見出し画像

第五福竜丸修復保存の責任者 日塔和彦さん(文化財修復専門家) 船体修理の基本構想示す

12000字に及ぶ構想を全文掲載

 水爆実験で被ばくした木造マグロ漁船、第五福竜丸の修復保存の設計管理責任者だった文化財修復の専門家、日塔和彦さん(75)が、復元船サン・ファン・バウティスタ号の「船体修理の基本構想」の改訂版を作成した。5月24日に、「サンファン号保存を求める世界ネットワーク」(白田正樹会長)のメンバーと慶長遺欧使節船ミュージアム=石巻市渡波=に係留されているサン・ファン号を視察した日塔さんが、先に作成した基本構想に修正を加え、「世界ネット」に提供した。改訂版はA4版で10ページ。初版の6ページに実地で見た知見を加え、修正した。

サンファン専門家視察

サン・ファン号を視察した日塔さん

 約9年ぶりにサン・ファン号を見たという日塔さんは、管理責任者の説明を受けながら、痛んだ箇所を目視。カビが生えた部分や隙間が空いた個所なども細かくチェックした。

 4月にオンラインで行われた「第五福竜丸『ふね遺産』シンポジウム」に日塔さんが参加した際、世界ネットのアドバイスをしていた横浜国大の平山次清名誉教授(造船工学)とつながり、サン・ファン号へのアドバイスにつながった

 「サン・ファン号船体修理の基本構想」改訂版は、日塔さんの了解を得て、世界ネットが公開した。【本庄雅之】


海水抜き〝ドライ(乾燥)ドッグ〟工法提案
3本のマスト外して軽量化し一般公開


サン・ファン号船体修理の基本構想

2021.06 文化財建造物修理技術者 第五福竜丸改修工事担当 日塔 和彦

復元船概要
三檣ガレオン船、387トン、長さ35. 96m・幅10. 91 m・喫水深4.55m、平成5年(1993)5月進水。

1、提案概要
船体の解体事業は、一旦中止する(解体予算執行を凍結する)
① 修理に当ってドッグ内の海水を排出し、ドライドッグにする。修理後はドライドッグ内で展示する
・日本船舶海洋工学会の要望書にあるドライドッグ工法による
② 3本のマストは取外す
・長大なマストによる過重バラストは撤去し、できるだけ軽量化する
・取外したマストは石巻市サン・ファンパークにシンボルとして建立する
③ 船全体を仮設屋根(素屋根)で覆って修理する
④ 修理は文化財建造物修理の手法で行い、文化財建造物指定や世界遺産登録にもできるような文化遺産として行う
⑤ 工事後の船体はドライドック内での固定保存とする。
⑥ 船体はドック上に設けた収納展示館内にマストのない状態で保存し、一般公開する。

なお、ここに示した提案は維持管理提案(「今後の維持管理検討報告書」2015年)の提案Dに該当する。
提案D 現船残し(船舶登録は継続、船舶安全法上の.留船の条件抹消)
乗員不可として、船舶安全法上の適用除外申請手続きを行い、船舶検査不要の軽減措置を受ける。ドッグ内の排水を行ったうえで、船舶の固定を実施。但し、マストは撤去若しくは短尺軽量なものに交換。船体バラストは、船外排出し、軽量化する。

2、船体の破損状況
2-1 船体修理の歴史

サン・ファン号は石巻市で建造され、1993年5月に進水した。その後、気仙沼港や仙台港への外洋航海を経て東京港に曳航され、1996年5月「船の科学館」桟橋で一般公開された。その後、石巻の「サン・ファン館」ドッグに入渠し、1996年6月に本係留された。

ドッグ内に係留されたサン・ファン号は宮城県の所有となり、係留船の船舶としてドック内では建築基準法上の建造物扱いであるが、建築基準法第3条1-3の適用除外を受けて指定文化財扱いとなった。ドッグ係留された船体は国土交通省東北運輸局海上安全環境部船舶検査官による5年毎の定期検査、1年毎の中間検査を受け、その都度指導事項による計画的な維持管理が行われて船舶としての安全性が確保されてきた。

