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美容院考

先日、久しぶりに美容院に行った。私の髪の毛は、天パではないけれど、微妙なうねりがあるので、雨の日なんかは、モヤモヤとハッキリしないラインを描く。なので、頭頂部から頭半ばまでにはストパをかけ、一方で毛先にはカールのパーマをかける、という面倒くさいプロセスを踏まないとならない。

合計4時間の美容院滞在中、私は、普段は読まない女性誌を貪り読んでいる。「VERY」を見ては、「目黒区在住の主婦が、私立幼稚園に通う娘のお迎えに着ていく7万円のニット」を見てケッとなり、「VOGUE」を見ては、「これ、日本版作る必要ってあんのかな?欧米ガール向け情報過多!」と疑問を抱き、「Marisol」「Precious」辺りに落ち着きを覚える私って、やっぱりOLだよなぁと、ちょっと自分の平凡さにガッカリしたりして。

さて、よく、美容師さんとずっと喋っているお客というのを見るが、私はほとんど喋らない。「人見知り」「面倒くさい」「眠い」といった理由からだけど、それでも、その美容師さんの手さばきとか、一言二言交わす言葉とか、アシスタントへの指示の出し方なんかで、何となく人となりは分かるものだ。この「ほんの少しの会話から、ふと垣間見られる人柄」を感じるというのが私の好物なのだ。

「梅雨が来る前に、いつものストパを頭の半分までかけて下さい」とオーダーしながら、「生まれつきスーパーストレートの女の人って本当に羨ましいんですよね。ジェニファー・アニストンとかぁ……」と言ってみたところ、美容師さんが急にハサミを持つ手を止めた。「ジェニファー・アニストンという例えがおかしかったか?あれは欧米人ですから比べる方が間違ってます、とか言われるのか?」と一瞬ビビったのだが、そうではなかった。
彼女は強い目をしてこう言った。「私……高校の時、前の席に座ってた同級生の女の子が、それはそれはキレイな髪の毛をしていて。常に天使の輪がユラユラしている黒髪スーパーストレートで、本当に羨ましくて。私、授業中、その子の髪をずっと眺めてたんです」

彼女はそれ以上、多くは語らなかったけど、何だかすごくいい話を聞いた気がした。今は、海外のコレクションのヘアメイクも担当するスタイリッシュな彼女。その彼女が、高校の制服を着て、目の前に座る同級生の髪の毛をうっとりと眺めている様子。もしかしたら、その子のキレイな髪の毛への憧れが、彼女が美容師になったキッカケだったのかもしれない。いつもは絶対にハサミを持つ手を止めない彼女が手を止めたのだから、きっとそうだ、と私は推測する。

世の中で成功した人から、叶った夢のキッカケを聞くのは、ゾクゾクするくらい、いい。そのキッカケから夢が叶うまでの、壮絶な努力と競争を感じられるから。(逆に聞いていて悲しくなるのは、叶わなかった夢についての言い訳を聞くこと)

それから彼女はこうも言った。「でも、世の中で、自分の髪の毛に100%満足している女の人って聞いたことないんですよね。お客様の話を聞いても、細くてフワフワした髪質の方は、ボリュームがないと嘆いているし、張りや艶がある方は、猫っ毛に憧れると言うし。スーパーストレートの方は、パーマをかけても、ナチュラルなカールが出しにくいと悩んでいたりします」と。

確かにそうだ。女友達と髪型の話になると、皆、何かしら自分の髪質について文句を言う。これって、何も髪のことに限らないかもしれない。どんなに完璧に見える女の人も、それぞれ不満やコンプレックスがあり、自分にないものを持っている女の人に憧れと嫉妬を持っている。男の人には、にわかには信じてもらえないだろうけど、とんでもない美人が、とんでもなく三枚目の女の子に、何ひとつ羨ましいと思う点がないかというと、多分、必ずあるんです。それが女の人の複雑怪奇なところ。

そして、美容院といえば、閉店後の遅い時間、見習いの美容師さんが、カツラをかぶったマネキン相手にカットの練習をしている光景をよく見かける。プレミアムフライデーだの、働き方改善だのもいいけど、これから夢を叶えようという人が、時間なんて度外視して、夜遅くまで必死に取り組む姿は美しい……闇夜に光る美容院を外から覗くたびに、そんなことをよく思います。

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