたいです。こちらに詳しく書かれてます▼

・リリウオカラニ女王自伝を読む/第15章を読む 補足・1881年ごろの出来事

リリウオカラニって、いろんな事に、ほんまにかわいそうです。もう一度書いておきますが、当時、ハワイ王国は王政派と共和制派が勢力争いをしており、荒れに荒れていました。

▼王政派
君主制単独の首長により治められる政治のかたちのこと。
首長は普通、世襲(親から子、または親族へ)されます。王が君臨する王国は君主制なわけです。日本には天皇がいてはりますが、政治は憲法によって治められてるので、立憲君主制というのだそうです。

▼共和制派
主権が国民にあって、国民の選んだ代表者たちが会議で政治を行う政治のかたちのこと。
共和制をとってる国を共和国と言います。アメリカは共和国です。名前に「共和国」ってついてる国がありますが、実際はちっとも共和制でない国がいっぱいありますね。あ、余計なこと書かんとこ。

リリウオカラニはもちろん王政派です。

リリウオカラニはハワイ王国の権威を復活させようとしますが、それは逆効果でした

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1892年の年末、リリウオカラニは、王の権力を復活させる法案を議会に提出しますが、欧米系議員に反対され廃案になります。負けずにリリウオカラニは動き、翌年1893年1月に憲法改正を発表します。

・欧米人はハワイアンと結婚していないと選挙権を持たない
・上院議員はハワイ王が任命する

実質的なハワイ王国の復活です。が、共和制派がこんなことを許すわけがありません。アメリカ軍を動かします。

米国大使は、ハワイに住むアメリカ人を守るため、という理由で、ホノルル港に停まっていたアメリカ軍艦ボストン号の兵隊162人を動かして、リリウオカラニに圧力をかけたそうです。この時、アメリカ本国の政府が動いたわけではないことがポイントです。指示をしたのはハワイの米国大使です。

リリウオカラニは、人が殺し合うようなことにならないよう、治めようとします。が、この騒ぎを絶好のチャンスと捉えた共和制派は動きます。

ハワイ革命により、ハワイ王国は崩壊します

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1893年1月、共和制派は政庁舎を占拠して臨時政府を立ち上げました。クーデターです。ハワイアンにとって、屈辱的な乗っ取りでした。後からやってきた人々が政治を動かすようになり、王から王位を奪ってハワイ王国を崩壊させたのです。

1894年7月、この臨時政府はハワイ王国をハワイ共和国とすることを宣言。大統領は、サンフォード・ドール。このおっさんがハワイ王国を乗っ取ったんか!めっちゃ悪いやつや!とか書かれてるのを読んだ事がありますが、そうでもないみたいです。

サンフォード・ドールはそれまで、法律家としてハワイ王国を支えていたみたいなのです。カラカウアの時代には、ハワイ王国最高裁判所の判事にも任命されています。が、サンフォード・ドールは共和制派でした。リリウオカラニが、王の権力を復活させるのには反対やったようです。

そうそう、第38話にローリン・サーストンという人物が出てきます。彼もこのクーデターの時は活躍していますが、大統領になるのは辞退したそうです。別にケンカしたわけじゃなくて、ローリン・サーストンは大統領になるのをサンフォード・ドールに譲り、自分はハワイ共和国をアメリカ合衆国に併合するため、アメリカ本土でいろいろ動くようになります。

日本からの労働者移民のために、東郷平八郎がハワイへやってきます

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ハワイ王国が滅びるということは、いろんな問題が起こります。サトウキビプランテーションを運営しているのは欧米人たちなので問題はありませんが、労働者移民たちは、ハワイ王国と契約をしてやってきているので不安でしょうがありません。これを心配した日本の明治政府は、日本からの移民たちを心配して、軍艦を3隻送り込んできています。

主力艦は軍艦浪速。外務省の人間も乗ってたみたいですが、この歴史を勉強していて一番、おーと思ったのは、この軍艦浪速の艦長が東郷平八郎だったことです。東郷平八郎といえば、日露戦争でロシア海軍を全滅させた連合艦隊司令長官です。この時はまだそんなに偉くはなかったのですが、なんと、ここでもちょっとかっこいいことをされています。

軍艦浪速は、ハワイ王国で働いている日本人たちを心配してやってきています。ハワイ共和国の新政府は、この日本海軍も取り込もうとして、礼砲を発して欲しいという申し込みをしてきます。つまり、ハワイ共和国バンザーイみたいなお祝いの砲弾発射(バーン、バーンと射つわけです)をして欲しいとお願いしてきたのです。が、日本政府が契約していたのはハワイ王国であり、ハワイ共和国なんかではありません。東郷平八郎はこの申し込みを断っています。あんたら、何言うてんのや?って感じでしょうか。ステキです。

こういう場合、人は事の大きさに振り回されてしまいがちですが、東郷平八郎はブレていません。45歳なのに、素晴らしい。

。。。。つづく


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