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#コラム 偉大な成功は失敗する自由から生まれる。〜ベンチャー企業の始め方・終わり方(破産)〜

本記事は、2020年3月27日(金)実施の一般社団法人新潟県起業支援センター主催「起業前に知っておきたい 会社の初め方・終わり方」セミナー(コロナ禍のためオンラインセミナーに変更)の一部を記事にしたものです。

20200327 会社の始め方終わり方

(約7500文字・読了20分程度)

1 偉大な成功は失敗する自由から生まれる。

ハーバード大学2017年クラスの始業式。
Facebookのファウンダー兼CEOであるマーク・ザッカーバーグは、小雨降る中でスピーチを始めました。
そして、約30分という長時間にわたるスピーチの中で、彼は、
「偉大な成功は失敗する自由から生まれる」
そう述べました。わずか数秒たらずですが、たしかに彼はそう言いました。

僕は、英語が苦手ですし、ましてやハーバード大学とは何の関係もありません。それでも、Withコロナ、Afterコロナの時世における「起業」については、あらためて彼のこの言葉から得られるものが多いと思うのです。

"The greatest successes come from having the freedom to fail."
「偉大な成功は失敗する自由から生まれる」

なお、このときの、マーク・ザッカーバーグのスピーチは、下記の公式サイトにテキスト全文が、公式YouTubeに動画全部がそれぞれ挙がっています。

<ハーバード大学・公式サイト>

<ハーバード大学・公式YouTube> 15:11秒〜

この部分を引用しておきます。
英文はハーバード大学のサイトからの引用、日文は私の意訳です。

【英文】
FROM : Mark Zuckerberg's Commencement address at Harvard
"Now, an entrepreneurial culture thrives when it’s easy to try lots of new ideas. Facebook wasn’t the first thing I built. I also built games, chat systems, study tools and music players. I’m not alone. JK Rowling got rejected 12 times before publishing Harry Potter. Even Beyonce had to make hundreds of songs to get Halo. The greatest successes come from having the freedom to fail."
【和訳】
「今や、起業家文化は、多くの新しいアイデアを簡単に試せるようになっている時にこそ繁栄します。私が最初に作ったのはフェイスブックではありません。ゲームも作ったし、チャットシステムも、学習ツールも、そして音楽プレイヤーも作りました。(こういう経験をしたのは)私だけではありません。J・K・ローリングは、ハリーポッターの出版にたどり着くまでに12回も断られました。ビヨンセですら”Halo”という作品を創るまでに何百曲と創ったのです。偉大な成功は失敗する自由から生まれるのです。」

"The greatest successes come from having the freedom to fail."
「偉大な成功は失敗する自由から生まれる」

偉大な成功」は、表現として、幾分かわかり易いです。たとえば、中学生のころ、どこの学校にも居たであろう「将来は社長になる」という夢をもった少年あるいは少女の発言を、より詳しく、より現実的に、より社会に役立つものにしたものだと思います。

それでは、次の「失敗する自由」はどういうことなのでしょう。
そのことを知るためには、起業が失敗すればどのような結果が待っているのかを適切に知るところから始めなければなりません。
失敗すれば、もはや、メインストリートを闊歩できない。
まずは、その誤解を解きほぐすことから始めなければならないでしょう。

このようにして、僕は、
「(起業前に知っておきたい)会社の始め方・終わり方」
というセミナーを開催することしました。

もちろん、これは非才な僕の発案ではありません。
多くのアントレプレナーを育成してきた「ラーニング・アントレプレナーズ・ラボ株式会社」の堤孝志先生(セミナー当日のコーディネーター)や、多くのベンチャー企業を誘致してきた「一般社団法人新潟県起業支援センター」の高橋秀明理事長のご発案がなければ実現することはなかったことです。

謝辞が長くなりすぎるのは日本人の傾向かもしれません。
皆様が、手元にあるコーヒーを飲み終える前に、本題の「会社の終わり方」について、簡単にみていくことしたいと思います。

