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陽だまりの粒 (陸)

咲と美彩が里香の実家である美容院で髪を切り、家に帰った後にも、里香の部屋に残っていた智美は里香と二人ベランダでタバコを吸っていた。
明日の事、進路の事、バンドの事、彼氏の事、将来の事、こんな日にはゆっくり、まったりしながらお互いの夢を存分に語り合うのも良いだろう。

外は既に真っ暗く、田舎の商店街を歩く人影もまばらで、時折道路を走り去る車のヘッドライトが明るく暗闇を照らした。

里香の家は美容院だが父親の職業は、公務員で教育委員会に籍をおく。
智美の家は個人スーパーだが父親は、農業高校の職員をしている。
ちなみに咲の家は農家、ミドリの家も農家だ。
田舎に住んでいても、それぞれの家があり、それぞれの暮らしがあり、それぞれの家族がいる。
里香と智美の高校生活の二年間は、とにかく父親の顔に泥を塗ることが生き甲斐とばかりに、反発しまくり家出を繰り返し、居酒屋で酒盛りしてるのを見つかり停学になり、喫煙、暴行、恐喝よく退学にならなかったもんだと二人は回想する。

二人共に大人になったのかな?
智美は、あんなに嫌っていた公務員試験を受けよう等とは、思いもしなかっただろうし。
里香だって、姉の利子が実家の美容院で修行をする姿を見て、自分も美容師になりたいと思い始めた。
咲は短大に進学の予定、ミドリは公務員試験を受ける。
四人がそれぞれの道を歩み始める時が来ても、それがそれぞれの道だ。
別れた道も何処かで交わることもあるだろう、その時は最高の幸せを見せてあげるよ。

感傷に浸り、タバコを吸う二人を南から吹く緩やかな風が包んだその時、里香の部屋の電話の子機が鳴り響いた。慌てて里香が部屋に飛び込み電話口に出ると、電話先の相手は咲だった。

咲は何やら慌てて早口で喋るために、里香に要件が伝わらず、里香は何度も咲に同じ事を聞き返した。
やがて咲の伝える事が理解出来た里香は、「えぇ~」と甲高い声で驚いたので、智美もそれにつられて目をまん丸くして、里香の電話の行方に注目した。
「今からそっちに行くから待ってて」と里香は電話を切った。

里香は智美の顔を見ると「美彩の家にパトカーが来てるって咲がビックリしてる!!何が遭ったのとか、詳しくことは分からないみたい」
智美は、イマイチ何が何だか分からない様子で「どうすんのさ?」と里香に尋ね、里香は「とりあえず様子を見に行くか!」と原チャリで行くつもりで、準備を始めた。

階段を降りて玄関の手前の所で姉の利子とすれ違った里香は、利子に「美彩の家にパトカーが来ているみたいだから、見に行ってくるよ!」と伝えると、里香の姉は「はあぁ〜」とすっとんきょうな声を出して、「アンタら二人だけでは行かせられない」と私が車に載せて行くからとでも言いたげな雰囲気でまだ店の中にいる、母親にその旨を伝えに行き暫く戻って来なかった。

姉を待つ間の里香は落ち着きなく、父親がテレビを見ている茶の間に行ったり、とにかく家中をぶらぶらしていた。その間に時計を眺めて何やら時間を計算していた智美は里香に「電話貸して」言って彼氏の家に電話を掛けて
急遽美彩の家に来てもらうように頼んだ。
何でもかんでも男に頼るのは、ちょっと抵抗がある智美でも訳がわからない事態を前にすると、やっぱり頼れる人に傍にいて欲しいと思ったのだ。

中々戻ってこない姉を待つ里香と智美はシビレを切らして、勝手に行っちゃおうかと靴を履いて玄関を出ようとしたら、目の前で玄関前に置いてある電話の音が鳴る瞬間を目撃した。
里香が受話器を取ると、電話の向こうで喋る声は男の声だった。
男が喋る声もやたら慌てていて、おまけに支離滅裂の事を喋るもんだから、里香にも真意が伝わらないので取り敢えず美彩の家に来るように伝えた。

