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東京<婚活>カレンダー リモートお見合い編【蔵出し原稿】

 本記事は、2021年1月、文藝サークルChambreBlancheの第5冊目『魔女のふたりごと』用の原稿候補として書かれたものである。だが同時に書き進め、採用に至った『結婚相談所を退会する 編』のインパクトに比べて味が薄い、有体にいって「詰まらない」ということで、不採用になっている。
 しかしながら原稿としては一度完成させたものであり、その原稿が掘り起こされた記念に……というかまあせっかくなので、noteに掲載することとする。昨今の時勢は目まぐるしく変化しているので、既に今の感覚と見合わない部分もあろうかと思われるが、その辺りを考慮いただき、ヒマな時にでも目を通していただけると幸いだ。ちなみに誤字脱字チェックはほぼしていないので、その辺りには目をつむっていただきたい。

 最後に。私が一番得意なウェブ会議システムはCisco Webexだが、最近はMSTeamsに押されていてさみしいばかりである。


 Zoom―—それは流行語大賞にもノミネートされ、ビジネスシーン・プライベートシーンを共に侵食し、彗星の如く2020年の主役に躍り出たウェブ会議ツールのことである。今回は、Zoomを使ったオンラインお見合いについて話をすることにする。
 なお、東京(婚活)カレンダーと銘打ってはいるが、オンラインお見合い会場は自宅のため、美味しい飲食店や食べ物は出てこない。私がフォートナム&メイソンの紅茶を飲むだけだ。では、本題に移る。

 その変化は急にやってきた。
 結婚相談所のアプリで申し込み相手を探していると、プロフィールの冒頭にある一文が追加されている人が多くなった。それはつまりこうである。
「オンラインお見合いお受けします」
 オンラインお見合いねえ、と想像が付かなかったのも束の間、瞬く間にその文字列から珍しさは消え失せ、すぐに日常に馴染んでいった。
 私もその一文を掲げる幾人かとマッチングしたが、いずれもオンラインお見合いを希望するお相手はおらず、実際に対面で会うことになった。誰がするんだオンラインお見合い。「オンラインお見合いでマッチング〇件!」とアプリの掲示板に書いてあるが、本当なのか?
 まあ、こう言っておく方が世情にも相手にも気を使っているように見えるし、お見合い用プロフィールの飾り文句としてのニュースタンダード程度の位置付けなのかもしれない……(ちなみに、コロナ前におけるプロフィールのスタンダードな書き出しはこうである。「私のプロフィールを目にとめていただき、ありがとうございます」)と、思った矢先だった。
 ついに私にもオンラインお見合いがセッティングされたのである。

 マッチングするとすぐ、私は相手の職業を確認した。職業によって、オンラインを望む人がいるかもしれないと考えていたためだ。教師。なるほど、これは最もコロナに敏感な職業のひとつだろう。小学校から徐々に登校が再開しているとはいえ、高校・大学では再開とは至らない中だった。オンラインお見合いを選ぶのは不思議ではない。
 次に気になったのは、Zoomお見合いに関する注意文だった。
「Zoomは四十分経つと自動で切れますので、タイマーなどを用意して時間管理し、挨拶で終われるようにしましょう!」
 思わず二度見した。嘘でしょう。商社勤務IT営業部門所属の私は失望した。
 そのZoom、無償アカウントだな?
 ここで、もはやあまり知らない人は多くないと思われるが、ウェブ会議の特徴を簡単に説明する。ウェブ会議を行う際、出席者は「主催者」と「参加者」という属性に分けられる。主催者は基本的に有償アカウントが必要で、会議を主催・招待を行うことができる。一方、参加者は有償アカウントが不要で、招待さえされれば会議に参加できる。今回でいうと、主催者は結婚相談所側のカウンセラーで、お相手と私は参加者になる。なお、オンライン授業もこの原理である。
 そして、その基本から逸脱したものがZoomである。Zoomはウェブ会議ツールの中では公より私に寄ったツールであり、無償アカウントでも四十分までなら誰でも会議を開くことができるのだ。だからこそ個人にも普及し、「Zoom飲み」という流行語を作るまでに至ったのだ。
 注意文に目を戻すと、「四十分とはいえ、対面よりも時間が長く感じられますので、そんなときのために話題を用意しておきましょう!」と書いてある。ちなみに、対面お見合いのために設けられる時間は、通常一時間である。
 いや、別にいいよ? 対面での見合いだって、一時間となっているとはいえ、話をしている時には時計を見やるタイミングを逃してしまうことはよくあった。強制終了するのは、むしろ親切と言えるかもしれない。しかし同時に、対面で一時間となっているものがZoomなら四十分で強制終了するということは、相談所が無償アカウントを使用しているという事実でもあった。
 しかし商社勤務IT営業部門所属の私……もといZoomの有償アカウントを商材として扱っている身としては、考えさせられる事実である。業界大手の企業でも有償アカウントを使わないのか。無料サービスには確かに無料なりの良いところがある。だけどサービスというものは、モノがないだけで降って湧いてくるものではない。コストはどこかで回収せねばならない。有償であるからは、有償である理由ももちろんある。私はこの企業に、有償アカウントを売り込みに行くべきなんだろうか……。

