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【小説】『規格外カルテット』8/10の下

 チープフェイク側。

(10回中8回目の下:約4000文字)


 扉を開ける前からうずうずと待っていそうな気配は感じていたけど、
「おっかえりなさーい」
 って案の定、跳び跳ねるみたいに出迎えて来やがった。
「やらないよ」
 言ってやると一瞬目の色が変わったが、すぐにくねくねと騒がしい動きを作りやがる。
「あぁん瑠美ちゃん、話が早過ぎるぅ!」
「このところ、どうもそんな気分にはなれなくってね」
 玄関に残したまま居間に入って暖房を操作していると、後ろからたわけた裏声でほざいてきやがった。
「『あの日』ですかぁ?」
「気が沈んでる女はみんなソイツだと思いやがるな。クソか」
「うん違うよねぇ。あちこち舐めて味知ってるからぁ、んーと来週の、水曜日くらい?」
「おおおおピタリと言い当ててくれやがってすげぇなビックリだが、てめぇ変態的な特殊能力いつの間にか身に付けてんじゃねぇ」
 おちおち沈む気にもなれやしねぇ。紅茶を入れてる間もまとわりついて、すり寄って来やがる。
「どう、なっちゃいましたぁ?」
「大丈夫だよ。あんたは特に、何も変わらず」
「いえその、蜂須賀さんはぁ」
「それも込みでだよ。蜂須賀も変わらず、あんたの担当」
 そっか、って嬉しそうな呟きだけが、本心に聞こえて無駄にムカつく。
「怒ってますかぁ」
 テーブル脇に座るなり太ももに、丸めた手の先乗っけてくるから、
「いいや」
 と一旦は口にしたけどどうも、モヤモヤが消えてくれない。コイツも気付いているんだろう顔覗き込んで来るし。
「そうだね。怒ってる。まず私は本当に訊きたかった事を、あんたから話してもらえてない」
 覗き込みに来た顔に、目を合わせてむしろ微笑んでやる。
「なんで蜂須賀追いかけてた?」
 そうしたら向こうの方では目を逸らして、テーブルに、顔を伏せて見せない戦法に出た。
「『言いたくない』って言ってたね」
 う、とふわふわした髪が少し揺れる。
「『言っても良いのかな』って言ってたね」
 う、と人間なら頷いてる感じに。
「思いっきり混乱、しまくってるじゃないか。なのにあの時は私、頭に血が上って勝手に思い込んで、上手くすりゃあの時点で聞いてやれたもんを」
 ううう……、と逆に叱られたみたいな声を上げた。
「だから今自分に、腹が立ってる」
 それからちょっとの間、顔は伏せたまま頭を右に傾けたり、左に傾けたり、良い置き場所を探すみたいにしていたけど、
「おうちから、出て行きなさいって言われましたぁ……」
 結局おでこの真ん中に落ち着いたらしい。
「もうお前は、汚れてしまったから、汚いお前が中に入って、おうちを汚しちゃダメだってぇ……」
 嘘だろう。親が子供にそんな事を、言うわけが無いだろう、なんて事は無い、という事を、私は経験から重々知り尽くしている。
「お父さん、とかお母さん、とか、呼んじゃダメだって……。妹、なんか初めから、いなかったって思いなさいって……、あの子にまで汚れが、うつったりしちゃダメだからぁ……」
 仕事柄とっくにやめてもう何年も経ってるけど、タバコが吸いたい。セールで買ったチョコまだ残ってたな、と立ち上がろうとしかけた時、
「おうち、借りてあげるから……、毎月お金も送ってあげるから一人で大人しく、メーワクかけないように暮らしなさいって」
「おい最低かよ」
 腹の底から苦い味が飛び出してきた。
「最低でぇす……」
「そうじゃねぇ。金は持ってるみてぇだけど、頭悪過ぎんだろソイツら」
 う? って頭が少しだけ傾いた。
「突き放すんなら何にも与えないで、ただ放っぽり出せってんだ。生活能力無くなって、仕送りに頼り切っちまう。考えて分かれよそんくらい」
「そこはぁ……、そのぉ……、どこに行ってもバイト、とか、断られちゃいましたのでぇ……」
「ああ。だろうな。あんたまずその辺のバイトにゃ向いてねぇわ」
「バイト、も出来なくて、お金、稼げないなら……、人間、とか思っていちゃ、いけなくないですか……?」
「てめぇ人間様なめてんなよ」
 いよいよ腹立ったから立ち上がって、台所の冷蔵庫に向かいながら吐き出していく。
「そこだわ。ああ。あんたと会ってからずぅっと私が、薄ぅくムカついてんのは」
 中に突っ込んでいた箱掴み取って、包装にフィルムむしり取って、取り出した一個奥歯で噛み砕きながらテーブルに戻る。やたらと酸っぱいチョコだけど今は、甘ったるいよりよっぽど良い。
「いや悪い。あんただけじゃない。私の場合ガキの頃からもう行く先々で、出会う奴ほとんどみんなにムカついてる。どいつもこいつも何にも考えず、周りに合わせて生きてりゃそれで良いみたいに思い込みやがって!」