その間、2006年(竣工13年目)、外板と肋骨に腐朽が生じ、ドライドッグによる大規模補修工事が実施された。翌2007年4月には船体設計者の寳田直之助氏や森林科学等の専門家による「木造船腐朽防止対策研究部会」が組織され、報告書が発行された。2009年5月には第4回目の定期検査が実施され、ドライドッグによる肋骨外板船底部の腐朽部補修が行われた。また、船体腐朽のレジストグラフ測定調査が2010年に実施され、木材内部の腐朽状況が概ね明らかにされた。

しかし、建造後18年目の2011年3月に発生した東日本大震災は震度6強の大地震、そして係留地で高さ8mを超える大津波に何度も襲われた。ドッグ周辺の施設は大破したものの、船体はロープで係留されていたため、幸いにもドッグ外への流出は免れたが、船体各所にかなりの破損を被った。ドッグや周辺部にはがれき・流木・ヘドロが集積した。さらに同年4月28日の突風でフォアマスト倒壊・メインマスト上部が損傷した。

地震・津波被害の復旧工事は直ちに行われ、その後の大風で折損した3本のマストの取替も含めて2年半後の2013年10月には乗船公開のための船舶検査が行われ、同年11月に一般公開された。2015年7月には6年ぶりにドライドッグによる定期検査が行われ、船底の点検では大きな損傷は認められなかった。また、同年から船体木部のレジストグラフ等による腐朽調査が再開され、翌2016年からは宮城県による「慶長遣欧使節船復元船の今後の維持管理検討に関する調査(「現況等調査」)や慶長遣欧使節船協会による「慶長遣欧使節船復元船サン・ファン・バウティスタ号の今後のあり方検討委員会(「今後のあり方検討委員会」)が開催された。そして2020年3月に「宮城県慶長使節船ミュージアム改修基本計画」が策定され、現復元船は解体し、縮尺4分の1、FRP製の後継船で整備する方針が決定された。解体整備工事は2021年に着手する予定となっている。

2-2 船体の破損概要
〔木造船の破損個所〕
木造船の破損には、腐朽・折損・潰れ・歪み・垂下、害虫被害などがある。腐朽は木材腐朽菌が木材中に含まれるリグニン、セルロース等の木材基質を分解することにより発生する。木材腐朽菌には白色腐朽菌、褐色腐朽菌、軟腐朽菌がある。折損は外力により部材や構造体が折れる現象のほか、腐朽による耐力が落ちて折れる場合もある。
潰れは上からの垂直力(自重)により、部材や構造体が屈曲する現象である。
歪みとは船体が外力により変化する現象で、捻じれ・歪みなどがある。
垂下は船首や船尾が自重により垂れ下がる現象である。
害虫被害には、フナクイムシによる穿孔被害やキクイムシ被害などがある。
なお、大震災では船体が「へ」の字に変形し、2015年の計測では中央部で最大17㎝ほど垂下している。

〔木造船の腐朽原因〕 木造船の腐朽原因には次の二種類が考えられる。一つには降雨や波浪が原因の水分による部材仕口の腐朽、二つは喫水線部分の海水が原因の湿度・水分による腐朽である。喫水部分の腐朽は、基礎木杭(筏地業)などでは常水面(水に浸かっている境目)での腐朽率が高い。船の喫水線は常水面に該当し、この部分に多くの腐朽が生じる。そして水面下は腐朽要素である酸素が不足し、腐朽は発生しにくい。ドライドックによる中間検査時の船底点検では、大きな損傷が報告されていない。
また、二次的被害として上甲板からの雨漏れや外板からの海水漏れは木部に腐朽菌を寄生させ、甚大な腐朽を生じさせる。十分な水密工事が重要である。