「誰?」智美は里香の顔を見て質問した。
電話の主は里香の彼氏の友治だったが、智美の彼氏の慎一郎が友治に間違った情報を伝えたのか、単なる友治の勘違いなのか判らないが、ミドリの家で大変な事が起きているのは確かなのだろう。
里香は店の中に行き、姉を呼びに行った。
「姉ちゃん早く!大変なんだって~美彩の家族・・・家族全員が殺されたって!!」
その一言で今日最後の客の頭をシャンプーしていた、従業員である美容師の結花の手が止まり、里香の母親もこっちを見て固まってしまった。おまけに里香があまりに大きな声で喋ったモノだから、その声が茶の間まで聞こえて父親も慌てて店の中に顔を出した。
「警察に連絡したのか?」父が言うと
「もう来てるって咲が言ってた」と里香は答えた。

「その話誰から聞いた?」利子は不意に里香に問い詰めた。
「友治から···」それを聞いた利子は、はあ~とため息をついた。
友治は利子の一つ下の後輩だが、いつもヘラヘラしていて、定職に就いても直ぐに辞めて、おまけに女にだらしなく三股、四股でも平気で付き合うトンでも男だ。
利子は里香が友治と付き合うのを快く思っていないし、何でこの二人が付き合っているのか意味不明で、職業柄友治が今三股かけているのを聞いている。
コイツらが結婚しようと家に来たら絶対に潰してやる気でいた。
いや、里香のお腹が大きく膨らんで姦り逃げされる前にどうにかして、二人を別れたさせようと思っていた。
いつも口から出任せばかり言うお調子者である友治を全く信用していない利子は、あの野郎とでも言いたげに、「父さん、母さん行ってくるね」と言って里香と智美を連れて美彩の家に車を飛ばした。

里香の家と美彩の家は車で三分程でさほど離れた距離ではない。
周りを田んぼと畑に囲まれた中、美彩の家が見えてくると、パトカーの赤色灯が回っているのが見えた。
美彩の家の隣にある咲の家の庭に車を置くと、無事であってくれと祈るような願いを胸に抱き三人はダッシュで美彩の家に走った。

ミドリの家の庭に、パトカー一台と駐在所のミニパトが一台止まっている。
近所の人が集まり美彩の家の前で話しをしている。
美彩の家族が全員揃って警察に状況を説明している。
智美は慎一郎を見つけて手を振った、実家の漬け物屋の仕事を、急いで終わらせた感じの作業服姿で首元にはタオルが巻いてあり、仕事に使う軽トラに乗ってやって来ていた。
里香は、仕事帰りで汗の匂いがする格好を智美に詫びる慎一郎とそれを気にしない智美の二人の姿を見ていたら、仕事をしない友治の姿を思いだし心の底から羨ましいと初めて思った。

そこにマフラーから重低音を響かせて、カーステからユーロビートを爆音で鳴らせた一台の改造車がミドリの家の前でローリングしてから車を止めた、直ぐ側で見ていた、智美と慎一郎が驚くのを見届けると、税に浸ったみたいで、「俺って活けてるでしょう!!」とばかりに相変わらずのヘラヘラした姿で友治が車から降りて来た。
それまで大人しかった、美彩の家で飼っている犬の太郎と、咲の家で飼っている犬のペロが一斉に吠え出した。
普段ここまで騒がない飼い犬が吠え出したので「ペロ静かにしなさい」と咲は声を出して家の方向に小走りで走って行った。
友治の車の助手席からケバい格好の女が降りてきて「友治こんな肥やし臭い所にいないで早く行こうよ」と甘えた声で友治を誘った。
里香が文句の一言を言うつもりで友治に近づいたが、友治はそれを無視して、咲が戻ってきた方向に歩き出していきなり咲を口説き始めた。
嫌がる咲は、逃げ出して里香の背中に隠れた。
「乱交しようぜ、男1の女3でどうだ」友治は里香と咲の方を見てにゃにゃしながら確かにそう言った。

その場にいた全員が全て凍りつく中、利子と百合が動く前に里香が友治の頬に一発平手を張った。
ピシン~と乾いた音が辺りに響いた。
たじろいだ友治に里香はもう一発平手を張り「何が一家皆殺しだ!何が乱交だ!フザケンナ!!オメエなんか大嫌いだ!さっさと消えちまえ」と泣きながら叫んだ。