多くのセミナーでは「成功」の話しかしません。すべてが上手くいく前提での、資金調達スキームの比較、イグジット(MAやIPO)、知的財産権の守り方などです。しかし、現実的な話として、成功するベンチャー企業がある一方で、残念ながら上手くいかなかった企業があることは事実です。ベンチャーの起業前から、この上手くいかなかった起業がある事実、「来し方と行く末」を知ること、「終わり方」あるいは「リスク」を知ることができれば、必然と「起業の希望」も知ることができるはずです。たとえ、それがコロナ禍の時代であっても。

■ 「アントレプレナーの教科書<新装版>」
スティーブン・G・ブランク (著)、堤孝志ほか(訳)

■ 一般社団法人新潟県起業支援センター


2 会社の始め方

起業については、あらゆる方が、いくつもの観点から、非常に多くの本を出版しています。僕がここで語るよりも、より適切にかつ精緻に記述した文献も多いと思います。
実際のセミナーでは「始め方:終わり方」を「7:3」くらいの比率でお話しましたが、「始め方」については、省略します。なお、コンテンツは、下記のとおりです。

【コンテンツ】
1 会社の始め方 〜そもそも株式会社とは〜
 ・法人と個人
 ・株式会社と合同会社とその他法人
 ・会社設立に向けて(目的、本店所在、資本金、決算期など)
2 資金調達・株主間契約
 ・株式/新株予約権による資金調達
 ・金融機関からの借り入れ
 ・創業者融資制度を用いた借入れ
 ・クラウドファウンディングを用いた調達
3 会社の終わり方 〜破産そして再建へ〜

3 会社の終わり方

3-1 法人と個人

Facebookの話から始めたので、ここでもFacebookの話から始めることにしましょう。

2019年11月7日「フェイスブックを加州が提訴-プライバシー侵害巡る調査への協力巡り」という報道がありました(Bloomberg。リンク先

カリフォルニア州がFacebookを提訴したという記事ですが、カリフォルニア州は、誰を相手に訴えたのでしょうか。実は、マーク・ザッカーバーグ(個人)ではありません。カリフォルニア州が提訴したのは、マーク・ザッカーバーグ(個人)ではなく、Facebook,Inc (株式会社=法人) なのです。

日本を含め、多くの近代資本主義国家においては、「法人」と「個人」は区別されています。「法人」の責任は「法人」が負います。「個人」が理由なく、「法人」の責任まで負わされることはありません。

日本法において、「法人」の責任を「個人」が負う場合は限定されています。

例えば、
①経営者個人が会社の借入金を保証している場合(経営者保証)
②法令違反や通常の会社経営者がすべき注意を怠った場合(任務懈怠責任。会社法423条、429条。これは法人と役員の連帯責任ではありません)
等です。

ですから、法人が多額の借金を負ったからといって、直ちに代表者がその全責任を負ってしまうという発想は、日本法では誤りです。上記①②等のような場合に限って、個人も責任を負わされることになります。

■まとめ
・法人と個人とは違う。
・法人の責任を個人が負わされる場合は、経営者保証などに限定。

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3-2 破産の目的

たとえば、2人の人生をイメージしてみましょう。

1人は、民間企業に就職したけれど解雇になり、消費者金融でお金を借りてしのいできたものの、いよいよ苦しくなり破産する場合です。これは個人の破産です。

もう1人は、ベンチャー企業として株式会社(法人)を立ち上げたところ、残念ながら、ベンチャーが上手くいかず、ベンチャーの破産を検討するような場合です。これは法人の破産です。

それでは、①個人で破産する場合と、②法人が破産する場合とで決定的な違いがあるのでしょうか。

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「個人の破産」と「法人の破産」とでは決定的な違いがあります。
両者では目的が違うのです。

■法人の場合
法人は、文字どおり、「法による人」言い換えるならば「法が特别に人格を認めた存在」です。そのため、破産しようとするときには、残った財産を、各債権者に分配したら、それで役割を終えて存在は消えてなくなります(会社法471条1項、破産法35条)。会社債権者は、会社に貸し付けていた債権等があったとしても回収できません

■個人の場合
ところが、個人の場合はどうでしょうか。
個人(自然人)でも、破産するときに残った財産を、各債権者に分配するところまでは同じです。しかし、決定的に違うのは、個人(自然人)は、法人とは異なり、消滅などはなくて、これからも人間たる生活を再建していく必要があります(破産法1条)。この再建のための手続きを「免責」といいます。「免責」について誤解を恐れずにいいますと、「借金をチャラにする」ということです。