〔害虫の被害〕 フナクイムシは二枚貝類の総称で海中の木材を食べて穴を空け、その部分には薄い石灰質の膜を張りつけて巣穴にする。巣穴は外界に通じる開口部を持ち、ここから水管を出して水の出し入れをする。削り取った木質を栄養とし、木造船の船底など海中にある木材に穴を開ける最大の害虫である。サン・ファン号は海水の出入りが少ないためか、フナクイムシの被害は見られないようである。
サン・ファン号の木材使用総量約2250立方メートルのうち、約250立方メートルが米松などの外材が肋骨の一部や内竜骨、甲板梁、マストなどに使用されている。米松は国産材と異なってキクイムシが発生しやすく、その食害が懸念される。その他サン・ファン号ではクロアリの棲息が確認されたが、その被害は不明である。

2-3 各部の破損状況
この項は、2015年12月「慶長使節船復元船の今後の維持管理検討業務報告書」株式会社SUN総合から抄録する。
1) 外板及び船側外板
・定期的な板材交換等により著しい劣化箇所は認められない
・外板材の取り合い部(接合部)の数か所に外部からの雨水等の漏水箇所を確認

2) 甲板及び木甲板
・肋骨との取合いの甲板端部(上下隔壁板〉には、かなり腐朽が進行している
・カビなどの発生個所が全般的に確認できるほか、触診にて柔化現象を確認
・外部甲板は遮浪甲板側面内側等、常時日影となる箇所は、水分の乾燥状態が悪い分だけ腐蝕の進行が平板部より進んでいる

3) マスト及びフィギアヘッド、ハウスブリット等
・東日本大震災等の被災によりメイン、フォアの主軸2本のマストが破損し、新品のマストに交換した
・バウスプリツトは、現状鉄板巻き等での補強処理が確認できるが、レジストグラフ調査で著しい腐朽進行状態にあることが確認
・ミズンマストも同様
・獅子頭及びフィギアヘッドは、木材本体の内部腐朽はかなり進行

4) 肋骨(構造部材)
・肋骨は2部材合せ肋骨、心距は66㎝ 左右とも27本で構成
・95%以上の部材に著しい腐朽が進行、設計時点の必要強度の約3割程度の強度となっている
・内部の構成材の腐朽進行は木造船の通常寿命の限界域までに達している

5) 船体の変形等
・ドッグ内で展示建築物 →波浪による船体に対しての外圧発生がないので、歪み変形を受けにくい
・風雨漏水等の影響による通常の経年劣化の状態
・船舶本体への外力バランスが変わると、平衡を保っていた船体バランスが崩れ、破壊崩壊が起きても予想できない状態といえる

6) 復元船における腐朽の状況
・ある程度カビ・菌糸が繁殖。ドライバーの貫入は30㎜~100㎜以上
・水上に係留され、さらに雨水が侵入しやすい状況にあり、常に高い含水率となっている
・東日本大震災で津波を受けた際に船体に歪みが生じ、甲板の雨水が船内に漏れやすくなっている
・レジストグラフによる肋骨材の測定データでは、部分的に抵抗値が大きく低下した区間が存在、断面の一部に腐朽が生じている。また、船体骨組み全体においてはかなりの部分が腐朽被害を受けている
・腐朽菌類の同定によると、白色腐朽菌のカワラタケ・シカタケ属で、重量軽減に伴い強度は大きく低下している
・また、褐色腐朽菌も繁殖している。白色腐朽菌よりも急激な強度低下が生じる
・船体は全体的に応力が分配され、部分劣化が即座に構造的な致命的欠陥にならないと考えられる
・シェル構造では曲げ応力よりも圧縮応力が主となるが、腐朽による強度低下の影響は、曲げよりも縦圧縮の方が小さいため、比較的腐朽の影響を受けがたくなっている

7) 復元船における腐朽への対策
・最も可能性がある方法は水分を断つことである
・雨水の侵入を防ぐように防水処理を施し、船内の除湿を機械的に行い、含水率を低くすべき

