爆破ジャックと平凡ループ_9

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#15-9周目 ユーチューバー登場

 バスジャックに爆弾テロに死体と来たものだ。このバスに宇宙人や超能力者が乗っていても俺は驚かんぞ、と思ったけど、俺は自分が超能力者のようなものか、と気づいて大きくため息を吐いた。

 なにがどうして、こんなトラブルに巻き込まれているのだろう。

 昼過ぎの商談さえ成功していれば、このバスに乗らずに済んだのに、と思ったけど、俺が乗らなかったところでこのバスではジャックとテロが起こる。

 このバスには別れたとは言え、咲子さんも乗っているし、駆け落ちカップルにも多少の情が湧いてしまっている。

 乗るの? 乗らないの? という運転手からの視線を受けながら、あかいくつバスに乗り込んだ。

 これで、九回目だ。

 さっきは、テロ犯を見つけようと思って失敗した。探偵のギターケースや、釣り人のクーラーボックスが怪しいと思っていたが、既にどこかに爆弾は仕掛けられているのだろうか。

 観察してみたが、それらしいものは見つからなかった。

 テロ犯が誰なのか? は消去法で考えて、黒縁眼鏡をかけた男だろう。
 ノートパソコンを開き、バスの中でも仕事をしているのか、お疲れ様です、と思っていたが、そうではなく、爆弾の起爆を設定していたのかもしれない。彼がエンターキーを押せば、セットされた爆弾が爆発するような仕掛けが既に出来上がっているのではないか。

 裏を取らなければならない。

 菜々子嬢のコーヒーをかわして、咲子さんの隣に座る。

「森田くんじゃん、久しぶり。何年振り?」
「五年ぶりだよ。ちょっと話があるんだけど、後ろの席に移動しない?」
「いいけどわたし、次で降りるよ?」

 いいからいいから、と俺たちは最後部座席へ移動する。座るついでに、正義漢に「スマホの操作に気をつけて。あと、無茶をしないで」とたしなめると、彼は、はぁと曖昧な相槌を打った。

「ちょっと事情を説明して欲しいんですけど。なに、話って。バンドのこと?」
「バンド? バンドは順調だよ」
「ふぅん、続けてるんだ」
「スーツを着てるから信じてないんだろ? バンドだけじゃ食ってけないからね、一応会社員もしてるんだよ」

 この嘘にも慣れてきてしまったなぁ、と罪悪感を覚える。

「五年も経てば、森田くんもスーツを着られるようになるんだね。お父さんみたいに運転手になるのかなぁってちょっと思ってた。制服似合いそうだし」
「運転手なんてむいてないよ。そっちはどうなんだい? 仕事の方は」
「ソーシャルゲームのイラストの仕事が多くて、今はなんとかそれで生活をしてる」

 前にも聞いたな、と思いながら、俺と彼女の間には断絶があるなと感じた。
 夢を叶えた人間と、夢を捨てた人間だ。

「夢を叶えているわけか」
「夢を叶えてるっていうか、描きたい絵とはまた別だよね。仕事だからって割り切って描いているものもあるし」

 それでも、音楽で一円も稼いでいない俺から見たら、咲子さんは十分輝いて見えた。
 俺が本当に音楽を続けていて、一枚でもCDを流通させていられたら、聴いてもらえるし、話ができるのにな、とつくづく嫌になる。

 俺はなぜ、夢を捨ててしまったのだっけか。

 咲子さんに捨てられ、音楽を続ける情熱をなくし、新曲を作ろうという気持ちも失せ、音楽を聴くことさえも一時期は嫌になり、俺は仕事をしなければ、ご飯を食べることができない、と中途入社で今の会社に入ったのだった。

「そういえば、オーディション受けてなかったって知ってたんだね」

 話をすると、咲子さんは、頭の中で話を検索するような間を置いてから、「あぁ、あれね」と頷いた。「知ってたよ。誰から聞いたの?」

 君からだよ、と思ったが、飲み込む。
 俺は何故、オーディションの話をしてしまったのだろう。言葉が続かず、会話が途切れた。その代わりに、『次は日本大通り、日本大通りでございます』と運転手のアナウンスがかかる。

「わたし、降りなきゃ」と咲子さんがボタンを押す。俺は、「ちょっとだけ、待ってくれないかな? 猫の命よりも使っているけど、一生のお願い」と頼み込む。

「わたしにも、用事があるんだけど」
「ちょっとでいいから、ここで待っていて」

 そう言い残して、後部ドアの前で待ち構える。
 バスが、『日本大通り』で停車すると、脱法ドラッグを強奪して逃げ込んできた岡本が乗り込んできて、あっという間に俺を人質にとった。人質にされるのも、もう慣れたものだ。

