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教育方針は違ってていい、複数の世界

クレイジーな人が好きで、よく特集記事やインタビュー記事を読んだりしている。そうすると彼ら/彼女らの特徴というのが見えてくるのだけど、クレイジーな人というのはどうやら子どものころから世界がひとつではないことに気づいていたようだ。彼ら/彼女らは小学校にいても突き抜けた行動をとっている。環境はどうでもよくて、その環境の中でどうふるまうかが大切だ。わが子も家で自由にやってる分、家と学校のふたつの世界を経験して、その中でいろいろな発見ができればいいんじゃないかと思う。

以前、長女の担任の先生から電話がかかってきた。長女が友達と一緒に隠れてお菓子を食べていたらしい。先生からは家でも注意してくださいと言われた。学校ではお菓子を食べていたこと自体、あるいはルールを守らなかったことを問題視するのかもしれない。けれども僕は、隠れて食べていたことが問題だと考えた。食べたいなら食べたいと堂々と主張してほしい。なぜ学校でお菓子を食べてはいけないのか考えてほしい。だから、食べるなら隠れずに堂々と食べなさいと伝えた。普通に考えると学校ではそんなことは言わないだろうから、家と学校とで教育方針が違うことになる。それはそれだと割り切っている。小学校の方針がおかしいなどと言うつもりはない。

子どもからしてみれば、家と学校で違うことを言われて戸惑いがあるかもしれない。けれども、家では家のふるまい方があって、学校では学校のふるまい方があるというのを知ることは悪いことではないと思う。その結果、学校が嫌になっても構わない。誰かの常識は別の誰かにとっては常識ではなくて、目に見える範囲にたくさんの世界が層をなしていることを知る。そのうえで、自分とは違う常識、違う世界を、自分と違うからといって否定することなく大切にする。そういうことができれば、多少ヤンチャでもまったく構わないと思う。また、子どもたち自身も親を含めた誰かの常識にとらわれずに生きてほしい。

子育ても予測ができないから、正解というものがない。しかも、試行錯誤ができない一発勝負だ。そのうえ、姉妹で性格も育ち方も違うので、もはや何をどうしたらいいのかわからない。そうなると、子どもたちはたくさんの世界と触れた方がいいのだろうという気がする。たぶん小学生以上からという前提が必要だと思うのだけど、教育方針の違いは歓迎すべきものなのかもしれない。だから親としては、あまり学校ではどうだからということを気にせずに、自由に子育てをするといいと思う。

そんな感じだから、子どもたちに対しては基本的にダメと言わない。僕はまわりの人よりはブレーキを踏まないタイプなのだけど、それでも自分で自分に対してブレーキをかけてしまうところがある。だからブレーキの壊れたクリエイターを見るとうらやましくなってしまう。子どもたちには、自分で自分にブレーキをかけない人間に育ってほしいと考えている。

基本的にダメだと言わないので、事前に教えるよりも、自分で失敗して学ぶことになる。小学校低学年のころ、長女が茶碗を何枚も重ねて運ぼうとしていた。危ないからやめなさいと止めるところだが、そのまま放置することにした。その代わりに、茶碗を落として割れたときに怪我をしないように、どう行動するかをシミュレートしていた。そうすると、案の定、茶碗を落として割ってしまった。想定通りなので、すぐに片付ける。長女を見ると真っ青な顔をしてめずらしく素直に謝っている。十分反省しているようだ。とくに何も言わずに済ませる。事前にダメだと言うのは親としては簡単だし楽ではあるが、失敗を経験するというのは子どもにとって重要なことなんじゃないだろうか。

夫婦で教育方針が違うと、なにかと大変なんだろうなあと思う。茶碗を割らせることもできないかもしれない。自分の思い通りになるのがひとり親のメリットなのだと思う反面、子どもたちが片親だけの方針にしばれてしまうのはよくないなあという気もしている。

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宮崎ひび

三姉妹のシングルファーザー。株式会社トーフラボ代表。ボランティアカメラマン。自由に生きています。 http://tofulab.jp 写真を撮ったり、文章を書いたり、本を読んだりするのが好きです。Wi-Fi環境下でしか生存できません。

シングルパパ起業家はがんばらない

三姉妹のシングルパパ。株式会社トーフラボ代表。心の健康とつきあいながら、がんばらないで自由に生きていく。
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