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【特別対談:付録】米国のEMS(emergency management services)とは

成川憲司(株式会社フィリップス・ジャパン CC TC クリニカル マーケティングスペシャリスト、元米国paramedic)――――――――――――――――――――――――

病院前救急(プレホスピタル)の担い手

 けがや病気など急を要する事案が発生した場合、日本では自治体に属する消防組織が大きく活躍しており、一般的に救急隊が救急車で駆けつけてくれます。その中に医療従事者である救急救命士も含まれています。地域によって異なりますが、時折ドクターカーを運用しているドクターが、状況によっては一緒に駆けつけてくれるときもあります。
 一方、米国では病院前救急(プレホスピタル)において活躍しているのは、現在EMT(Emergency Medical Technician、旧称EMT-B)、Advanced EMT(A-EMT、旧称EMT-Intermediate)、Paramedic(旧称EMT-Paramedic)と呼ばれる医療従事者です。病院前救急において、災害などの特別な事情がない限りドクターやナースが関与することはほぼありません。ただし、重篤な患者においては、医療機器の監視下で病院間搬送をする場合、ナースが救急車に同乗して対応するサービスも存在します。言い方を変えれば、ドクターやナースは病院で対応する医療の最後の砦であり、傷病者が発生してから病院までは、前述の医療従事者の責務となります。

 病院前救急を担う医療従事者のEMT、A-EMT、Paramedicのレベルは、簡単にいえば処置範囲が異なっていて、もちろんその処置に応じた講習時間・内容を勉強して資格取得に必要な各種試験に合格しなければ働くことはできません。病院前救急において最高位であるParamedicは、医療的な判断を迅速かつ適切に実施し、傷病者の状態を維持、または改善しながら病院まで搬送しなければなりません。その処置に関しては、地域のメディカルコントロールによってあらかじめ“プロトコル”として決められています。そのプロトコル以外のことを行うと処罰の対象となります。

 これら救急車で働く人たちの資格管理をしているのは、日本の場合、厚生労働省ですが、米国の場合、U.S. department of transportation(米国運輸省)、 National Highway Traffic safety administration(米国運輸省道路交通安全局)が管理しています。ちょっと意外かもしれません。

 州や地域によってそれぞれの地域に合わせたプロトコルが定められていますが、筆者がParamedicとして勤務していたカリフォルニア州では基本的にEMTとParamedicの2種類のレベルの有資格者が病院前医療で活躍しています。そのEMTやParamedicになるために必要な授業時間は以下のとおりです。厳密にいうと、Paramedicの資格は、ライセンスになります。

カリフォルニア州のUCLA Center for Prehospital Careを例に挙げると、

① EMT:(日本でいえば)標準課程以上救急救命士未満
最低170時間のコースを修了しなければなりません。もちろん講義と実技を含んでいます。

②AEMT:日本の救急救命士+特定講習修了者(薬剤投与)
カリフォルニア州には存在しないため他の地域での話になりますが、基本的にEMT資格を持ち、一定の講習時間を修了して資格を得られます。

③ Paramedic:
1,200~1,800時間のプログラムを修了しなければなりません。
 地域によって、処置範囲が異なりますが、サンディエゴ郡では基本的に病院の初療で使用される20種の薬剤を扱っていました。基本的な考えとして、薬剤は、地域のメディカルコントロールの費用対効果で選定されます。つまり良い薬剤だけど、使用せず破棄のほうが多いとなると処置範囲から外されることもあります。医療には費用がかかる現実があります。また、外科的処置も本来Paramedicができるはずですが、これもプレホスピタルの“医療の質の担保”という観点からあまり許されておりません。例えば、気管切開という喉に空気を通る道を作る外科的処置があります。これは、命を左右するスキルですが、滅多に使用されることがないことや、学校では習ったけれど久しぶりに実施するParamedicが全員適切にできるかを天秤にかけると“処置から外れる”という安全面を考慮した選択が取られます。あくまでもParamedicの全行為は、メディカルドクターの責任の下で動いているからです。

 カリフォルニア州でParamedicになる場合、3つの資格(国家資格、州立資格、地域資格)が必要となります。簡単にいうと、地域資格を修得するには、州立資格を修得しなければなりません。その州立資格を修得するには、国家資格を修得しなければなりません。この国家資格は、あらかじめ認定を受けたParamedic Schoolを無事に卒業することによって受験資格を獲得できます。これは、知識はもちろん実技も含まれます。つまり、Paramedicとして働き始めるにはまず国家資格を修得。国家資格を取得することで州立資格の申請ができ修得し、次に地域資格となります。Paramedicは、医療資材をたくさん扱うことや地域のプロトコルによって救急活動も異なってきます。よって、Paramedic学校で学んだ地域で働くほうが、より地域のプロトコルを熟知し、自分や傷病者にとっても安心して仕事が遂行できると考えられています。このことから、ワシントン州シアトルのような地域ではParamedicの育成を限定的にしている地域もあります。

 これらの資格は、期限があり、基本的に2年ごとの更新が必要です。これは医療を扱う医療従事者の日々更新される医療の質を担保するためです。これがよく言われる「継続教育」にあたります。日本の場合、一度資格を修得するとその効力がなくなることは基本的にはありません。米国の場合、この更新がされない場合、それらの資格がnon-activeな状態となり働くことができなくなります。この更新には、さまざまなやり方がありますが、基本的には国家資格、州立資格、地域資格のおのおのに応じた講習時間・内容が決められています。一番大変なのは国家資格の更新です。一方、州内で働くことを目的としている場合、一度州立資格を修得していれば、あとは継続教育で更新が可能となります。もちろん州外で働くには、再度国家資格の再修得が必要となります。

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現役のParamedicが語る米国のEMSの現状については、「【特別対談】米国ペンシルベニア州在住の現役paramedicに聞く病院前の救急活動―COVID-19の対応を含めて―」をご覧ください。
著者プロフィール:日本の大学卒業と同時に単身渡米。目的は、救急医療最前線で働くParamedicになり、病院前救急医療の技術を日本に還元すること。アメリカ本土にが初めての経験で右も左もわからないまま、すべてが手探りで難関であるParamedic資格を取得し、カリフォルニア州で他で得られない救急現場を経験する。

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現場で使える プレホスピタル実践英会話ポケットブック』の音声データの録音の一部を担当

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#EMT #paramedic #救急救命士 #救急隊員

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