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ベンチャー企業における破産のパターンは、主に、経営者保証の有無等に応じて、次の3パターンに分類できます。

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3-3 免責不許可事由と非免責債権

破産には、
・法人の破産と個人の破産があること
・法人は消えてなくなるが、個人はその後の生活があるので免責という制度があること
がわかりました。

それでは、個人の債務の免責について、もう少し詳しく見ていきましょう。
他人からの債務(借金)を免責するわけですから、裁判所も無条件に認めることはありません。

裁判所によって、免責が不許可になる場合がありますし、そもそも免責の対象にならない債務(借金)もあります。

「①免責されるかどうか」→「②免責されるとしても対象外の債権がある」
(「①免責不許可事由」 → 「②非免責債権」)

■1 免責不許可事由
たとえば、
①浪費または賭博その他の射幸行為(破産法252条1項4号)、
②詐術による信用取引(同5号)、
③裁判所への説明拒絶・虚偽説明(同8号)、
④過去7年以内に破産していること等(同10号)
等があります。これらの事由が認められれば、そもそも免責が不許可になる場合があります。

■2 非免責債権
免責不許可事由のほかに、注意しておきたいものとして「非免責債権」があります。免責不許可事由に該当することは、そう多くないでしょうから、こちらの方が重要かもしれません。

非免責債権とは、裁判所から「免責許可決定」がでても、「免責」とならない債権です。
たとえば、故意で人を傷つけた場合の慰謝料などについて、破産すると免責されるというのは、公平に反しますよね。
そのため、裁判所によって「免責(≒チャラ)」と判断されても、その対象外とされる債権が存在するのです。それが「非免責債権」です。

以下では、①株式会社や合同会社など法人形態でのベンチャー企業の経営者個人又は②個人事業主としてのベンチャー企業経営者が特に注意しておくべきものをいくつか例示しておきます

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①租税等の請求権
個人が負担すべき住民税・固定資産税・都市計画税・自動車税・印紙税などは、そもそも免責の対象となりません。
たとえば、ベンチャー法人の経営者で、個人の税金を支払わず、やむなく法人の運転資金に充てている例があります。しかし、個人が破産をしたときでも、個人の負うべき租税については免責されません。そのため、資金の使途については、慎重な判断が必要です。

②破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
たとえば、詐欺的な手法で資金調達した場合の債務(借金)は、免責されない可能性が十分にあります。

③雇用関係に基づいて生じた債権
個人事業主としてベンチャーをしていた場合で、従業員を雇用しているような場合の従業員への給与については、免責されません。

④破産者が知っていながら債権者名簿に記載しなかった請求権
破産時に作成する「債権者リスト」に、わざと記載しなかった債権については、免責されません。

以上は、非免責債権の一部ですが、これらについては十分に注意する必要があります(なお、上記では、そもそも免責の対象とならない財団債権があること等について詳細は割愛の上、簡略化してご説明をしています)。


3-4 資格制限についても注意が必要

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個人が破産してしまうと、復権するまでの間、資格を失ったり、資格に制限が生じる可能性があります。

たとえば、既に有していた旅行業務取扱管理者の資格を活かして旅行関係のベンチャーを起業していたとします。

このときに、個人の破産をすると、
 ①以前から持っていた資格を活かして元の職場に戻るとき
 ②同種のベンチャー企業をもう一度起業するとき
に、復権するまでの間、それぞれ障壁になる可能性があります(旅行業法6条、26条)。資格制限がある資格は広範に及びます。詳細は、皆様のお持ちの資格について、Googleなどで検索していただければと思います。

3-5 破産を回避して清算するという「終わり方」

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* なお上記②③④のリスクは適切な行動をとれば限定的です。

事前に危険を察知して会社をきれいに畳めるとすれば、それは一つの良い選択肢です。しかし、ときとして難しい場合があると個人的には思います。

ベンチャー企業は、往々にして、新しい領域に進出していくことがあるでしょう。そのような中、社会では、サイコロの出目のように予測困難な出来事が起こります。ベンチャー企業にとっての「予期せぬ出来事」の例を少しだけ紹介しておくことにします