3、船体の破損調査(2014年と2021年の比較) 別紙
筆者による2014年4月と2021年5月の破損状態の比較を別紙に示す。

4、保存修理工事
船体の保存修理工事の内容について次に述べる。

4-1 修理方針
半解体修理
・船体はドライドッグ内に固定し、修理中に風雨からの腐朽を防ぐための仮設屋根(素屋根)を設ける。
・修理に当って支障する3本のマスト・バウスブリットは取外す。
・外板や肋骨など腐朽破損している部分は修理し、構造補強を行う。
・修理は文化財建造物修理の手法で行い、世界遺産登録にも可能な文化遺産として行う。
・構造補強は建造物としての耐震診断を実施したうえで、耐震構造とする。
・破損調査、耐震診断に基づいて修理設計書を作成し、工事は請負又は直営とする。
・修理に当って部分的に解体するが、解体中に各部の詳細な各種調査を行って、当初の形式技法、後年の修理内容を明らかにする。
・組立に当っては解体調査結果を検討の上で実施設計を組み、これに基づいて組立施工を行う。
・取替えた新材は、周囲と調和するよう古色を施す、
・竣工後は船体の破損を防止し、一般公開するための収納展示館を新設する。
・取外した3本のマスト及びバウスブリットは、展示館内収納には適さないため、実施設計でその取扱いを定める。石巻市サン・ファンパークにシンボルとして建立することも考慮する。

4-2 準備工事
・展示館とドック棟を結ぶ搬入路(斜路)設置
道路又は機械的搬入設備新設工事
・ドライドッグ改修
門開閉固定工事・排水工事・砂投入工事・砂排出工事・排水工事・昇降階段設置工事
・マスト撤去
・既設東西ウィング棟の展示施設の改造・撤去

4-3 仮設工事
・解体部材保存・工作小屋の設置
・船体固定工事
船内バラスト撤去工事・土台工事・クレードル設置工事、船首・船尾支柱工事

4-4 解体調査工事
・解体に際しては古材の尊重を第一に心掛け、記録写真の撮影、諸調査(破損・取替・材種・継手・仕口・単材寸法・平面寸法・立上り寸法・時代別・仕様・構成部材等各調査)を行う。特に破損原因の特定を行う。
・解体材にはすべて位置、名称などを記した解体札(番付札)を付ける。
・解体材は再用・不再用材に区分し、整理して保存小屋に収納する。
・船体の変形(潰れ・歪み・垂下など)の調査を行い、必要に応じて三次元測量も併用する。
・船体の構造的な検討も行う。

4-5 実施設計
・解体調査による結果に基づいて、組立のための具体的仕様と工程・予算を実施設計として作成する。
・保存活用のための方針を策定し、実施設計に組み込む。

4-6 組立工事
・組立に当って、建造当初の部材は極力再用に努め、埋木・矧木などにより補修する。これらの補修が不可能なものは合成樹脂などを用いて再用をはかり、やむを得ないものは取替える。
・再用材のうち、不用の穴及び仕口の見え掛り部、腐朽部等は、埋木・矧木等により繕いを行う。なお、この際は旧長さ・旧断面が保存できるような修理を心掛ける。
・取替え材は樹種・材質とも在来のものに倣うことを原則とする。
・当初の仕様に従って順次組み立てる。施工にあたっては、当初の切口や仕口を切削しないよう十分に留意する。
・構造上不完全と認められる部分は、見え隠れに添木・金物による補強措置を講ずる。
・取替材、または新補材の見え掛かり部分には周囲と調和するよう、ペイント・松煙・アンバー粉等を用いて古色塗りを施す。
・取替材及び新補材には、今回の修理時の材であることを明確にするため、見え隠れ位置に修理年号を焼印等により烙印する。烙印が不適当の場合は墨書きとする。
・木材には防腐処理を施す。

