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WBCの役割が変わった年

コロナウィルスの世界規模の感染拡大の煽りを受けて、2000年から始まったWorld Barista Championship(以下WBC)の歴史上初めて2020年は大会が開催されなかった。

長い準備期間は調子を狂わせる。意外に思われるかもしれないが、実は準備期間は長すぎるとダメだ。体験的に3ヶ月くらいがちょうど良い。

ようやく開催された2021年WBCの参加国は38カ国。例年の参加国が60カ国に上ることを考えるとやはり参加者は少なかった。僕も作成に参加した「The Deferred Candidacy (DC) Policy」を行使する決断をした競技者も多かったと思う。

The Deferred Candidacy (DC) Policyとは直訳すると「繰延参加資格」に該当する。やむを得ぬ事情がある場合、参加資格を繰延できるシステムだ。日本代表の石谷さんもDCを使って来年のメルボルンに出場する予定。

僕にとっても、2014年以来、初めて世界大会に参加しなかった年となった。今までは必ず世界大会には顔を出していた訳だが、今年は諦めざるを得なかった。前向きに捉えるとWBCを客観的に見つめ直す良いきっかけとなった。

今年の世界チャンピオンはColombiaのDiego Camposだった。Diegoはコロンビアは首都ボゴタの超有名ロースター「Amor Perfecto」所属のバリスタだ。

実は以前、2015年にAmor Perfectoをコンサルティングしていた際に彼を指導した経験がある。それ以来友人として仲良くしていただけあって、彼の優勝は心から嬉しい。

いつもであれば、実況席に陣取って歴代のチャンピオン達と「あーでもないこーでもない」と激論を交わしていたのだが、今年は客観的にWBCを見ることができた。

脱ゲイシャと植菌とユーゲノイデス

分かりやすいトレンドとして「脱ゲイシャ」の流れが加速しているのは明らかだろう。結果として今年もゲイシャが最も選ばれた品種だったが、上位進出者を見るとゲイシャの割合が極端に下がる。

2016年ごろから続いていた「ゲイシャ」トレンドも2021年に終止符を打ったと見ていい。アナエロビックやCMのプロセスの劇的な改善で、品種由来のフレーバーに頼らずとも高評価を得られるコーヒーを選べるようになったからだと思う。

特に発酵プロセスに菌を用いる場面が増えた。いわゆる「植菌」なのだが、例えば「Pichia」と呼ばれる菌を使うことで、草のような香りをフローラルでフルーティーな香りに変えたり、乳酸菌をエネルギー源に芳香族化合物を増やしたりする。

Eugenioides(ユーゲノイデス)という品種の登場が、脱ゲイシャを進めた大きな要因だと思う。2019年のWBCで初めて飲んだが、甘味料のような甘さのある独特のコーヒーだ。甘さの割に酸も苦味も抑えられているので、圧倒的に抽出がしやすい。点数を高く取りやすい品種だ。

今のところColombiaのImmaculadaとLas Nubesが主に栽培していて、そもそも生産量が少ないのでゲイシャのように大きなトレンドにはなり得ないが、脱ゲイシャの流れを加速しつつあると見て良い。

アジアの生産国の登場と新たな品種

実はインドネシアのMikael Jasinのプレゼンテーション構築のお手伝いをした。本来であればハンズオンでしっかりコーチングしたかったが、今回はコロナ禍ということで断念せざるを得なかった。

彼はインドネシアのコーヒーで世界大会に参加した最初のバリスタだろう。私もテイスティングしたが、インドネシアのコーヒーとは思えない素晴らしい酸味と香りを持ったコーヒーだった。

本来であれば決勝に行って然るべきだったと思うが、残念ながらあと一歩及ばず7位。Catimorのハイブリッドである「Kartika」という品種を使用したので、大変意義あるチャレンジだったはず。

フィリピンのAdrianは、フィリピンのリベリカ、オーストラリアのHugh Kellyは何とマレーシアのリベリカを使用した。リベリカは旨みやエグ味の強い独特の味わいのある品種で、スペシャルティコーヒーグレードのロットに出会ったことがなかったが、彼らもまた植菌などポストハーヴェストで工夫を凝らし、素晴らしくフルーティな味わいに仕上げていた(予め送ってもらったサンプルを飲んだ)

イノベーションのプラットフォームとしてではなく純粋な競技としてのWBC

正直Diegoの競技を見ても、何も真新しいことはなかったし、全く感銘を受けることはなかった。五感を刺激する「知覚科学」の分野においてもベーシックというか遥か前から実証されているような内容をプレゼンしているだけだったし、むしろJohn Gordonは2013年に似たプレゼンテーションを既にやり切っている。プレゼンテーションだけなら、オーストラリアのHugh Kelly、アメリカのAndrea Allen、インドネシアのMikael Jasinは素晴らしかった。

この時僕は「時代は変わった」と心底思った訳だ。Diegoのプレゼンテーションは何も真新しくないものの、競技として「点数」をコツコツ完璧に積み上げるプレゼンテーションだったのだ。つまりプレゼンとカップの整合性が極めて高いプレゼンテーションが勝つ。当たり前かもしれないが、彼も伝えたいことがたくさんあったはず。そこをグッと我慢したDiegoは強かった。純粋に競技性を求めるトレンドに移り変わったとこの時点で感じた。

以前WBCは「イノベーションのプラットフォーム」だった。Matt PergerがEK43を知らしめたように、イノベーションはいつもWBCから起きていた。よって、WBCで評価されるプレゼンもイノベーターとしての側面が重要視されていた。だからこそ、ビジョンが大事だった。けれども、今はその限りでないかもしれない。

最早WBCはイノベーションのプラットフォームとして機能していない。その舞台はSNSに引き継がれ、WBCは純粋に競技性を高めているのだと思う。今年の世界大会は紛れもなく、今後のWBCの方向性を占う結果になったと思っている。

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