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#モデル契約書の沼 損害賠償条項(免責条項)の検討3(請求期限について)

約4800文字 読了15分程度

■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討1(請求原因文言について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討2(重過失文言の意味について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討4(損害の範囲について)
■関連:損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察(番外編)

1 はじめに(契約書で最も重要な条項とは?)

私は、契約書中で最も重要な条文を1つだけあげるとすると、損害賠償条項だと考えています。

たとえば、「コンビニ向けQRコード決済サービスシステム」の開発を受託したベンダが、もっぱらベンダの過失のためサービス停止となり、その結果、ユーザに多額の損害を与えてしまったとします。この場合、ベンダが負う賠償額は青天井になりかねません。このベンダからみた「受注するリスク(頓挫させてしまった場合のリスク)」を予見(操作)できる条項が損害賠償条項でして、ベンダ・ユーザともに極めて重要な条文なのは明らかでしょう。

そこで、システム開発契約において参照されることが多いと思われる、経産省の定めた「モデル契約書」の条項例をもとに、数回にわけて、この条項の意味を分解して、検討していきます。
ちなみに、記載が遅れましたが、「契約書の沼」シリーズで想定しているのは、BtoBの事案(企業間取引)です。

今回は、請求期限の問題です。
モデル契約書・第53条1項但書には、他の契約書では、あまりみかけない「この(損害賠償)請求は、~(略)~納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から●ヶ月間が経過した後は行うことができない」との文言があります(文末*1)。このような合意は、果たして有効なのでしょうか。

結論としては、「有効です。しかし、当事者間に力関係がある場合には短くしすぎないようにするべき。」です。

【契約書】経済産業省「モデル契約書」・第53条(損害賠償)
1 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、(●●●の損害に限り)損害賠償を請求することができる。但し、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から●ヶ月間が経過した後は行うことができない
2 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める●●●の金額を限度とする。
3 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。

2 もしも「損害発生を知った時から」だったら?

■1 法的性質は?
もしも、モデル契約書・第53条1項但書が「この請求は、損害発生を知った時から●ヶ月が経過した後は行うことができない」との文言だったとします。これは、発生した損害賠償請求権の請求期間を「●ヶ月」とする合意、言い換えると、「時効期間の短縮合意」と理解できます(改正民法166条1項1号「権利を行使することを知った」との文言も参照)。

【条文】改正民法
第166条(債権等の消滅時効)
1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

■2 時効期間の短縮合意は有効か?
時効期間の短縮合意については、否定する見解もありますが、契約自由の原則(改正民法521条)から、原則として有効とされています。

【条文】改正民法
第521条(契約の締結及び内容の自由)
1 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる

実際にも、会社法における配当支払請求権(会社法463条)について、「上場会社では、事務処理の便宜のため、民法よりも短い除斥期間(普通は3年)を定款で定めている場合が多い。この定めは、不当に短いものでなき限り有効と解されている(大判昭和2年8月3日・民集6巻484頁)」とされています(田中亘「会社法<第2版>」(東京大学出版会・2018年)・411頁)。

【定款例】第●条 (配当金の除斥期間)
「期末配当金および中間配当金が支払開始日から満3年を経過しても受領されないときは、当会社はその支払の義務を免れる。」

ただし、「時効期間の短縮合意」は、無限定に認められるわけではなく、信義則や公序良俗に反する合意は無効と解されています。学説では、「債務者のほうが優位にある場合に、その優越的地位を不当に行使した短期化の合意や、ある権利から権利としての実質を奪うほど短期の合意は、やはり公序に反して無効とされるはずである」との指摘があります(佐久間毅「民法の基礎1(総則)」(有斐閣・2018年)・409頁。文末*2)。

3 それではモデル契約書の文言はどうか?

損害賠償請求は、当たり前ですが、既に発生した債務不履行から生じた損害の賠償を求めるものです。すなわち、損害賠償を求める債権者(原告)は、裁判をするときに「損害の発生とその額」を主張立証しなければなりませんので、そもそも損害賠償請求は「損害が発生した後」にしか行使することができません(なお、例外として「将来給付の訴え」があります)。

そのため「検収完了日又は業務の終了確認日から●ヶ月」との文言の場合では、この期間中の全部または一部において、いまだ損害が発生していない可能性がありますので、(損害発生を知っているか否か以前に)そもそも損害賠償請求自体ができない場合があります。

このことからすると、権利行使ができるときよりも前の(可能性のある)時点を消滅時効の起算点にするわけですから、「消滅時効の短縮合意」である「損害発生を知ったの時から●ヶ月」よりも、モデル契約書の規定は、さらに厳しい規定(ベンダに有利な規定)だと評価できます。

