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陽だまりの粒(伍)

だってそうでしょう? - CHU毒

なのに死のうとしてた自分がちっぽけに見えたよ。
なのに人を憎んだ心が狭く感じた。

だってそうでしょう、
思い出はキレイなままじゃない。
だってそうでしょう、
もう忘れたでしょう、あなただって。

あなたと陽気な夢見つけたのよ
あなたと似合った傘感じた

精一杯の恩返し
精一杯の仕返し

なのに泣いて過ごした時間がもったいなくて、
なのに後戻りしてた自分が悲しく見えたよ。

だってそうでしょう、あなたから得た物は何もない。
だってそうでしょう、私から渡した物も何もない。

あなたの広い心見つけたのよ、
あなたの熱い涙感じた。

精一杯の恩返し
精一杯の仕返し

あなたと陽気な夢見つけたのよ、
あなたと似合った傘感じた。

精一杯の恩返し
精一杯の仕返し


土曜日の昼下がり、帰宅する生徒と部活に出る生徒とが移動の為に混み合う時間帯、学校の正面玄関から見ると2階の1番右端にある音楽準備室に軽音楽部の部室がある。
その部屋の窓が開けられた部室の中からドラムの音だけが、校舎の外に響き出していた。

軽音楽部のトビラを開け部長の美彩が部室に入ると里香が一人黙々とドラムを叩いている。

ズドドドドドドド
ジャーン
バッバッバッバッ
チャーンチャーン
ドドドドドド
ドルンドルンドルンドルン
ツツツツツツ
ジャアアアアアア〜ン〜

「ういっす〜里香やけに早いじゃん!ホームルームちゃんと出たか?」
「別にそこに私がいてもいなくても、関係ないし…それよりも美彩と二人だけで話しがしたかったから早く来た」
「まあいいけど…」
美彩は里香が自己主張する時は、やたら面倒なんだよなと思いながら話しを聞くことにした。

「まずコレ!!」
里香がドラムの椅子に座りながら、成人漫画雑誌を二冊美彩に手渡した。
「漫画エロトピアに漫画アリス…なんだこれは?」
美彩がパラパラとページをめくった先にある風景は、昼の学校にはとてもそぐわない内容の猥雑で卑猥な内容の漫画だった。
「里香この本何処にあった?」
正義感と言うか、曲がってことが嫌いな美彩には、単純に女性を軽く扱うこの本が許せなかった。

「あったのは部室の中、100%男子の忘れ物!何もない日常だったとしたら、たかがエロ本なんて、その辺に置いてあるジャンプやマガジンと一緒に置いておくけど、でもそれを間違って咲が覗き見たら、内容的に見て絶対精神崩壊しちゃうぞ」
「まあな…ありゃま〜ホント酷いわ…この女の人は、集団で襲われてるのに何で楽しそうにしてるんだ?絶対変じゃん…ありえね~」
美彩は生まれて初めてみる成人漫画雑誌に眉をひそめ、こんなのは理解不能だと言わんばかりに、部室の戸を開けて廊下にあるゴミ箱にその雑誌を棄て、また部室に戻った。

チチタチ チチタチ
里香がドラムを叩く手を止めて、また美彩に語り始めた。

「私の姉ちゃん、咲の姉ちゃんと友達だから、色々話しを聞いてるんだ。この間金曜ロードショーでやった、
えーとなんだっけ?ジョディ・フォスターが出た映画」
「確か『告発のゆくえ』だっけか」
「あっ!それそれ、咲が部屋から降りてきたら、丁度その映画の主人公を集団で襲う場面だったらしくて、
それを見た咲はパニックになって部屋に篭り、布団を被って泣きながら震えてたらしいよ…」
「マジかよ…それを聞くと何もしてやれない自分が悔しくてさ…」
「あと敬子さんから電話で聞いたけど、咲を襲ったヤツらの正体は、医大生だって…医大生によるパンク狩り、
一番弱いと思われた咲が狙われた...それこそあんなのに婦人科の医者になられたら、最低の最悪だ!」
里香は語尾を荒らげて憎しみがかった声で 言葉を吐き捨てた。

しばし二人の間に沈黙が流れたあと、里香が独り言のように口を開き「咲はこのまま彼氏と結婚すれば良いのにね」と言うと、美彩は寂しげに俯き、ギターケースからギターを取り出した。

「美彩、明日ヒマ?」
里香がさっきとは違う穏やかな表情で美彩に聞いてきた。
「明日法事があるから全然ヒマじゃない」
里香はこりゃー明日、美彩はふて寝だろうな思いながら、「あのさ、実は明日、美彩に彼氏を紹介してやろうかなと思ってね…相手は工業高校の元野球部員で進路先が公務員希望者らしいんだ。大丈夫だって!ちゃんとした人みたいだから、でも美彩が行けないんなら、別の日にするけど…」

