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-another skyの "another side revisit"- GRAPEVINE LIVE in a lifetime presents another sky 20230223@中野サンプラザ

子どもが寝返りする勢いで飛んできた足蹴りとかかと落としがわき腹に食い込んで目が覚めた深夜2時。
それから眠れなくなり、ライブ当日の朝を迎える。

「明日は休日でライブを見に行ける日」と、
「明日は仕事終わりにライブを見に行く日」とでは、前日の睡眠時間が全然変わってくる。
仕事があるほうが過剰なワクワク感を抑えられて眠りに就きやすい。
この日、2月23日は天皇誕生日。ありがたい祝日。
そしてあからさまに睡眠不足な朝。
よくあることである。。

夕方まで妻と子どもと3人で過ごし、それから妻に子どもを任せて家を出る。夜にはいつもお世話になっているシッターさんが来てくれるようお願いしているけど、妻と子どもの2人に負担をかけることには違いない。
貴重な時間を用意してくれたことに感謝するとともに、無事に過ごしてくれていることを願いつつ、睡眠不足から引き起こされるのであろう頭痛の予兆と、妙に重たい瞼を抱えながら、中野に着いた。

***

新作が出ていない時期に行なわれるクラブサーキットのような、セットリストが一切分からないライブと比べると、あらかじめ本編の中身が分かっているライブというのは、正直言ってしまうとそこまで気分が高揚しないものだった。少なくとも私の場合は。。
そこで、わざわざ録画していた「すこぶるアガるビル」の中野サンプラザの特集を見ることで、ホールの歴史とこれから閉鎖されるという希少価値を感じながらライブを堪能しようという野暮な試みもしてみたが、

一方で見方を変えれば、
「すでに映像化されているパッケージを手に取っている段階で、ライブでそれを追体験する機会」というのは実は珍しいことではないかとも思うので、ある意味貴重な機会に恵まれたと言えるのかもしれない。

お気に入りの映画を映画館でもう一度鑑賞し、初回で気付けなかった意外な伏線であったり、ロケ地の場所だとか俳優の着ている服のブランドを調べたりだとか、そういったストーリーから離れた目線で見つかる新たな発見を楽しむ行為と似ているのかもしれない。

私にとっては、昨年の再現ライブを鑑賞できなかったので、このたび再演が実現されることになり、こうして現場で鑑賞できる機会に恵まれたのはありがたいことである。

一方で、こういう機会が生まれる発端となったのはボーカル田中氏の不貞行為によるものだとは、皮肉な話である。
長年リスナーとして聴き続け、ツアーのたびにライブに足を運び、近頃は新しい音楽にも疎くなり、もはや新譜をお金を出してパッケージとして手に入れるような対象がバインぐらいしか無くなってしまった身としては、少なからずショックな話であった。まして、25周年のバンドデビュー記念日直後の報道である。自身でそのお祝いに泥を塗ったようなものである。

当然ながら世間的な評判がプラスに働くことは無い。
田中氏の本心は定かではないが、後悔の念も強いことだろうし、熱心なファンや彼を取り巻く多くの利害関係者からの信頼や信用を失いかけているという事実を受け止めて、それを取り戻すためにかけるエネルギーのことを考えると途方に暮れることだろうし、憔悴したとしてもおかしくはない。

ほんの出来心だったのかもしれないし、その出来心が生まれる余地があったのは事実なのかもしれないが、昔の音楽雑誌のインタビューで垣間見える彼自身が語っていた生育環境をその原因に当てはめて考えてしまうのはあまりに早計だし失礼だろう。

音楽ファンとしては推測も決めつけも一切不要で、彼から発するメッセージをそのまま受け取り、可能であれば、彼らの発するこれからの音楽を新たな気持ちで堪能すればいいのだと思う。

