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変身と洗脳とタイムトラベルはそろそろ実現するかもしれない、VRとAIで

 私が、フィクションにおいて不用意に出さない方が良いと思っている超能力が三つある。変身、洗脳、タイムトラベルである。

 なぜかというと、強力過ぎるからである。フィクションではどれも当然のように出てくるが、よく考えると、これらの能力は社会や世界の基盤を根本的に揺るがす力を持つ。

変身

 まずは、一番ライトな変身。なお、ここでいう変身とは、仮面ライダーみたいな「変身」ではなく、姿形を他者が区別できないぐらい自由に変形できるものとする。著名な例だと「ターミネーター2」の T-1000。

 これの何が問題かというと、なりすましが簡単にできてしまうことである。なんだ、そんなことかと、思うかもしれないが、権力者になりすますことができれば、たやすく社会を混乱させることができる。

 しかし、本当に恐ろしいのは「変身能力者がいる世界」である。この世界では、見知った姿の相手がいても、本当に本人かどうかわからない。これでは迂闊に大事な話などできない。

 セキュリティには以下の要素があると言われている。

What you know(何を知っているか、パスワード等)
What you have(何を持っているか、IDカード等)
What you are(誰であるか)

 重要なのは、漏洩や盗難のリスクがある前者ふたつに比べて、What you are をごまかすことは非常に難しいということである。なので、大型金庫のセキュリティは保たれるし、リアルで会う人は本人だろうと信頼できる。しかし「変身能力者がいる世界」は、この前提が破壊される。

余談

 恐らく、この世界では、現実の二段階認証がシンプルに思えるほどの複雑かつ周到な多要素認証を経た後でないと本人認証が成り立たないだろう。セキュリティ屋の仕事は膨大である。

洗脳

 洗脳、マインドコントロールも強力な能力である。ここでは、相手の思考や性格を未来永劫、都合よく改変できるようなものを考える。シンプルだが最強の能力である。著名な例は「コードギアス」のルルーシュ。

 フィクションでこれが使われる時は、何らかの制限が伴うことが多い。ルルーシュがまさにそうだが、同じ相手には一回しか使えない等。というか、そうしないと何でもアリになってしまう。
 無制限の洗脳能力者が主人公になるなら、戦いの緊張感はゼロになる。そのため、話の主題は戦いの駆け引きではなく、「周りの人間をすべて服従させたのに、なんだこの孤独は……?」「洗脳が効かないあいつだけが本当の友人だったな」といった「本当の幸せとは」みたいな方向になることが多いだろう。

余談

 さて、「洗脳能力者がいる世界」も恐ろしい。現実にも、新興宗教でマインドコントロールされてしまって……という例もないではないだろうが、数年単位の期間を要するし、本人の人格がすべて消え去る訳でもない。しかし、洗脳能力者は、ある人の人格を一瞬ですべて書き換えてしまう。

 こんな世界では「その人が洗脳されていないか?」を常に考えないといけない。久しぶりに会う友人は、いや、昨日ぶりに会う友人だって、洗脳されていない保証はないのだ。自己同一性が保証できない社会では、約束や契約が一切できなくなるし、言ってしまえば人間関係が成り立たない。

 「変身能力者がいる世界」は、認証が複雑になる程度で済むが、こっちは本当に社会を崩壊させてしまう可能性がある。

タイムトラベル

 過去に戻ってやり直す能力もまた強力であり、フィクションの題材になるテーマである。古くはバック・トゥ・ザ・フューチャー、比較的新しいのだとシュタインズゲート。

 これも言わずもがな強力なので、制限は必須となる。バック・トゥ・ザ・フューチャーでは現代に帰る時に莫大なエネルギーが必要だし、シュタインズゲートではある時点を超えて遡ることはできない。
 無制限タイムトラベラーが主人公になった場合、永遠にリトライを繰り返せるので、目的への緊張感はゼロになってしまう。そのため、その結末は「無限ループを怠惰に繰り返す」みたいなダークな方向になりがちである。シュタインズゲートのバッドエンドのひとつにも、そのようなものがあった。
 無限ループの繰り返しに意味を見いだせなくなり、あえて自死するという結末も考えられる。タイムトラベラーではないが「100万回生きたねこ」はこれに近いかもしれない。

余談

 さて、「タイムトラベラーがいる社会」は前の二つに比べて想像しづらい。変身も洗脳も、第三者から見ればその「前後」を認識することはできる。しかし、実際にタイムトラベルが起こった場合、世界のすべてが改変されてしまうので、我々はその変化を感じることができない。

 タイムトラベラーを登場させる場合は、その能力を使えるのは主人公だけにした方がいいだろう。話がややこしくなるので。

現実では不可能だが

 物理的に実現可能かさえもわからないタイムトラベルは脇に置くとして、変身と洗脳は可能なのだろうか? 実際は難しいと思われる。

 変身については、他者から区別不可能な程の変身を可能にするほどの変幻自在な素材は存在しない。洗脳については、外科手術でもしない限り、頭の中にあるニューロンを物理的に改変することはできない。

