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#モデル契約書の沼 損害賠償条項(免責条項)の検討1(請求原因文言について)

約4500文字 読了10分程度

■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討2(重過失文言の意味について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討3(請求期限について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討4(損害の範囲について)
■関連:(番外編)損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察

1 はじめに(契約書で最も重要な条項とは?)

契約書中で最も重要な条文を1つだけあげるとすると、私は「損害賠償条項(免責条項)」であると考えています。

たとえば、「コンビニ向けQRコード決済サービスシステム」の開発を受託したベンダが、もっぱらベンダの過失のためサービス停止となり、その結果、ユーザ(=コンビニ)に多額の損害を与えてしまったとします。この場合、ベンダが負う賠償額は青天井になりかねません。このベンダからみた「受注するリスク(頓挫させてしまった場合のリスク)」を予見(操作)できる条項が損害賠償条項であり、ベンダ・ユーザともに極めて重要な条文なのは明らかでしょう。

そこで、システム開発契約において参照されることが多いと思われる、経産省の定めた「モデル契約書」の条項例をもとに、数回にわけて、この条項の意味を分解して、検討していきます。

今回は、第2項の「債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず」の部分の要否です。契約書によっては「請求原因のいかんを問わず」と、より簡潔に記載しているパターンもあります。

結論としては、「不要である。ただし、有害な記載ではなく、あえてリスクをとる必要はないので記載しておくべき」です(現時点の私見)。

【契約書】経済産業省「モデル契約書」・第53条(損害賠償)
1 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、(●●●の損害に限り)損害賠償を請求することができる。但し、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から●ヶ月間が経過した後は行うことができない。
2 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める●●●の金額を限度とする。
3 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。

2 問題意識は?

たとえば、医師が、手術中、医療過誤で患者を傷つけてしまったとします。
これを法律で考えてみます。すると、患者は、医師との間で、お金を払って手術をしてもらう契約(準委任契約)を締結しており、その契約中で、医師は最善の努力をする注意義務を負っています。この契約上の義務に違反したから、損害賠償請求をするという構成がありえます。これが、①診療契約(準委任契約)違反に基づく損害賠償請求です(債務不履行構成)。

また、契約とは無関係に、医師は患者を不注意で傷つけてはいけません。そこで、「故意または過失」によって生命身体を侵害したと構成して、不法行為に基づく損害賠償請求するという構成もありえます。これが、②不法行為に基づく損害賠償請求です(不法行為構成)。なお、詳細な、請求原因論は割愛します。国公立病院か私立病院かなどは、このnote内では考えてはいけません(文末*1)。

システム開発の場合でも同様です。
ベンダは、(契約内容によりますが)約束したシステムを開発する義務を負っており、実現できなければ債務不履行責任を負います。また、契約とは無関係に、ベンダは、ユーザの財産(既存システム、データ等も含みます)に被害を与えてはならず、不注意で損害を与えたときには、不法行為責任を負います。

このように、契約関係に立つ当事者間においては、①契約に違反したとして損害賠償請求をするパターン(債務不履行構成)と、②契約とは無関係に不法行為だと構成して損害賠償請求をするパターン(不法行為構成)のどちらも可能な場合がありえます。
冒頭の損害賠償条項は、「契約書」に規定されたものです。そのため、上記①(契約違反構成)の場合には適用はあるが、上記②(不法行為構成)の場合には適用がないのではないのかが問題(=それぞれ制度が別であり契約で合意したからといって、不法行為責任には影響しないのではないかが問題)となるのです

3 最高裁の立場は?