***

さて、中野サンプラザである。かつて全国勤労青少年会館という名が付いていた、2222名を収容する真四角の大ホールでライブを堪能できるのは今年で最後である。バインは私の記憶が確かであれば此処で過去に3回ワンマンライブを行ってきたが、私はいずれも参加することができなかった。今回の公演が最初で最後の中野サンプラザ公演になるのだろう。そんな気持ちで、半年後に取り壊されるこの貴重な東京ピラミッドの放つ昭和の時代ならではの、華美な輝きを目に焼き付けておきたい。

正面から
裏側から見る姿はまさにピラミッド

会場に入ると、私と同じく開演を心待ちにしている観客の方々が思い思いに過ごしている。
ホール内の白く靄がかった熱気。独特の高揚感。
ステージ上でのサウンドチェックが始まり、不規則なギターノイズが響き渡る。
「あぁ、私は、ライブを見に来たのだ」
と実感させられる。

エントランスから
高い天井から外光を取り入れている

ライブハウスのように真四角な箱の形をした大ホール。
2階席から望むステージとの距離感も良い。天井にはその大きな空間にしては小さめなミラーボールが控えめにぶら下がっている。
1階席を後方の正面玄関から入り、最後列中央のPA席からの眺望を見つつ、なだらかな階段を下りていく。
2階席の最前列の真下にあたるのは、どうやら19列目のようだ。

私の座席はちょうどその1階席の19列目、それも端のほうで、あまり良い席とは言えなかった。昨年3月に行なわれたSpring tourでは1階2列目を引き当てたのにもかかわらず、様々な事情があって手放すことになったので悔しい気持ちも少なからずある。それでも今回の再演を見れる機会に恵まれたのは色々な偶然が重なったことと、何より家族の協力があってこそ実現できたこと。そんな些細な悔しさなど吹き飛ばして、この時間を精一杯有意義に、楽しみたいと思う。

another skyの"another side revisit"

開演時刻の18時を少し過ぎ、場内が暗転した後、いつもの5人が、客席の拍手を浴びながらステージに現れた。

再現ライブの幕開けということで、私を含む観客のおそらく98%ほどは当然ながら田中氏の第一声は、

「蒼くて〜…」

から始まるものだと思っていたのではないだろうか。

それよりも少しテンポの早いドラムのカウントが入ったかと思えば、始まったのは「ふたり」であった。

内心では驚きつつも、会場に響く一音一音に身を委ねる。
そのまま「マリーのサウンドトラック」へと繋ぐのかと一瞬思ったが、
そのまま曲を終えた後、「アナザーワールド」のギターイントロが流れる。
本編第一部は、アルバム「another sky」を逆順で進んでいくことを知る。

通常のライブとは少し立ち位置の違う今回の公演。
やはり会場の空気もいつもとは違う緊張感が少なからず漂っていたことを考えると、さらなる緊張感を襲う「マリーのサウンドトラック」で幕開けするよりも、温かみと適度な親密さを感じられる「ふたり」で始めることで、観客との距離感を近づけたい意図もあったのかもしれない。

結果として曲順を逆回転にすることで、今回の公演を昨年のツアーの焼き直し再演にせず、一捻り加えた新たな公演として成り立たせていると感じた。その意味では、これは「追加公演」ではなく、公式が唱えている「初日公演」というのはたしかにその通りなのかもしれない。

3年ぶりに見る田中氏の姿は、心なしか以前よりもさらに線の細いボーカリストに見えた。
繊細さを感じさせるその姿は、本編前半までどこか所在なさげに、それでもなんとかこの公演を成り立たせられるよう、1曲1曲を丁寧に歌い上げようとしているように見えた。

その姿を、変わらずの盤石なバンドサウンドを奏でながら後押しする4名。
西川氏のギターは透き通るような音色とトリッキーなプレイが冴え渡っていたし、金戸氏のベースはうねりを上げながらグルーヴの渦を巻き起こし、高野氏のキーボードは情景豊かにスパイスと彩りを加え、亀井氏のドラムは全体のサウンドをしっかりと包み込んでいた。
いつものバインサウンドが、観客と彼を鼓舞してくれているように感じられた。

本編後半、「マダカレークッテナイデショー」の勢いとそれに呼応するような客席からの大喝采で、田中氏の緊張が解けてきたようにも見えた。勢いそのままに、「BLUE BACK」、「ドリフト160(改)」を畳み掛けるように熱演。

