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拝啓 東京のお父さんへ。


東京は、冷たい街だと聞いていました。
でも、そんなこと、全くなかった。
そう思えたのは、大家さん、あなたのおかげです。


「ごはん食べてるか?」


あなたのそばに暮らし始めてから5年。雨の日にも、歯が折れた日にも(笑)、本当にずっと、いろんなものをもらい続けてきました。

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上京したばかりの頃、慣れない仕事に疲れ果てて家に帰ると、ドアノブにパンや野菜。荒みかけた心に、あたたかな光が差し込む瞬間。あなたの気遣いに心も体も支えられていました。

休日の朝にはベランダの外から大きな声が。「ゆかちゃーん、生きてるかー?」と言いながら、ニヤッとしながら、いつものパンを差し出してくれるあなたの笑顔が大好きでした。

大家さんの家にいた2匹の猫たち。ほっそりとした方がミラノで、太った方がナポリ。よく食べる私を見て、ナポリと呼んでくれていた頃もありましたね。別に嫌な気分はしなかった、いや、実は結構気に入ってました。今でもあの日のお手紙は大切に、冷蔵庫に貼っています。

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料理が得意なあなたは、事あるごとに家へ迎え入れてくれましたね。見たことのない料理が並ぶ食卓。「これが東京か!」といつも感動していました。ポルチーニ茸や、タンシチュー、ホワイトアスパラ。はしゃぐ私と、ニコニコするあなた。幸せなひと時でした。

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人をもてなすことが大好きだったあなた。年に一度、屋形船を貸し切って宴会を催す時には、もれなく私も連れて行ってくれましたね。あなたの周りにいる人たちは、みんな温かくて、私もずっと、こうやって楽しいことをして生きていきていきたいなあと思っていました。

ユーモアと愛に溢れたあなたは、私の憧れでした。

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家の周りの美味しいお店を教えてくれたのもあなたでした。フルーツたっぷりなパフェ、水炊き、カレー屋さんからラーメン、老舗の食堂や焼肉。昔から住んでいるからこそ知っているこの土地の魅力を、たくさん伝えてくれました。

今日は母を連れて、あなたとよく通ったイタリアンに行きましたよ。迷わずポルチーニ茸のパスタを注文しました。これからしばらくは、あなたとの思い出の場所を巡っていこうと思います。

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「若者のチャレンジは応援しよう」


今の会社に転職する時に、私を支えてくれたのもあなたでした。

あなたは、転職を機にもっと家賃の低い場所へ引っ越すと伝えた私を、「若者のチャレンジは応援しよう」と実家に迎え入れてくれました。大切な思い出が詰まった場所に、見ず知らずの私を住まわせてくれたこと、本当に感謝しています。

広くて、おばあちゃんちのように落ち着く場所。私の家に訪れた人たちはみんなそう言ってくれます。いつしか、いろんな人たちの溜まり場になりました。

私が安らかに暮らせたのも、大好きな友達たちを招いて楽しく遊べたのも、全部あなたのおかげです。私と、私の周りの大好きな人たちに、ぽかぽかしたひと時を与えてくれて、ありがとう。

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「東京の家族だからね」

父が亡くなってから、頻繁にかけてくれた言葉。何度もこの言葉に救われました。一番辛かった時期を乗り越えられたのも、あなたと、あなたの家族がいてくれたからです。私が結婚する時には、「娘さんをください!」を代わりにやってほしいな、結婚式にはお父さんの代わりに来てきてほしいな、なんて、実は思ってました。

初めて会ったのは、まだ大学生だった頃。
初めてこの街を訪れた時には、おでんをご馳走になりました。緊張していたはずなのに、何食べたかだけはちゃんと覚えてるだなんて、よっぽど美味しかったか、私が食いしん坊なんでしょうか、まあどっちもですね。

ポルチーニ茸に舞い上がり、よくコケて歯を折ってしまうような、常識知らずでおっちょこちょいな私を、思いっきり笑い、思いっきり笑わせてくれたあなた。そこには、たくさんの愛がありました。

わたしが一番恩返しをしたい人が、あなたでした。もっともっと稼げるようになったら、あなたが大好きなシャンパンを、自分のお金で箱買いして、あなたに贈ろうと決めていました。

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東京は、冷たい場所なんかじゃない。
そう言い切れるのは、あなたと出会えたからです。
誰かに見守られている。
そう感じながら過ごして来られたのも、あなたのおかげです。

人は、愛を受けた分だけ、強くなれるそうです。
東京にお父さんがいたから、家族がいたから、私はここまで前のめりな人生を過ごしてこられたと確信しています。温かな愛が、私を強くし、常に背中を押してくれました。

私も29歳になりました。
いつまでも甘えていちゃだめだな、なんて思い始めていた今日この頃。まさか、こんなにも早く、あなたに会えなくなるだなんて。今日あなたの顔を見るまでは、全く信じられませんでした。

この街の空を見上げながら、あなたに教えてもらったたくさんのことや、あなたからもらったたくさんの愛を思い返しながら、明日からまた、少しずつ歩んでいきます。いつか、シャンパンを箱で送るからね。もう少し、待っててね。


この言葉を使う時が来るだなんて、思っていなかった。
でも、いま、心からそう思う。

あなたがいたから、生きてこられた。

あなたのおかげで、今の私がいます。
これからも、この街の空で、見守っていてください。

301号室のナポリより。

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