強いて言うなら「時効期間の短縮合意」+「消滅時効の起算点変更合意」といえます。

この規定の有効性について明確に論じた文献は、私の知る限りありません。
しかし、このような合意も、①契約自由の原則(改正民法521条)や②「時効期間の短縮合意」が認められていること等からすると、私見ですが、原則として、有効だと考えられます。ただし、その有効性については、「時効期間の短縮合意」よりも、厳しく審査される可能性があります。

4 まとめ~対策と私見~

■1 対策は?
以上のように、モデル契約書の条項例は、「時効期間の短縮合意」よりも厳しく審査される可能性があることに加え、改正民法では条文化されなかったのですが、部会内で下記のような議論があったことが注目されます。

【文献】部会資料14-2 民法(債権関係)の改正に関する検討事項(9)
http://www.moj.go.jp/content/000051157.pdf
「合意による変更をすることができない債権として,故意又は重大な過失による損害賠償請求権や,生命,身体等に対する侵害を理由とする損害賠償請求権については,時効期間を延長する合意のみならず,短縮する合意についても効力を認めないこととすべきであるという考え方が提示されている」

そこで、無効リスク回避のために、①「●ヶ月」を長めに設定する方法、②そもそもこの但書自体を削除する方法、③「損害発生を知った時から」としてシンプルな「時効期間の短縮合意」にする方法、④故意・重過失の場合には適用がないとの規定にする方法等の対策が考えられます。

■2 私見として
しかし、既に「モデル契約書」や同種の条項を設けている業界団体(JISA、JEITA(前JEIDA))のシステム開発契約書は、社会内で通用しており、一定の慣習となっていると評価できます(文末*1)。
このことからすると、私見ですが、過度に問題視して、「時効期間の短縮合意」よりも、さらに慎重に考える必要は必ずしも高くないと考えます。ただし、①一体どの程度の期間であれば無効なのか、②当事者にどの程度の力関係があれば無効なのか等は、今後の裁判例を待つしかありません。

最後に、最も重要な点です。
モデル契約書はBtoBのうち「対等に交渉力のあるユーザ・ベンダを想定」しています(モデル契約書・7頁)。そのため、①BtoBでも力関係がある場合や、②BtoCの場合(システム開発契約で想定できる例は少ないでしょうが)において、モデル契約書のように「時効期間の短縮合意」+「消滅時効の起算点変更合意」をするときには、「●ヶ月」についてより慎重な考慮が必要です。

ちなみに、ごくごく稀に「もう時効やから先生にだけ話しますけど・・・」と前置きの上、ヤバい話をされる方がいます。しかし、上記のように改正民法によって、債権の消滅時効は「知ったときから」起算することになりましたので、要注意ですね。

執筆者:
STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
https://storialaw.jp/lawyer/3738
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。

5 補遺

■ 脚注
*1 モデル契約書(2007)は、告示「カスタム・ソフトウェア開発のための契約書に記載すべき主要事項」(平成5年通商産業省告示第359号)に遡ることができます(モデル契約書(2007)・1頁・脚注2)。そして、同告示をもとに、JISAやJEITA がモデル契約書を作成したとされています(モデル契約書(2007)・2頁・脚注3)。告示については原資料にあたることができませんでしたが、「JISAソフトウェア開発委託モデル契約(平成6年12月版)」の第20条2項には、同趣旨の条項があり、現在のモデル契約書とほとんど変わりません。当時の議論が参照できれば、この「時効期間の短縮合意」類似の条項が入った理由がわかるかもしれません(なお、このことは、本条項が平成5年ころからシステム開発業界で通用していた証左ともいえ、有効性を肯定する事情になります)。

【文献】JISA「ソフトウェア開発委託モデル契約」(平成6年12月版)
第20条(損害賠償)
1 甲及び乙は、本契約又は個別契約の履行に関し、相手方の責に帰すべき事由により直接の結果として現実に被った通常の損害に限り、相手方に対して第3項所定の限度内で損害賠償を請求することができる。
2 前項の損害賠償請求は、各個別契約において定める業務の終了の確認又は検収の完了の日から●●日以内に行わなければ、請求権を行使することができない
3 甲又は乙の本契約又は個別契約の履行に関する損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、当該請求原因に係る個別契約の委託料相当額を限度とする。

*2 さらに、第三者との関係をも踏まえて、同書は、「合意による時効期間の変更を認めると、第三者がその合意による時効期間に縛られることになるかどうかが問題になるなど、時効制度の安定性を害する恐れがある。そこで、時効期間の合意がある場合には、合意された期間をその権利にかかる時効期間と認めるのではなく、その合意が実質的に不当であるとして許容できないものでない限り、延長の合意をした当事者が法定の時効期間の満了による時効の完成を主張すること、短縮の合意をした当事者が合意の無効を主張して権利行使することを、いずれも矛盾的態度として許さないとするにとどめることが考えられる」と指摘しています(前掲佐久間・409頁)。

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