爆破ジャックと平凡ループ_8

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#14-8周目 開けたら終わりのクーラーボックス

 同じ時間を繰り返し、同じバスに乗り、バスジャックに遭っている。
 だけど、バスジャック犯と組んで、事件を解決しようとしているのは初めてのことだ。

「で、お前はどいつが怪しいと思うんだよ」

 岡本に訊ねられ、そうですね、と俺は口を開く。

「あのギターケースとクーラーボックスは怪しいですよね」

 なにしろ、バスを吹き飛ばすくらいの爆弾だから、サイズもあるだろう。

 くしゃくしゃ頭の男、立花は城ヶ崎家に雇われた探偵であるから、おそらく違うだろう。でも、念のため、確認しておきたかった。あと、こんな時でも、ギターを見たいという性が出てしまっているのかもしれない。

「おい、お前」

 バスジャック犯が、ナイフの先を立花に向ける。立花は、教師に指名された学生のように、俺? と自分のことを指差した。教科書忘れてるんだけど、とでも言いたげな、バツの悪い顔をしている。おそらく、探偵だから目立ちたくないのだろう。

「そのギターケースの中を開けろ」

 立花が、なんだそんなことかよ、と思ったのがわかる。

 ハードカバーのギターケースの中に、銃器が詰まっている映画を観たことがあるが、そんなことはなく、中にはピックガードにハチドリが描かれた、アコースティックギターが収められていた。尾行の変装のためとはいえ、本格的なギターを持っているじゃないか、と俺は妙に関心した。

 犯人と目配せをし、今度は釣り人にナイフの先を向けさせる。

「お前、そのクーラーボックスの中を開けて見せろ!」

 犯人がそう言っても、まるで聞こえていないように釣り人はぼーっと窓の外を眺めていた。

「おい、釣りバカ! お前に言っているんだよ! 聞こえてんのか? こいつがどうなっても知らねえぞ?」

 と男がナイフを俺の首筋に突き立てる。演技とはいえ、ちょっとしたはずみで先ほどのように、血管を切られてしまうのではないか、とひやりとする。
 釣り人が窓から視線を外して、俺たちを見る。
 顔色の悪い、線の細い三白眼の男だ。じっとこちらを見ているが、なにを考えているのかまるで読むことができない。

 ここで俺は、あることに気が付いた。

 男は釣り人の格好をし、クーラーボックスを持っているが、肝心の釣竿をどこにも持っていない。

「好きにしろ」

 誰の言葉かわからなかったが、しばらくしてから、釣り人の言葉だと気が付いた。

「お前今、なんつった?」
「好きにしろ、と言ったんだ。お前がそいつの首をナイフで刺そうが、俺の知ったことではない。好きにしろよ」
「お前、それはいくらなんでも薄情じゃないか?」
「だったら、最初からバスジャックなんてしなければいいだろ。俺は今、考え事をしていて、忙しいんだ」
「考えごとねえ。是非なにを考えていたのか、教えてもらいたいよ」

 すると、釣り人は滔々とした口調で語り始めた。

「どうやって、この場を切り抜けるか、だな。仲間に助けを求めるべきか、自分でどうにかするべきか。誰かに貸しを作るのは趣味じゃない。それに、バスには監視カメラがあるから、脱出しようにも俺は映っちまってる。こんなことなら、運転手の雑談が死ぬほど嫌いだけど、タクシーに乗ればよかった」

 犯人と顔を見合わせる。俺たちは、とんでもないカードをめくろうとしているのではないか? と段々向こうの気迫に押され始めている。

「こっちは朝に一仕事終えたばっかりなんだ。まさかお前ら、それで俺を追って来たわけじゃないよな?」
「お前がなにをしてきたかなんて知らねえよ。お疲れ様とでも言って欲しいのか?」
「そう言えば、誰かに、お疲れ様、と言われなくなって久しいな。お疲れ様です、って人に言われる仕事をしておけば、こんな目に遭わずにすんだのかもしれないな」

 男はそう言って、なにかを諦めるようにふーっと息を吐き出すと、通路側に置いているクーラーボックスを運びながら、こちらにやって来た。

 クーラーボックスが、バスの中央に置かれる。

「この箱は言ってみれば、シュレーディンガーの猫みたいなもんだ。開けなければ、問題はわからないまま平和に過ごせる。だが、開けたら最後、お前らは知ってしまう。知ったらどうなるかわかるか?」
「どうなるっていうんだよ」
「想像力を働かせろ。退くなら今だ」

 釣り人は長い腕と長い足をしていて、ゆらりゆらりとバスの中でゆれている。どことなく、ナナフシを彷彿とさせた。

 どうやら、当たりみたいだ。このクーラーボックスの中に爆弾が入っている。開けたら爆発するかもしれない。だけど、俺には繰り返す能力がある。

 バスジャック犯についての情報はわかった。
 次は、爆弾テロ犯についての情報がわかれば、次の周で活かすことができる。

「後悔してもしらないからな」

 釣り人がそう言うと、バスジャック犯がナイフを空中に彷徨わせながら、ゆっくりとクーラーボックスを開けた。

 中を覗き込み、俺は息を飲んだ。

 筒状の爆弾がみっちり詰まっている、そんな光景を想像していた。
 だが、そこにあったのは、両膝を抱きかかえるように折りたたまれた、浅黒い肌をした男だった。白いシャツには、ところどころに赤黒い染みが広がっている。鷲鼻が曲がり、ツーブロックの髪が乱れ、まぶたは動いていないし、息をしている様子もない。

 死体だ。

 おいこれは一体、と視線を向けた時には、釣り人の右足がバスジャック犯の顎を蹴り上げていた。映画でしか見たことのない鮮やかな動きだ。バスジャック犯がその場でひっくり返り、ナイフが床に転がる。

 俺はただ呆然と見ていることしかできなかったが、釣り人はナイフを拾い上げると、すぐさま俺を人質にとった。

「運転手、すぐにバスを止めろ!」

 有無を言わせない、鋭い一言を言い放つと、今度は俺の顔を覗き込んだ。
 彼が一体どんな人生を歩んで来たのかはわからない。だけど、関わってはいけない、逆らってはいけない人間だ、と頭の中でアラームが鳴り響く。パワハラ上司の百倍は恐ろしい。パワハラ上司も「殺すぞ」と口にするが、彼の場合は「殺した」と言って俺をその場に捨て置きそうだ。

「お前は、なにも見ていない。いいな?」

 俺はこくこくと大げさに頷く。

「いいか? こいつは人質だ。お前たちは、このまま走り続けろ。わかったな?」

 バスがゆっくりと、路肩に止まる。
 後部のドアが開く。
 監視カメラの位置を気にしてなのか、目深に帽子を被った釣り人を装った男が、ゆっくりと一歩ずつ後退する。

 バスを降りようとした、その瞬間だった。
 まただ。

 バスはまた爆発した。

=====つづく
第14話はここまで!
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