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恋愛指南本の敗北

親戚の集まりに顔を出すと、恋愛指南本がバタバタと膝をつき、討ち死にする姿が見える――

一から説明します。どの本屋でも、いわゆる「指南本(マニュアル本)」コーナーというのが、かなりのスペースを占めていますよね。人生全般円滑術、人間関係円滑術、仕事円滑術、恋愛円滑術……その内容は非常に多岐にわたっていて、この世に生きる人々の悩みは色々な方面で尽きないのだなぁと思い知らされる。一方で、「ったく、この、マニュアル野郎!」みたいな台詞も存在することから、指南本というのは、時として、あまり好意的に語られないことも多い。
それはきっと、「本に書いてあることを鵜呑みにしてどうする。痛みも苦しみも自分で経験し、乗り越えろよ!」という正しい厳しさからのことだろうけど、そんなことは、指南本を手に取る人々も、百も承知のことだ。

私は指南本の効用というのを割と信じているし、決して嫌いではない。心が弱った時というのは、たとえ「明けない夜はない」「あなたはあなた、世界にひとつだけの花なのだから」というような言い古された教えであっても、手を変え品を変え、色んな人が色んな言い方で説いた文章を読むと、その一瞬だけでも心がスッと軽くなる気がする。
一方、「常に挑戦する心を忘れるな!」「諦めたら、そこで終わりだバカ!」みたいな叱咤激励系の教えも、「そうか、そうかもしれぬ!」と、これまた一瞬だけでも奮起し、背中を押される気がするものだ。(その後、本当に行動出来るかどうかは、あなた次第、わたし次第。)

ただ、その中でも恋愛に関する指南本については、ちょっと眉唾だと思っている。「その男、もしくはその女と寝たこともない他人があれこれ言うのは無意味なことである」というワタジュン先生の言葉が最も真をついていると考える私にとり、恋愛に関するハウツーは、ほんの参考にする程度に留めておきたい。とは言っても、♥のイラスト満載のカラフルなページを開き、「最初のデートの誘いにホイホイ乗ってはいけません。何度か断ってみて、彼の熱意を確かめましょう。男は追えば逃げ、逃げれば追ってきます」とか、「聞き上手こそ、恋愛上手です。彼の話をよく聞いて、さりげなく彼のプライドをくすぐってあげましょう。そうすれば、彼はあなたのとりこです!」みたいな文章を読むのは結構楽しいし、一般的には男子ってそうなんだろうな、という確認作業としては非常に有効だ。 

でも、でも……。

山深い父方の田舎の親戚の集まりに行くと、そんなハウツー本に書いてあることが、あまりにも浮ついたポップなものであると思い知らされるのだ。目の前に勢揃いしている、ありとあらゆるカップル、というか、つがいのラインナップ……我が親戚ながら、ルックス的にとても強烈。白髪、金歯、皺、贅肉、多発……。

私は目の前に並べられた田舎料理をつまみながら、色々と思案する。あの叔父とあの叔母が、出会って、いくばくかの恋愛感情を持ち、デートを重ね、お互いの気持ちを探り合い、Xデーを迎えた、つまりは、そういうことを「致した」からこそ、この従兄弟が生まれた……という事実の圧倒的な壮絶さ。そこには「気のせい」なんていう甘い幻想は全く許されない。どのつがいも、子供を残している以上、「致した」事実がハッキリと証明されているのだ。その家庭に従兄弟が2人いれば最低2回、3人いれば、最低3回だ。まあ、叔父も叔母も、出会った時点では今のようなルックスではなかったわけだが、それにしても。当たり前だけど、人類ってすごいなあ、現実って、かくもタフでふてぶてしいものか……と天を仰ぎたくなる気分。

「彼をドキッとさせるには、意外性が重要です。ディナーの途中で、さりげなく、羽織っていたカーディガンを脱いで肌を露出しましょう」「上目遣いで彼の目の奥をじっと見つめてみましょう、彼が目をそらしても、あなたは決して目をそらさないで」――シーン。

私が彼らを見て指南本を書くのなら、例えばこうか。「暮れない朝はありません。今日も絶対に暗くなりますから、そうしたら電気を消して、お互いの顔を見えなくしましょう。あとは人間の本能が何とかしてくれます。諦めないで!」「酒の勢いを借りましょう。それしかもうないです。酒はあなたの正常な美意識や思考を麻痺させてくれる、素晴らしい友です」――

そんなことを考えている姪って、最高にイヤですね。

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