怖叫話音

機材車 その3と記すその後

「すみません。あまり怖い話でなくて」
Mさんは恐縮する。
とんでもない、と私は応える。

正直に言うと、私はこの一連の話、以下に記すMさんが訥々と話した後日談にこそ本質があるように感じていた。

「今 考えてみれば、最初から何か引っかかったというか、ベタな言い方をしてしまえば、あの機材車に乗るのが怖かったんです。
駐車場に行くと、やっぱり誰か乗っているように見えるんです。
気のせい、気のせい、と自分に言い聞かせながら近づくんですが、心のどこかで小さく警報音が鳴っているんですよ。乗ってはいけないって。それも聞こえないふりをして乗り込んでいたんです」

偶然と言えばそれまでなのだが、Mさんが購入した機材車を利用し始めたのを機に、バンドの勢いは逆に減速しはじめたのだという。

当初こそライブの回数は変わらなかったが、メンバーのメンタルの部分から崩れていくことになる。
チームワークの良さが強みのバンドだったのに、メンバー同士の諍いが目に見えて多くなった。
今までなら問題にもならないような小さな金銭に関わる事もあったし、メンバー共通の知人であるひとりの女性をめぐっての対立も起きた。
メンバーには出来ればプロになりたいと思う者も、趣味として楽しければそれでいいという者もいたが、そうしたバンド内の温度差も蒸し返されることになった。
Mさんは何かがおかしくなりはじめていると感じた。いや、おかしくさせられていると。

そして、ついに決定的ともいえる出来事が起こる。

ある日のライブの帰り、ひとりになったMさんは、もう少しで対向車と正面衝突事故を起こしそうになった。
道路に二台の急ブレーキの音が鳴り響き、車内に焦げた匂いが立ち込めた。
うっかりしていたといえばそうなのだろう。しかし普段ならば絶対にありえないことだった。
下手をすれば正面衝突していた、という経緯と状況をひと言で説明すると「まるで狐につままれたみたい。そうなるように誘導された」としか言えない、とMさんは言う。
相手の運転手から散々に怒鳴られたが、完全にMさんが悪い状況であった。平謝りに謝るしかなかった。

その後Mさんは原因不明の体調不良に陥り、やがてバンド活動どころか日常生活にも支障をきたすようになった。
結果、バンドは自然消滅に近い形で解散することになる。

Mさんは機材車を処分することにした。
もう少しで事故になっていたあの夜に決めていたことだった。
15万で買った車だからもう幾らにもならないだろう、という思いもあったが、お金はどうでもよかった。
Mさんは手っ取り早く事が済みそうな廃車を扱う解体工場に持ち込んだ。
「これ、だいぶ修理してますね。酷いもんに事故ってるなぁ」
 業者は一目見てそう言ったという。
Mさんが、そんなに修理に手間暇かけてたった15万で売ってたら中古車屋も商売にならなかったのではと訊くと、業者は
「理由はわかりませんが、長く乗る人がいなかったのでしょうね。それで転売のたびにだんだん値段が下がったのでは」
と言った。

―――理由ならわかる、Mさんはそう思った。

機材車は一万円で引き取られたという。




 



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