 箱開けたままテーブルに置いてやってるのに、顔伏せたままでいるから多分コイツは、食い物がそばにあるって事に気付いてすらいない。
「ああ良いんだよ。それで。テキトーで。人間なんざ放っといたら勝手に、自分らの好きなように、何だって出来ちまうしやっちまうんだ。初めっからその程度の、しょーもない生き物のくせに、どう足掻こうがしょーもねぇもんはしょーもねぇんだから、せめてそこんとこくらい自分の頭で、きちっと弁えて、自分らが正当で標準みたく思い上がってんじゃねぇ!」
 う、と伏せたままの頭を滑り落として、テーブルの足周りに寝転がると、
「怒らないで下さぁい……」
 両膝を抱えて丸めた背中を、私の方に向けて来やがった。
「怒るとこ泣くとこ見てるの、もうイヤでぇす……」
 悪いけど、申し訳ないけどその背中見ているだけで、ものすごくイライライライラする。
「ごめんなさぁい。そのぉ……、犬なのでぇ……。まともに言葉、とかしゃべれない、犬になっちゃいましたのでぇ……。蹴飛ばして、笑ってもらって全然、かまいませんからぁ……」
 ブチ切れる、寸前みたいに感じたけど、どうせヤケになるんだったら背中の真後ろまで近寄って、
「皆さんが、面白がれるように……、派手に泣きわめいてみせますからぁ……」
 ブラ外して生乳さらしてやった。
「乳吸うか?」
 顔は上げないなりに即起き上がって谷間に即埋まりに来やがる。
「ちち」
「吸うんかい。すげぇなエロって底力あんな」
 そのままカーペットに二人して、倒れ込んだけど、今は乳と乳に埋まった顔と、乳をもむ両手に気が行っていて、下半身にまで回す力は無さそうだ。
「妹」
 言われてこないだの彼女が浮かんでくる。
「ってもう言っちゃ、いけないんですけどぉ……、蜂須賀さんと二人で歩いてるとこ見ましたぁ……」
 ここまできてようやく、コイツ「私が訊きたかったこと」に答えていたんだって気が付いた。
「迷惑、かけられてないかな、とか、どう思ってくれてるのかな、とか、大事にしてくれるのかな、とか色々、気になっちゃいましてぇ……。ああいう言い方してみたら、どう断ってくるかでその人のこと、中身までけっこうしっかりめに、分かるじゃないですかぁ……」
「紛らわしい上に人騒がせだしめんどくせぇな。直接妹に会って聞けよ」
「そこは、そのぉ……、犬なのでぇ……。知らない女の人、ですのでぇ……」
「犬じゃねぇだろ。お前は」
「犬でぇす……」
「犬じゃねぇって。分かってんだろ。自分で」
「『お前が無意識のうちに心の奥で、望んでいた姿だ』とか、言われちゃってますからぁ……、犬なんでぇす……」
 ああ嫌だ嫌だ嫌だ。うっとうしい。馬鹿馬鹿しくって私はもう、まともに付き合っていられねぇや。
「本気で犬だっつってんならてめぇ二度と私とはやれねぇぞ。私に獣姦の趣味はねぇからな」
 ダメ押しでくっ付けた後半部分を言い終える前に、ガバッと上げた顔を見合わせて来た。
「犬、やめます!」
「やめるんかい。そんで早いなおい。すげぇなエロの底力ホントに」
「だからだっこ下さい」
「はいはい」
 抱き付いて来たから背中に両腕回してやる。
「あとやりたい」
「それはやらねって言ってんだ」
 腰揺らして来やがったからおでこにチョップ食らわす。
「いて」
 軽く食らわしただけだってのに痛そうにさするフリしていやがる。
「よおっし。じゃあこうしてやろう。おおホントに犬やめてくれたなぁって、この私の目で確かめ切れたらそん時に、やらせてやるよ」
 言ってやるとこの野郎、結局は自分の好きに使えると踏んでいたラブドールから、思わぬ反撃食らったみたいなクソ生意気な目付きになりやがって。
 残念だったな。正直なところ腹の内では人間様なめくさっていやがった奴は、人間様からもきっちり同じだけ、なめ返されんだよ。
 自分から「犬でござい」、なんて足元に這いつくばって来る奴、「おやそうですか」って気持ち良く足蹴に出来る人間は、ただただ阿呆でしかねぇからな。
 許し切れてるわけがねぇだろ。蹴られた強さも回数も、蹴ってくる時の笑い顔も、一生忘れてやらねぇぞって、機会があって見つけ出せたならその時がたとえ来世だとしても、てめぇの喉笛に喰らい付いて噛み砕き壊してやるからなって、腹の内に底無しの恨み溜め込んできた野郎にしか、私には見えてないんだよ初めっから。
 すぐに「ええぇぇ……」って情けない声上げて、カーペットにのたうち回るフリしやがったが。
「おあずけが長ぁい」
「なぁにすぐだよすぐ。この調子で行けばな」
 分かってて相手してやってんだこっちは。初めっから。まったく母性本能なんて代物は、私の内側のオスに言わせれば、ほとんど狂気だ。

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