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子どもの校則に思うこと

校則の不思議

いつまでなんだろう?

いつまでこの意味のない校則を守り続けるんだろう。本当に不思議だ。ハラスメントどころの話じゃないのに、子どもには許されるのかな?

校則の根源は、大人における《他への信頼のなさ》から来ている。子ども達を信頼していれば、わざわざ決めておかなくてもいいルールてんこ盛りだ。

形骸化したものを、ただ「昔からそうだった」と言うだけで疑問視もできないみたいだ。

子どもも親も、大ごとになるのが面倒でなかなか言い出せないけれど、外国人留学生が素直に疑問を呈してくれると、「そうだよね」と思う。

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/日本に留学した外国人高校生が全く理解できない校則「スカートは膝がかくれる長さ」/ar-BBVnfTN?li=BBfTjut&ocid=spartanntp#page=2

大人は子どもに何をさせたいのか

うちの子どもの学校では、給食の時間、全員前を向いて食べ、話をしてはいけないらしい。単純に、ただ不思議だ。そんなオンオフの切り替えのない学校生活で、子どもの意欲が向上すると本気で思っているのかな? だとしたら、ちょっと科学的な教育環境について、認識を更新できるような仕組みが必要かもしれない。大人は息抜きのランチに、昼寝まで容認する会社もあるのに、なんか矛盾している。

ツーブロックにしたから不良だと思うなら、大人は脳みそが化石になりつつあるサインかもしれない。それから、正式な場じゃないときは、下着や靴下や靴が派手な色じゃなければ、普段は黒でも紺でも白でもいいんじゃないだろうか。地毛が茶色の子どもを黒に染めさせるとか、そもそも「この校則の意味はなんで?」が思考から抜け落ちていないだろうか。

些細なルールを守ることが「青少年の本当の育成に必要だ」と本気で思うなら、部活動の大幅な時間短縮で、子ども達をブラブラさせたり、たむろさせてしまうことについて、取り組んだ方が近道じゃないかな。学校の先生達のオーバーワークは確かに問題だけれど、これとそれとは、まったくレベルの違う問題だと思う。どちらも取り組むべきだし、どちらかを選ぶ必要は無い。まだ目や手を離してはいけない時期に、校則やルールで縛るだけで子ども達が育つと思っているなら、それは絶対に違う。

無気力になっていく子ども達

子ども達は「あっそう、ハイハイ」と、いろいろ諦めて従いながら、「大人って」と内心思い、柔らかだった心を段階的に固くしていっている。だって、話が通じる人がいないのだ。自分たちの無力さも知っているし、逆らっても力で反撃されることを察知している。図星であればあるほど、強く反撃されて痛い目に遭う。だから、ただ自分の意見を無視して、感じる力をボリュームゼロにして従っている。そうして、《慣例にさえ従えばいい大人》へのコマをまた進める。「意見を言える人間を育てる?」 トンデモナイ。指示待ち人間を責める権利は私たちにはない。無気力な若者を非難する資格もない。私たちを含める背景が、彼らにはあるのだ。

形にこだわる大人達

時代は変わってきていて、大人だけが固い頭のまま、形にこだわっている。

いや、もちろん、《形(かた)》は大事だ。真髄を得るために形から入るのは基本だ。けれど、武道でも芸事でも、形を教える人は、その真髄を理解している人が教えている。一方、校則という《形》はどうだろう。

校則の《形》にだって、昔、きっと何かの意味があったはずなのに、誰もその本当の意味を理解しないでいる。その意図がちゃんと理解できたら、時代に合わせて整理し、断捨離だってできるはずだ。

自分への信頼・他者への信頼

その時には、きっと大人自身の《信頼》を試される。「自分を信じられるか」「他人を信じられるか」ということだ。固い心で、柔らかな心を支援するのは難しいけれど、実は、大人が心を柔らかくするチャンスになっている。

以前、尾木ママが「ルールはない方がいい」と言っていたのを聞いた。極力ない方がいい。ルールがなくても自分で考えられるように、一緒に寄り添うのが本当はいい。できること、できないこと、疑問に思うことを、ちゃんと意見交換できる場があると子どもが大人を見る目は変わってくる。道徳をせっかくやるなら、綺麗事のお話なんかより、こうしたことをじっくり意見交換できる時間を作ったら、一生身につく学びになるような気がする。

子どもを過大評価して讃えあげる必要も無いし、自分たちより下に見て、過小評価する必要だって無い。フラットな話し合いができたら、彼らは失敗しながら、折り合いのつくところをちゃんと見つけられる。確かに面倒だし、時間がかかるけれど、そんなことを学校で考えさせてもらえたら、日本もまだまだ捨てたものではないなと思う。




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HERP

自称真理探究家。心理・人間形成・子育てが専門だったが、もっと根本的な学びを得て、これまでの概念を手放し、再構築中。真実にフォーカスし、前提が書き替わることで、完全な自由、完全な一つを味わいたいと願う。光の選択で、人生がどんな風に展開するのかをワクワクしながら実験している。
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