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盗聴コンビニエンスストア

こんなにもあっけらかんと明るく爽やかな、コンビニ内での罵倒プレイがありましょうか。

一から説明します。私の勤めるオフィスビルには某コンビニエンスストアが入っている。街中のコンビニには、いつどんな珍客が入って来るか分からないけれど、オフィスビルの中のコンビニには、基本的にそのビルで働く人たちしか訪れない。だから、店長修行や、実習生修行の場として適当だと考えられているのか、次々に新しい店長や、実習生バッジをつけた若者がやって来ては消えていく。

さて、最近やって来た店長は、日本人離れした体格の中年女性。例えて言えば、キャシー中島から華やかさを取り除いた感じ。いつ行っても元気で笑顔で豪快で、そのあまりの清々しさに、私の嫌いな「ポイントカードはお持ちですか?」という毎度毎度の問いかけにも、「ないです」と気持ち良く答えることが出来る接客テクをお持ち。

そんなキャシーの下に、最近、新しい実習生が入ってきた。「ヘナチョコ」という死語を久しぶりに思い浮かべた、といえば、そのルックスを想像頂けるでしょうか。若くてガリガリで猫背で眼鏡で覇気がない、ということ。ドランクドラゴンの鈴木ということ。

鈴木登場から最初の2週間位、私の盗聴によれば、キャシーと鈴木の間にはただならぬ緊張感が漂っていた。鈴木は、見た目の印象を裏切らず、仕事っぷりもとにかくトロく、一挙一動がキャシーの気に障っていたようだ。

ある日、私はデスクでお昼を済ませようと、そのコンビニでドリアを買った。いつもは店員さん側から「温めますか?」と聞いてくれる、というか、昼直前に買いに行ってんだからすぐに食べるに決まってる=温めなくてどうする!という状況なので、出来レース的に「温めてよろしいですか?」と聞いてくれることが多い。だからその時も、いつものように「ドリアは温め済」のテイで、何も考えずに席に戻った。そして、席でフォークを刺した途端に気がついた。

固い&冷たい……
そういえばさっき、温め待ちしなかったよ、私……。
コンビニで食べ物を買って、いざ食べるぞとビニール袋を開けた途端、箸やフォークが入ってないということは、今までの人生に何度かあって、その脱力感は半端ない。なので、私は机の引き出しにMy割り箸やMyフォークを忍ばせている。だが、My電子レンジまでは……。夏だから、敢えての冷製ドリアというのはどうだろう!と、一瞬前向きになってみるものの、冷たく固いドリアを、冷製ドリアと解釈することは、無理な相談であった。

面倒くさい……面倒くさい……とはいえ、昼飯抜きはたまらない!というわけで、私は先程のコンビニに戻り、鈴木に「温めて下さい」と言った。鈴木は、「すいません」とも言わずに「こいつ、何言ってんだ?」という不思議顔を数秒浮かべた後、「こちら、当店でお買い上げでしょうか?」と聞いてきた。

すると、キャシーが慌てて駆け寄ってきて、「人間が人間を睨める限界」くらいの強度で鈴木を睨み付けた。そして、無言でドリアを奪うと、「すいません!今すぐに温めますので」と頭を下げて、チンしてくれた。
その後のやりとりを盗聴したいという欲求が抑えきれず、私は雑誌を立ち読みするフリをして、レジ付近に留まった。キャシーは鈴木に心底呆れた顔をしながら、軽く舌打ちをした。それを見て、他の古参のオバサン従業員たちも、同じく呆れ果てた表情を鈴木に投げつけた。冷たい関係だ。

それから何度かコンビニに行くも、鈴木には進歩は見られず、キャシーや古参オバサンたちとの関係も、極寒という感じが続いていた。鈴木が消える日も近いだろう……そう思いながら、2週間くらい経った頃。私はその日もコンビニに行った。半端な時間帯だったせいか、その時、客の姿はほぼなくて、店内はいつにも増してゆるい雰囲気だった。レジは一台だけ稼働。担当は鈴木。私の前の客が、ネットで購入したコンサートのチケット受け取りを鈴木に申し出た。

これは難易度高そう!案の定、鈴木は手間取り、客がコンビニの隅に置いてある専用端末から出力したレシートを見て、色々な番号をレジに打ち込んでみるものの、ピー!というエラー音が鳴り響く。その時、そのエラー音に向かって鈴木が言ったのだ。
「え?俺?」と。
すると、キャシーが駆け寄って来て、「お前しか、いないし!お前こそ、やらかすし!お前しか、やらかさないし!」と、なんと、大笑いしながら突っ込んだのだ。すぐさま、奥でタバコのストックをゴソゴソやっていた古参のオバサン店員もやって来て、「そりゃあ、お前だ、鈴木だ。入れるべきは、この番号だ。お前、今、この番号入れただろ?そりゃエラー出るし。ピー鳴るし!」と、また爆笑。鈴木は、「そりゃ、俺しかいねーけど!」と、これまた砕けた笑顔を見せた。

それからすぐにキャシーが正しい番号を入れ、客は無事にチケットを受け取った。「ほんとに、すいませんねぇ!」と、キャシー、古参、鈴木が同時に笑顔で頭を下げ、チケットを受け取った客も、その後ろの私も、思わずつられてニヤけてしまった。

この2週間の間、この店に何があったのか分からない。もしかしたら、先ほどが彼らにとっての初めての氷解の瞬間だったのかもしれない。女の店長が男の鈴木を「お前」と呼び、客の前で罵倒するのがいいかどうかは別として、そして、なんでオバサンたち皆、男言葉なの?というのは置いておいて、何、この、「ダメな息子をやる気にさせる法」に成功したお母さんみたいな仕上がりは。よく分からないけど、私は、ダメだったコンビニが、突然、いいコンビニに変化した、その歴史の証人になった模様。

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