4-7 その他
船大工・宮大工
・船大工が手配できない場合は文化財修理の宮大工を使用する。文化財大工には、普通・上級木工技能者の資格がある(この資格は文化財建造物保存技術協会が与える)。
マストの液体ガラス処理
・マストを石巻市サン・ファンパークに建立する場合は、木部全体に液体ガラス処理を行い、防腐の延命処置をとる。
修理工事報告書
・工事の経過及び結果を記載した実施仕様書、調査事項、工事写真、図面類、修理前・竣工写真などを編集した修理工事報告書を作成する。

5、各項目説明
「慶長使節船復元船の今後の維持管理検討報告書」(2015年、株式会社SUN総合)
参考として、有識者による維持管理提案を以下に示す。
提案A 廃船処理(既存復元船解体処分)
既存復元船を全面解体し処分する
提案B 廃船処理(既存復元船船舶登録抹消)
既存復元船の船舶登録抹消を行う(船舶としての航行装置の全面撤去、もしくは陸上完全固定を実施
提案C 現船残し(船舶登録は継続、船舶安全法上の.留船の条件抹消)
乗員不可として、船舶安全 法上の適用除外申請手続きを行い、船舶検査不要の軽減措置を受ける。特段の修繕を行わずに自然腐朽を経て以降廃船処分とする。
提案C’ 現船残し(船舶登録は継続、船舶安全法上の.留船の条件抹消)
乗員不可として、船舶安全法上の適用除外申請手続きを行い、船舶検査不要の軽減措置を受ける。有効展示期間を延長するために必要な軽微な延命改修を行う。
提案D 現船残し(船舶登録は継続、船舶安全法上の.留船の条件抹消)
乗員不可として、船舶安全法上の適用除外申請手続きを行い、船舶検査不要の軽減措置を受ける。ドッグ内の排水を行ったうえで、船舶の固定を実施。但し、マストは撤去若しくは短尺軽量なものに交換。船体バラストは、船外排出し、軽量化する。
参考提案① 現復元船同様に、再度木造新造船を建造する。(基本は乗船可能で新造する)
参考提案② 現復元船同様に、再度新造船を鉄製で建造する。(展示船舶(.留船)) (基本は乗船可能で新造する)

復元船の構造検討報告書抜粋
(「慶長使節船復元船の今後の維持管理検討報告書」所収(2015年 株式会社SUN総合))

肋骨の構成部材
・肋骨は2部材合せ肋骨、心距は66㎝ 左右とも27本で構成
・接合は衝接とし、衝接の両側で19㎜径の木釘2本以上で固着し、衝接の中間では45㎝以内の心距
に敲釘、又は木釘で固着。
・船首・船尾のカント肋骨(斜肋骨)は下端を船首船尾力材に植込み19㎜径の敲釘及び16㎜径の打ち込み釘で固着。
建造当初の船体強度計算書
・「検証結果と実際建造上の問題点」1992.01 寳田直之助
・「慶長遣欧使節船 縦強度に関する検討結果報告」平成4年(1992) 2月

ドライドック
・現在は海水の入ったドッグに船体を浮上して保存されているが、海水を排出してドッグを乾状態(ドライドッグ)とする。
・現在は海とドッグを仕切る上下浮上沈下式のドッグゲート(開閉扉)が、防水パッキンの一部に破損していて海水が流入しており、修理が必要である。
・過去の定期検査時にドライドックにしており、その際に船体をどのように支えたかの調査を行う。
・排水作業中の水圧変化とバラスト重量による船体の変形を最小限に止めるべく細心の注意と方法を用いる。
・船体を受けるキール受け土台に震災によって、ズレが生じいる。

(参考)日本船舶海洋工学会提案のドライドッグ工法
ステップ1

① 先ず船体がドック内で浮いた状態で船内に支柱などを入れ、特に船体の上下変形を防ぐ暫定補強をする。 また砂による圧力に対抗するため、 外板ではなく肋骨部分に水平方向に補強材を入れる。その際外板に手を入れると弱っている外板に破孔ができて漏水・崩壊が発生する可能性があるから外板には手を入れない。また、海水排水前にドックゲートの漏水防止工事を施す。