【判例】最判平成10年4月30日・集民第188号385頁(読み飛ばし可)
■事案:顧客Xが、宅配便業者Yを利用する際に、高級なダイヤモンドの宅配を依頼しました。ところが、その後、原因不明であるが所在が分からなくなりました(なお、厳密には賠償者代位(民法422 条)がなされた事案であり、重要な論点が増えますが、簡略化しています。)。
 契約(厳密には「約款」)ないし「送り状用紙」には「お荷物の価格を必ずご記入ください。ペリカン便では30万円を超える高価な品物はお引受けいたしません。万一ご出荷されましても損害賠償の責を負いかねます」との記載、「運送人の故意又は重大な過失によって荷物が滅失又は毀損した場合には運送人はそれによって生じた一切の損害を賠償しなければならない(本件約款25条6項)」等の記載がありました。
■判旨:「よって検討するに、本件の事実関係の下においては、上告人(※顧客)が被上告人(※運送業者)に対し本件運送契約上の責任限度額である30万円を超えて損害賠償を請求することは、信義則に反し、許されないものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
1 宅配便は、低額な運賃によって大量の小口の荷物を迅速に配送することを目的とした貨物運送であって、その利用者に対し多くの利便をもたらしているものである。宅配便を取り扱う貨物運送業者に対し、安全、確実かつ迅速に荷物を運送することが要請されることはいうまでもないが、宅配便が有する右の特質からすると、利用者がその利用について一定の制約を受けることもやむを得ないところであって、貨物運送業者が一定額以上の高価な荷物を引き受けないこととし、仮に引き受けた荷物が運送途上において滅失又は毀損したとしても、故意又は重過失がない限り、その賠償額をあらかじめ定めた責任限度額に限定することは、運賃を可能な限り低い額にとどめて宅配便を運営していく上で合理的なものであると解される。
2 右の趣旨からすれば、責任限度額の定めは、運送人の荷送人に対する債務不履行に基づく責任についてだけでなく、荷送人に対する不法行為に基づく責任についても適用されるものと解するのが当事者の合理的な意思に合致するというべきである。けだし,そのように解さないと、損害賠償の額を責任限度額の範囲内に限った趣旨が没却されることになるからであり、また、そのように解しても、運送人の故意又は重大な過失によって荷物が滅失又は毀損した場合には運送人はそれによって生じた一切の損害を賠償しなければならないのであって(本件約款25条6項)、荷送人に不当な不利益をもたらすことにはならないからである。そして、右の宅配便が有する特質及び責任限度額を定めた趣旨並びに本件約款25条3項において、荷物の滅失又は毀損があったときの運送人の損害賠償の額につき荷受人に生じた事情をも考慮していることに照らせば、荷受人も、少なくとも宅配便によって荷物が運送されることを容認していたなどの事情が存するときは、信義則上、責任限度額を超えて運送人に対して損害の賠償を求めることは許されないと解するのが相当である。」

このように、判例は、BtoBの事案(上告人である荷送人は株式会社)、かつ、荷送人は年間80回以上利用していた事案、かつ、賠償者代位(民法422条)がなされた事案ではありますが、契約での責任限度額の規定は、不法行為構成にも適用されるとしています。
このことからすると、損害賠償条項(免責条項)に「請求原因のいかんを問わず」との文言がなくとも、不法行為構成にも適用があると理解できます。
この見解は、判例のみならず、学説上も支持されています(たとえば、潮見佳男「新債権総論Ⅰ」(信山社・2017年)・530頁参照)。
なお、消費者契約法の第8条1項4号も、この判例の立場を前提にしているとされています。

【条文】消費者契約法・第8条1項4号
次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項

4 まとめ

以上のように、損害賠償条項(免責条項)に、「債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず」や「請求原因のいかんを問わず」との文言は、無くても、不法行為による損害賠償請求が制限されると考えてよいでしょう(文末*2)。

それでは、逆に、明示的に「債務不履行に限り」との文言を使用した場合はどうでしょうか。裁判例は、私の知る限りありませんが、この分野の権威である山本豊教授による「本判決(最判平成10年4月30日)は、〜(略)〜限度額条項の解釈としてそれが不法行為責任をも制限すると述べた(なお、限度額条項が債務不履行責任という文言を用いていたとすれば、このような解釈は困難だったであろう)」との指摘が注目されます(山本豊「本件判批」(民法判例百選II・債権第8版・224頁))。上記判決も「当事者の合理的意思」を考慮している以上、この山本豊教授の指摘は十分理由があると考えます。

【まとめ】
①「請求原因のいかんを問わず」との文言がなくても、契約上の免責条項により、不法行為責任は制限されうる。
②しかし、契約で明示的に「債務不履行責任に限り免責する」とした場合には、不法行為責任は制限されない可能性がある。
③そのため、あえて契約書を不明確にしてリスク化させる理由はないので、「請求原因のいかんを問わず」等の文言は記載しておくべき。
というのが私見でして、契約書ライフハックの1つではないでしょうか?

執筆者:
STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
https://storialaw.jp/lawyer/3738
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。

5 補遺・脚注・参考文献

※1 診療契約を例に出しましたが、これは、債務不履行構成と不法行為構成が分かりやすいからです。(保険診療・自由診療を問わず)診療契約において、責任限定条項を設けることは、そもそも診療契約が「消費者契約」といえるかは別論として、信義則ないし公序良俗違反で無効になる可能性が相当高いと考えます。

※2 弁護士費用を損害と計上することは、従来、不法行為構成の場合にのみ認められてきました。しかし、債務不履行構成と不法行為構成の両請求ができ、その主張立証すべき事実がほとんど変わらない場合においては、債務不履行構成を選択したときにも弁護士費用を請求できることを認めた判例があります(最判平成24年2月24日。 労働契約上の安全配慮義務違反による損害と弁護士費用を請求した事案)。このように、両請求ができる場合、判例は、請求権競合説に立つつも、効果を近づける立場にあるといえます。なお、中田裕康「契約法」(有斐閣・2017)115頁も参照。

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