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独学高校生はいつもねむい

ねむい。ねむい。万有引力はなぜ僕のまぶたにだけこんなにも強く作用するのだろうか。先生に名前を呼ばれた。気がつくと黒板の文字を書き写すふりをしていたノートにぐるぐると現代アート作品が描かれている。教科書のこの問題の答えは?と先生。ノートをはるか昔までたどって解答する。正解すればおとがめなし。ななめ前のクラスメートがちらりとこちらを見てニヤリと笑うと、机の上の紙切れになにか書いている。クラスで誰がいちばん居眠りをするかという賭けが行われている。ダントツ一位の僕はまた二位以下を引き離してしまったようだ。

授業中にこんなに眠たいのは先生のせいではないことはわかっている。なにしろ誰が教壇に立っていても眠たくなるのだ。どの授業も進むペースが遅すぎて、はなしを聞いていてもまったくおもしろくない。そういう意味では脱線しがちな理科や社会の授業中には起きている割合が多かったように思う。たまに目が覚めているときには、教科書のずっと先の方の問題を解いている。そうすると、先に先に進んでいって、授業のペースがあいかわらず遅く感じて眠たくなる。悪循環だ。宿題は出された瞬間に終わらせる。その授業中に終わらないときには別科目の授業中にでも終わらせる。勉強は家に持ち帰らない主義だ。家では一切勉強をしない。

これだけ授業を聞いていなくても、問題児として扱われることはなかった。理系に進んだのだけど、理系の科目も文系の科目も成績はよかった。テストの成績は常に学年トップ3に入っていたし、受験生になってからの模試では志望校の合格可能性は常に100パーセントだった。実力はなかったのだけどソフトテニス部で主将をしていたので、学校が掲げる「文武両道」というスローガンを体現していた。しかも制服を隙なく着こなし、先生にからまれるのが面倒くさいので校則違反は一切しない。友だちとも仲が良い。問題は授業を聞いていないというだけだった。その問題で生徒指導室に呼び出されることもなく、先生たちからすると叱るに叱れない扱いづらい生徒だったかもしれない。

なぜこのようになったのか。明確な理由がある。高校入学前の春休みに宿題が出た。そのなかに数学の教科書2冊分の問題をすべて解いておくというものがあった。ようするに1年分の学習内容を予習しなければならない。宿題をやっておかないと入学早々叱られるんじゃないかと、必死になって問題を解いた。家族で進学祝いの食事に出かけたときも車の中で問題を解き続けた。そうして入学式の直前に1年分のすべての問題を解き終えた。ところが、いざ入学してみると、そんな宿題は誰もやっていない。先生にチェックされることもなかった。あのつらい日々はなんだったのだと思いつつ、1年分の数学の内容は頭に入っている。眠たい数学の授業がはじまった。数学の時間の眠気覚ましに他の科目の予習をすると、その科目の授業も眠たくなった。つまり予習が大切というのは本当だったわけで、ただし予習をしていると眠たくなる。眠たくなってもいいのであれば、予習はおすすめだ。

そんな感じで、高校時代は完全に独学で過ごしていた。必要なことはすべて教科書に書いてある。わからないという状況がわからない。そんな人間が小学生の父親になったらどうなるかというと、子どもたちがテストで満点をとらない意味がわからない。小学校のテストは教科書の内容を理解していれば満点を取れるようになっている。長いことわが子の状況を理解できずにいた。ところが近ごろ、とある調査結果に愕然とした。最近の子どもたちは読解力が低すぎて教科書を読んでも内容を理解できないらしい。それでは教科書を読んで独学するというのは不可能だ。ずっと独学をしてきた僕には対処法が思いつかない。

自分のことに話を戻すと、僕のやり方にはデメリットがあると考えている。人の話を聞かずに自分のペースで物事を理解するという習慣がついてしまったせいか、人が話している内容をリアルタイムに理解できない。雑談をしていても半分くらいしか理解できていないので、いつも勘を頼りに返事をしている。だから僕の雑な返事に追い打ちをかけてくる人がいると、生きた心地がしない。勉強会などに参加してもその場では理解できないので、スマホで参考記事を開いておいて後から理解しようと試みる。これでは働くのにも支障が出てしまう。自分のペースで仕事ができるプログラマーでよかったと思う。もちろんプログラミングも独学で身につけたのだけど。

社会人になってからも日中に眠たくなる。高校時代からの習慣が続いているのかとも思うのだけど、さすがに病的なものも感じる。病院で診てもらったところ、入院して観察しないと判断できないということで、まだそこまで検査はしていない。人の話が理解できないのも高校時代の習慣が原因だと言ってはいるけれど、これもまたなにかしらの障害があるのかもしれない。そうすると独学でなんとかなったのも個人の特性なのだろうか。僕がたまたま独学に向いていたというだけで。だとしたら僕と違う特性を持つ子どもたちはどうしたらいいのだろう。それが最近の悩みになっている。誰かに相談したほうがいいのだろうか。子育ては独学ではいけないのかもしれない。

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宮崎ひび

三姉妹のシングルファーザー。株式会社トーフラボ代表。ボランティアカメラマン。自由に生きています。 http://tofulab.jp 写真を撮ったり、文章を書いたり、本を読んだりするのが好きです。Wi-Fi環境下でしか生存できません。

シングルパパ起業家はがんばらない

三姉妹のシングルパパ。株式会社トーフラボ代表。心の健康とつきあいながら、がんばらないで自由に生きていく。
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