AbletonのMIDIエンベロープ自動リセット

 Abletonの細かい話は以下にまとめてます。

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 今回するのは、Ableton Live 11.1 から追加されてた機能「MIDIエンベロープ自動リセット」の話。
 「何故今までこれが無かったのか?」「今までの挙動も誤りではないんだよ」を介して、そもそもMIDIエンベロープとはなんなのか、この機能の細かい調査について言います。

 最後に、とくにピッチベンドをアレンジメントビュー上で動かす話をします。



今日のお題動画

 まず以下を観ていただきたい。2022年8月、AbletonJP公式によるtips動画。

AbletonJPアカウントはこの動画以外も、こういうセッティング話もあればサウンドネタもかっこいいので全チェックして損なし。おすすめです。(当然ですがおれは何も関係ないただのユーザです。)


動画の説明

 まずは、AbletonJPの動画で何がおきていたのかふりかえってみる。

[0:06-0:11] シンセの演奏①を録った。
単音を鳴らしつつ2つのホイール……ピッチベンドとModホイールの動きも録っている。それにより、 途中からピッチがあがりつつ、ビブラートで音が震えている。
そして見る限り、録音終わりで「ホイールの位置を元に戻した」。ピッチベンドホイールってだいたいバネが入ってて、手を離すと元に戻るよね。

[0:12-0:15] 録ったクリップに水色の線が見える。これはピッチベンドの動きの記録だ。
そして、録音終わりの「ホイールの位置を元に戻した記録の部分を削除した。今回わざと消してるけど、無意識に消しちゃうこともあるよね。弾き終わったあとの部分の処理ってふだんはあんまり警戒しない。

[0:18-0:27] シンセの演奏②と③を録った。このとき、ホイールの位置は元に戻したまんま、使っていない。
なのに音を聞くと、ピッチは上がったままだし、ビブラートは震えている。

①にだけホイールの動きを記録している

[0:30-0:42] 通しで再生してみる。
①にだけホイールの記録があるのに、やはり②や③でも音が上がり震えていることを確認。

〜〜〜ここで設定変更〜〜〜

[0:42-0:47] オプションから「MIDIエンベロープ自動リセット」をオンにした。

[0:48-0:59] 通しで再生してみる。
すると今度は、①だけホイールの効いた音色になり、②と③は通常の音がする。


ホイールの状態と音が矛盾する!?

 さて、最初の挙動を「おかしいぞ!」と思った? 「そうだよね。」と思った? ……「おかしいぞ!」派が多いんじゃないかな。

 だって、②や③を録ったときは、ホイールは元のままに戻しておいたのだ。じゃあ元のままの音が鳴るはずじゃないか、と。

 しかし、実はおかしくはない。何が起きているのか。
 大事な点は2つ。ホイールを「上げる記録はあれど、下げる記録がない」・「"何もしない"を記録していない」。


"何もしない"を記録せよ

 エンベロープは自動操作の機能だ。「人がリアルタイムでパラメータを操作する代わりに、あらかじめ命令を書いておいて、自動で操作してもらう」ようなもの。

 ①には「ホイールを上げる」命令が書いてあるが、「ホイールを下げる」命令部分は [0:12-0:15] で削除してしまったので、上がりっぱなしになるわけだ。

 そして、②や③を録る時にホイールには触っていない。つまり、②や③にはホイールのエンベロープは何も記録されていない。大事なのは、「何も記録されていない」とは、「動かさず元の位置を保つ、という記録を残す」わけではないことだ。

 レコーディングを始めると、ノートの演奏は必ず録られ始めるが、パラメータの動きは最初は何も録られない。ちょっとでもパラメータを動かした瞬間、初めてそのパラメータのエンベロープの記録が開始される。

ちなみにこの赤丸のとこがオフだと、パラメータは録られない (Automation Armボタン)


 なのでもし、たとえば②を録る時の最初に一瞬だけホイールに触れば、「ほぼ動かしてないですよ」という、動いてないという動きの記録が残せる。単体で見れば何もしてないわけだが、ホイール上がったままの①から見れば「②に入った瞬間にホイールを即下げた」ようにみえる。

これは、ピッチベンドに「何も記録されていない」クリップ
ピッチベンドに「"何もしない"を記録している」クリップ (±0の点が1つ打ってある)


直感誤解ポイント

 感覚的に気をつけたいのは2点。

 まず、クリップエンベロープってクリップの中に描くから、クリップの中だけで完結する命令だと思いやすい。「音が変わるのはあくまでクリップのある区間だけ」ならば、その外側……クリップ以前とクリップ以後の状態は一致する、とね。
 そうではなく、クリップ外に波及するので注意。

 あと、キーボードやシンセに付いてるピッチベンドホイールに特別思うのは、あれ大体指離すと物理的に真ん中に戻るんだよね。ホイールを下げる命令、下げる操作って意識しなくても、現実世界ではホイールに入ってるバネが勝手に下げてくれがち。
 現実操作では意識しなくても、エンベロープ記録ではしっかり意識しよう。


