日記のメモ書き2023/08/03

きょうのふりかえり

・広島着
・モーニング、お買いもの、知人のものづくりWSに参加
・広島テレビのロビーで開催されていた「ミライの平和活動展」をみる
・東照宮のあたりにいく(母が行った被ばく者さんへの聞き取りに出てきたため)
・泉美術館「広島の記憶」の展示をみる

【ミライの平和活動展】

3Dデータでウクライナの町並みをみる
破壊された三つ星ホテル、砲撃に遭った小学校の壁に残る子どもたちの落書き
あぁ、戦争がそこにある、そうだったと思う
忘れてしまっている私

その後、VRでも爆撃にあったウクライナの集合住宅や飛行機をみる
より目の前に、それが広がっていて、あぁと押し寄せるものがある
そこ、に行こうとすることができる
モノのちからを保存するかもしれない

印象的だったのは、「発行されなかった卒業証書」という作品
ウクライナの学生たちの卒業証書
戦争で亡くなったために発行されなかった卒業証書
顔写真と人となり、亡くなった経緯が証書に書かれている
兵士になって戦地でなくなった人、街で砲撃に遭った人、逃げている途中で亡くなった人
それぞれ、
それぞれ夢があり、生活があり、人となりを知る家族や友人がいた

パネル展示は、
広島、長崎、世界のヒバクシャ、第五福竜丸、原水禁運動、核兵器禁止に向けた取り組み、とそれぞれにまつわる人の言葉やエピソードも紹介しながら
大きな流れを捉えられる展示だった
資料館だけではこの概観は掴みにくいから、こうした展示はいいなと思った

【東照宮】
昔から知り合いのおばあさんに、母が被ばくの聞き取りをした
いつか本にしたい、とそのおばあさんは思っていたけれど
話してくれと頼まれてやってみても、泣いて話せなかったのだという

87年目の夏、親族でも無い、でも馴染みの、子ども世代にあたる母に話してくれた
彼女の語りには、東照宮が出てくる
碑があるかもしれないねと言って母と見に行った
結局碑は無かったのだけど、
彼女の語りを知った後で東照宮の前に立つと、
あぁ、という思いになる
どんなどんな気持ちで、どんな身体の痛みの中で、暑さの中で、どんな人々の顔をみたのか、声をきいたのか、言葉を交わしたのか
少女だった彼女を想像する


【広島の記憶】泉美術館

商工センターにある泉美術館の展示

絵はがきで辿る軍都廣島のあゆみ
兵を送り出し受け入れた宇品と広島駅をつなぐ軍用列車
それが描かれた絵はがき
昔の地図
様々な証言と重なる場所の昔、を見つめる、照らし合わせる
時々発見もある

原爆投下後の言論統制
日本だけでなくアメリカでも統制が行われた
日本が主権復帰するまでの5年間は原爆の被害が表に出ないようにとにかく厳しく制限されていたらしい
特に放射能による健康被害については完全に否定されている

原爆や広島を描いた作家たち
写真、絵、詩
今回は多くの写真が取り上げられていた
原爆投下後の写真、見たことのないものも多くあって興味深かった
その日、や数日の内の写真は少ないが、2週間、ひと月、1年、10年
それぞれのタイミングでとにかく多くの写真が撮られている
今回とくに惹きつけられたのは土門拳の写真
「生きている広島」と題された写真集
13年後に広島に降り立ち、衝撃を受け続けながら写真を撮った土門拳
メモ書きや書物の引用を挟み、展示されている写真
病室のひととき、モールのように鮮やかに賑やかに飾られた折り鶴、中学生くらいの少女が並んで病室のベッドにいる、太ももの皮膚を切り、首筋の火傷の痕を縫い合わせる手術のひとこまひとこま、笑顔の子どもたち、戦災孤児院、ケロイドのその質感があらわれた写真
土門拳の写真はいたことがあったはずだが、そこにある人々の生活の息づかいに、くっきりと残り人々を痛ませ続ける傷痕に
惹きつけられ、想った。

【一日】
この一日も母と色んな話をする
伝承の活動にぐっと力を入れている母
それについて行けない私
どこかで、戦争に触れるのに疲れている私
ヒバクシャは毎日ヒバクシャなのだと
いわれた言葉を強く覚えていると知人が話していた
わたしはふらりと耳を塞いでしまえる、漏れ聞こえる声は微かだろう
しかし、経験した人にとってそうはいかない
そうすることの非常な困難

でも正直な感覚でもあると思う
アートなのは距離を取りたいからなのかも
なんだか腰が引けている


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