爆破ジャックと平凡ループ_15

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#23-15周目 一つだけお願いしていい?

 あかいくつバスを見ながら、途方に暮れる。

 テロ犯の生い立ちは壮絶だった。俺が一体なにをすれば、彼を止められるだろうか。彼のスマートフォンを取り上げても、きっとタイマーでバスは爆発する。

 神様が何故俺にこの力を授けたのか知らないが、俺にまだ立ち向かえと言っているのだろうか。

 俺はいつの間にかバスに乗り込み、咲子さんの隣に腰掛けていた。咲子さんが顔を上げ、口を開く。

「森田くんじゃん、久しぶり。何年振り?」
「五年ぶりだね」
「なんだか、様変わりしちゃって、びっくりしちゃったよ」
「まあね、今は会社員だから。三年目だよ」
「そろそろ辞めたくなる時期だね」
「辞めたい時期は、入ってからずっとだけど」

 そう返すと、咲子さんは頬を緩めた。
 その笑顔を見ていたら、自然と胸の中から言葉が溢れ、口から飛び出してしまった。

「咲子さんは信じないと思うけど、このバスは次の停留所でバスジャックされるんだ。おまけに爆弾テロ犯も乗っていて、バスが爆発して俺たちは全員死ぬ。だから、咲子さんだけは次の停留所で、前のドアから逃げてくれないかな?」

 咲子さんは、表情を変えることなく、じっと俺の顔を見つめ、「バンドは続けてるの?」と訊ねてきた。

 その質問を受け、ぎゅっと胸が潰れるような痛みを覚える。
 だけど、これが現実だ。

「バンド、今は続けてない。咲子さんと別れてから、人生を見つめ直して、働こうと思ったんだ。と言っても、底辺営業マンだから、ちゃんと、なのか怪しいけど」
「そっかそっか」と言ってから、「実は、知ってたんだ」と咲子さんが頬を緩めた。

「知ってた?」
「森田くんが働いているってこと、友達から聞いていたの。営業やってるんでしょ? 口先は上手いから良い社員になるんじゃないかって思ったけど、苦労してるって話も聞いた」

 誰だ、告げ口をした奴は、と頭の中で共通の飲み友達の顔が思い浮かぶ。

「あれだけ、咲子さんの前で格好つけていたのに、ごめん。俺はいつも口先だけだったよ。仕事だって、必要のないものを相手に売ってるんじゃないか、俺からオーブンを買うお金で、この夫婦は海外旅行にでも行った方がいいんじゃないかって思ったりして、罪悪感に押しつぶされそうになってる」

 話していたら、また涙が出て来そうになってきた。さすがにまた泣くのは格好が悪いぞ、と唇を噛んで堪える。

「森田くんは偉いよ。普通に生きるのって、すごく大変なことだから。普通に生きているっていうことを、もっと誇りに思っていいよ」

 咲子さんはそう言うと、ふっと息を吐き出した。

「オーディション、受けなかったでしょ?」
「うん。才能がない、って言われるのが怖かったんだ。そうなった時に、咲子さんにもそう思われるんじゃないかと思って怖かった」
「この五年でね、わたしも色々考えたんだよ。あの時、自信を持てないでいる森田くんに、オーディションを受けてってプレッシャーかけちゃっていたなあ、とか、あのタイミングで振るのは悪いことをしたなあ、とか」
「まあ、あの時はどん底っていう気持ちを味わった。『どん底』って曲を作るくらいに」

 それは聞きたくないね、と咲子さんが愉快そうに笑う。

「でも、森田くんがまずすることは、わたしに相談することだったね。あの時信じてあげられなかったから、今度なにかあったら信じてあげようって思っていたんだ。まさか、時を繰り返している、と言われるとは思っていなかったけど」
「信じてくれるわけ?」
「いいよ、信じる。一緒に降りよう」

 そう言って立ち上がると、咲子さんはバスの前方へと移動を始めた。
 何周目かは忘れたけど、あの時は信じてくれなかったのになぜ? と思ったが、きっとバンドを続けている、と見栄を張って俺がまた嘘を吐いていたからかもしれない。

『次は日本大通り、日本大通りでございます』と親父がアナウンスをする。

 俺と咲子さんは、二人で運転席のそばへと移動する。
「ねえ咲子さん、なんでなにもできない弱い自分が、時を繰り返すなんていう能力を手に入れたんだと思う?」


「森田くんは弱くないよ。普通に会社に行って、普通に暮らせている、それってすごいことじゃん」


 そんなことを言ったら、みんなそうじゃないか、と思ったけど、確かにこのバスに乗っている会社員は唯一俺だけだ、と気が付いた。

「あと、むかーしさ、なんで音楽をしたいの? って訊いたら、みんなを幸せにしたいからって言ってたじゃん。神様があれを聞いていたのかもよ?」
「この人は、みんなを幸せにする気がある人だって?」

 まさか、そんな、と思いながら、不思議な現象だからってそんな理屈でいいのかよ、と苦笑する。

「咲子さん、悪いけど一人で降りてくれない?」
「どうしたの? バスジャック犯が乗ってくるし、バスが爆発しちゃうんじゃないの?」

 咲子さんが、不思議そうな顔で俺を見てくる。
 俺は君と幸せになりたい。
 でも、俺はこのループ能力を自分の幸せのためだけに使うのか?
 俺は幸せになりたい、と思っていた。
 だけど、俺はどれだけの人を幸せにしているんだ?
 他人を幸せにしないと、俺も幸せにはなれないんじゃないか?

「一つだけお願いしていい?」
「なに?」
「がんばれって言ってくれないかな?」

 咲子さんが懐かしいねそれ、と笑う。

「がんばれ」

=====つづく
第23話はここまで!
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