そんなめんどいこと把握できません……

 理屈はわかったよ。「上げる命令のあとに、下げる命令がなくて、元に戻せという命令もなければ、上がりっぱなしである」と。

 しかしそれって実際ややこしい。理屈がわかってないと難しいし、どのクリップの中にどんなエンベロープが書いてあるかって外から一覧できないから忘れる。

 実際、「サビでめっちゃピッチベンド使った演奏して、おとなしい2番Aメロに戻ってきたらなんか音痴になってる……」なんてことないですか?
 あるいは、「制作中、ピッチベンドが動いてる途中でいったん停止して、別の箇所を再生し始めたらズレてるぞ」とかね。勝手にデフォに戻ってくれて良いんだけど?

 そんなワガママに応えるために追加された新機能が、「MIDIエンベロープ自動リセット」だ。


いつ、何が、どこへリセットする?

 「MIDIエンベロープ自動リセット」とは何か。英語取説には表記があった。

To automatically reset certain MIDI control messages at the start of a new clip, select the “MIDI Envelope Auto-Reset” entry from the Options menu or the right-click(Win) / CTRL-click(Mac) context menu in the Sample Editor.

Ableton Reference Manual Version 11.2.10

いつ

 新しいクリップの先頭で、MIDIコントロールメッセージをリセットする機能。つまり、MIDIエンベロープを書いたクリップのあと、次のクリップが始まる瞬間にリセットがかかる。

クリップの間の空白では、まだリセットされない

 つまりこれがあれば、どんなにエンベロープを描いても次のクリップに入れば自動で、ピッチベンドは±0に戻り、Modホイールも下がり、ダンパーペダルからも足が離れるって寸法よ。


何が、どこへ

 これはcertain MIDI control messages… つまり一部のメッセージについてのみ適用される。つまりリセット対象じゃないMIDIメッセージもあるということだ。
 リセットが確認できたのは以下。リセット先の値とあわせて。

  • Pitch Bend: ±0 (center)

  • Channel Pressure: 0 (min)

  • CC1 Modulation: 0 (min)

  • CC11 Expression: 127 (max)

  • CC64〜67 Pedal類: 0 (min)

  • CC98, 99 NRPN類: 127 (max)

  • CC100, 101 RPN類: 127 (max)

 意外と、CC2 Breath Controlとか、CC10 Pan、CC33 LSB for Modulationなんかがリセット対象じゃないんだな〜

 このリストは英語公式マニュアルでも公開されてない。サボっているというよりはおそらく、まだ確定しきってないんじゃないかなあ。将来的に黙って変更する余地を残してる気がする。 ←いやいや、リセットするか否かでプレイバックの内容は変わり得ちゃうんだから、updateに伴ってダマでそんな変更するわけないわ。後方互換性、とにかく音の出力が旧verでも新verでも不変なことはDAWにおいて最重要課題のひとつだ。Abletonはそのへんちゃんと気を使ってるし……(Effectの"Upgrade"ボタンみたいな気配りね)


リセット・オン時の注意点

 オフの場合の注意点は、ここまでのややこしさにすべて詰まっていると思うけど、オンの場合の注意点を2つだけ紹介。

 まず、「リセット先の値は固定である」ってこと。「Modホイールを3割くらい上げた状態をデフォとして、そっからマックス10割まで動かすことがあるよ」なんてヘンな運用をしたい時は、勝手に0割へ戻ってしまうこの機能は適してない。

 2つめは、「クリップの先頭 ≠ 次の演奏開始な時がある」こと。

4つめのクリップだけ、半拍ぶん前に延びている……

 ↑みたいなMonoのシンセリードメロディを演奏するとしよう。1に書いたエンベロープは2の先頭でリセットされる。3に書いたのは4の先頭で。
 しかしこのシンセのリリースが長かったらどうだろう? クリップ間の空白部分でもまだ余韻が鳴っていて、ピッチベンドなんかが効き続けているはずだ。

 1→2のときは、2の頭でメロディを再開するのと、リセットのタイミングが同じなので、Monoなら特に違和感はないはずだ。
 しかし3→4はどうか。4のクリップの開始が半拍早いせいで、まだ3のリリースが鳴っているうちにリセットしてしまい、ガクンと音色が変わってしまう可能性がある。

 この例なら「4も先頭の半拍を削って、ピッタリ小節頭から始めれば良いじゃん」と言ってもいいんだけど、じゃあ「このメロディが手弾きで録られたもので、ノートのタイミングも微妙にズレていたら?」とか、「Polyの音源だったら?」とか、今鳴らしたい音と運用スタイルの相性によってはトラブルになりうる。

 ま、細かいことなんで、「なんか出音がおかしいぞ」と気づいてからチェックするだけでいいと思うけどね。


オン/オフ どっちがおすすめなのよ

 この機能をオンにするかオフにするかは一概にオススメできないかも。どちらにせよややこしくはあるので、自分がしっくり来るほうに慣れちゃうのが良いんじゃないかな。

 『ホイールの状態と音が矛盾する!?』の段落にも書いた通り、オフでも理屈的には間違ってないし、『直感誤解ポイント』の段落にも書いた通り、オンのほうが直感的に馴染むってことはあると思う。