それまでこの騒動を見て見ぬ振りをしていた警察官がそこにやって来て「何やってんの君たち仲良くしなきゃダメでしよう」と仲裁に入った。
「お巡りさんコイツ何とか逮捕出来ないの?高校生相手に乱交しようと誘ったんだよ」里香が泣きながら訴えるも
「うーん現行犯じゃないからね~それに彼の言い分も正しいからね」と全くやる気のない素振りを見せた。
市民を守るのが警察の仕事じゃないのか?と里香も咲も利子も百合も思ったがどうやら現実はそうでないらしい。
警察官は振り向くと「男は乱交と乱暴するくらいの元気がないと女も楽しめないんだよ!わからないかな〜」と里香と咲の顔を見つめてニヤリ微笑み「君たち綺麗だから彼は欲情したんじゃないの!君たちもその気持ちを分かってあげなさい」と言い残してこの場から去って行った。
警察を見方に付けた友治はどうだと言わんばかりに、助手席にケバい女を乗せて思いっきりアクセルを吹かし窓を開けて唾を吐くと重低音を響かせてこの場から走り去った

「里香大丈夫?」智美が傍にやって来た。
「大丈夫じゃないけど清々したよ、咲に申し訳ない事をしてしまった…正直言って彼氏がしっかりしてる智美が羨ましかったし、彼女を大切にしてくれる彼氏がいる咲が羨ましかった…又彼氏作らなきゃ、次は見栄も見てくれもどうでも良いや、私を守ってくれて尊重してくれる人がいいな!」
「私が反対した理由をやっと分かってくれた?」利子が里香の肩を叩いて微笑んだら、里香は利子の胸に飛び付いて泣いた。

「咲さあ姉ちゃんに彼氏を紹介する気はある?」姉の百合が妹の咲にこう言うと、
「いいけど、姉ちゃんも仙台で一回会っているよね!」
「えっあの黄色い頭の大人しくて礼儀正しい人?」
「そう!姉ちゃんより一つ歳上でね」
「ウソもっと若く見えた!!」
「私が羨ましい?」
「全然羨ましくない、私にだって彼はいるよ!咲より後に結婚するのは絶対に嫌だ!」

やがてミドリがこっちにやって来た。
「覗きだったんだよ、晩御飯の時にスケキオみたいな白覆面の人が茶の間の窓に顔を思いっ切り付けて覗いててさ!!弟が立ったら慌てて逃げて行ってさぁ」ミドリが興奮気味に語りさらに続けて「ウチお父さんも咲のお父さんも今日はお祭りの打ち合わせで、レロレロになるくらいお酒を飲んできたから全然役に立たないよ…」とぼやいた。
「里香どうした?全然元気ないぞ…」


「もしもし和君、咲だけど起きてた?」
「起きてたよ、寝ようと思うんだけど、明日の事考えると嬉しくてね!なかなか寝れないよ」
「私と同じだ!今が夜の11時だから後11時間したら会えるね」
「もうちょっと早く会えるように、頑張って起きるよ」
「まだ寝てないのにもう起きる話かい(笑)」
「(笑)咲ちゃんさあ、明日行きたい所がある?」



**誕生 ― THE GROOVERS **

君よどうか恐れないで
生まれた理由を確かめて
そこで顔を伏せちゃ駄目さ
大切なこと

君よどうか忘れないで
恋が出来るはずの君を
それはとても素敵なこと
教えてあげようか
そうさ
君と出会うために俺は生まれてきた
それを不思議なことだとは思わない
ー君と生きているー

君よどうか恐れないで
俺を総て受け止めて
空の話を聞かせてよ
大切な人

君よどうか忘れないで
恋をしている今の君を
それはとても素敵なこと
一緒に歌おうよ
そうさ
君と歌うために俺は生まれてきた
それに今気付いて
身体中の震えが止まりそうにない

そうさ
君と出会うために俺は生まれて来た
それを不思議なことだとは思わないよ
ー君と生きているー

君の中で泣いていた少女に俺は呼びかけた
"いつまでも、いつまでも、出かけて行こう"

そうさ
君と歌うために俺は生まれてきた
それに今気付いて
身体中の震えが止まりそうにない

そうさ
君と出会うために俺は生まれてきた
それを不思議なことだとは思わないよ
ー君を愛してるー

最後まで歌を捜そうよ
最後まで音を捜そうよ


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