美彩はいま口にした事を、かなり後悔したように
「あっ日付間違えた!法事は別の日だ、私は明日はヒマだから」と里香に慌てながらそう言った。

「ホント美彩も素直じゃないんだから(笑)咲に彼氏が出来ると、美彩はいじけると思ってたよ。
でも丁度いいタイミングで候補者が現れたんで、まず明日会ってみよう、それでダメなら次探すし、
美彩一人で心配なら私もついて行くから心配するなよ」

こういう経験が少ない美彩は、二人きりになると急に口数が少なくなる性格でもあった為に経験豊富な里香の
助けは、凄く心強かった。
「私一人では、ダメになる可能性が高いからお願いだから里香さん付いてきて下さい」
美どりは立ち上がると、里香に深々お辞儀をした。
「やはりそう来たか(笑)絶対上手く行くようにするからさ、美彩も喋れよ」

里香は、咲に彼氏が出来るのは、時間の問題だろうなと確信して夏休みに入った辺りから、美彩の彼氏探しをこっそりと始めていた。
ただ美彩の性格を考慮して、真面目で正義感が強い人と括りを作って選考していた部分があった為にちょっと時間がかかってしまった感はあるが、まあとにかく明日が全てだ。

「それなら、私、今日美容院に行こうかな」
美彩は、里香にそう呟いた。
「美彩もウチの美容院に来るんだよね?実は咲も予約入れてあるんで、美彩も咲の次に予約入れておいたよ」
「はやっ、でも何から何まで済まないね」
みどりはおばさんがかった口調で里香にお礼をした。
「明日の待ち合わせ場所は、夜に電話するから、あと美彩には、もう一つだけ最後のお願いがあるんだけど」
そう言うと、里香がカバンの中からタバコを取り出し、灰皿になりそうな空き缶をみつけてタバコに火を付けようとしたから美彩は慌てて「里香それはまずいよ、今から校内パトロールが回って来るって」
里香もハット気づいて、ごめんと頭をかいて苦笑いをした。

「最後のお願いってなんだ?」
美彩の気持ちが、明日に飛んでるため里香は聞いて貰えるかなと、不安が大きかったが、話すだけは話した。
「バンドのパートの話しになるけど、ボーカルを咲にしちゃダメか?」

え〜美彩は急に夢から現実に引き戻されてまだ里香の話しが理解出来なかった。
「ダメって事はないけど、本人がやると言うかな?里香音合わせしよう」
美彩は、ギターのシールドのプラグをアンプに挿しアンプのスイッチを入れギターの音量のツマミを回すとぶ~んというノイズの音がアンプから出てきた。

ギターの弦を一度ジャーンと弾き響かせ、チューニングを済ますと、里香の方を向いて「アイラブ・プロレス」と曲名を叫びながらギターを弾いた。

コブラツイスト コブラツイスト コブラツイスト
FIGHT

コブラクロー コブラクロー コブラクロー
FIGHT

アイラブ・プロレス
アイラブ・プロレス

キャメルクラッチ キャメルクラッチ キャメルクラッチ
FIGHT

バックドロップ バックドロップ バックドロップ
FIGHT

1・2・3 フォール

『VOICE』

私の声があなたに届く
その日を信じ私叫ぶから

特別じゃない私がいるわ
あなたの前で私叫ぶから

届かない
このVOICE

届くはずのない
このVOICE

私が辞めてしまったら
あなたはきっと忘れてしまうわ

私が辞めてしまっても
あなたの記憶にずっと残すから

届かない
このVOICE

届くはずのない
このVOICE

「いい感じ!次新曲『RIGHT』」

難しいことは分からないけど
私はあなたの肉奴隷ではない

難しいことはわからないけど
私はあなたの(性欲の)はけ口でもない

女を売りにするなと言うけど
私はあなたの不条理には負けない

女を売りするなと言うけど
私はあなたの手頃なオモチャではない

「楽しい~!早く智美が来ないかな、次一秒ソング『ビアー』」
ワン・ツー・スリー・フォー

おぇー

「次『太郎』行こう」
美彩が曲を指定し、里香が速急にカウントを取った。
ワン・ツー・スリー・ワン

た〜ろ〜お~
ペロ・ペロ・ペロ・ペロ・ペロ・ペロ・ペロ
ペロ・ペロ・ペロ・顔をペロ

この曲を演奏中に、部室の戸が開き、15名の生徒と3名の教師が校内環境パトロールので回って来た。

「うるさいな〜なんだこれは、本当に歌か?」
生活指導の石岡が両手で塞いで渋い顔をした。

「私の家で飼ってる犬の歌です」
美彩が石岡にそう言うと、一斉に生徒の間でバカにしたような失笑が響き、ひそひそ話をする者もいる。
美彩が笑ったヤツらを一通り睨みつけると、バツが悪そうな顔をした、咲と智美が一番後ろに立っていた。