 さて、そんな具合にZoomには思うところがありつつ、私はオンラインお見合い当日を迎えた。
 問題は大きく分けて二点だ。まず、私の部屋は三面採光のため、背景に白壁を用意することが難しい。デスクの設置場所の背景が窓になるのは確認済みである。また、お見合い時間を考える逆光になるので好ましくない。幸い、デスクは軽く移動が容易なものなので、唯一の壁に背を向けられる場所にデスクを移動させる。座ってみると、壁のピクチャーレールから下ろした洋服や飾り物類を一時的に正面のベッド上に置いたため、部屋を散らかしたようでなんとなく心がささくれる。
 次に気持ちを作るのが難しい。在宅勤務のお悩みで、気持ちの切り替えが利かないというものと同種のものである。化粧をして綺麗な格好をしたところで、なんだかなあという気持ちを持て余す。ワンピースを着てもさすがにストッキングの類をわざわざ履く気になれずに困っていたところで、私は妙案を思いつく。パジャマの下を履いたままでいれば、逆に緊張感が保てるのでは? 相手にはバストアップくらいまでしか映らないとはいえ、離席の機会がないとも限らないではないか。まあ実行したかどうかは想像にお任せするが、スリルは生まれても良い緊張感は得られないと結論づけたのでお勧めは出来ない。
 そして開始五分前を切った頃、Zoom会議にログインして会議へ参加する。はじめはカウンセラーも同じ会議室にログインしており、二人が揃ったのを確認して退室した。そのドアが閉じられた後は、気分も雰囲気も自らの手で生み出すしかない。
 お相手は真面目そうな方だったが、それだけに「自宅でスーツ」というシュールさが目についた。おそらく相手方にとっての私のドレスアップ姿もそうだろう。家の中でめいっぱい着飾ったままでいる機会はそうそうない。時期は夏場であったため、私はお相手に、都合が良ければ服装を崩してくれても構わないと伝えてみたが、彼は最後まできっちりとネクタイとジャケットを身に着けたままでいた。もしかしたら彼も普通にスーツを着こなすのではなく、一工夫(一手抜き?)していたのかも。
 狭いディスプレイ上には視線を逃がすところもなく、喋り出しがかち合うと気まずく、かといってそれぞれのネットワーク回線では鮮明に相手の表情を捉えて話を受け回すことも難しい。プロフィールで事前に覚えたあれこれの話題を振ってみるも、いまひとつ盛り上がれない。それは私が質問を受ける側となっても同様である。ああこれ、そもそもオンラインお見合いを希望する時って、「外出してまで特別会ってみたいわけじゃないけど、切り捨てるには惜しい」ということなのではないか? そんな疑念が生まれてくるほど、オンラインお見合いは難しいといえた。どちらかというと私は、ウェブ会議には慣れているといえる人間にも関わらず。既定の四十分を待たずして時間が大幅に余りそうになっている。フォートナム&メイソンの紅茶がすすむ。他に話題。他の話題。そうだ、もう……もうあの話をするしかない!

 かくして、上に記したZoomへの熱い思いやちょっとした裏技、セキュリティ性の如何を語るなどで沈黙を泳ぎ切り、私のはじめてのオンラインお見合いは幕を閉じた。それが悪かったのか、そもそも乗り気でなかったのかはわからないが、お相手から色好い返事が返って来ることはなかった。
(終)


ChambreBlancheというサークルで小説・婚活エッセイなどを書き、文学フリマで頒布しております。
興味を持っていただいた方は下記のサークルアカウントにも遊びに来ていただけると嬉しいです。

https://twitter.com/chambre_blanche


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