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京都へ行こう❣️【99】

今回は、鷹峰(たかがみね)にある『源光庵』に行って来ました。庫裏の改装工事が終わり、4月より拝観を再開されています。
見どころは『悟りの窓』と『迷いの窓』、
そして本堂内の『血天井』です。

参道入口

石畳の参道です。

総門

山門

丸い窓が特徴的な山門は、パンフレットの表紙にもなっています。

鐘楼

本堂

本堂の横にある書院から中に入ります。
ここで気になったのが、庫裏にあるこちら。

庫裏

同じものを『萬福寺』で見た事があります。
手前が『雲版(うんぱん)』、奥の木製の魚を『開梆(かいぱん)』といいます。
禅寺にはよくあるそうですが、萬福寺より
かなりスマートでした(笑)
※どちらも寺院特有の法具で、打ち鳴らして
時刻を知らせるものです。

屋久杉の屏風

世界遺産にも登録されている屋久杉を使った
珍しい屏風。

山水墨画(襖絵)

山口雪渓筆(江戸時代中期)

庭園

本堂北側にある庭園。飛び石が並んでいます。

書院から眺める本堂
本堂から眺める書院

禅の心を語る2つの窓

今回は、この写真よりもう少し左側から撮影
した『2つの窓』をトップ写真にしています。

『迷いの窓』

円迷いの窓の角型は『人間の生涯』を象徴し、
生老病死の四苦八苦を表しています。

『悟りの窓』

悟りの窓の円型は『禅と円通』の心を表し、
円は大宇宙を表現しています。

本堂 血天井

足跡の血痕

本堂の『血天井』は、伏見桃山城から移築されたものです。
1600年、徳川家康の家臣・鳥居元忠ら1800人が、石田三成の軍勢と戦い討死。
残る380余人も自刃して果てました。

君主への忠義のため、また自らの誇りのため、そして大切な人を守るために戦った多くの武士たちの悲惨さを物語っている床板を、足で踏むことがない天井にして供養しています。

京都には他にも『血天井』のお寺がありますが、その中でも『源光庵』は特に有名で、手型や足型をはっきりと確認することが出来ます。

ご本尊は華厳の釈迦牟尼佛

籠が吊るされています。
そう言えば『血天井』がある大原の『宝泉院』にも籠が吊るされていました。
『血天井』と『籠』の関係が気になります。

本堂西側のお部屋
開山堂から見た本堂

この日は貸し切り状態で見る事が出来ました。

【アクセス】
この日はリンクさんと『出町柳駅』から1番の市バスに乗り『玄琢下(げんたくした)』で
下車します。
バス停から『源光庵』までは約15分。
結構しんどい上り坂が待っています。

せっかくなので、すぐ近くにある『常照寺』
にも寄りました。

『常照寺』吉野門

吉野太夫が23才の時に寄進した赤門。

『吉野太夫』とは、江戸時代初期の京都を代表する遊女で、この名前は代々受け継がれています。歴史に残っているのは、二代目吉野太夫。

※ポスターよりお借りしました。

美しいだけでなく知性や芸事にも優れた才女
だったそうですが、38才の若さでこの世を去りました。毎年4月には『吉野太夫花供養』が
行われています。

※ポスターをお借りしました。

吉野窓

吉野太夫ゆかりの茶室『遺芳庵』。
こちらの丸い窓は、外から見ると丸(円)ですが、部屋の中から見ると下の部分だけ平らになっています。
このような窓を『吉野窓』といいます。
仏教で円は完璧なものですが、芸事に完成はないとして吉野太夫が好んだことからこの呼び名がついたそうです。

東福寺の『光明院』や嵐山の『祇王寺』にも『吉野窓』があります。
偶然立ち寄ったこのお寺で『吉野窓』の名前の由来を知る事になるとは!
今度から丸い窓を見かけたら、下の部分に注目して見て下さい。

最後までお読み下さりありがとうございます❣️

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