 個人的にはオフにしている。一応理屈はわかっているので、直感性が低くても理解できるし、代わりに例外処理の少ない選択肢を取るかな。


 しかし、そもそもおれはこの機能……というかクリップエンベロープをそもそも極力使わない方針で作業してる。特にピッチベンド! だってこんな使用頻度高いものを、クリップビューの別タブにまで見に行くのダルいじゃん。。。

(Audio Clipで手コンプの下処理する時なんかはクリップエンベロープも中々いいぜ。Unlinked使えば手書きLFOっぽいのも作りやすいしね)

 アレンジメントビューだけで曲作る勢としては、ピッチベンドはアレンジメントビューに直接書くのが最強。ほかのオートメーションと見比べて調整しやすいし。

これができたら苦労しないが……できるんです!

 これは、Abletonのデフォ機能ではできない。理由もある。なのでM4Lで力づくで解決する。めっちゃシンプルな話なので不具合もそんなに怖くないぜ。


場外解決: M4Lによるオーバーライド

MIDI信号の流れ

 シンセ [Instrument] にMIDI信号を渡すまでの流れは上図になっている。今まで言ってきたMIDIエンベロープは [MIDI Clip]、MIDIキーボードのホイールを手でいじるのは [外部MIDI入力] にあたるわけだ。

 ふつうは、その2箇所で作られたMIDI信号を、MIDI Effectで加工・装飾・処理してInstrumentに渡す。そこで、「MIDI Effect単独で勝手にMIDI信号を作ってInstrumentに流しちゃえばよくね?」っつーこと。[MIDI Clip] [外部MIDI入力] は無視して、MIDI Effectにコントロールを集約してしまおう。


 おれはこのMIDI WheelsのB (Pitch Bendが勝手にセンターに戻らないほう) を使ってる。一緒に使えるCC指定可能なホイール1つとOctave Shiftボタンも便利ね。

MIDI Effectのノブとして見えるということはすなわち、アレンジメントビューにオートメーションを書けるということだ!

自作

 おれはこういうMIDI UtilityのRackを作って、「デフォルトMIDIトラックとして保存」をしてる。
 MIDIトラックを立ち上げるごとに必ずこのMIDI Wheels B.axmdが挿さった状態にしてるので、何も意識せず常にこの恩恵が受けられるってワケ。


 注意点としては、MIDI Wheels B.axmdのデフォ設定としては、[MIDI Clip] [外部MIDI入力]も無視せず、そっちから信号が来るとこのノブ自体が動くようになってる。しかしこれはアレンジメントビューにオートメーションを書きたい欲求とはぶつかっている。MIDIエンベロープ/外部操作とオートメーションでノブの取り合いになってしまうのだ。
 Abletonのルールとして、オートメーションより外部操作のほうが立場が強いので、せっかく描いたオートメーションがふいに無効化されてしまうかもしれない。

 それは嫌なので、M4Lをちょっと改造してあげればいいし、あるいは↑の使用例のようにRackに入れてMacroにMapしてあげればいい。Macroでノブを支配してあげれば、外部操作やMIDIエンベロープが入ってきても勝手に動かない。
 HxHの念能力で「操作系は早い者勝ち」の話と同じだね(?)

HUNTER×HUNTER 22巻

 もう一個重大な注意点として、これはおれのような「MIDIキーボードを全然使わず、ベンドも全部マウスで書く、パソコンおたく君」にのみ適したソリューションであり、リアルタイム演奏したり、パラメータの動きだけは録るぞってタイプの人には向いてない。
 M4Lの中身をちゃんと考えればなんとか両立できる気もする…… ひまがあったら考えてみます。できたらおしえて。


次回予告

 ここまで、「AbletonにおけるMIDIエンベロープの基本挙動」「そのうえで、MIDIエンベロープ自動リセットの詳細挙動」「オンオフそれぞれの欠点」「脇道話として別角度の解法・考え方 (M4L)」について書いた。

 しかし「なーんで、Abletonは最初からPitch Bendを直接アレンジメントビューに書けるようにしないのかね。わざわざM4Lなんて遠回りしてさ。FL Studioとかできるじゃん?」と感じなかっただろうか?

 これにはMIDIの規格・互換性の話から、クリップエンベロープとオートメーションレーンの違い……通常パラメータでのコンフリクトの解決方法、相対/絶対操作……といった設計思想に踏み込む必要が出てくる。

 「設計仕様としては整合しているのに、ユーザの声を取り入れて利便性を上げるために、思想を裏切るどころか、矛盾をも取り込まなければいけない……」なんてせめぎ合いが目に浮かぶようだ (おれは同業だから……)。

 という話もしたかったんだけど、一記事がもう十分長くなったので次回に回します。


つづく






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