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高齢者クラブ

最近、学生時代の友人たちとの間で、自分たちの親世代のことを「高齢者クラブの皆さん」と呼ぶようになった。(ちなみに自分たちのことは「俺たちひょうきん族」とか呼んだりしているが、そんなことだから……あーあ)

先日、「高齢者クラブとの旅行で何が疲れるか?」という話題になったのだが、どこのクラブでも似たような現象が起きていることが分かった。
「あちらさんは常に尿漏れ、頻尿の心配が頭にこびりついている。よって、これでもかというほどの頻度でトイレに行く。大げさでなく、トイレを見かけたら必ず行かなくてはならない罰ゲームをしているようだ。前のトイレを出てから最短の場合、5分でも入る。むしろオムツしてくれ」

「電車や飛行機の中でも、とにかく声がデカい。なにせ、あちらさんは耳が遠い。もう、声デカいったら!と思っているこちらの声も段々とデカくなり、端から見たら、なんてことのない確認事項のやりとりも、怒鳴り合い、もしくはミュージカル仕立ての会話になってしまう」等々。

その中でも、意外にあるあるだったのが、「旅行代金無差別比較問題」。
一から説明します。(←今日はここで出た)
一般的に言って、会社勤めの娘が親との旅行計画を立てる場合、どうしたって土日祝日を絡めたい。年に一度もしくは二度の長期休暇は別として、一泊か二泊で行く国内旅行の為に、そう何日も有休は取りたくないからだ。土日祝日が絡む日程の場合は、旅行代金も割高になってしまうのだが、もうこれは致し方なし。しかし、どうもこの「旅行代金は、内容によってのみ決まるのではない。むしろ出発日によってすさまじいインフレを起こす」という大前提が、高齢者クラブの皆さんには抜けがちであるというのだ。

例えば、行きの新幹線で、いきなりこんなことを言い出す。「今回の旅行代金、新幹線とホテルしかついてないのにこのお値段。でもね、この前、新聞の広告で見たら、朝昼晩と三食ついてて、半額くらいのツアーあったわよ」と。
「ねえ、それって何曜日出発だった?きっと、火曜発~木曜着とか、そんなすっとこどっこいな設定なんじゃないの?この時期の土曜発でこの値段はかなりお値打ちなの。色々調べたんだから間違いないのよ!」と、すかさず突っ込んでみるもののスルーされ、まるでこちらの調査不足と言わんばかりに納得行かない顔をしたまま、弁当を食べている高齢者クラブの憎らしさ。

また、「回顧が止まらない問題」も顕著。先日、友人は、両親を連れて姫路城を見に行ったそうな。壁面の修復を終えたばかりの姫路城は、別名「白鷺城」と言われるだけあり、世にも美しい姿だったようで、「ああ、天気も良く、老いた両親に無事に姫路城を見せられ、良かった」とホッとしていた矢先……純白の姫路城を見上げる父親から予想だにしない発言が飛び出したという。
「いやー、昨年行った四国の城は良かった。高知城や松山城の風情は何とも言えなかった」と。
「おい、今、目の前にあるのは姫路城だぞ!姫路城に集中せよ!!」というようなことをマイルドに指摘してみるものの、城を目の前にして、今までに見てきた城という城が思い出され、口に出さずにはいられなかったようだ。天守閣付近では、ついに「ウィンザー城はさ~」と言い出したという。
全く連れて行き甲斐がない、どういうつもりなのよ!と友人は怒っていたが、高齢者クラブの回顧問題は、考えてみればよく頻発している。

そういえば、その昔、東京の中華料理店で、北京ダックが運ばれて来た途端、「本場の北京で食べた北京ダックは、これとは全然違ってさ~」という発言に始まり、終始、次々に運ばれて来る中華料理を食べながら、同じ料理を他の場所で食べた話をし続けた叔父の顔が浮かんだりした。「今ここにある北京ダックに集中せよ!」と叫びたかったっけ。

しかし、そういう現象における最高峰ものを、私はつい先日、目にした。それは、都内でも比較的オシャレエリアにある整形外科でのリハビリ室でのこと。整形外科といっても、場所柄、金持ち風の外国人なども多くて、皆、健康維持のために通っているといった感じの開放的な空間。
ベッドが数台並べられ、患者がそれぞれゴロンと寝転がり、理学療法士が骨やら肉やらをいじっている。私も半目を開けながら、ジャニーズJr.風の理学療法士に身を委ねていたところ、隣のベッドに、初めて来院したと思われる爺さんがやって来た。
中井貴一似の理学療法士のお兄さんは、それはそれは丁寧に、爺さんの体をいじりながら、「この関節とこの骨の間が少し空いちゃってますね。だから痛みがあるんですね」等、理論立って説明していた。なのに、その爺さんたら、いちいち、本当にいちいち、こう言うのです。「そうそう、三鷹の先生もそう言ってたよ」……どうやら、爺さんは最近、長年住んでいた三鷹から、この近所に引っ越しをしてきたようで、リハビリといえば自動的に三鷹を回顧しちゃう模様。
「では、タオルを使ってちょっと足指を動かす練習しますよー」と貴一に優しく言われても、「三鷹の先生はそんなことしなかったよ」と軽く抵抗を見せたり。

三鷹て……近くはないけど、電車で通えない距離でもない。そんなに三鷹の先生が忘れられないなら、三鷹に行け、三鷹行け、三鷹行け、三鷹行け!……横に寝ている私の脳内では既に「三田会系」に変換されるくらいの三鷹押しが永遠と続いている。自分の施術のひとつひとつ全てに「三鷹ではね」と返される貴一、気の毒。しまいには怒りだすのではないかと心配したのだが、なんと貴一は、爺さんの横に膝まずくようにし、こう言ったのだ。
「じゃあ僕、その三鷹の先生に負けないように、頑張りますからね。だから、(爺さんも)一緒に頑張りましょうね」と。
貴一、偉い!貴一、男!貴一、プロ!
ジャニーズJr.に骨をいじられながら、高齢者クラブへの包容力につき、私は心の中で猛烈に拍手喝采したのです。

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