② 排水を開始し、船底が盤木(土台)に接したら排水をストップする。 これ以上排水すると船底に集中荷重がかかり船体が変形・崩壊することになる。

③ 次に、砂を徐々に、コンクリートを型枠に流し込む要領でドックに隙間なく流し込む。水に入った砂を均等に積もるように流し込み、替わりに溢れる水は排水しながら進める。塩害も考えられるので、砂はできれば川砂の方が良いが、近くの海底砂を浚渫し、埋め立てをする要領で砂を流し込む方が費用は抑えられる。但し、漁業権の問題に注意する必要がある。川砂は陸上からの搬入が難しければ砂運搬船で海側から搬入する方法も考えられる。

④ 完全に水と砂が置き換われば船体は砂が浮かせる形となり、船体重量は砂が面的に支える形になるから集中荷重が働かず安全である。この状態では船底のバラストは不要になるので船体に負荷を与えるバラストは抜く。なおドック底に排水設備がれば活用できるが、無ければ砂中の水分を更に抜くために予めドック底に穴あきパイプを設置しておき、端部には排水ポンプをつないで排水し、極力水分を減らす。

ステップ2
⑤ 雨を避けるため船体を覆う傾斜屋根をつける。この場合、第五福竜丸の保存屋根などが参考となる。マストは建設可能な屋根高さに応じて、必要であれば上部を切断するか、全体を抜いて水平置きにする。またこの状態では船体の外板まわりは水ではなく、湿った砂で支えるセミドライ状態であるから、内部から外板補強工事をして外板に穴があいても漏水はない。従って時間をかけて外板も含めて全体的に十分な補強工事を施すことができる。

⑥ 補強が完了したら、外部の砂を排除する。排除の進展に伴いドック壁との間に支えの支柱を設置していく。

⑦ 砂が完全に排除されると船底には盤木からの集中荷重が働くことになるが、それを考慮した支柱や内部補修がなされていれば問題なく、完全な乾燥状態が実現され、補強材の寿命まで保存が可能となる。またドックも水のない状態になるから、ドックに降りる階段を設置すれば、 見学者は水面下の船の様子も眺めることができ、教育・観光効果も増大する。

コスト、地震問題など
本工法の特徴は既に記述したように、ドック水排水前には外板は水に浸かっており、工事による漏水も有り得るので、内部補強工事は十分に行えない。また、内部補強をしない状態でドッグを排水し、船体を盤木に載せると集中荷重状態に移行するので、船体折損・崩壊の危険性がある。 一方、本工法では水の代わりに船体外部を漏水が生じない砂で置き換えてから内部補強工事をするので、安全かつ十分な補強が可能で、 砂を除去すれば最終的には乾燥保存状態を実現できることになる。 内部補強が十分になされ、乾燥状態になれば補強材の寿命に応じた延命が可能になる。

バラスト
・内部船底に置いた約326トンのバラスト(マスト等との平衡を保つ船内錘材)は、マストの撤去により不要となるので撤去する。バラストには鉄玉・鉛インゴットなどが使用されている。

船体のドライドッグ内固定法
・ドライドッグ内に船体を固定する必要があり、地震などによる変形を防がなければならない。
・第五福竜丸のように点支持による船体の折れを防ぐには、竜骨下の土台、船底・船腹を支えるクレードル(修理用の船架)、船首・船尾を支持する支柱などを設ける必要がある。

水中での木材腐朽
・酸素のない水中では、腐朽が生じない。例えば松本城天守は湿地帯を埋め立てて石垣を築いているが、その基礎として松杭を打ち込んだ筏地業として荷重を支えている。石垣修理の際の発掘によって、この松杭は腐朽をほとんど生じていないことが判明している。

レジストグラフ計測調査
・レジストグラフとは貫入抵抗測定器であり、樹幹に細いキリを挿入して材の健全度を測定する診断機器で、直径1.5mmの細いキリを樹幹に挿入し、キリにかかる抵抗値を測る。抵抗値が実寸で記録されるため、解析しやすいことが大きな特徴である

