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それは私がきっぱりと否定しておく。

こんばんは、笹塚です。今日は、気まぐれに自分のお仕事のお話などをしてみようかなと。何もかもを書くわけにもいかないので、普段の業務内容にオブラートを5重くらいかけて、つれづれに書けたらと思います。

私は職業柄、人から相談を受ける機会がよくありますが、そのほとんどは(障害者福祉に関する)法律や制度、サービスなどについてです。よく「相談を受けています」と言うとカウンセラーのようなイメージを持たれることも多くて、その都度「いえ、かなり違うんですー」というのを説明してきたのですが、そろそろ億劫になってきたので、もう少し認知度が上がってほしいなーとは思うけれど、小学生とかが「なりたい職業ランキング」にランクインさせるような社会にはなってほしくないよなー、という、そういうお仕事です(やっぱり正確には伝わらんよねー仕方ないけど)。

でも、たまに「ザ・相談」のような、相手のメンタル面に深入りせざるを得ないような場面もあったりして。仕事である以上、断るわけにもいかないこともあって、だからそういった時には、私は徹底して気をつけていることがあります。

それは、「法律や制度、福祉サービスに関する情報提供の場合を除いて、相手に決して助言しない」ということです。

相手の話を傾聴していれば、確かに「もっとこうしたら?」とか「こう考えればいいのに」とか思う瞬間もあります。私も人間ですので(それもたぶん、相当未熟な部類の)。

でも、そこで自分が専門家だからとか有資格者だからとかいって、不用意に相手の話を遮って持論を展開したり知識をひけらかしたり、「それは要は、こういうことでしょう?」と相手の話やナラティブを要約したり(これは本当に失礼)、「こうすると良いですよ」なんて知った顔で言うことは、絶対にしちゃダメだと思ってて。

なぜ私が助言を避けるか。それにはいくつか理由があります。

①人は自分の抱える問題を自分で解決する力を本来持っている

まず、相談者には自分が抱える課題(葛藤や抑圧、どうしても整頓しきれない感情面のモヤモヤなど)を、自分の力で解決する、すぐに解決できなくても、そちら方面を向くきっかけのしっぽを掴む力があります。それを私が「助言」することで、「本来の力に気づく」ことを著しく阻害してしまいます。相手がそうした力を持っていると信じていることが大前提にあれば、「助言しよう」なんて発想はまず出てきません。

②責任の所在があやふやになるような行為は避ける

次に、万が一私が「助言」したとして、その「助言」とやらを相手がどのように咀嚼してくれるのか、その結果と化学反応的な変化は、誰にも予見することができません。受け取った相手が、果たしてちゃんと「助言」に対してクリティカルになれるのか、という不安もあります。下手すると丸のまま飲み込むかもしれないし、それで喉元が詰まって窒息してしまった場合(メタファーだよ)、誰にも責任が取れません。責任の所在があやふやになるような行為は、避けなければなりません。誰かしらの人生の難しい場面に、程度の差こそあれ介入するのであれば、そのことをわきまえるのは当たり前だと考えています(もしもそれで何か問題が起きた場合、こちらが責任をひっかぶるのは、相談した当事者から「責任を果たす」権利と義務をひっぺがすことにもなります。それは相手の尊厳を傷つけかねない行為です)。

③不可侵な領域に土足で上がりこむべからず

相手の話を傾聴して私がふと感じる「もっとこうしたら?」とか「こう考えればいいのに」という思いは、あくまで「笹塚心琴」という個人のフィルターを通して浮かんだ考えに過ぎず、どこまでいっても私の主観の域を出ません。つまり、相手がこれまで考えてきたことや苦しんできたことに対し、さも知った顔で「こういうことですよね」と伝えることは、たとえ相手のパーソナルヒストリーの全時間を知り尽くしたところで(そんなこと不可能だし)、不可侵な領域に土足であがりこむのと変わらないんです。有り体に言えば、

お 前 に 何 が わ か る

ということです。

私は逆の立場(相談する方)も今までさんざん経験しているので、そこで出会ってしまった「あ、ちょっと無理なんだけど」と感じたSWたちから、上記3点を反面教師として学びました。転んでもただは起きないスタイル。転んだら何かしら掴んでから起き上がるスタンス。うぇーい。