▼1 ドローンビジネス
2015年4月22日、首相官邸にドローン(無人航空機)が落下しました。この一件をきっかけにドローンについての法規制が強化されたと言われています。これは予測困難です。


▼2 民泊ビジネス
日本は、国を挙げてインバウンドを奨励しています。
一方、京都市では、①民泊の滞在者による騒音対策、悪質な民泊排除等と②近隣住民の生活を調整させるため、2018年6月15日、京都市独自の民泊条例を施行しました。この条例では、概略、京町家以外の簡易宿所の営業を行う際、宿泊施設の中に玄関帳場を設けることができない場合には、施設まで約800メートル以内の場所に施設外帳場を設け、担当者の常駐を求めることになりました。民泊ベンチャーにとっては、担当者を置くというのは厳しい規制です。条例制定まで一定の時間的余裕があったとはいえ、予測困難です。


▼3 遠隔医療
2015年8月の「遠隔診療に関する厚生労働事務連絡」により「遠隔診療についても、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものであれば、医師法第20条等に抵触するものではない」との判断が示されオンライン診療の本格導入は始まりました(なお、1997年「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」)。
しかし、僻地など一部の地域を除いて初診は対面が必須である等の厳格な要件が課されています(その他、2016年「遠隔診療のみで完結する場合
(医政局医事課長通知)」2018年「オンライン診療の適切な実施に関する指針」など)。
ところが、厚生労働省は、本年4月、コロナ禍の社会情勢において、時限的に初診のオンライン診療を認めました。そして、さらに、恒久化を求める動きもあります。このような変動も、やはり予測困難です。


4 noteの終わり方

以上のとおり、①個人と法人をきちんと区別し、②免責不許可事由・非免責債権などのイレギュラーな事態(あるいは、場合によっては「不誠実な行動」と言い換えることができるのかもしれません。)を生じさせなければ、破産したとしても再建への途は開かれています

たしかに、結婚式のスピーチで、離婚の話をすべきではありません。
しかし、ベンチャーをこれから起業する方対象のセミナーの場では、時として、離婚の話もしないといけない場合があるのではないでしょうか。

ベンチャーをこれから起業する方対象のセミナーにおいて、成功しなかった事例を語らない/知らせない/破産のことを話さない、それは夢に満ち溢れたセミナーになるでしょう。主催者は、あなたが持ってきた面白い試作品のジェットコースターを見て、是非、あなたに乗って見るように勧めることでしょう。

でも、このジェットコースターはいささかスリリングです。
なぜなら、あなたは、あなた自身の試作品であるはずのジェットコースターのレールのもう片方の行末を確認できていないのですから。

このジェットコースターに、不安を感じることは実に自然で、不安を感じる方がむしろ理性的な(将来の)経営者だと考えます。

「正しく恐れて、適切に行動する。」
これは、コロナ禍のいま言われていることですが、どこか起業と共通するような気がします。

以上が、先日、僕が実施した90分のオンラインセミナーのエッセンスです。このような時世ですが、「会社の初め方・終わり方を適切に説明しつつ、明るい未来の話をしたい」という思いで、セミナーを実施しました。

それでも、今の時世で「起業」という言葉を語ることには、どこかフィクションがあるようにも感じてしまいます
コロナ禍で身近なものの多くが、良くも悪くも変化しました。
当たり前が当たり前ではなくなってしまいました。
それは、家庭内での小さな変化かもしれませんし、社会全体におけるリモートワークの浸透といったような大きな変化かもしれません。

このnoteは、マーク・ザッカーバーグのハーバード大学での演説の一節「偉大な成功は失敗する自由から生まれる」から始めました。そこで、最後も、やはり、マーク・ザッカーバーグの同演説で終わりたいと思います。

"Change starts local. Even global changes start small — with people like us"
「変化とは身近な出来事から始まる。世界的な変化でさえ、私たちのような小さな出来事から始まるのだ」


5 執筆者情報

STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
個人サイト:https://www.hi-masayoshi.com/
所属事務所:https://storialaw.jp/lawyer/3738
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。

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