「ただ、きく」から始まったいくつかのこと

今、耳を澄ますと何が聞こえますか?
わたしは、仕事部屋の窓から車が走る音と、鳥の鳴き声、そして風にゆれる木の葉擦れを聞いている。あ、部屋の掛け時計の針の音も。

橋本久仁彦さんの「ミニ・カウンセリング講座」を受けてから、自分のなかにあたらしいスイッチができた。ONにすると、いったん“自分”から離れて相手の話をそのままに聴くモードに入る、というか。ほうっておくと、相手の発言をバサバサ切り刻んでしまう“自分”の価値観や都合から、できるだけ離れようとしながら「ただ、きく」をする、ということを覚えた。

今でも、どこまで「自分を離れる」ができているかはわからない。それに、「自分を離れる」ことをしたときに、ものすごく自分に近くなるような感じもする。「ただ、きく」ほうが、今この瞬間にいられるというか。

「聴くとき」に起きていることはまだうまく説明できない。

今日は「聴く」に関心を寄せはじめたときのこと、そんなわたしに反応してくれた人たちのことを、少し書いてみたい。

レコード屋さんでの「ただ、きく」

2011年の終わり、友人・加地くんがいとなむレコード屋さん「100000t」で知り合ったmiepump coffeeの大塚くん(当時の屋号は「ただ、ここ」)の珈琲を淹れる場でのあり方に共感して、2回ほど「ただ、きく」という小さな時間をご一緒した。

日時を決めて「15分間、あなたの話を聞きます」と告知をして、100000tで誰かが来るのを待つだけの小さな場の開き方。わざわざ来てくれた人もいたし、たまたまいて話してくれた人もいた。誰にというわけでもなく、話したかったことを荷物を置くように話してくれるような人も。

ちらしは、当時100000tに住んでいたすてきな女の子・サーリー作。

インタビューは、その後に記事を書くという目的があるから、どうしたって方向性を持ってしまう。「ただ、きく」は、聞き手側からのコントロールをなるべくなくそうとするから、目の前にいる相手に集中できるし、相手もまた自分の語ろうとすることに集中できる。ただそれだけで、聞くことからまったう違う風景が見えてくるのだ。

「ただ、きく」で出会った人たちの話を聞いているあいだは、声から映像が立ち上がって、私の脳内に映写してくるように感じた。たった15分のことだったのに、まるで映画を観た後のような残像を伴って、今も記憶にある。

死んでしまった愛犬との散歩、死の瞬間に起きたことを話してくれた人。思い出そうとすると、田んぼの畦道を犬と歩く人の姿が見えるし、犬の息づかいや風の音も聞こえそうだ。恋人になれそうでなれなかった女の子との一夜を語ってくれた人もいた。こうしてことばにしていると、暗闇のなかでお互いの間合いをはかる緊張感が肌に這い上がってくる。

一日に、6〜7人も聞いていたら「人間って、宇宙やな…」と実感するには充分だった。たった15分で、これほどにも物語が語られるのなら、人間の一生のなかにはどれほど果てしなく物語が折り重なっているのだろうか。呆然としていたら、加地くんに「大丈夫? ちゃんと帰れる?」と声をかけられた。

「ただ、きく」から生まれたワークショップ

そのときの驚きをたぶん話したのだろう。まだ五条木屋町にあった「はらいそ」のさっこちゃんが興味を持ってくれて、「ただ、きくワークショップ」を開くことになった。

2人でペアになって、お互いに「一つだけの質問でインタビューをする」というワークはこのときから始めた。西村佳哲さんの「インタビューのワークショップ」で経験したワークを、ときどきに合わせてアレンジしながら。はらいそでは、親密な関係にある人たちが目の前にいる人に改めて驚く、ということがさざ波のように起きていった時間を覚えている。

最初に「ライター講座」を頼んでくれたのは、この「ただ、きく」ワークショップに参加してくれいてた、home's viのまーしぃこと浅田雅人さんだ。「上京区の市民メディアをつくっているので、取材の基本を教えてほしい」と言ってくれたのだった。もちろん「ただ、きく」についても。

同時に、お坊さんたちへのインタビューがきっかけで、いろんな宗派の研修会などの講師の依頼が、ぽつりぽつりと来るようになった。一番大きかったのは、「未来の住職塾」さんと一緒につくった「伝わる寺報教室」という通信講座。生まれて初めてオリジナルの教科書もつくった。

少しずつ、「教える」分野が広がってきた

気がつけば、仕事のなかで「教える」分野が少しずつ広がっている。

今年は、仏教のいろんな宗派とお寺での講師が5回くらい。大学での授業もあって、前期は大阪薬科大学の初年度教育「アカデミックスキル」(論文の書き方)、後期は同志社大学の留学生を対象にした「インタビュー・プロジェクト」を担当している。

春は、まちとしごと総合研究所のまっくすさんこと、東信史さんに白羽の矢をいただいて、写真家の其田有輝也さんと一緒に「旅する編集学校」を開催。みんなで有田市・矢櫃地区に旅をして、地元の人たちにインタビューをした。夏は、日本クリニクラウン協会さんと「つながる編集教室」、そしてこの秋にはツムグバさんと「地域ライター養成講座」がはじまる。

「ライター講座」とか「編集学校」などの名前がつく講座は、最近とても多いし人気も高い。とにかく書けるようにとスキル優先で進めるところもあれば、「何を書きたいのか」をじっくり温めようとするところもあるようだ。

わたしの特徴は、やはり「聴く」ことを大切にするところだろうか。「自分自身を聴く、そして相手を聴く」ということは、どんな講座でも必ず話している。「自分自身がどうありたいか」を見つめていれば、自ずと「誰に何を聞きたいか」ということも明らかになり、伝えるためのことばも育っていくと思うから。

こうして振り返ってみると、自分の仕事一つひとつがどれほど多くの人のバトンリレーというか、ご縁のなかで成り立っているかを考えさせられます。ここに書いたのはその一端に過ぎなくて、本当はもっと限りがないし果てしない。もう、どこまで感謝していいのかわからないくらいに。

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杉本恭子

編集学校をつくること。

旅する編集学校、つながる編集教室、お寺の編集学校…など、依頼にあわせて編集学校をつくっています。そこで考えたこと、感じたことをメモしていく予定。
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