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『太平記』読書記録3分の2の下

3分の2の・下


謎の巻二十二
  
原本が見付けられていない(多分今後も見つからない)。
  巻二十三以降からの分割や後補なので、
  巻二十一と繋がらないところがある。

  えっと新田義助が城を落としまくりだったはずだが、
  いつの間にか足利高経軍から取り返されてる。

  北陸には畑時能(ときよし)他27人が守る鷹巣城だけ。
  しかしこの時能と愛馬塩津黒(しおつぐろ)と、
  愛犬犬獅子(いぬじし)が超強いって事になってて、

  ここで紹介されてた犬戎国のエピソードが、
  完全に八房@八犬伝やんけ(注釈でも指摘あり。)

  でも討死するよ時能。
  そりゃムリだよね。最後16人だもの。

  新田義助も土岐頼達・頼康軍に追われて、
  美濃から尾張経て、吉野に逃げ戻った。

途中の高野詣りは何やったん?
  
帰って来た新田義助を、
  後村上天皇は労って昇進させたから、
  洞院實世はバカにしたけど、
  藤原隆資は太公望の言葉を引用して否定。

  「身の貴きをもって人を賤む事なかれ」って、
  全ての為政者の耳元に5、6時間は睡眠学習させてぇな。

  だけど昇進しちゃったから義助すぐ伊予に戦いに行く。
  途中高野詣りして、
  田辺から四国に渡って今治に入った途端、
  新田義助、病で急死。

  四国の将軍方細川頼春、絶好の機会だって攻めて来る。
  天皇方の大館氏明と藤原有資(隆資の息子)は、
  備後の鞆で戦いまくり、
  一度は細川軍を敗走させたけど、

  次の世田城戦で討死。
  篠塚伊賀守一人しか残らなかったよ。
   ↑しかもコイツ自分だけでどうにか隠岐まで逃げた。
  
実はその裏で妖怪大戦争、あと大森盛長肝太い
  ⚠️
このエピソードは現代絵画作品だと、
   大森側が情けなく怯え倒しているように、
   描かれる事が大変に多い気がする。
   だけど浮世絵とか見るとそうでもないから。
   どうしてその差が生じて来たかに注意⚠️私は興味津々

  猿楽好きの大森盛長がまず夜道で鬼女に遭う。←有名

  猿楽中に黒雲が沸き上がり稲光を伴って、
  100人ほどの騎馬武者が現れ、代表が「楠正成」を名乗る。

  他にも後醍醐天皇に護良親王、新田義貞は分かるとして、
  なんで源義経に平教経までいるのか知らんが、
  皆修羅道に堕ちて修羅になったと言う。

  「三毒を払うために三つの剣がいる。
   一つは日吉神宮に、一つは尊氏の許にあった。
   今一つが盛長、御辺が今携える刀である。
   先帝の勅定にて急ぎ進ぜよ」
  って要するに強奪を正成堂々と主張。

  これに対して盛長「いや」ってあっさり。
  「生きてる内ならともかく死んでから勅定も何もあるか」

  わりともっともだと思うんだが盛長、
  しばらくの間おかしくなって家臣達に閉じ込められて、
  毛が生えた巨大な手につまみ上げられたり、
  巨大なクモの巣に絡め取られたり、
  巨大な女の首が現れて火に入れても飛び出したりする。

  弦打ち(邪気払い)しても笑い声聞こえるし、
  お札貼っても剥がされるから、
  禅僧に相談して大般若経を真読(めちゃ時間かかる)
  してもらったら怪異消えたよって。

  ついでに義助と大館も亡くなったよって。
  ホンマか? そういう事でええんか?

  大森盛長の剣は天下の霊剣として、
  足利直義に贈られました。

  直義気に入って改装して愛玩してたら、
  急に病を得てしかもかなり重くなったけど、
  光厳上皇が祈願したおかげで全快♪って。
  ホンマか? ホンマにそういう事でええんか?

  一方で光厳上皇は、
  酔った土岐頼春から御車を射られ倒されるという、
  狼藉に及ばれているんですけど?
  (土岐頼春は斬首。居合わせた二階堂行春は流罪)

ところで国は荒れまくっている
  
土地は武家のものになって、
  税金も調庸品も入って来ないので、
  朝廷の儀式も絶えていくし、
  武家は入った資金贅沢に使っちゃって政治も滞る。

  これは天災じゃないからねって地の文の警鐘を、
  だから全ての為政者の耳元に(2回目)。

  年中行事の詳細がしばらく並ぶ。(⚠️太陰暦)
    腹赤の御贄…宮内省が天子に魚を奏す。
    花鎮祭……花粉と共に疫神が四散するのを鎮める。
    衣更えは内装や畳も変えた。
    5月5日の薬玉
    6月11日の神今食
    御髪上……天子の髪を梳り主殿寮で焼く。

天竜寺開山に伴ういざこざ
  
夢窓疎石が亀山行宮の跡地に、
  後醍醐天皇を弔うために天竜寺建てようとしたら、
  まぁ比叡山が怒る怒る怒る。

  国を守るのは天台顕密だけだって。
  禅宗は邪法だって。
  疎石を島流しにしろって。
  それはともかく、

  犬神人(いぬじんにん 弓の弦や沓を商う賤民)を、
  寺の周りに蔓延らせる気かとか、
  修行を怠け地獄に堕ちた比丘は石女に生まれ変わるとか、
  罵倒の方向性がド庶民の私にはハラワタ煮えたぎり💢

