まちへ

2018年5月

今年から日記をつけてみることにしました。 ぼちぼちと。書かない日もあると思うけど。

9日(水)

日記を書かない日が続いていた。
3月半ばからたった一人いたバイトさんが高校卒業のため
入れなくなり、夫婦二人で営業回すのとイベントで
いっぱいいっぱいだったから。

単位がギリギリで卒業が危うかったバイトさんは
卒業式前後も就職活動を続けて
一度は日光の名の知れた観光ホテルの従業員に決まったのに
本人がそこに飛び込んでいく決断がつかず、お断りして、
4月に入ってからハローワークでお仕事を探し、
自分の父の家の近くに歯科助手の仕事をみつけた。
どうなるかと思っていたけど、まあ、結果よかった。

自分の家と言わず、父の家と言ったのは
ずっとそこで暮らしておらず、児童養護施設で育っていたから。
父親の借金癖がもとで母親は出て行って
父親が子どもを養育することができなかったのだ。
その子の母親も同じ施設で育った子だったので
職員の人たちには特別な思いのある子だったようで
少し甘やかしたようだ。
本人も近くに顔見知りがいないと不安になる子で
日光なら日帰りもできるくらいの近さなのに
飛び込んでいく決心ができなかったのだという。

この子がうちの店をやめるまでの間
その施設からは3人のバイトさんがきた。
時を同じくして、施設には入っていないけれど
両親のいない高校生の男子もきた。
その前には片親のいない子。それは普通に多かった。
両親はいるのにネグレクトで放り出されている子も。

家庭的に困難のある子が一巡するのと同時に
我が家の息子も卒業した。
学校生活に困難を抱えて紆余曲折あった息子。

その時々にバイトにやってくる若い人に
生きにくさを抱えている子に何をしてやったらいいか
教えられる思いだった。

とにかく卒業までサポートしたので
あとは自分で、と言えるようになったが、
私たちはまた二人でできる限り動いていかねばならないし、
これからは自分のこと。
押し入れにしまっていた自分の小さなお裁縫箱を開けて
中のお道具を使って、練習して、何かを作り出していく。

お裁縫箱というのは現実はPCの中のイラレ。
目標は地元の観光マップを作ること。多言語で。

やっと一巡して自分の番だ。
と思ったけど、その前に店の夜メニューを作り変える。
イラレを使ってどこまでやれるかな?
多言語にもしたい。
夏前の涼しいうちに終わらせよう。

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