***

かたや夫は、人の地域生活における権利擁護や人権意識に根差した諸活動、そして直接的な相談支援を仕事としているので(でも、いわゆる「カウンセラー」ではないのですが)、しばしば色々な人から「めっちゃ優しい」とか「真の癒し系」とか「穏やかな紳士」とか言われるらしいんですが、

それは私がきっぱりと否定しておく。

あの、きいてくれますか……今朝こんなことがあったんですよ……。

ふたりで今ハマっている、NHKの朝ドラ「なつぞら」あるじゃないですか。そのオープニングで流れるスピッツの「優しいあの子」って歌、ありますよね。いい歌ですよね。草野マサムネの柔らかボイスでほんわかしますよね。しますよね? 私はしたんです。ええ、今日の朝までは。

朝のめちゃくちゃバタバタする時間、今日つけていくピアスをどれにしようか真剣に悩んでいる私に向かって(化粧は手抜きなわりにピアスは大好きなのだ)、朝食後の食器を洗いながら夫がこんなことを言ったんです。

「ねぇ心琴、脳内で構わないから、『優しいあの子』を長渕 剛の声で再生してみてごらん」。

……。

……――っあああああああああ!!!

なんてこと言ってくれてんだよ!!!!!

唐揚げにレモンをかけるという行為が不可逆であるように(fromドラマ「カルテット」)この世には取り返しのつかない事象があるだろうがあああああああああああああああああ今度から「なつぞら」観るたびにオープニングで屈強な男たちが重い扉をぐいぐい筋肉で押し開けるのを想像してしまうでしょうがあああああああああああああ

あ。

でも長渕剛はすでに「ぴいぴいぴい……」を連呼する歌を発表しているから、「優しいあの子」の「ルールールールー♪」部分は案外、しっくりくるかもしれない……ああ、ろくなもんじゃねえ。

え、何の話だったっけ?

笹塚が相変わらずマイペースだって話だったっけ?

そっか、じゃあ、えっと、そういうことでしたー

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笹塚心琴 10/12テキレボ F-01

(ここと) 詩、小説、エッセイ、短歌、俳句。ほがらかに戦うひと。嵐の後こそきれいな虹が架かるから、のほほんとサバイバル中。https://cocot.chobi.net/ https://twitter.com/cocot_sszk

笹塚的日常(日記・エッセイ )

スパイシーだったりまったりだったり、安定感のない日常を綴ります。

コメント8件

助言しない、すごく分かります。その昔?少し前のことですが、「愚痴バンク(だったかうろ覚え)」という路上で他人の愚痴を聞く人が居たんです。その人も「愚痴を聞く上で大切なことは助言しないこと」と言ってました。ただただ“背中をさするように”話を聞くことに徹するのだとか。

ふと思い出したのですが、改めて肝に銘じたいお話でした。
助言される、する、というのは本人の力を信じていないという事、という部分に衝撃でした。確かに。。肝に銘じます…(´・ω・`)

今日からのなつぞらは、かなりアツそうです😁笑
10さん、おはようございます😃

「支援」と一口に言っても、それはとても難しいことだと日々痛感していて。そんな中でも、「自分だったらどんな人に大切なことを相談したいか」を軸に考えてます。10さんが書いてくれたように「背中をさするように」、適度な距離感を保ちつつ「そばにはいるよー」というメッセージを送ることができたらいいな、と。

まだまだ伸び代だらけな私なので、これからもマイペースではありますが、研鑽を積んでいきたいです。
はなさん、おはようございます😃

助言も、時と場合によっては必要なものかもしれません。例えば親子間とか、先輩後輩間とか。

でも、私の仕事では、性質上「相手の持っている力を信じる」ことを忘れてしまうと、「相談する側/される側」という立場の不均衡ゆえにこちらが「専門知識」などを容易に相手に振りかざしてしまう危険性も含んでいるので、そこはきちんとわきまえておくことが重要だと心に留めています。

なつぞら、今後の展開も本当に楽しみです!なつが、長渕ボイスのようにアツくたくましく成長していくのを見守りたいと思います😝
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