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独裁者 小学校編 8話

これまでの独裁者

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 ふふ~ん♪ふふ~♪

正義は上機嫌で廊下を歩いていた。柄にもなく鼻歌なんかも歌ったりしながら。理由は単純で放送委員を始めてから制覇と話す時間が増えたからだった。増えたと言っても水曜日と金曜日の昼食時間(30分)の間だけなのだが正義はその短い時間でも大いに満足していた。

 話す内容は変わることなく「人を操る」「場を支配する」ことなどについて話していたが、このころになると正義も自分の意見をはっきり持って対等な立場で意見が交わせるほどに成長していた。そのことが正義をより一層上機嫌にしていた。

 また、制覇が相変わらずいじめを受けていることについては全くのノータッチ。制覇が「必ずやり返す!」と言ったその言葉を完璧に信じ切って正義はあえてそれについては触れようとしなかった。

しかし、触れないだけで気にならないわけではなかった。

むしろ今の正義が抱える唯一の悩みの種はそのいじめだった。

 制覇はいじめに対して完璧な無視を決め込んでいた。いじめられているのが自分だということがわかっていないのかと周りが疑問に思ってしまうほどの完璧なまでの無関心だった。その態度に鬼頭達(鬼頭、池田、陣内)の方が先に我慢の限界に達してしまった。そして鬼頭達はいじめに対してのリアクションを他に求める様に変化していった。

 つまり、ターゲットは制覇のままで反応は周り(クラス全体)に求めだした。こうなるとクラスの空気が一気に重く、どんどん悪くなっていった。制覇に対するいじめがクラスのみんなが否応なく目撃してしまうものに変わっていったのだ。そしてその規模のいじめが生徒たちの間だけで治まるわけがなく……。

 と色々なことを考えながらも機嫌がいい正義の前に女性の後ろ姿が目に入った。背中からも感じ取れるほどに暗い雰囲気を漂わせている。そう、正義たちのクラスの担任・内田京子こと京子ちゃんだ。

すでに彼女は自分のクラスの状況を把握していた。そしてそのことについて悩んでいることが簡単に見て取れた。日に日に顔色や雰囲気が暗くなっていたのだ。

 「京子ちゃんだいぶきてるな~!」

正義は担任の京子の背中から色々な情報を読み取ろうとしていた。

正義の簡単た調べによると現在クラス事態で話し合いは行われたりしていないが、先生たちだけで行われる職員会議ではすでにいじめのことが何度か話し合われているということがわかっていた。それもあって京子ちゃんが最近家に帰宅する時間がどんどん遅くなっていることも把握していた。

 「大丈夫かな京子ちゃん?少しカバー入れておくかな」

そんなことを簡単に鼻歌交じりで考えている正義もやはり異質な存在なのだろう。

 「京子ちゃん!どうしたの?体調でも悪いの?」

反応が遅い。一つテンポが遅れて返事が返ってきた。

 「ん?あ、日向君か!え、大丈夫だよ、体はどこも悪くないよ!ありがとう」

いつもの「先生って呼びなさい」のくだりがない、目の下に軽くクマが……、化粧もいつもより少し濃い、髪の毛のいつもより少しだけ乱れ気味か?やっぱり、だいぶ疲れてきてるな。一つの会話から十以上のことを読み取る正義。

 「やっぱり元気ないよ先生!オレで良かったら相談に乗るよ?」

何の相談とは言わない。

 「先生は大事な担任だし、オレは先生の味方だからね‼」

ハッキリと味方であると宣言する。

 「……ありがとう……日向君。……日向君が自分の生徒で本当に良かったは‼……ありがとう‼」

顔色が少し良くなった。少しだけど効果があったかな?先生の顔色から自分の行動の効果を読み取る正義。しかし、あることに気が付く。先生の顔色がまた悪くなっていることに‼何故?疑問に思う正義。どんどんどんどん先生の顔色が悪くなっていく。何で?そして重要なことに気が付いた!先生の目が自分ではない何かを見ていることに……。先生の目線は正義の後ろの方向に注がれていた。

そして正義はその目線の方向へ振り向くのだった。

終わりが始まった……。

そこには制覇が立っていた。

何も言わずに立っていた。

びしょぬれの体と頭から流れる血を無視するようにただただ立っていた。

クスクスといつものように笑いながら。

 「は?」

正義の口から自然に漏れた言葉だった。

そしてそれと同時に京子先生の声が廊下に響き渡った‼

 「国本君‼どうしたの‼」

慌てて駆け寄る京子先生。しかし、制覇は何も言わず笑ったいた。廊下にいた生徒や近くの教室にいた生徒は皆固まっていた。

 「とにかく保健室へ‼」

そして正義の横を通り保健室へ急ぐ京子先生と制覇。

京子先生の目にはもう正義の姿が映ってはいなかった。

正義の横を制覇が横切る瞬間、誰にも聞こえない小さな声で制覇は正義に一言だけ言葉を送った。

 「明日で終わりだ」

正義はその言葉を確かに聞き取った。

頭の中で何度も何度もその言葉が繰り返された。

その場から正義は動くことが出来なかった。

遅すぎる恐怖が正義の体を支配した……。


とある公園のある時間帯、その場に少年たちの姿はなかった。

誰もいない公園で約束の時間が過ぎることを時計が静かに告げていた。

読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。