サン・ファン号船体修理の基本構想 日塔-9

・横軸が測定部深さを、縦軸が抵抗(材の堅さ)を示し、樹木が健全な状態であれば、グラフには一定の抵抗が現れる。抵抗を示す波が、途中不自然な形を示している場合は、材の強度が弱く、空洞や腐朽など何らかの異常があると考えられる。

三次元測量
・船全体の歪み調査を行う。津波時の横力や上下運動によりかなり異常な力が船体に作用したと考えられる。この変形は目視ではわかりにくいので、できれば三次元測量が必要である。この測量はドライドックの状態で行う。
・三次元測量は、福竜丸で行った測量会社には多くのレクチャー・協議を行って実施しているので、船体の測量には慣れている。
・大津波による異常浮上により、前後方向中心部より「へ」字に折れ曲がっている状態で、最大中心部17㎝程折曲変形(本年平成27年度6月検査前計測値)を計測している。
・変形・歪みに動きがあれば、継続的な測量が必要となる。
・なお、再公開した2014年より、船体内部に縦方向、横方向の水糸による沈下量計測、下振りによる甲板高さの計測が行われているが、科学的な調査とはいえない。

液体ガラス
・問題点として液体ガラスの成分が明らかでない(液体ガラスの製法)。
・まだ公的研究機関(国立東京文化財研究所など)の評価がなく、文化財建造物での使用経歴もない。科学的処理剤を採用する場合には、耐用年数や部材に与える影響、可逆性などについて十分な検討が必要である。
・船体の保存・延命措置として液体ガラスの使用は避けるべきである。
・船体から撤去したマストをミュージアム広場にシンボルとして展示する場合は、液体ガラス塗布は有効とみられる。

図面類
・船体(マストを除く)図面一式(各階平面図・側面図・断面図)が必要である。

その他参考事項
覆屋(展示・収納建物)
・鉄骨・RC造の本格的な建築とするだけでなく、 膜構造の建物でも可。
・地元産の杉・松材を用いた集成材で、 大スパン構造(ロングスパン・アーチトラス)も良い(スパン20m~70m、500㎡~が可能)
・サン・ファン号では梁間30m、桁行60m程度が必要とみられ、建築面積は1,800㎡となる。
・船体を屋内に保存し、温湿度をコントロールして良好な環境におけば、維持修理の必要はほとんどない。
・第五福竜丸では展示館内の環境は保存にとって好ましいものではないが、展示館天井の雨漏りが原因の腐朽による修理を除いて、約30年間は大きな修理は行っていない。

サン・ファン号船体修理の基本構想 日塔-10

ミュージアム館・周辺地域の整備
・改修基本計画に準じる(後継船整備・復元船解体・再利用を除く)。

改修費用
2020年3月に宮城県によって策定された「宮城県慶長使節船ミュージアム改修基本計画」には、事業の概算費用が整理されている。
① 後継船(4分の1FRP模型船)製作費 448,000千円
② 現船解体費 145,000千円
③ ドッグ改修費 199,000~279,000千円
④ ミュージアム整備費(展望棟) 415,000~450,000千円
⑤ ミュージアム整備費(ドッグ棟) 387,000~528,000千円
⑥ その他(散策路整備ほか) 0~ 80,000千円
合計 1,594,000~1,948,000千円
合計で16~20億円の事業費を見込んでいる
この中で、船体修理に直接関連する工事は①、②、③、⑤であり、この合計は約12.8~14億円となる。
①の模型製作費に約4.5億円、②の現船解体費に約1.5億円、合せて6億円を見込むが、この金額は船体修理を行っても十分すぎる金額といえる。
また、③のドッグ改修費と⑤のドッグ整備費の5.9~8億円は、修理の場合のドライドッグ費と止水費、船体展示館を兼ねた保存施設に該当し、充分な金額とみられる。