石岡と教師二人は軽音部の中を一通り回ると、
この部屋は問題なしと喋り15名の生徒を引き連れて部屋を出ていった。
ただ石岡が軽音部の部室を出る際に、「そんな歌じゃプロになれないぞ」と言った言葉が余計に美彩を苛立たせたが。

「あぁ〜頭にくる」美彩が、天上を見上げ絶叫し、それを見ていた里香は、美彩の目に悔し涙で滲んでいるのを見逃さなかった。
「喉乾いたから、ジュース買いに行こう、私が奢るから」
「どうしょうかな?」
ごねる美彩の手を引いて、里香は部室の戸を開けて廊下に出た。

二人で廊下を歩いていると、何処からか吹奏楽部の演奏の音が響いてきた。
「何で美彩は吹奏楽部に入らなかったんだ?」
里香は素朴な疑問を美彩にぶつけてみた。
美彩・咲・里香・智美の4人は同じ中学の卒業生で4人は吹奏楽部に所属していたのだった。
「吹奏楽部休みもなくてキツイでしょ!それだったら高校生活をエンジョイ出来る軽音部の方がいいかなと思って、軽音部に入ったの!里香は何で吹奏楽部に入らなかったんだ?」
「美彩と同じ理由だよ!彼氏作って高校生活をエンジョイしたかったわけさ」

二人は、階段を降り1階の下駄箱付近にある購買部の横に並んでいる自動販売機に辿り着いた。
「何飲む?」里香は財布から小銭を取り出すと美彩に聞いた。
「いちご牛乳、これ美味しいんだよ」
里香は自販機に小銭を入れて、いちご牛乳のボタンを押した。
するとガタンと音がして紙パックのいちご牛乳が出てきた。「はいよ」里香はいちご牛乳を美彩に渡し、自分は何を飲もうか少し迷った。

「美彩ちゃん、里香ちゃんミッケ」咲の声が遠くからしたので後ろを振り向くと、咲と智美が手を振りながらコッチに走って来た。
「遅くなってメンゴ、今日の校内パトロール時間かかりすぎだよ」智美が疲れた顔をして喋ると、「美彩ちゃん石岡は疫病神だったネ」と中指を立てた。

「里香が好きなジュース奢ってくれるって!」
美彩が冗談交じりに一言喋ると、しょうがないナと半ば呆れ顔で里香は、「分かった奢るよ」
と咲と智美に向かって喋った。
「いちご牛乳でいいか?」里香が咲と智美に尋ねると「いいよ」智美の声だけ返事が帰ってきた。
「あれー、咲何処に行った?」里香がそう言うと、美彩と智美もキョロキョロ回りを見渡した。

「ネーこんなのを誰かが今、私の下駄箱に入れて行ったよ」と咲が下駄箱から手紙らしき封筒を持ってきた。
「あっラブレターじゃん」里香がそう言うと、咲が手に持っている封筒をサッと奪い取ると部室まで全速力で走り始めた。
智美は咲にいちご牛乳を手渡しすると、美彩と一緒に里香の後を追いかけて、全力疾走で走って行った。

咲が部室に着いた時には、三人はラブレターを読んだ見たいで、別の話題の話しをしていた。
「さっきの手紙誰からだったの?」
咲は、三人に尋ねると里香がそれに応えて「安倍 喜朗…寝不足になる位に、咲が気になるみたいでさぁ、咲がますます綺麗になったんで僕は咲と付き合ってあげてもいいよ!という事らしい」
「すげえっ上から目線」智美が呆れ顔で呟き。
「付き合ってあげてもいいよ!だって」と美彩も智美に連られて呟いた。

咲は、里香から返して貰った手紙に目を通すと
手紙を怒りに任せて手でぐしゃぐしゃに丸めて床に投げ捨てると「私の高校生活の二年間コイツ一人の為に、毎日毎日出口のない生き地獄を見せられ続けて、何度も自殺を考えたよ…学校を単位ギリギリまで休んだし、修学旅行にも行けなかったし、ハッキリ言うと高校生活には何も楽しい思い出なんか一つもない…卒業アルバムの集合写真もきっと私がいない写真だらけだ、そんな失った時間を、軽々しく、何が付き合ってあげてもいいよ…だ…バカ!ふざけんな!!(҂˘̀^˘́)ง」
咲は怒りを超えた、積もりに積もった二年間の悲しみを人前で初めて吐き出した。