本編ラストで、アルバム1曲目の「マリーのサウンドトラック」に戻ってきた。
曲の終わりに僅かな無音が流れた後、昨年ツアーで魅せた「ふたり」の終演後と相関するようなアウトロへと進んだ。個人的には、昨年ツアーの表現のほうが好みで、今回のそれは若干取ってつけたような印象が残った。残り2公演でアップデートしていくのかもしれない。

本編第一部が終演し、10分間の休憩の後、第二部へ。

第二部で告げられたメッセージ

客電が付き、メンバーが再登場する。
冒頭で田中氏が口を開いた。

「この度は私の不手際により皆さまにご迷惑をお掛けし申し訳ありません」

客席からは拍手が響く。
それに釣られるように、「申し訳ありませんでした」と、少しホッとしたトーンで、再度お詫びの言葉を口にする。

ツアーが途中で中断になり、再度行えることになったのは周りの関係者のおかげであること、何よりこの場に集まってくれた皆さんのおかけであり、感謝しています、といった主旨の言葉が続いた。

メッセージはそれでもう十分だったと思うし、
それ以上踏み込む必要もないのだと思う。

仕切り直しと言わんばかりに
田中氏の
「じゃ第二部始めます!」
との掛け声とともに始まったのは、「Big tree song」。
昨年ツアーには無かった選曲で始まり、
第二部も内容を刷新したものであることを知る。

「ふがいのない過去のためじゃないが
歌うのさ」

「向かうのかい 道は平らじゃないが」

歌詞の断片が、今の彼の、彼等の状況や心情とリンクするように感じるのは偶然ではないのだろう。多くを語らずとも、音楽でメッセージを表現する。だからこそ第二部のセットリストも変える必要があった、ということかもしれない。

「かなしみはこうやって
鳴らした手で飛んでった」

ハンドクラップは、感染対策下のライブにおいて観客との距離感を縮める、最大限の心遣いに感じたりもする。

その後、「目覚ましはいつも鳴り止まない」「Gifted」「ねずみ浄土」と最新作「新しい果実」からのナンバーが続く。

「わたしたちはずっと鳴り止まないでしょう」

と、軽快なビートの中でさり気ない決意表明も感じさせてくれる。

「Gifted」では、歌詞の世界観を重厚なサウンドで一大絵巻のように響き渡らせる演奏に圧倒された後、
そのままシームレスに繋いだ「ねずみ浄土」のイントロ、ドラムのハイハットが鳴ったときに、私は感極まってしまった。
まさかこの曲で涙腺が緩むことになるとは思いもしなかったが、一音一音のすき間の空気が織りなすグルーヴがあまりに強靱で、震えてしまった。
最新作で彼らは本当に従来には無い音楽性を獲得している、という事実をそこで証明されているようにも感じた。


「Suffer the child」「フラニーと同意」「Alright」と、後半はテンションの高めな楽曲が並んだ。この選曲、歌詞からは彼なりのメッセージを潜ませているようにも思えたが思い過ごしかもしれない。

「踊る阿呆に見る阿呆
転んだほうに罪が問われる」

「Just do it ほら同意を得た
本当のエゴ見せてやるんだ」

「こんな言葉を欲しがってる
大丈夫 It's gonna be Alright」

田中氏もすっかりロックンロールな立ち居振る舞いで伸び伸びと演奏に興じる姿があった。久々のライブが出来る喜びを噛み締めているようにも見えた。

第二部最後に選んだ曲は、「Our song」だった。

「もう2月のニュースも雪が降ったって告げた」

歌詞から引用される2月ならではの粋な演出だけではなく、この曲の持つ意味が、彼らが再起を興す覚悟にも受け取れた。

「私たちともう一度、音楽を通じた関係を結んでもらえないか」

そう聞かれているようにも感じた。
圧倒的な歌唱力と繊細な演奏から生まれる訴求力を前にして、心を揺さぶられないわけがなかった。

パーソナルなアンコール

そしてアンコール。
再登場した田中氏はさらにリラックスした様子で、ギターを抱える。しかしながら、彼の「宿題」はこのアンコールにまでしっかり残っていたようだ。

「MISOGI」が始まった。
冠婚葬祭すべてに通用すると豪語する、あのMISOGIである。
SNSでの声も拾っていたのか定かではないが、きちんと禊をMISOGIで済ませようとしていた。