結論としては、現在見込んでいる解体・模型製作の事業費で船体修理・保存施設整備が十分可能であるし、さらに減額できる可能性が見込まれる。

復元船の法規上の取り扱い
・船舶安全法上の取り扱いは復元展示船(.留船)として船舶の扱い
・ドッグ内にある場合は、展示施設として建築基準法上の建築物扱い
・平成8年(1996)に石巻市建築審査会を経て、建築基準法第3条第1項第3号の規定による建築基準上の適用除外を受けている。
・船舶検査(5年毎)及び中間検査(1年毎)が行われる。
・5年目船舶検査以降より、毎年のように肋骨にレジストグラフを用いた方法で状況調査実施。

保存修理工事項目
本基本構想による保存修理の主要工事項目を次に示す。
1、準備・仮設工事 工事に先立つ準備と工事のための一時的な施設を設ける
工事事務所・休憩所・工事境界柵など仮設建物設置工事
ドッグ上に仮設屋根建設・楊重設備工事
船体廻りに仮設足場・昇降設備・内部足場等の設置工事
船体を支持する仮設物(クレードル)や船首・船尾の支持支柱、船体の膨らみを防ぐ横支柱などの設置
龍木津を受ける盤木(土台)の補修又は取替工事
必要に応じて保存小屋・工作場の設置工事
消火設備設置・光熱水費

2、解体・調査工事 腐朽部などを部分的に解体し、破損状況などの調査工事を行う
一部解体・調査(甲板・外板・肋骨・甲板梁・船鰐・縦通材・各種造作類)
番付取付け・解体材整理・発生材処分
消耗資材・器具損料・
船大工(宮大工)・鳶工・普通作業員

3、木工事 実施設計により、古材繕い・新材加工・船体組立・造作等の大工工事を行う
補足木材・金属資材・雑資材・器具損料・防腐防蟻剤・
船大工(宮大工)・鳶工・普通作業員

4、雑工事 補強工事・艤装工事・建具工事・設備工事などを行う
船体内部補強(木造・鉄骨)工事
各種艤装(キャビン内器具・かまど・キャプスタン・フィギア・ランプ・大砲など)の修理・取替
建具類(板戸・ドア等)の補修・取替え工事
設備工事(見学等活用に必要な電気・水道設備他)
防災設備工事(火災報知設備・消火設備)
仮設工事撤去工事

5、諸経費・消費税 (現場経費・一般管理費、地方消費税)

6、設計監理費
修理工事を実施するための基本設計書・実施設計作成業務、工事発注補助業務
解体調査を行い(調査補助員は大工・普通作業員)、調書を作成する
工事指導を行う
修理工事報告書の原稿執筆・編集を行う
諸経費・消費税

7、修理工事報告書印刷製本費 工事の記録(調査事項・工事内容・工事写真・図面等)を残す。
修理工事報告書の印刷・製本業務
諸経費・消費税

その他工事
展示・収納建物(覆屋)新設工事

船体とドッグ全体を覆い、風雨から船体を守るとともに活用に寄与する恒久的な施設
構造には、鉄筋コンクリート・鉄骨トラス造、木材や集成材トラスによる大スパン構法、膜構造などが考えられる
参考建物規模 30m×60m=1800㎡

東西ウィング棟改修工事
 覆屋建設に伴い、既設東西ウィング棟は改修・一部撤去が必要になる

展示館とドック棟を結ぶ搬入路(斜路)の撤去又は整備
修理のために設置した斜路を撤去・現状復帰するか、又は今後の維持管理のために整備して存置する。


現在、石巻Days(石巻日日新聞)では掲載記事を原則無料で公開しています。正確な情報が、新型コロナウイルス感染拡大への対応に役立ち、地域の皆さんが少しでも早く、日常生活を取り戻していくことを願っております。



最後まで記事をお読みいただき、ありがとうございました。皆様から頂くサポートは、さらなる有益なコンテンツの作成に役立たせていきます。引き続き、石巻日日新聞社のコンテンツをお楽しみください。