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盗聴オイスターバー

不倫なのに、オイスターバーのハッピ―アワーに固執する男ってアリでしょうか?私は盗聴時、ナシだと感じました……何のことでしょう?

一から説明します。もうだいぶ前の年の瀬のこと。私はその日、午後半休をもらい、美容院に行った後、旦那が出張不在で自由の身という専業主婦の友人と共に、早めの夕飯を食べた。私も友人も、大のオイスター好き。ということで、迷わずオイスターバーへ。

平日の17時半、しかも学生はあまり来ない土地ということもあり、店内はガラガラ。カウンター前のショーウィンドウに並んでいるオイスターがあまりにキラキラと美しかったもので、私達はまっすぐにカウンター席へと突進した。

すると、店員さんがやって来て、恭しくこう言った。「当店は18時15分までハッピーアワーですので、18時15分までのご注文は、オイスターもドリンクも全て半額です」と。え!!そうなの?私達はもう、予想外の幸運に小躍りせんばかりに喜び、「じゃあ18時15分までに沢山頼んじゃいますー!」などと言いながら、本当に恥ずかしげもなく沢山のオイスターをオーダーした。

その後もさしてお客は増えず。「18時半じゃなくて18時15分までというところがポイントだね。さすがに会社員は、なかなか18時15分までには来られないもんね」等と話していると、大きな足音と共に、スーツ(当時、世の中から既に消え失せていた、いわゆるソフトスーツ)姿の男が駆け込んで来て、私達の隣に座った。
ソフトスーツは大きな声で「まだ、ハッピーアワーですよね?」と店員に怒鳴るように問うた。店員は、ソフトスーツのあまりの必死さに腰が引けながらも、「はい、そうでございますね……」と、店内に吊るされていた壁掛け時計を確認し、「あと10分くらいは大丈夫でごさいます」と答えた。
ソフトスーツは安堵の表情を浮かべるも、すぐにイライラとした様子で店の入口を睨み付けていた。しばらくして「仏頂面」という「面(つら)」の見本のような顔をしたワンピースの女が入って来た。

「遅いよ。でもギリギリ大丈夫。飲み物何にする?早く!」とソフトスーツが責めるように言うも、ワンピースはわざとのようにグズグズとメニューをめくっている。「おい、早く!早く!」責めるソフトスーツ。
なるほど、この男はハッピーアワーが終わることを恐れており、女はその小ささに辟易しているんだな。これは面白いことになった、と、私と友人は、山盛りのオイスターをすすりながら、隣のカップルに耳が釘付けとなった。

男は40代後半、女は30代半ばか。確かにこんなに必死にハッピーアワーに駆け込む彼氏ってのもイヤだよなと思っていたが、会話の端々から、どうやらこの二人は、同じ職場の不倫カップルなのだということが分かってきた。
しかも、ソフトスーツは、少し前にまとめて休みを取り、家族と海外でクリスマスを過ごしたようなのだ。その休みが明け、久しぶりの彼女とのデートが、このハッピーアワーのオイスターバーということらしい。

友人が私をつつき、小声でこう言う。「それはないよね……」「ない……」私も小声で同意する。独身の私はともかく、主婦の友人ですら、同じ見解だ。ワンピースは、もう我慢ならないという風に、今までの不満を口にしだした。

「ねぇ、まさか今日だけは、もっと良いレストランに連れてってくれると思ったよ。まさかハッピーアワーの為に、本気でダッシュさせられるとは思わなかった。ヒール折れるかと思った」ワンピースはよほど悔しいのか、うっすら涙まで浮かべながら、日本各地のオイスターをすすっていく。店員のすぐ目の前で「もっと良いレストラン」て……と焦ってみるも、女の怒りのポイントは当然、この店そのものに対してではない。「不倫なのにハッピーアワー強要」つまりは、「不倫なのに節約された」という点にあることは明らか。そもそも、不倫などというゲス行為をしておきながら何を言うのか!という根本論はさておいて、この際、ワンピースの身になってみると、それは確かに許しがたいことに違いない。

しかしソフトスーツは何が悪いのかさっぱり分からない様子。「だってさ、ハッピ―アワーってお得じゃん?たった5分遅れるだけで、これが全部2倍の値段になるんだよ。その分、沢山食べられるじゃん」などと、心の底から不思議そうな顔をしている。

「ねえ、こんなこと言わせないでほしいんだけどね、ハッピーアワーってハッピーな関係の人たちが利用するものだと思うの。たとえば私があなたと西海岸に旅行して、まだ陽が沈まないうちからワインとオイスターを頂く、これだったらハッピ―アワー最高。それとか、若くて後ろめたいことが何もない幸せな恋人同士だったとしても勿論そう。わーラッキーって、私だって喜んでじゃんじゃん食べちゃうわよ。でも、私たちは、そうじゃないじゃない……」

さすがのソフトスーツも、そこまで言われてやっと気づいたらしい。「そうか、そんなつもりはなかったんだけど、ごめん……」と。が、ワンピースは止まらない。「クリスマスシーズンていう、一番高い時期に家族旅行に行っておいて、私にはお得感を求めるってこと?私はその間、ひとりぼっちのクリスマスを過ごしてたんだよ。帰ってきて、やっと会えると思ったら、ハッピーアワーの為に走らされるって、いくらなんでもデリカシーがないよね」と。うん、確かに。ワンピース、もうこんな既婚のソフトスーツ、やめちゃいなよ、今のとこ、いいところ見つからないよ、と私たちが思った瞬間、ワンピースからトドメの一言が。

「それに、昼間もらったJALのボールペン、あれもすっごい傷ついたから」と。JALのボールペン……まさか……。「だってさ、俺は出張も旅行も、皆に土産は買ってこないスタンスじゃん?なのにワンピースにだけ何か買ってきたらおかしいじゃん」と。おそらく、ソフトスーツは、今回の旅行で乗ったJALの機内でもらったボールペンをワンピースに渡したようなのだ。それも、「他の女の子にはないよ、君だけにあげるよ。でも、JALのボールペンなら、わざわざ買ったものでもないから、怪しまれることもないだろう、どうだ、小粋だろう?」という具合に。

最悪だよ、ソフトスーツ!!ワンピースの顔にもその二文字はハッキリと浮かんでいたので、きっと二人の関係は、その後長くは続かなかったと推察される。それにしても、不倫の別れの原因が「ハッピーアワー強要&JALのボールペン」だとしたら、何だか本当に切ない話、切ない盗聴でありました。

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