咲が初めて見せる、感情丸出しの姿に圧倒された三人は、しばらくの間沈黙を続けたが、
「でどうすんの?付き合う?断る?どっちだ?」里香がちょっと意地悪な質問を口に出した。
「そんなの断るに決まってるでしょ!私はもう地獄を見たくないよ」と咲は態度をハッキリさせて言った。
「自分で断れないんだったら、断ってやるよ」と智美も咲に助け船を出したが、咲はそれも拒否して、「みんなの気持ちはありがたく受け取るけど、これは自分の問題だから、最後は自分の納得する答えを出してケリをつけるよ」と自信を持ち胸を張って答えた。

「咲さん、今日からスニーカーズのボーカルよろしくな」
美彩と里香がそう伝えると、智美は目をまんまるくして驚き、咲は口を開けて固まってしまった。

その後バントは、新曲2曲のオケをラフながらテープに録音して今日の予定をクリアすると、部室に置いてある、ダブルデッキのラジカセでそれをダビングして、作詞してこい!とそのテープを咲に渡した。

「折角だから咲にも歌わせようか!」
里香が提案すると、咲以外に反対する者はなく
咲は歌う事になった。
「ビアーやらない?」智美が提案し、それをやる事になったが、ジャンで終わる一秒の曲である。
「じゃあやるよ!ビアー」
里香がシンバルを1回叩けば終わりだ、ワン・ツー・スリー・フォー、ジャン。
「ダメだよ咲、おぇーって歌わなきゃ」
「美彩ちゃんだってLIVEで歌ってないじゃん」
「そうかぁ?気のせいだよ、もう一度ビアー」
ワン・ツー・スリー・フォー、ジャン
「咲、恥ずかしがってないで歌えよ」
「これって歌って言うの?おぇーだって」
二人のやり取りを見て、智美が身体を震わせて、笑いを必死に堪えている。
「智美だってLIVEで歌ってるよな?」
美彩に問われ頭だけは、ウンウンと上下に頷いているが身体は笑いを堪えている。
「真面目にやるよ、ビアー」
ワン・ツー・スリー・フォー、「ヴォエ〜」
咲がヤケクソ気味に歌うとバックの三人は必死に身体を震わせながら必死に笑いを堪えた。
「ナイス咲!」どう見ても笑いを堪えているとしか思えない、里香が咲に声をかけて「おい美彩と智美も歌えよ」と二人に文句を言った。
「ふざけんな里香だって歌えるだろ」すかさず美彩は里香に言い返すと、討論の末に四人で歌おうと言うことになった。

「ビアー行くよ」
ワン・ツー・スリー・フォー
「ヴォエ~」
丁度その時部室の戸が開いて14時から部室を使う2年生の女子が四人部室に入って来た。
「さっきから何度ノックしても、返事が無いので戸を開けました。さっきから奇妙なヴォエ~って声が外に聞こえてましたけど、先輩方はコミックバントなんですか?」

後輩にこのような事を言われた四人は、顔を紅くしながら、部室から出てきた。
廊下を歩き階段を降り、下駄箱の前で靴を履き替えると、急に我慢していた笑いがぶり返して来て、四人は同時に大爆笑した。

四人は外に出ると、思いっきり深呼吸をして少し駆け足で走り出し、また大爆笑した。
「咲、学校楽しいか?」と智美に尋ねられ
「今が一番楽しい」と返事を返した。

「咲、カバー曲やるけどリクエストあるか?」
美彩が咲に尋ねると、咲は「CHU毒の『だってそうでしょ?』とあとなんだ?THE HYDRAの『I CAN JUST LOOK AT YOU』かな」
すると里香が「咲ちょっと歌って見て」とリクエストした。

咲は青い秋空の下で緊張しながら歌い始めた。

THE HYDRA - I CAN JUST LOOK AT YOU

昨日、見た夢がささやくの
『此処に居たら何も変わらない』と
時を止めて 上を見上げても
空は同じ様にいつも高い

救う術無く見るだけ
それはお前だけのことさ
Oh・・・I、I CAN JUST LOOK AT YOU

わかりきった事が話せない
だけど それをしまいこんでるのはなぜ・・・?
疑問をいくらぶつけても
いつも返る答えなんかありゃしねえ

Oh・・・I、I CAN JUST LOOK AT YOU

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