すてきなすてき

おもしろいコンテンツを見つけたらシェアしたくなる。いまどきは誰でもそうだと思う。ただ僕はちょっと気をつけていることがあって、シェアするときにかならずひと言コメントを添えるようにしている。この記事のどこが気になったのか、自分はどう感じたのか。自分なりの切り口でコンテンツを紹介する。リアルで友だちに伝えるときにはそうするものだと思うのだけど、僕はSNSでシェアするときにもひと言コメントを欠かさない。うまく言葉にできなこともあるけれど。

良い感情を抱くコンテンツもあれば、そうではないものもある。ポジティブにみんなに伝えるためにシェアすることもあれば、ネガティブに反論するためにシェアすることもある。このネガティブなシェアが問題になることがあって、顔の見えないSNSでは辛らつな言葉が添えられることが少なくない。僕は自分の人生をよいものにしてくれているインターネットにネガティブな感情をまき散らしたくない。発言にはできるかぎり気をつけている。

みんなに紹介したいコンテンツにコメントを添えない人も多いのだけど、慣れていないとコメントを考えるのが難しいというのもあるように思う。僕はそんなときに「すてき」という言葉を積極的に使うようにしている。ただ「すてき」と添えるだけで、そのコンテンツに対して良い感情を抱いていることは伝わる。そしてそこから一歩進めて「~が~ですてき」というふうに具体的にすてきだと感じたポイントを伝える。自分なりの切り口ですてきなコンテンツを世の中に広めることができる。

一方で反論をしたいコンテンツについては、あえてシェアをしないという選択をすることも多い。僕が反論をしなくても、たくさんの人たちが反論をしている。個人からするとひと言反論しているだけでも、コンテンツの関係者にしてみれば大量の反論を受けることになる。そこに自分が反論を追加する必要はないように思う。子育て関連などどうしても反論したいときにはニュートラルなテンションで「~が~なのはよくないと思う」と書くようにしている。悪口にならないように、人格攻撃にならないように。断定はせずに自分がよくないと感じただけだという口調。

もともと会社だとか世の中に対する愚痴を口にすることがほとんどない。ネガティブな発言をしたくない。自分のSNSでの振る舞いはその延長なのだろう。僕は頭の回転が遅いし、考えてから口に出すまでにすごく時間がかかる。そのおかげで、ネガティブな発言が口から出るまでにストップをかける猶予があるのだ。頭の回転の速い人は脊髄反射で反論をしたくなることもあるのだと思うけれど、ちょっとだけ立ち止まってみてその強い言葉で反論をする必要があるのかどうかを考えてみてほしい。おかしいと感じることもあるけれど、世の中はみんなが考えているよりもずっとすてきだ。

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