そして「EVIL EYE」へ。

「欲望にゃ素直に溺れるぜ
逆効果など気に病むことはない
絶大なるmore effect
確かめるぜ」

ゴシップを自虐的にセットリストに織り込んでいる。これも一つの楽しみ方とでも言わんばかりに。演者のグルーヴにまんまと嵌り、身体を揺らし手を挙げる。単純に、私の好きな曲でもある。

憑き物を落としたかのように晴れやかな空気が流れる。
しかしながら、田中氏は声のトーンを落とし、
「最後にもう1曲やらせてください」
と告げる。
アンコールラストに選んだのは、「作家の顛末」だった。

「取り留めのない事ばかり書いていました
後で誰か笑ってくれると思っていました」

「稀代の腕
奇才の筆
理解の上
実際は夢
ああ夢」

作詞家、最近は文豪のような立ち位置での評価も出始めてきたことで、心の何処かにのぼせ上がりがあった、あるいは油断があった。そんな自分は結局冷や水を浴びることになったのは理解の上…、といった心境なのかどうかは知る術もないが、自身の状況を吐露するような選曲であった。

バンドというよりも彼のパーソナルな立ち位置、心情に相関するような曲が続いたアンコール。
彼なりの禊は、これで一つの形を迎えたのだと思う。

昨年ツアー時に本編二部のことを「盛大なオマケ」と言っていたが、今回の第二部とアンコールは、それ以上の意味を持った、どちらが本編と言うべきものか分からないぐらいに、もはやツアータイトルのコンセプトを超越した内容のものになっていた。

例の報道直後、ファンクラブ宛のメッセージに
「みんなで力を合わせて我々の音楽を守っていきたい。」
と書かれていた西川さんの言葉を思い出す。

それを体現するように、田中氏の体調回復から相当に短いスパンで、ただの再演に留まらないまったく違った形の初日公演を成し得たのは、バンドを続けていく覚悟や積み重ねてきた音楽的財産と、何としてでも信頼を回復したいという誠意に他ならないと思うし、それが十分すぎるほど伝わってくるライブだった。

漆黒の 夜にそびえる サンプラザ(俳句風)
名残惜しくてもう一枚

印象的なライブを目の当たりにできた喜びに浸りつつ、その内容を思い返しながら帰路に着く。ドアを開けると、私が帰ってくるまで寝ないと決め込んでいた子どもが涙いっぱいに訴えるような目で私を見つめ、その姿を疲労の様子が見えながらも優しくあやす妻の姿があった。そんな2人の負担と協力のおかげで、私は五感を震わす濃密で貴重な時間を過ごすことができた。いや、日常も五感を震わす濃密で貴重な時間に成り得るし、そのはずである。日常をいかに生きるか。試行錯誤の日々は続いていくのだ。

・・・まずは睡眠不足を解消しよう。

GRAPEVINE
in a lifetime presents another sky
@中野サンプラザ 2023/02/23
セットリスト

1.ふたり
2.アナザーワールド
3.Sundown hightide
4.ナツノヒカリ
5.Let me in 〜おれがおれが〜
6.Tinydogs
7.Colors
8.それでも
9.マダカレークッテナイデショー
10.BLUE BACK
11.ドリフト160(改)
12.マリーのサウンドトラック

13.Big tree song
14.目覚ましはいつも鳴り止まない
15.Gifted
16.ねずみ浄土
17.Suffer The Child
18.フラニーと同意
19.Alright
20.Our song

Encore
21.MISOGI
22.EVIL EYE
23.作家の顛末

最後までご笑覧くださり、ありがとうございました。

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