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8.夏に2日目のTシャツ

僕は、基本的には、かなりだらしない方の人間だ。

そもそも、育ちの悪さのせいもあるのだろうけど、当たり前のことを当たり前にできないのだ。

掃除、片付けは特に苦手なのだ。

小さい頃を思い返してみると、学校から帰ってくると靴下を脱いで、それをそのまま丸めて部屋の机の下に投げていたのだ。

それが3日ほど経つと、まるで大きめの爬虫類の卵が置いてある巣みたいになって、母親によく叱られたのだ。高校生になっても、体操服を持って帰るのを忘れてしまい、次の日に持って帰ろうと思い、また忘れ、いつしか週末になり、月曜日に学校に登校すると、僕のロッカーからおぞましい悪臭が放たれていたことがあった。

このときはさすがにクラスメイトからのクレームが入り、それから体操服は必ず持って帰るようになった。

この時の出来事はクラスメイトに「貯菌事件」と言われてしまった。

そして、だらしない性格が直らないまま大学生になった僕は、また一大事件を起こしてしまうはめになった。

事件当日、僕はいつものように朝7:00に起きると、そこから顔を洗い、髭を剃り、歯を磨き、寝癖を直して服を着替えようと思い、タンスの引き出しを開けると、そこにはいつも着ていたユニクロの白Tシャツが無かった。僕は、夏にはユニクロで買った白Tシャツと黒スキニーという装いが当たり前なのだ。モノトーンだ。服を選ぶセンスがあまりに欠落しているため無難な格好にしているのだ。

白Tシャツの見つからなかった僕は、昨日服を洗濯して干すのを忘れていたことに気づいた。

これは、完全にしくじってしまった。

電車に乗る時間が迫ってきていたので、洗濯かごの中にある昨日着たばかりの白Tシャツにファブリーズしてそれをそのまま着て、家を出た。

家を出てすぐに気づいたのだが、ファブしたとはいえ多少匂うのだ。

現代匂い科学の集大成である「ファブ」をもってしても僕の2日目のTシャツの匂いを完全に抑えることはできなかったのだ。電車に乗ってから、ドキドキが止まらなかった。電車の中はいつもどおりぎゅうぎゅう詰めなのだ。そんな中に、2日目のTシャツを着ているのは、まさにスメルハラスメント。

僕は、周りの人たちの反応をチラチラ伺いながらも、できるだけ何食わぬ顔をするように務めた。こういった場合、あえて何食わぬ顔をするのが最善策だと考えたのだ。

街の中心部にある駅に電車が着くと、一気に人が降りていきようやく席に座ることができた。

「よし、大丈夫だ。このまま学校の最寄り駅まで安泰だ。」

僕は、ほっと一息ついてスマホで音楽を聴き始めた。

それから最寄り駅についてから、一気に気を引き締めた。

ここからは改札まで、女子大生が殺到するのだ。なんとかこの関門を突破しなければいけない。

この関門を突破する作戦はこうだ。

とにかく集団を追い抜いて、先頭へ一気に躍り出るのだ。

電車の扉が開くと、僕は、右の脚にありったけの力を込めた。

そして、右脚の力を加えた地面からの反発力を身体に受けて、急加速した。

一瞬にして、階段手前まで来ることに成功した僕は、階段を2段飛ばしで駆け上がった。

改札手前まで、もうわずかで先頭に躍り出て、僕は、改札を抜け、安堵した。

目の前には、ほとんど人がおらず駅の殺風景な空間だけが広がっていた。

僕は、加速を緩めて、大学まで、早歩きで向かった。

大学に到着した僕は、実技の講義があったので、急いで作業服に着替えた。

作業服を着ている間は安心安全で、周りの学生は、まさか夏に2日目のTシャツを着ているなどとは微塵も思っていない。

これは、いい年した中年のサラリーマンがスーツの中身はTバック履いてますくらいの背徳感があるのだ。

そして講義が始まり、作業をしていると、いつものように僕に絡んでくる友人が、隣にきたのだ。

「おい、○○ちゃんのブログ見た?」

「おー、更新してたんだ。ちょっと見てみるわ。」

正直言って、はやくどっか行ってほしいのである。友人と僕との距離は、1mも無いくらいで完全にパーソナルスペースを犯しているのだけれど、一応友人ということなのでそこは許してやろう。ただ、長いこと居られると確実に匂いがばれてしまう。

しばらくブログに見入っているうちに、友人は自分の作業をするために帰って行った。

これで一安心だ。とにかくこのままやり過ごす事ができれば、僕の犯行は完全なものとなる。

講義が終わり、昼休みになった。僕は、いつものメンツとコンビニに昼食を買いに校内を出た。

コンビニまで向かう道中、匂いがばれないよう立ち位置を心がけながら歩いた。

風向き、周りの人間の配置、それから導き出されうる僕のTシャツの匂いがばれない最善手を打ち続けたのだ。

その努力のお陰かコンビニまで誰一人にもばれることなくたどり着く事ができた。

コンビニに入りここでも集中力を一切途切れさせることなく、最善の立ち位置を心がけた。

お店に入り、すぐに誰もいない飲料水コーナーへ向かった。成人雑誌の「働くOL」というキーワードに一瞬意識が持って行かれたのだが、右を向いた瞬間僕のTシャツの匂いで瞬時に我に返った。そこからいつも食べているレタスミックスサラダを取るためにお弁当コーナー付近に向かった。

そこで事件は起こった。

僕はレタスを取ろうと思い、目の前にいる金髪ヤンキーカップルの間に手を伸ばした。その瞬間だった。

金髪ヤンキーカップルは途端に僕から離れていき、店内全員に聞こえるかと思われるほどの声で、「くっさ!!なにあいつ!」「やばくない?臭すぎ!」と二人で言い合いだしたのだ。

僕は、それを聞いてまずいと思い、急いで買い物を終わらせ外へ出た。

そして、そのあと友人たちに「やっぱ臭いよな。朝から臭ってたよ。」と言われたのだ。

 

僕は理解した。完全犯罪の難しさというものを。

酷刑とはまさにこの事を言うのだろう。

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