「乗り込んだらこいつを殺す。おい! 運転手! 早くバスを出せ!」

 バスが扉を閉めて、勢いよく発車する。

「全員、静かにしてろよ! 黙ってりゃ危害は加えないからよ、大人しくしていろよな!」
「私は君の言う通りにするよ。無駄な言葉も喋らない」
「わかってるじゃねえか」

 足並みそろえて、スムーズに運転席のそばへ向かう。犯人も、こんなに人質と意思疎通が取れるのは不思議だと思ってくれてもいいくらいだ。もし審査員がいたら高得点をくれるだろう。

 さて、と思いながら、じっと黒縁眼鏡の男を観察する。
 座席に座ったまま、彼のモニターを見られる位置で待機していればよかった、と気づくのが遅かったが、まあ、前からでも大丈夫だろう。

 黒縁眼鏡の彼を注視していたら、彼がもぞもぞと、なにかしていることに気が付いた。

 まず、足元に置いていたボストンバッグを、そっと通路側に寄せた。
 ちらりと見ると、岡本は運転手と外を気にしていて、黒縁眼鏡の行動に気づいた様子はない。

「とにかく、バスはこのまま走らせろ」

 運転手が、「はい」と短く返事をし、バスは目的地もなく走り続ける。確かタクシーの上にちょこんと乗っているものは、強盗に遭っていますというメッセージを送るために赤く点灯する。このバスも同様に、行き先のところが「バスジャックに遭っています」と切り替わっていたりするのだろうか。

 そんなことを思案しながら、じっと時が流れるのを待つ。彼はノートパソコンを開き、こちらを向いたまま、なにやらそっとタイピングしているようだった。

 なにかやっている、今がチャンスなのではないか? と感じ、バスジャック犯にそっと、「黒縁眼鏡の彼、なにかやっていますよ」と告げ口をする。

 すると、バスジャック犯はさっと視線を黒縁眼鏡に合わせた。
「行きましょう」という俺の提案を受け、二人で移動する。これまた、息はピッタリだ。黒縁眼鏡は俺たちが近づいていることに気が付いていない様子で、ノートパソコンを見つめている。

「おい、お前! なにしてんだよ」

 バスジャック犯が声をかけると、彼は目を丸くして口を開け、俺たちを見上げた。

「あの、いや、これは」

 ノートパソコンをバスジャック犯が取り上げる。俺はナイフが首に刺さらないように注意しながら、それを覗き込んだ。

 これは、一体? と首を傾げる。

 モニターに映し出されていたのは、車内の様子だった。カメラの位置が低いな、と下を見ると、ボストンバッグが置かれていた。どうやら、ボストンバッグの隙間からスマートフォンのカメラで撮影をしているようだ。

「あの、おれ、東雲《しののめ》っていうユーチューバーで」
「ユーチューバー? ユーチューバーってなんだよ」

 犯人が声を荒げるが、俺はユーチューバーがなにか知っている。 
 動画共有サイトに動画を投稿し、その再生数や広告を開いてもらった回数に応じて収入を得ている者のことだ。

 画面を確認するに、どうやら動画を生中継しているようだった。アクセスカウンターがぐんぐんと上昇し、「これマジ?」「バレてんじゃん」「ピンチ!」などとコメントが溢れていく。

 バスが桜木町駅前に到着した時、人がたくさん集まっていると思ったら、彼が動画を中継していたからか、と思い至る。

「生中継をしていたってことですよ」
「バスジャックされてるってのに、随分余裕があるじゃねえか」
「人生全部、動画にする覚悟がないといけないので」
「胸を張るんじゃねえよ、胸をよぉ」

 岡本がノートパソコンを閉じて、放り投げる。

 視界の隅でなにかが動いた、と思ったら、背後に立っていた四方山がバスジャック犯の首に手を回し、ヘッドロックをかけていた。よほどの衝撃だったのか、ナイフが床に落下し、俺は解放される。その後、町山や正義漢などがわらわらと加担し、あっという間に犯人が床に組み伏せられた。

 四方山が、満足げな表情を浮かべ「これで安心だ、兄ちゃんがんばったな」と俺に声をかけてくれた。

 解放され、ほっと胸をなで下ろす。
 だけど、爆弾テロ犯がこのバスには乗っている、と緊張感が込み上げてきた。

「誰も動かないで!」

 バスの前方から声がして、視線を送る。
 そこには、菜々子嬢にナイフをつきつけている、咲子さんの姿があった。

「このバスはジャックしたから!」

=====つづく
第15話はここまで!
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