  ああ嵐山の別名拈花嶺(ねんげれい)って言うんだって。
  尊氏が吉野の桜と竜田の紅葉を移植したからだって。
  それはちょっとほっこり。

  ところで比叡山からの手紙を足利兄弟に見せて、
  朝廷が沙汰を仰いだら、
  「何言ってんの? 全部仏教でしょ?」で終了。

  それでも強訴に及ばれたから、
  あくまでも「武家が建てる寺」って体裁にした。

揉めたわりに無事に建った
  
武家行列の豪華さ描写がすごい。
  法皇、上皇の御幸の装束説明も細々。

  夢窓疎石込みで十人の僧侶揃えた。
  釈迦の十大弟子になぞらえたって。

  滞りなく建立されたけどここから二十年中に2度焼ける

  ※あと何でか東大寺の大仏建立と行基の話もここで。
  ※行基は当時亡くなってたらしいんだけどね。
  ※難波は当時官船の出入港で、尊称で御津と呼ばれてた。

  釈迦の十大弟子
  (それを知って何になるとは思いつつ、
   まとめてあったらメモせずにおれん私)
    舎利仏 ……智慧第一
    目建連 ……神通第一
    摩可迦葉……頭陀第一
    阿那律 ……天眼第一
    須菩提 ……解空第一
    富楼那 ……説法第一
    迦旃延 ……論議第一
    優婆離 ……持律第一
    羅喉羅 ……密行第一
    阿難陀 ……多聞第一

  ※壬生の身代わり地蔵の話
  児島高徳、新田義治を大将にして挙兵しようとしたけど、
  内通者がいてバレた。
  義治を比叡山に隠して高徳は信濃に逃げた。

  地味にずっと陰で働き続けてるぞ高徳。
  作者に注釈からも忘れられ気味だが
  (昇進や潜伏で呼称はコロコロ変わるから)、
  こういう奴が私は大好きだ。
  私が掘り下げるなら君だ高徳。

一気に十年くらい進みました
  
正平三年(貞和四年)つまり1348年、
  だけど12月26日は太陰暦⚠️
  北朝では崇光天皇が15歳で即位。
  花園天皇の第二皇子が東宮に。

  なんだけど、
  犬が子供の頭をくわえて御所に入って来た。
  穢れに触れたから大嘗祭来年に延期しようって
  話もあったけど続行。年貢強いたので民飢える。

  仁和寺では禅僧が化物達の話し合いに出くわす。
    足利直義の妻に護良天皇の魂を宿らせて、
    夢窓疎石の弟子に後醍醐天皇の従兄弟が取りついて、
    尊氏・直義兄弟の仲悪くさせよう。
    高師直・師泰兄弟に上杉家畠山家を亡ぼそう。

  聞いた通りか知らんけど、
  直義の妻41歳で初めて懐妊。

藤井寺・住吉合戦
  
楠正行(まさつら)25歳頃になってます。
  天王寺や中之島で挙兵したけど、
  北朝方の細川顕氏侮って油断しまくってたら、
  陣の裏側にあった誉田八幡から攻め寄せられて逃げる。
  (今年の正月あたりに古墳巡りした一つだ)

  山名時氏も加わって、
  細川軍天王寺に立てこもって、
  水盃まで交わしてつまり決死の覚悟で挑んだのに、
  住吉でも天王寺でも阿倍野でも敗走。
  死者めっちゃ出てる。
  (大阪府民やけども知らんかったよ)

草薙の剣見つかったってよ(?)
  
いや、見つかるもんだっけあれって。
  もちろんこの時代には既に檀ノ浦に沈んでます。

  山法師の円成(えんじょう)さんが、
  伊勢神宮への千日詣りを発願して、
  満願の日に身を清めに行ったら、
  海から打ち寄せて来たよ。

  伊勢神宮で童に憑いた神も証言して、
  天皇ゆかりの人に会えないかなぁって、
  初瀬で祈願してたら日野資明に会った。

  一応春日神殿に納めたけど日野さん正直信じてない。
  神代に詳しい人に色々教えてもらう。

  蛭子を葦舟に乗せて流した時の歌が私の心にキツイ。
    父母(かぞいろは)いかに哀れと思ふらん
        三年に成ぬ足立たずして

  剣に供物捧げて二十一日間祈って、
  誰か偉い人が夢で信託を得たら天皇に伝えよう、
  って事になってやってみたら
  足利直義が実にめでたい夢を見たので、
  円成さん一気に大出世。

  だけども日野さんのライバル勧修寺経顕が、
  「直義一人の夢信じるのっておかしくない?」
  って素で言っちゃったら上皇「そうだね」って。

  円成の富貴は邯鄲の夢に成ぬ、
  みたいに結ばれてたけど、
  円成さん別に出世望んでたとも、
  出世した時喜んで図に乗ったとも書かれてない。

  勝手に与えて勝手に取り下げただけのものを、
  そのように結ぶのは果たして適切なのかどうか。
  如何ですか(おそらく作者の)玄慧殿。

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