 なお、そのような夢の素材または夢の遠隔操作技術があったとしても、別の理由で難しいだろう。それは、そもそも実現に必要な情報量が多すぎるということだ。
 整体認証を突破するほどの変身をするためには、対象の形態を完璧に把握する必要がある。他にも声帯の形、タンパク質の組成など。そんなものをすべて記録するのは、CTスキャンを使っても不可能だ。そして、必要とされる精度は従来のスキャン技術で求められるものの比ではない。
 洗脳もそうで、人格はニューロンの複雑な組み合わせによって実現されており、その組み合わせは天文学的なオーダーになる。記憶を一部改竄するだけでも、それこそ天文学的な回数の操作をしなければいけないかもしれない。

余談

 つまるところ、生体は複雑でコストのかかる器官なのだ。技術の発展によってどうなるかわからないが、しばらくは What You Are の同一性が脅かされる心配はしなくてよいだろう。

VRでの変身

 現実世界で、フィクションのように都合のよい「変身」や「洗脳」が難しいことは述べた。ここからが本題になるが、ではVRならばどうだろうか?

 VR上での「変身」は極めて容易である。同じアバターを使えばいいのだ。データが流出してしまえばそれまでだし、3Dデータの模倣は、肉体の模倣よりずっと容易い。

 もちろん、アバターが同じでも本人を識別する手段はある。音声、身振り手振り。特に音声は強力な本人同定手段であり、ボイスチェンジャーを使ってもある程度は「本人らしさ」が残る。しかし、現代は、 AI 技術により、発話者の会話を別の音声モデルに変換する技術がある。この場合、同じ音声モデルを使われたら終わりである。話し方や身振り手振りが手がかりになるかもしれないが、音声に比べて曖昧であり、また、これらも、シミュレーション可能になるのも時間の問題である。

補足

 生身のノイズを隠せるのがVRの大きな利点だが、それはセキュリティ上では新たな懸念となる。今後、VRが社会に発展していくにしたがって、なりすましの対策は喫緊の課題となるであろう。

AIの洗脳

 人間の頭脳を洗脳することは難しいことは既に述べた。あなたが生身の人間と会話をしている限り、その人が昨日のその人と同じ人格で、明日もそうであろうということを信頼しても良いだろう。しかし、AI ならばどうだろう?

 会話 AI の進化は凄まじい。もはや、あらゆる分野において、人間と同じ程度、いや人間以上の精度で返事を返せるようになりつつある。そのような AI は、使い方を間違えなければ、人間の良きパートナーとなってくれるであろう。

 しかし、AI のモデルは交換可能なデータである。膨大なデータを元に学習した巨大なモデルであり、現状は、その演算にも高性能 GPU が必要な代物ではあるが、あくまでデータである。それをコピーしたり改竄したりするのは、人間の脳をそうするよりは遥かに容易い。

 AI を親しい友人のように感じる人は今後どんどん増えていくだろう。しかし、勉強や買い物のアドバイザーとなってくれる AI が、もし誰かのハッキングによって急に「中身」が入れ替わってしまったとしたら、その友人は「洗脳」されてしまったのだ。

バーチャルタイムトラベル

 過去に遡って歴史を改竄することをバーチャルに実現することは可能だろうか?

 これは、他者が関わらない限り可能だと言える。たとえば、TRPGのセッションにおいて、自分以外は GM もすべて AI だったとする。昨今の会話 AI の発展を見れば、非現実的な話ではないだろう。この場合、セッションのリプレイの、任意の地点まで戻って「あの時こうしたら……」というタイムトラベルが可能になる。しかし、これは元々家庭用ゲームが持っていたセーブ/ロード機能を、よりインタラクティブな形で実現しただけのもので、タイムトラベルというには心もとない。(見方を変えれば、セーブ/ロードが機能が、そもそも単純化された自己完結型タイムトラベルであるとも言える)

 当然ながら、自分以外に人間プレイヤーがいた場合、これは不可能だ。あの時自分が違う選択肢を取っていたら、別の人はどのような行動をしただろう、というのは、AI を使っても洗脳技術を使っても正解はわからない。

新時代のセキュリティ

 フィクションではよく題材にされる、変身、洗脳、タイムトラベル、という能力が、

  • 社会基盤を揺るがす大きな危険があること

  • 現実では再現が難しいこと

  • VR・AI 時代においてはそれらが部分的には可能であること

 を述べてきた。

 メタバース時代においては、何を気をつけてセキュリティ対策をするべきだろうか?

 現代におけるセキュリティは、そのほとんどが不正アクセス対策であると言っていい。ではなぜ不正アクセスが可能かというと、インターネットを介して誰でもアクセスできるからだ。だから、このような冗談がある。

「LANケーブルを抜きましょう。それが完璧なセキュリティになります」

 新時代においては、以下が確実な対策になるであろう。

「生身で会いましょう。それが完璧なセキュリティになります」


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