好きだからこそ、苦しくなる。

昔と違って今は個性が受け入れてもらえる時代らしい。本当に?本当に個性は受け入れてもらえているのだろうか。

好きなものだけを大切にしてきた私は、昔から周りの人と好みが違った。いや、もしかしたら違うものを好きなことでしか自分のことを認めてあげられなかったのかもしれない。

それでも、好きと思ったものや、良いと思ったものは心の底から大切にしてきた。学生時代に音楽やお笑いと言ったたカルチャーで自分の中身ができていくのは嬉しかったし、真っ白なキャンパスに自分にしか出せない色を塗ることだってできた。

自分が好きなものになったおかげで「幸せだ」と思える瞬間は私に生まれてきてよかった瞬間だと思う。

といっても、そんなことを思えた日は残念なほどにすくない。人生で2回ぐらいかな。1回目はサンボマスターの札幌公演で、死にそびれた日々を変えてくれた曲を人生で初めて生で聴いた日。あまりにも泣きすぎて11月の札幌市内の寒空の下、うっすいオフィシャルグッズのパーカーだけを着て会場内でも外でも泣いたあの日、あの瞬間だけは「私として生まれて、好きなものを追いかけてきて本当によかった」と思えた。成仏なんて言葉はこういう瞬間のことを言うんだろうって本気で思ったぐらい…。

会場外で泣いてる私に声をかけてくれた音楽が好きな人たちはみんな暖かくて、本当に優しかった。それでも、私は時々孤独を感じることがあった。人との距離感がどうしても分からないし、うまく関係を築けない。歩み寄ってきてくれる人と距離を取ってしまう。

それがADHDやASDが原因です。と、一括りにしてしまえばそれでいいのかもしれない。でも私はたぶんそれ以外に何かこう、重たいものを抱えている。自分でも分からないけど。閉ざした心の扉は重たくて、鍵が何十にも厳重にかかっていて、誰にも開けることはできない。それでもちょっとだけある隙間から音楽がス~ッと入ってきて、「自分で開けないと意味がないよ」と教えてくれているような気がする。だから私は音楽に意味を求めてしまうんだろうな。だから、泣ける歌とかそんなものには興味がなくて「まるで自分のために作られたような歌」が好きなんだ。

そうそう。人付き合いが分からない私が”個性的な人”に逃げることに成功したのはいつだったっけ。覚えてないけど。「変わってるね」と言われればそれで終わりだった。それ以上の関係を築かれようとはしないし、バイト先でもシフトが被れば話すだけの”変わった子”と思ってもらえるぐらいがちょうどいいと思った。飲み会なんてものには参加しない。次の出勤日に昨日の送別会の話題でみんなが笑ってるのをボーッと聴いては「いつか来てね!(笑)」と言われるような関係。そんな関係をずっと作ってきた。

私は、とても服が好き。メイクも好き。ピンクやイエローのアイシャドウをして、海外の人みたいにハッキリとした顔になりたい。服は、自分が可愛いと思う服が好き。古着特有のクシャッとしたさわり心地と、懐かしい香りが好き。年代によって違うワンピースの形が好き。古着が”流行っている”昨今だけど、私が好きなヨーロッパヴィンテージの服装は正直いってウケない。それでも良い。それでも良いから着たい服を着て出かけている。ライブハウスにだって野球場にだって好きな服を着ていく。まあ野球場は座るからその中でも限られた服を着ないといけないんだけど…。とにかく、自分が好きな服と音楽、野球を楽しめる居場所を自分で作ってるので、この趣味で迷惑をかけた記憶はない。

ただ、時々、なんだろう趣味があるせいで寂しくなることがある。”

野球と音楽と服”という遠そうで近い趣味を持っている私はその3つの点を結んであげることができていない。結ぶ必要はないかもしれない。元から少し離れた場所にあるから、結ぶのは難しいし、誰も結んでくれることを期待してないはず。

でも、やっぱり同じ趣味が好きで出会っている人には好きなものを知ってほしくなるし、共有したいって思う。

でも、それが上手にできない。だって、私の好きはちょっとだけズレてるから。好きにズレなんてないはずなのに、何故だか分からないズレをずっと感じて生きてきた。これが本当にしんどくて、たまらなくなる瞬間すらある。

ずっと、仲間外れのような気持ちが心にあって、どう頑張ってもなくなってくれない。

正直言って周りと同じものを好きになる必要なんてまったくないんだけど、人として誰かと一緒に生きていくためには多少なりとも同じ方向を向いておきたいのが人間なんじゃないかな。特に私みたいにすぐに孤独を感じてしまうような厄介な人間は、好きなものが違うことに不安を覚えてしまうことがある。「それって本当に好きって言えるの?」なんて聞かれてしまっても仕方ないかもしれない。でも、本当に心の底から好きなものには違いない。

大好きだからこそ、誰かに知ってほしいのに。言う勇気が持てない。でも、好きなものは本当に素晴らしいものばかりで、人生を変えてくれたなんてちっぽけな言葉で現わすのが本当にもったいないぐらい凄くかっこいい。

学校に行かなかったエピソード、人に嫌われたエピソード、私の人生の中で起きたちっぽけな苦痛を話して「そんな時にこの曲で救われました。聴いてください!ザ50回転ズでNONONO」なんてお涙頂戴企画を行うラジオみたいに語ることができたら、堂々と好きなものを誰かに伝えることができるのかな。

こうやって文章を書いて、少しでも頭の中を整理することで気持ちが抑えられているような気はするけど、また同じことを想い悩む日がくるんだろう。

でも最近少しずつだけど気持ちが変わってきてる。変わったキッカケはやっぱり、人との出会いだった。1年ほど働いたヨーロッパヴィンテージの洋服を扱う古着屋で出会った人はみんな自由で、”個性的”だった。

働いているなかですごく嬉しかったことがある。それは、みんな興味のないことにも興味がもてること。野球も音楽も読書も映画も、自分の好きなものじゃなくても「誰かの好きを知ってみたい」知らない世界・見たことのない世界を知ってみたい。と思ってる人が多かった。そういう人たちに出会って少しずつだけど心の呪縛みたいなのが解けてきて、私もこうやって”誰かの好き”を自分の人生の中に落とし込んでいきたい。

私の個性は、自分だけのもの。それでいいか。たぶんこの悩みはこれからもずっとずっと抱えていくと思う。それでも「私だけのもの、他の人に分かってもらえなくても私が好きと思えていたらそれでいい」とちゃんと胸を張って言える人生を送れるようになりたいな。

大好きでたまらない、私の核となってる音楽をまとめてみた。

聴きながらなんで自分ってこんなことで悩んじゃうんだろうって悔しくて恥ずかしくて涙が出たけど、このプレイリストはやっぱり自分らしくていいなと思った。



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響あづ妙

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