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#モデル契約書の沼 損害賠償条項(免責条項)の検討2(重過失の意味について)

約4700文字 読了12分程度

■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討1(請求原因文言について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討3(請求期限について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討4(損害の範囲について)
■関連:損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察(番外編)

1 はじめに(契約書で最も重要な条項とは?)

契約書中で最も重要な条文を1つだけあげるとすると、私は「損害賠償条項(免責条項)」であると考えています。

たとえば、「コンビニ向けQRコード決済サービスシステム」の開発を受託したベンダが、もっぱらベンダの過失のためサービス停止となり、その結果、ユーザ(=コンビニ)に多額の損害を与えてしまったとします。この場合、ベンダが負う賠償額は青天井になりかねません。このベンダからみた「受注するリスク(頓挫させてしまった場合のリスク)」を予見(操作)できる条項が損害賠償条項であり、ベンダ・ユーザともに極めて重要な条文なのは明らかでしょう。

そこで、システム開発契約において参照されることが多いと思われる、経産省の定めた「モデル契約書」の条項例をもとに、数回にわけて、この条項の意味を分解して、検討していきます。
ちなみに「契約書の沼」というのは、各種契約書本に書いていない、マニアックな、でも役立つかもしれない内容を記載したい!という趣旨です。

今回は、第3項の「重大な過失」の意味を検討したいと思います。一見すると、
「故意>重過失(重大な過失)>(軽)過失」
と分かりやすいのですが、それでも「重過失」って何?となりますよね。

結論としては、平たくいうと「重大な過失とは、業界人基準で『その行動していなかったの?それはかなりマズイでしょ』と思うレベルのミスかどうか」です。
当たり前のように読めますが、実はなかなか難しい議論があります。

【契約書】経済産業省「モデル契約書」・第53条(損害賠償)
1 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、(●●●の損害に限り)損害賠償を請求することができる。但し、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から●ヶ月間が経過した後は行うことができない。
2 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める●●●の金額を限度とする。
3 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。

2 問題意識は?

例えば、人が死亡したとき。
刑事事件(ニュースで見るような「懲役●●年」等と言い渡される裁判)の場合には、「故意」か「過失」かの区別は非常に重要です。
人を死なせてしまった理由が、①故意であれば殺人罪、②過失であれば過失致死傷罪であり、その法定刑には雲泥の差があるのです。

【条文】刑法
第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
第210条 過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。

ところが、民事事件ではどうでしょうか。不法行為の条文をみると「故意または過失」との記載があります。そうです。故意または過失どちらでも不法行為責任は成立するのです。
つまり、不法行為が成立するかどうかのレベルでは、「故意」か「過失」かは重要ではなく(文末*1)、さらに「過失」の中での「(軽)過失」か「重過失」かの区別も、通常、あまり問題となりません(後述の失火責任法等の場合を除く)。

【条文】民法
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

上記は、不法行為責任の話でした。
そして、債務不履行責任(契約違反)を追及する場合も、故意・重過失・過失の区別はあまり重視されていないという点は、おおむね同様に考えていいでしょう。

しかし、契約書における損害賠償条項(免責条項)で「重過失」条項が定められたとき、状況が一変します。契約書にある「重過失」に該当するかどうかで、損害賠償額が極めて大きく変わってしまうからです。これが問題意識です(なお、改正民法415条1項ただし書が、帰責事由=故意・過失とはせず、契約上の損害賠償責任からの免責の可否は契約の趣旨等に照らして判断すべきと明記したことへ繋がります。文末*2)。

【条文】改正民法
第415条1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない

3 そもそも「過失」とは?

▼ 予見義務違反説(主観説。旧通説)
かつては、過失とは予見義務違反(予見しなければならないのにしなかった、緊張の欠如)を指すとされてきました。
平たく言いますと、「気持ち」の問題です。その人が十分緊張して注意したかどうかの問題だと考えられてきました。

しかし、人の気持ち、その人が注意したかどうかは第三者には分かりません。
また、注意深いかどうかは人それぞれ違うと思うのですが、判断基準がバラバラではよくありません(たとえば、私が信号機のない横断歩道を歩行中、減速しない自動車に轢かれてしまった事案を考えてみます。ある運転手が「避けられるだろう」と十分注意した上で減速しなかったのであれば、かつての通説によると、過失がないことになりかねません)。

▼ 行為義務違反説(客観説 。通説)
そこで、現在、過失とは、「結果発生の予見可能性がありながら、結果の発生を回避するために必要とされる措置を講じなかったこと」を指すとされています。
平たくいいますと、「一般の運転手は、横断歩道付近に人が歩いているのを見つけたら横断歩道を渡るかもしれないのだから、十分に減速して運転し、すぐに止まれるようにすべきだよね(するべき行為)。でも減速するという行動をせずに進行したのだから過失があるよね(するべき行為をしなかった)」という理屈です。
つまり、過失とは、「気持ち」の問題ではなく、当該カテゴリ(ベンダ、医師、運転手等にカテゴライズされます)に属する平均人にとって「するべき行動をしたかどうか」の問題と捉えるのです。

4 それでは「重過失(重大な過失)」とは?

■1 身近な例で
たとえば、自動車の運転において、飲酒運転や無免許運転で事故をした場合、「重過失」に該当するとされています。これは感覚的に分かりやすいです。それでは、より精緻に判例から検討してみましょう。

■2 旧説に立つ判例・新説に立つ裁判例
失火責任法というわずか1条だけの法律があり(e-Govへのリンク)、その「重大な過失」の意味が争われた判例(最判昭和32年7月9日)があります。この判例は、重過失を「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」としています。これは、▼予見義務違反説(主観説)からの説明と評価できます。

【判例】最判昭和32年7月9日
「明治三二年法律第四〇号「失火ノ責任ニ関スル法律」但書の規定する「重大ナル過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解すべき」

しかし、現在では、過失は「気持ち」という主観的な問題ではなく「するべき行動をしたかどうか」という客観的な問題として捉えます(▼行為義務違反説)。
この立場からは、重過失とは、「著しい注意義務違反」と理解できます(東京高判平成25年7月24 日「ジェイコム株式誤発注事件」。なお、事案の詳細については各種ニュース記事をご参照。文末*3)。

【裁判例】東京高判平成25年7月24日「ジェイコム株式誤発注事件」
「ところで、今日において過失は主観的要件である故意とは異なり、主観的な心理状態ではなく、客観的な注意義務違反と捉えることが裁判実務上一般的になっている。そして、注意義務違反は、結果の予見可能性及び回避可能性が前提になるところ、著しい注意義務違反(重過失)というためには、結果の予見が可能であり、かつ、容易であること、結果の回避が可能であり、かつ、容易であることが要件となるものと解される。このように重過失を著しい注意義務違反と解する立場は、結果の予見が可能であり、かつ、容易であることを要件とする限りにおいて、判例における重過失の理解とも整合するものと考えられる。そうすると、重過失については、以上のような要件を前提にした著しい注意義務違反と解するのが相当である。」

5 まとめ

重過失とは、十二分に注意したかどうかという気持ちの問題ではありません。
重過失とは、客観的にみて、「当該業界人からして、当然●●な行動をすべきであったのにそれをしなかったところ(過失あり)、その義務違反の程度が著しい(重過失あり)」場合であるといえます。

たとえば、「コンビニ向けQRコード決済サービスシステム」の開発を受託したベンダが、いわゆる二段階認証を実装しなかったとします。
この場合において、
・べンダが主導してシステムを提案や構築することができ、かつ基礎認証の方法についてユーザから特別な指示がなかった等の事情があることを前提に、
・業界団体が「コード決済事業者は〜略〜不正利用を防止するために、利用者のモバイルデバイスとコード決済アプリを紐づけ管理しなければならない」等の基準を定めており、ベンダとしては、当然容易に、それに気がつくことができ、かつその仕組みを実装できたにもかかわらず、それをしなかった
とまで評価できる場合には、重過失が認められる可能性があるのではないでしょうか。

振り返ると、最後の具体例は、なかなか保守的な記載ですね。
コード決済もnoteの記載も、実装は慎重に。

執筆者:
STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
https://storialaw.jp/lawyer/3738
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。

6 補遺・脚注・参考文献

■脚注
*1 ただし、債権侵害のうち一定の場合(給付侵害等)には、故意でなければ不法行為は成立しないとする見解が伝統的通説です。また、慰謝料についても、故意不法行為のほうが高くなる傾向があります。さらに、過失相殺についても、故意不法行為である点は考慮されうります。加えて、故意不法行為は過失不法行為より賠償範囲が広いという見解(平井宜雄博士等)にまで立つと、当然ながら故意と過失には重大な差異が生じます。

*2 筒井健夫ほか「一問一答・民法(債権関係)改正」(商事法務・2018年)・75頁には、改正民法415条1項について「この改正の趣旨は、従来の実務運用を踏まえ、帰責事由についての判断枠組みを明確化したにとどまるものであり、実務の在り方が変わることは想定されていない」との重要な記載があります。

*3 特に、潮見佳男「新債権総論Ⅰ」(信山社・2017年)・528頁の「こうして、重過失を『注意義務違反の程度が著しい場合』と定義したときでも、そこには、①一般的な注意義務に対する重大な違反の場合と、②高められた注意義務ないし本質的・基本的義務に対する初歩的違反の場合とがある」との記載が参考になります。

■参考文献
本文と脚注で言及したもののほか、
・不法行為法(過失論)について、拙稿「略説不法行為法」2頁以下(リンク
・経済産業省のニュースリリース(リンク
・(一社)キャッシュレス推進協議会「コード決済に関する統一技術仕様ガイドライン【利用者提示型】CPM(Consumer-Presented Mode)」

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